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126 錯乱


 何を言われたのか、分からなかった。恐らく、サイズも同じだろう。少しして、言葉の意味が少しずつ分かってきたが、それと同時に無数の疑問が湧いて出た。


「この前、貴方達の親の話が出たとき、おかしくて堪らなかったわ。だって、貴方達の父を殺した魔族は私なんだもの。ふふっ」


 困惑する俺達を嘲笑い、満足げに息を吐く『アレ』は本当にエディアなのか、俺はどうしても受け入れられない。

 エディアが吸血鬼であったのならば、何故、吸血鬼の協力者であるソフィアはそのことを知らされていなかったのか。何故、彼女は今まで決して短くない月日をサイズと暮らしてきたのか。分からないことだらけである。

 しかし、俺が一番、気になるのはそんなことではない。


「何の為に......父さんを殺したんだ。母さんも、お前のせいで殺されたようなもんだ」


「何の為に、と聞かれると難しいわね。強いて言うなら、『エサ』かしら」


「『エサ』......?」


「ええ、エサ......っぁ、ぅ。あー、まだ、本調子じゃないから目眩が凄いわね。ワタシはね、あの時、ルデンシュタットの辺りに八つ首が隠れ住んでるって聞いて殺しに行ったのよ。でも、何処に住んでるかなんて分からない。だから、向こうから来てもらう為に適当に街を燃やしてたのよ」


 『隠居中の八つ首勇者でも、流石に自分の街が燃やされたら出てくるでしょ?』と、彼女はあっけらかんと言い放つ。


「そんなことの為に......父さんは」


「ええ。私は勇者が現れてくれれば何でも良かった。死ぬのは別に貴方の父でなくても良かったの。気の毒ね、悪いことをしたわ」


 常にニヤニヤとしながらそう語る彼女の顔に罪悪感はまるで浮かんでいなかった。俺から父を、間接的には母も奪った魔族、それがエディア......何だか眩暈がしてきた。


「......そして、俺の親父をお前が......殺した」


「ええ、その通り。世間では相打ちなんて言われているけどね。実際は私の圧勝よ。実に無様だったわよ、貴方の父親。八つ首勇者としての使命から目を背けた一族って、あんなに弱いのね。ワタシ、ビックリしちゃった」


 恐怖と怒り、それが同時にやってきて俺の心を揺さぶった。駄目だ。勝てない。サイズ曰く、サイズの父は最低限の勇者としての訓練をこなしていたという。そんな彼を彼女は殺したと言うのだ。最近、勇者としての力を使い始めたサイズに勝てる訳がない。

 それにサイズは......。


「あぁっ......エディア......エディアぁぁっ......」


 想い人に裏切られたショックで彼の精神は今にも崩壊しようとしている。そもそも、彼が、彼女に武器を向けることが出来るのか、そこからが疑問だ。


「分からないな。それでどうして、直ぐに魔界に帰らず、『エディア』としてサイズの下で暮らすようになったんだ?」


「それは......あの悪魔と同じよ。人間界の情報を集めるため。放火魔の襲撃によって孤児になった子供なんてものは少なくなかった。だから、そういうのに混じってワタシは人間の社会に潜入したの」


「しかし、だとしたら、何故、敢えてサイズの家に転がり込んだんだ。というか、そもそも、何故、勇者の力を継承している人間であるサイズを殺さなかった?」


 サイズが戦意と言葉を失っている今、彼女から情報を聞き出すことが出来るのは俺しかいない。サイズのために、俺のために、彼女から出来るだけ情報を得なければいけない。

 そして、出来るだけ彼女との問答で時間を稼ぎ、ソフィアとフランが駆けつけてくれるのを待つ。それが今の俺達に与えられた唯一の勝ち筋だ。


「あ......偶然よ、偶然。この男が勇者の力を継承しているなんてワタシは知らなかった。......それに、あ、そもそも、ワタシの聞いた話だとあの勇者に子供なんて居ないことになっていたのよ。全く、とんだデマを掴まされたものだわ」


 ふうっと、軽く溜息を吐くエディア。彼女の言葉は何処かたどたどしく、自信なさげに聞こえた。まるで、質問への回答を考えながら話しているかのようだ。

 しかし、彼女が嘘をつく理由が見当たらない。......そもそも、どうして彼女はわざわざ、俺達にこんなことを教えるのだろうか。内容が嘘であろうと、真実であろうと、自らの過去を語ることが彼女の利益に繋がるとは思えない。

 ただ、俺達の反応を見て楽しみたいだけなのだろうか。それとも、サイズの心を砕くのが目的か......。

 そんなことを考えていると、突如、凄まじい爆発音が聞こえてきた。山の麓の方で戦っているソフィア達が使った魔法か何かの音だろう。相当な激戦が繰り広げられているのが分かる。

 

「そろそろ、向こうも決着がつきそうね。悪いけれど、コレでお話はおしまい。あの子達がコッチに来る前にワタシ達も決着を付けましょう」


 エディアは先程、敵意が無いことを示す為に地面に置いた巨大な槍を持ち上げ、俺達に向けた。


「なあ、エディア、あの大切にしていた杖はどうした?」


「その答えを貴方は知っていて聞いているわね? 正解。カモフラージュのために杖の形に変形させて持ち歩いてたけど、アレの本当の姿はコレなのよ」


 エディアはニヤリと笑い、軽々と持ち上げているその巨大な槍に視線を向けた。


「......お前は......ずっと、俺と暮らしているときもずっと......その武器を肌身離さず、持ってたって......ことかよ」


 サイズは震えた声でそう聞くと、震えた手で鎌を握り、彼女に向けた。震えているのは声と手だけではない。彼の足はガグガクと震えており、立っているのもやっと、という様子。そして、歯が凍えるかのようにガタガタと音を鳴らしていた。


「質問が多いわね。そうよ。それが何か?」


「......あ、ぁ、ぁ、あああああああああ!」


 サイズは半狂乱になりながらエディアの方へと走っていき、彼女に襲いかかった。俺は思わず、彼らから目を逸らす。サイズが、エディアに攻撃をするところを、どうしても見ていられなかった。


「甘いんだよ考え方が」


 俺は自分をそう叱責し、逸らした視線をもう一度、サイズとエディアに注いだ。


「あら、中々、やるじゃない。腐っても八つ首ね」


 サイズの鎌による攻撃をエディアが必死に槍で防いでいた。エディアが防戦一方のように見える。サイズが攻撃をしては、エディアがそれを防ぐ。そんなことを続けている二人を俺は無力感を感じながら見ていると、不意にエディアと目があった。


「先に貴方を殺そうかしら」


 エディアはサイズの鎌を避けると、そのまま羽を用いて飛び上がり、距離を取って二人を見ていた俺の目の前に着地した。


「オルム!?」


 サイズが叫ぶ。駄目だ、彼は間に合わない。......やらなければ、俺が殺される。しかし、敵はエディアの顔をしている。躊躇いそうになる俺の脳裏にソフィアの顔が浮かんだ。此処で死ねば、折角、俺を信じて見送ってくれた彼女に申し訳が立たない。

 俺はほんの少し迷いながらも、彼女の胸に向けて三発の銃弾を撃ち込んだ。


「っ......はぁっ......」


 その銃弾が槍で跳ね返される、なんてことはなく、彼女の胸に三つの穴が空いた。苦しそうな声を漏らしながら槍を手放し、その場で倒れるエディア。頭の中が真っ白になった。


「エディア!?」


 大きな声で彼女の名前を呼び、倒れた彼女に駆け寄るサイズ。既に彼からは憎悪や殺意が消え、再び、エディアへの想いが戻っていたようだった。


「ぁっ......痛い、わね。ただの人間だと、油断していた。私の負けでいいわ。早く、トドメを刺した方が良いわよ......不死族程じゃないけれど、吸血鬼の肉体の修復力も中々なものよ......」


 顔を顰め、声を振り絞りながらサイズに早く自分を殺せと諭すエディア。そんなエディアの様子をサイズは若干、過呼吸になりながらも一生懸命、無言で見つめていた。


「......親父を殺した吸血鬼がこんなに弱い訳がねえ」


 暫くして、突如、我に帰ったかのように、サイズが虚な目で何かを見つめるエディアに対し、そう言った。


「......久しぶりに戦ったから、身体が鈍っていたのよ」


「わざと撃たれただろテメエ」


「......そんな訳」


「肆の勇者の力は鎌で『刈り取る力』。その対象は何も相手の命だけじゃねえ。俺は鍛錬不足で出来ねえが、その道を極めた歴代の肆の勇者は相手の理性を刈り取ったり、記憶を刈り取ったり出来たらしい。全く、邪悪な能力だよな」


「・・・・」


「......全部、思い出したよ。親父の死体の傍でお前は首を傾げながら座り込んでいた。名前も、親のことも、帰る場所も分かんねえお前をまだガキだった俺は自分の家に連れて帰ったんだ」


「その辺のこと、よく覚えてない」


「あの時のお前は自分よりもずっと、歳上に見えたもんだが......きっと、あの頃からお前はそのガキンチョ体型だったんだろうな。身体が成長しないお前の身長を、俺はどんどん越していった」


「結局、何が言いたいのよ」


「......お前は親父に吸血鬼としての記憶を刈り取られていた。そういうことじゃないのか。刈り取られた記憶をどうやって取り戻したのかは分かんねえが」


「そろそろ、身体が回復してきた。今、私を殺さないとオルムを殺すわよ」


「誤魔化すな。本当に殺そうと思っている奴はそんなことをわざわざ言わねえよ」


 サイズの厳しい視線がエディアに注がれる。エディアはすうっと息を吸い込み、目を瞑ったかと思うと息を吐くと同時に目を開け、涙を流した。


「......仮に、僕が記憶を失っていたとして、それが何だって言うんだよ。今、サイズ......君の記憶自身が僕が君達の親を殺した犯人だということを証明したじゃないか」


「記憶が無かったのならば、少なくとも俺の知っているお前は俺の親を殺していない。記憶を失う前のお前と失った後のお前は別人だ」


「だったら......!」


 エディアが甲高い声で叫ぶ。


「だったら、記憶を取り戻した私はもうサイズの知っているエディアじゃないのよ。今の僕はきちんと覚えている。私がギルドマスターなんかをしていたあの街で、僕が犯したことを。それだけじゃない。自分が吸血鬼だった頃の百年、五百年......途方もない年月の記憶が今の僕にはあるのよ」


「......途方もない年月、吸血鬼だった割には十数年の人間として生きてきた記憶が随分、今のエディアに影響を与えているみたいだな」


 俺が呟くように言ったその言葉にエディアは何度か頷き、何度かかぶりを振った。


「もう私には僕が誰なのか、分からない。ただ、分かるのは自分が断罪されるべき存在ということ、もう君達と前のような関係には決して戻れない、戻るべきではないということ。......だから、ねえ、サイズ、僕を殺してくれ。出来る限りの憎悪を込めて、僕に復讐をしてくれ。君達に殺して欲しくて、頭がどうにかなりそうなんだ」


 優しい笑みを浮かべて、殺してくれと乞うエディア。そんな彼女をやはり、俺は見ていられなかった。


「エディア、俺はお前に戻ってきて欲しいよ」


 俺はただ、率直な願望を彼女に伝える。いつしか、俺の目からも涙が溢れていた。


「......君の両親を殺したのは私だ。君にとって僕は憎むべき相手の筈だ」


「冷静に考えたらそうなのかもしれないけど......それよりエディアとまた、友達として楽しくやっていきたいという気持ちの方が強い、かな」


 正直、状況がまだ正確に飲み込めていないのも事実だが、それでも『エディアに死んで欲しくない』という気持ちはどれだけ冷静になっても変わらない気がした。


「......俺はお前のことが好きだ。惚れた相手を殺せる訳がない」


 サイズは抑揚のない......しかし、何処か感情を絞り出すような口調でエディアに告白をした。一瞬、呆気にとられた様子でポカンとした表情になったエディアは直ぐにクスッと笑って大きな溜息を吐いた。


「......ごめん、君達にそんな顔をさせてしまうなんて。本当はもっと、上手く行くと思っていたんだ。君達に出来るだけ酷いことを言って、君達の怒りを煽って、それで殺してもらうつもりだった」


「本当、もっと、上手くやれよ。大失敗だよ馬鹿」


「......ごめん」


「それで、返事は」


「......ん?」


「告白の返事聞いてんだよ、察せよ。あー、もう、オルムの前で恥ずかしい!」


「......嬉しかったよ。僕もずっと、君のことが好きだった。でも、今の私に貴方を愛する資格なんてないんだ」


「お前がどうやってでも、償いをしたいのは分かった。ならまず、下の吸血鬼をどうにかしろ。そして、これからも生きてお前の罪の清算をしろ。殺されて逃げるなんて許さねえ。自殺もさせねえ。お前が自殺すれば、お前は俺とオルムからまた一人、大切な人を殺したことになるからな」


「......それ、は......」


「傷口、もう塞がってんじゃねえか。本当にバケモンだな。もう戦えるか?」


「一応......は」


「だったら、さっさとガキンチョ達の救援に行くぞ! ほら、早く! オルムも行くぞ」


「あ、あああああっ!? ちょ、ちょっと待って!」


「うおっ、ちょ、サイズ二人も持って大丈夫か!?」


「行ける行ける! ちょっと、荒っぽくなるかも知らねえが!」


 エディアと俺を担ぎ上げ、走り出したサイズ。その姿は先程、自分を殺せと叫んでいたソフィアを抱いて走った俺の姿と重なった。

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