125 苦痛
「来た......わね。じゃあ、早速、始めましょうか。あなた達は悪魔と不死族をお願い。ワタシは勇者の方を殺すわ」
俺達が新たな戦場へ辿り着いたことを確認したエディアはドミニクとディーノにそう命じた。二人はそれに頷く。
エディアの身に何が起こったのかをはかりかねている俺、それを考えるよりも先に目の前の敵を倒すと息巻いているソフィアとフラン、そして、幼馴染であり、友人であり、想い人でもあるエディアに槍を向けられ、混乱状態にあるサイズ。俺達はそれぞれ、違った状態にあった。
もしかしたら、相手方もそうなのかもしれないが。
「な、なあ、エディア......」
「そんなに怯えなくても教えてあげるわよ。何故、ワタシ達が戦わなくてはいけなくなったのかを、ね。但し、条件がある。教えて欲しければ、貴方とオルムの二人で......そうね、あの廃坑のあるあたりまで来なさい。其処の二人はディーノとドミニクを倒すまで、絶対に来ないこと」
彼女は山の中腹の方にある廃坑への入り口を指差して言った。
「だ、誰がそんな約束守るのよ。オルムなんて殆ど戦えないんだからすぐ殺されちゃうじゃない!」
フランがエディアに抗議をする。『オルムなんて殆ど戦えない』、耳の痛い話である。
「貴方、『肆』の勇者なんでしょ? 非戦闘員の一人くらい守りなさいよ。それに約束を守らなければ、私の口から貴方に言うことは何もなくなるわね」
エディアはサイズに視線を向け、嘲笑うようにニヤリと笑った。その状況を見て俺は小さく溜息を吐く。何度死線を潜り抜けても、やっぱり、こういう状況は慣れない。
「俺は応じる」
俺は短く一言、そうエディアに伝えた。
「オルム!?」
サイズが驚いた様子で俺を見た。
「サイズには知る権利がある」
「ソフィアも契約者が決めたことなら異論はありません。この二人を倒せば応援に駆け付けても問題ないのですよね?」
「そうなるわね」
エディアがコクリと頷く。
「では、この二人を即座に消し去り、いち早く契約者の下に駆け付けるのみ」
いつもなら『危険だ』と、『契約だから自分が傍に居る』と言い出す筈のソフィア。しかし、今回はすんなりと俺の決断を認めてくれた。それがソフィアが柔軟になった結果なのか、それとも、サイズを想ってのことなのかは分からない。
「......悪いな、お前ら。絶対にこの借りは返す」
「良いんだよ、友達なんだから。借りとか」
泣きそうになりながら頭を下げるサイズに俺はそう笑った。
「話は纏まったようね。じゃあ、付いてきなさい」
エディアは背中の羽を大きく羽ばたかせ、廃坑の方へと飛んでいく。俺達は互いに目を合わせると、互いの武運を祈り、ソフィアとフラン、俺とサイズの二手に分かれた。
次の瞬間、サイズは俺の体を担ぎ上げ、そのまま、物凄いスピードで山を登り出す。直ぐに後ろから爆発音と金属音が聞こえてきた。ソフィア達がディーノ達と戦闘状態に入ったのだろう。
何の力もない俺には二人の無事を祈ることしか出来ない。この無力感と歯痒さはやはり、何度、修羅場を味わっても慣れることが出来ない。何か、一つでも彼女らの力になれることがあれば......。
「着いたぜ、オルム」
サイズはそう言うと、担ぎ上げていた俺の体を丁寧に地面に下ろしてくれた。辺りを見回すと確かに其処は、先程、下から見上げていた廃坑の入り口。やはり、八つ首勇者の身体能力は凄い。俺が自分の無力さを嘆いている間に、目的地に到着してしまうとは。
「あら、思ったよりも早かったわね」
俺達よりも先に此処へ到着していたエディアが俺達を見てクスリと笑った。そして、彼女が笑ったのとほぼ同時に拳ほどの大きさの石が俺の耳のあたりを掠めた。彼女が魔法か何かで飛ばしてきたらしいそれのスピードは弾丸のようであり、もし顔に直撃していればそれだけで俺は死んでいたのではないかと思う。
「あら、外れちゃった」
大袈裟にかぶりを振り、残念がるエディア。仮に今のが外れていなくても、このペンダントが守ってくれていただろうが、問題なのは其処ではない。『エディアが俺を本気で殺そうとしてきた』という事実が重要であり、衝撃だった。
「エディア......お前、自分が何したのか分かってんのか?」
「あら、ただの挨拶じゃない。だから、ね? 鎌を向けるのを止めて頂戴。貴方はワタシに聞きたいことがあった筈よ」
「そんでまた警戒を緩めたときに不意打ちみたいな真似されたらたまんねえだろうが......」
「あら、『ボクを信じてくれないのかい、サイズ?』」
苛立つサイズを更に挑発するかのようにクスクスと笑いながらそう言うエディア。サイズは顔から涙を流し、身体をブルブルと震わせながらエディアを睨み付けていた。
「お前は......お前は何なんだよぉ......! エディアの中から出ていけ!」
鎌を握る彼の手に力が入るのが分かった。俺は慌てて、彼を止める。
「落ち着け。此処でアイツを攻撃しても何にもならない」
「そうそう、オルムはよく分かっているわね。あ、後、私は間違いなく『エディア・エイベル』よ。サラのことも、カリーナのことも、全部覚えている。忘れないで、私は貴方のよく知っているエディアよ。......そうじゃなきゃ、いけないんだよ」
「......訳が分かんねえ。御託は良いからさっさと話せよ、お前がこんなことになっちまった理由を」
「約束ですものね。勿論よ。あ、お話の最中に攻撃は止めてね。私もしないから」
「さっき、不意打ちした奴がどの面下げて言うんだか」
俺は溜息を吐きながらエディアを睨んだ。
「だから、アレは挨拶じゃない、挨拶。もうしないわよ」
持っていた槍を地面に置き、両手を上げ、敵意のないことを示すエディア。しかし、俺とサイズは警戒を解かない。エディアは俺達の様子を見て小さく溜息を吐くと、語り出した。
「最初に言っておくわ。貴方達の父を殺したのは私よ」