127 私
言ってしまった。彼に『好き』、と。後悔はない。きっと、あの時を逃せばもう、私が想いを伝える機会は無くなっていたから。
「ちょっとアンタ! 何、ボヤッとしてんのよ!? 気を抜いて戦って良い相手じゃないわよアレ!」
「すみません」
後悔はない......ないのだが、不安だ。今頃、彼は私に対して何を思っているのだろうか。いや、彼に私のことを考える余裕などないか。彼は今、命すら危うい、緊迫した状況下に居る。
......それは自分も同じなのに、あのことばかり考えて戦闘に集中出来ない自分に腹が立つ。
「ディーノ! この不死族の攻撃、防ぎ切れん!」
「ああもう、爺さん、そんくらいどうにかしてよ。コッチは悪魔の相手でいっぱい、いっぱいなの!」
彼らの正体については、よく知らされていない。極めて戦闘能力の高い吸血鬼の特務機関......とでも、考えておけというのが上からの指示だ。
そして、その戦闘能力はやはり、その辺りの吸血鬼とは桁違いに高い。目にも止まらぬスピードで繰り出される槍による突き、そして、槍の先端から発射される高純度の魔力を凝縮した魔力弾。どちらも、当たれば致命傷を負うことになるだろう。
こういうとき、自分の横で戦っている不死族が持つ、斧が羨ましくなる。全ての魔法を吸収し、擬似的な魔法として打ち返せるあの斧は彼らによる槍からの魔法攻撃を完全に防いでいる。契約者の意向もあり、正式にあの斧を彼女に返還することになったが、少し、惜しいことをしたかもしれない。
「フラン、その斧の魔法吸収範囲、広げられませんか」
「......え、あ、私のこと呼んだ?」
「貴方以外に誰が」
「いや、アンタにフランって呼ばれるの新鮮......いった!? ああもう、ムカつく、コレでお腹に穴開くの何度目よ!? あ、斧の魔法吸収範囲だっけ? 無理無理、コレが限界よ! アイツの魔法がキツいなら私の真後ろにでもいて!」
「いえ、やめておきます」
致命傷を嫌い、相手の攻撃を防ぐことに徹している自分とは違い、彼女は相手の攻撃を何度も受けながら、相手に攻撃を当て続けている。その身体の頑丈さはまさに『不死』と呼ぶに値する。
「あの不死族って、対悪魔用の兵器だよね? どうして、そんなのと君が組んでるんだよ!?」
この戦いが終われば、私は消えるのだろうか。
悪魔の協力者である彼を攻撃したことを理由にしてはいるが、私が今回、行ったことは悪魔上層部に対する裏切りだ。
『私』はソフィア・オロバッサ個人の人格を抑制し、契約を強制させるための存在、兵器ソフィアに掛けられた呪いのようなもの。その呪いが一人の人間の為に契約を無視した......なんて、おかしな話なんだろうか。もう一度、彼と話す機会が『私』に与えられるならこのことを笑ってもらいたいものだ。
「ねえ、聞いてる? おい!」
でも、不思議と後悔はない。彼の為に悪魔を裏切ったことも、彼に想いを伝えたことも。どちらも、自分にしか出来ないことだった。あの選択は『私』のものだ。
精々、『私』が消えてから『ソフィア』には恥ずかしい思いをしてもらうことにしよう。
「......そういえば、貴方は彼のことをどう思っているの?」
その問いはたった今、それを呟いた自分の身体に向けられていた。自分でも自分が何なのか、正しくは把握出来ていない。この気持ちが『私』固有のものなのか、それとも『ソフィア』が共有しているものなのか、はたまた、彼女は彼女で彼のことを別な理由から好いているのか。
分からない。彼には偉そうに自分のことを説明したが、私は自分の存在を全くと言っていいほど理解出来ていない。いつ、私は消えるのか。消えたらどうなるのか。何も分からない。
「チッ。おい、人が話してるんだからさあ、ちゃんと聞けよ!」
「......いた」
しまった。考えに耽りすぎて、戦闘が疎かになっていた。腕に彼の魔法弾が掠り、肉が少し削げてしまう。
「アンタ、さっきからボーッとし過ぎ! 何かあった!?」
「つかぬことをお聞きしますが」
「何!?」
「さっきの契約者への告白、少し唐突過ぎたでしょうか」
「......え、アンタ、それが原因でボーッとしてたの? 正気?」
「忘れて下さい」
「......まあ、相手、オルムだし、別に変に思われてはいないでしょ。多少は驚かれたでしょうけど」
「そうですか」
「取り敢えず、早くオルム達の所に駆け付ける為に今はコイツらを倒すのが先!」
「ええ、分かっています」
「君達、さっきから僕達のことを無視しすぎじゃないかな。流石に傷付くんだけど。ねえ、姫様、聞いてくださいよ、コイツ、全然、僕の話聞いてくれな......」
彼が話し終えるのを待つことなく、私は彼の喉元目掛けて魔力弾を放った。
「アンタも知ってるでしょ。ソイツは悪魔が作った冷徹無比な殺人マシーン。敵認定された時点で会話を試みるのは無駄よ。......さっきのアホなコイツを見た後だと、ちょっと疑わしいけど」
「はあ、全く面倒な仕事を受けちゃったなあ」
溜息を吐く彼からは全く、疲労が感じられない。その横で戦っている老人の姿の吸血鬼、ドミニクはかなり消耗している様だが、それでも戦闘不能にするにはそれなりの時間が掛かるだろう。
早く彼の所に行きたいのに。......折角、少し暴れても問題のない場所まで移動したのだ。この辺りの地形を破壊するくらいに巨大な魔法を展開してしまおうか。巨大な魔法の展開にはかなりの隙が出来る。多少、怪我を負うことにはなるだろうが、自分の傷を減らすことよりも彼の所により早く駆け付けることの方が優先順位は高い。
そう決断し、魔法陣の展開を始めた瞬間だった。隕石でも落ちてきたかのような衝撃とともに、空から何かが降ってきた。
「よ、よ、良かった......俺、生きてる」
「君は荒すぎるんだよ。僕とオルム君を担いで崖から飛び降りるとか。僕も死ぬかと思ったよ」
「お前は空飛べるだろ」
「空を飛べるからこそだよ。こんな荒っぽい着陸をすることなんてない」
その降ってきた『何か』とは先程、裏切りの意思を明白にし、吸血鬼側に寝返った......いや、元から吸血鬼だったらしいギルドマスターと肆の勇者、そして、契約者であった。肆の勇者が二人を担いで、頂上からここまで降りてきたらしい。
三人の会話の内容と、山の傾斜の激しさを見るに、『降りてきた』というよりも『落ちてきた』という表現の方が正確だろうか。
「ちょ、アンタ達、無事だったの!?」
「色々あってな。詳しいことは後で話すから今はコイツらどうにかしようぜ」
ギルドマスターと契約者を地面に下ろしながら彼はそう言った。吸血鬼の二人はその様子を唖然としながら見ている。
「......契約者、お怪我は?」
彼のもとに駆け寄り、そう声をかける。
「崖から飛び降りたショックで心臓がバクバクしてる以外は大丈夫」
鼓動が早まっているのは自分も同じだ。
「そうですか」
「取り敢えず、勇者と吸血鬼を連れて戻ってきたから安心してくれ」
「......あの程度、ソフィア一人でも問題ないのですが」
大丈夫。まだ、私だ。
「じゃあ、ソフィアに一つ、やってみて欲しいことがあるんだが、良いか?」
「ええ、勿論」
彼は一体、どんな気持ちで自分と話しているのだろう。そればかりを考えていた。
インフルエンザで寝込んでました。辛いですね、アレ。これからもゆっくりにはなるかと思いますが更新頑張りますので読んで頂けると幸いです!