129 説教
「ユクヴェルは我が国の友好国です」
「はい」
「その国の首都近くの山を破壊したそうですね」
「......いや、山っていうか、山の一部をちょっと爆発させちゃったっていうか」
「外交問題」
「ごめんなさい」
何とか二人の吸血鬼を退けることに成功した俺達だったが、その後に待っていたのはブチギレたクララからの説教だった。当たり前だが、ユクヴェルの首都近くの山で起きた大爆発は多くのユクヴェル市民達に目撃された。それによって、王党派の爆破テロではないのか、小規模な火山噴火では、いやいや単純に魔鉱石採掘中の事故では......と様々な噂が流れ、ユクヴェル共和国は一時、騒然としたのだ。
流石に不味いと感じた俺達は力を使い果たしたからか、突如として意識を失ってしまったソフィアを背負って直ぐに下山......既にソフィアの魔法から解放されていたアデル達と共にユリウスの所へ事件の真実を報告をしに行った。結果的に、ユリウス経由でクララに事情を説明し、クララの方からユクヴェルに謝罪をして貰うというややこしいことになってしまった。
現在はユリウスが泊まっている宿でクララからの説教を聞いている。
「私、魔道具越しにユクヴェルの首相と初めて会ったんですけど」
「うん」
「末長くお付き合いしたい隣国の首相からの印象、最悪になっちゃったんですけど、どう思います?」
「本当にごめんなさい......」
俺は眠そうにあくびをしながらブチギレるクララに謝ることしか出来なかった。
「まあまあ、クララ嬢、そんな怒るなって。コイツらだって別にやりたくてやった訳じゃない。ユクヴェルに潜んでいた危険な魔族を倒すために仕方なくやったんだ。褒められるべきことだと思うぜ? それに、ドミニクつったか。アイツ、フロレンツィア嬢の執事かなんかとして働いてたんだろ。早めに見つけられて良かったよ」
「それは私も分かってますけど......そもそも、どうしてそんなに大きな爆発を起こしたんですか。戦闘に関しては詳しくありませんが、たかが二人を倒すために山の一部が抉れるほどの爆発を起こす必要があったんですか」
「......いや、相手はほぼ不死身みたいな吸血鬼だったので高威力の攻撃を叩き込まないと死なないかなあと思って。あの山は魔鉱石の採掘場の跡地だったんですよ。俺はアデルに教えて貰ったんですけど、魔鉱石って衝撃を与えると爆発するじゃないですか? なので、あそこで爆発系の魔法を撃ったら地面に含まれてる魔鉱石が一緒に爆発して凄い威力になるんじゃないかなあ、って」
跡地とはいっても元、魔鉱石の採掘場。ある程度の割合で地面に魔鉱石の成分が含まれているだろうという俺の目論見は少々、当たり過ぎた。
「つまり、山の一部を抉るほどの爆発はオルムさん、貴方が意図してやったことなんですね」
「いや、あの吸血鬼達はそれくらいしないと倒せないと思って......。そうです。俺の指示です」
魔道具越しにクララへと俺は頭を下げた。
「はあ......もういいです。確かにその吸血鬼達を野放しにしてるのは危険すぎましたし。彼らを倒してくれた点は感謝します」
「いや、死体残ってないからちゃんと死んだのかはまだ分からないんですけど」
「は?」
「山が抉れる程の爆発だったんで仮に死んでても死体が残らないんですよね。正直に申し上げて、死んだのか逃げたのか全く判断が付きません」
「はぁぉぁぁぁぁ......あー、駄目。眠いし、もう何も聞きたくない。しんどい」
「彼らがいなければ私達、八つ首勇者は皆、殺されていたんだ。私の顔に免じて許してやってくれないかな」
と、フォローをしてくれるアンネリーだが、そのフォローを通すのは難しいことを俺は知っていた。
「元はと言えば、八つ首の殺害計画に加担してたの、ソフィアさんなんですよね。許せる要素一ミリもないですよ。てか、八つ首殺害未遂とか普通に国家反逆罪レベルです。死刑ですよ死刑。......大恩があるのと、逮捕しようとしたら国を灰にされそうなのでやりませんけど。てか、アンネリー? 貴方達、八つ首の意識も問題ですよ。どうしてそんな簡単に一網打尽にされてるんですか。八つ首が同じ場所に集まるとかリスクが高すぎます」
「私はもう八つ首ではない。ただの研究者だ。クララに何か言われる筋合いはない......と思う」
「はぁ、もういいです! 私寝るから! こんなストレスの溜まる職業直ぐに辞めてやる!」
クララが少しずつ壊れていっている気がする。
「す、少し待って頂けませんか、クララ議長。お話したいことが」
魔道具の通信を切ろうとするクララにエディアが慌てて話しかけた。事実上の国家元首であるクララはギルドマスターであるエディアにとって社長のような存在。そのせいか、エディアは珍しく丁寧な敬語を使っていた。
「あ、はい。どうしましたか? えっと、エディアさんですよね、ギルドマスターの。お勤めご苦労様です」
「い、いえいえクララ議長こそ......この度は多大なるご迷惑をおかけ致しました。それで、その僕......じゃなくて、私、自首がしたくて」
「おい、エディア......!?」
サイズが焦った様子でエディアの肩を掴み、揺すった。俺はことの顛末を詳細にクララに報告したが、ただ一つ、エディアの正体のことは敢えて話していなかった。記憶を失う前の彼女が起こした、放火による虐殺と八つ首勇者の殺害。それをクララが知れば、流石に見逃してもらえるとは思わなかったからだ。
しかし、エディアは今、自らそのことを『自首』しようとしている。サイズが焦るのも無理はない。
「自首?」
「私はかつて、ルデンシュタットの地で虐殺を起こしました。『放火魔』と言えばお分かりになるでしょうか。あの正体は私です。吸血鬼であった私は先代の肆の勇者を呼び寄せるために虐殺を引き起こし、肆の勇者を殺害しました。死ぬ間際の肆の勇者に記憶を刈り取られたことで、私は今日に至るまで、自分が吸血鬼であることも、自分がしてたことも忘れて生きてきました。しかし、どんな方法を使ったのかは分かりませんが今回の事件の中で私は敵である吸血鬼達によって記憶を戻され、全てを思い出しました。......どうか、この私をクリストピアの法によって裁いて頂きたい」
「・・・・」
エディアの衝撃的な発言にクララは直ぐに返答することはなかった。驚いているようにも、何か考えているように見えるが、実際のところは情報の処理が追いついていないのかもしれない。
「クララ議長......?」
「あ、は、はい! 聞いてます聞いてます!」
中々、返事をしないクララにエディアが話しかけると、クララはピクリと体を震えさせてそう答えた。やはり、あまりの情報の多さに頭が停止してしまっていたようだ。
「え、えーとですね、あー......流石にこの場で判断は出来ないので、オルムさん達も連れて後で此方まで来て下さい。落ち着いた場所で情報を整理したいので」
「それって私は行かなくていいよね」
「貴方も来てください、アンネリー」
「八つ首が集まってたらリスクが大きいとぼやいていたのはクララじゃなかったかな」
「リスクよりもリターンの方が大きいです。八つ首の方々とも政府の方針を共有しておきたいので。じゃ、直ぐにこっちまで来てくださいね!」
と言うと、クララは一方的に魔道具の通信を切断してしまった。俺はほうっと溜息を吐くと、頭を振り、口を開いた。
「取り敢えず、今日は寝よう。全員、疲れただろ。面倒ごとは全部、明日だ」
「あぁ......そうだな、それがいい。ははっ、ちょっと、疲れちまったもんな」
サイズは苦笑するかのように乾いた笑いを発すると、部屋を出て行ってしまった。俺もそれに続いて部屋を出る。俺達が元々、泊まる予定だった宿はソフィアと吸血鬼達が起こした騒動のせいでとてもじゃないが泊まれる状態ではない......ということで、俺が今、帰ろうとしているのはユリウスが確保してくれたこの宿の部屋である。その部屋のベッドには意識を失ってしまったソフィアが寝ている。彼女の意識は回復したのか、俺はそれがずっと気になっていた。
ユリウスの部屋から出て右に直進。階段を使って一つ下の階に降り、また突き当たりまで直進。そこから右に曲がって四つ目の扉に辿り着くまで俺はずっと、小走りだった。
何やら扉の向こうからガンガンっという大きな音が聞こえる。
「ソフィア! 大丈夫か!?」
と、言いながら俺は勢いよく扉を開けた。
「......ぁ」
すると、其処には何故か頭を壁に打ち付けているソフィアの姿があった。