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124 霧の中


 それはまるで一つの長い夢から醒めたようだった。曖昧で、モヤのように掴みどころがなく、それでも幸せな、そんな日々が静かに、まるで、霧が消えるように消えていくような気がした。霧が晴れた後に残るのは見たくも、知りたくも......いや、思い出したくもなかった真実だけだった。


『ヘッ。中々、やるじゃねえかテメェ......んなことになるんだったら、もっと真面目に鍛錬積んどけば良かったかもナァ......』


 サイズ......いや、違う。別人の声だ。


『......まあ、今の勇者なんてどいつもこんなものよね。期待したワタシが悪かったわ』


『勝手に期待されて、勝手に失望されてもな』


『......若干、手こずったけどこれで終わりよ。じゃあね』


 ......やめてくれ。


『良いこと教えてやるよ餓鬼んちょ。勇者様ってのは最期に奥の手を隠してんだよ』


 視界が暗転する......いや、身体がこの夢から覚醒しようとしているのだ。多分、次に目を開けたときは......見たくもない現実が広がっているのだろう。


「お目覚めですかな?」


 見知った、それも何年も、何十年も、遠い昔から見知った顔の老人がそう話しかけてきた。私の身体は主戦場からかなり離れた場所と思われる、民家の屋根の上に寝転がされていた。

 そういえばこの辺り、百貨店に行く道中に通った気がする。


「......ええ、お陰様で」


 私は大きな溜息を吐きながら老人にそう伝えた。


⭐︎


「ソフィア! 他の勇者達はいつ起きるんだ!?」


「彼らにはかなり強力な魔法を掛けました。魔法陣は消しましたが、それでもあと数時間はあのままかと」


「チッ。俺らだけで戦えってことかよ! おい、ガキ......フラン! 戦えてるか!?」


「ふっ、馬鹿にしないでよね! 私を何だと......!」


「はいはい、姫様、よそ見するとお腹に穴が空いちゃうよ!」


「うっさい! ぶち殺してやるわ」


 ソフィアとサイズが加勢に入ってからも、ディーノと俺達の戦いは膠着していた。あの三人相手にアレだけの勝負を繰り広げるディーノは一体、何者なのか。ただ、見ていることしか出来ない俺にその答えは分からなかった。

 パッと思い付くのは吸血鬼版『ソフィア』という説。魔界で勢いのある種族らしい吸血鬼がソフィアのような秘密兵器を所持していてもおかしくはない。吸血鬼と悪魔に滅ぼされたという不死族の国にさえ、フランが居たのだからおかしな話ではないだろう。

 そんな風に色々と思考を巡らせていると、突如、俺の方にディーノの放った棒状の火の玉が飛んできた。


「危なっ!」


 俺は慌てて回避するが、地面に着弾したそれは炸裂し、大きな爆発を生じさせた。胸元のペンダントが光る。


「契約者!」


「大丈夫だ! ソフィアのペンダントのお陰で!」


 流石、ソフィアお手製のペンダント。どんな原理かは知らないが、ディーノの攻撃から俺の身体を守ってくれた。恐らく、バリアのような魔法を展開していると思われる。


「非戦闘員に攻撃するとは、如何なものでしょうか」


「いやでもさ、ほら、ボク、さっきオルム君に攻撃されたし」


「お前が俺とフランを奇襲してきたからだろうが! 正当防衛だ、正当防衛!」


 そんなやり取りを挟みつつも戦闘は続いた。ソフィアの実力は魔法を際限なく放つことで初めて発揮されるというのに、この大都市ではそれが出来ない。

 流れ弾が繁華街の方に飛んで行ったら大きな被害が出ることになる。ソフィアはかなり力を制限された状態で戦わされているのだ。

 本当は無理矢理にでも場所を変えたいところなのだが、ディーノの素早い攻撃はそれを許してくれない。


「チッ......ドミニクとエディアは何処に行きやがったんだよ」


 サイズが額から汗を垂らしながら鎌を構え、呟いた。エディアとサイズが此処へ到着してから直ぐに、エディアはドミニクに攫われた。

 いや、正確には攫われたのかは分からない。もしかしたら、ドミニクが安全な所に彼女を避難させてくれたのかもしれない。しかし、どちらにしろエディアの消息が不明ということでサイズを含め、俺達は緊張と不安を覚えていた。

 そもそも、ドミニクの体はフランが魔法で拘束していたはず。それを彼は破った......混乱してきた。


「この辺り一体ごと、あの吸血鬼を爆破します。幸い、この宿はソフィア達の貸切にしているので中には従業員しかいません。契約者はどうか、従業員の避難を」


 一時、ディーノの相手をフランとサイズに任せたソフィアは俺の近くに飛んでくるとそう頼んできた。

 手段を選べるような状況ではない。俺は若干、戸惑いながらも直ぐに頷いた。


「その必要はない......わよ」


 突如、女の声が戦場に響いた。フランの口調に似ていたが、彼女の声ではなかった。そして、次の瞬間、物凄い風切音とともにディーノのすぐ横に二人の人間の形をしたものが落ちてきた。

 片方は槍を持った老人ドミニク、その背からはディーノのものと同じ蝙蝠のような羽が生えていた。


「此処だとお互い、全力で戦えないでしょう。場所を変えないか......しら?」


 先程、戦場に響いた声と同じ声だった。


「......エディア」


 サイズが譫言のように呟く。彼の視線の先にはあったのはドミニクと共に落ちてきた銀髪の少女。その手にはディーノやドミニクのものよりも立派に見える巨大な槍が握られていて、背からはやはり蝙蝠のような羽が生えている。


「良いわよね、アナタ達も」


「急に現れて急にリーダー気取りってどうなのかと思うけどー、ま、従ってやるよ」


 ふん、とディーノが鼻を鳴らす。


「チッ......どういうことか、説明してくれんだよな?」


「したくないし、する義理もないし、しないわ」


「ちょっと、待って待って待って!? 何か増えた! しかも、増えたのどっちも身内なんだけど!? どうしてくれんのよ!」


 狼狽えるサイズ、ギャアギャアと騒ぐフランに対してソフィアは非常に冷静であった。もしかして、ディーノと組んでいた彼女はこのことも知っていたのだろうか。


「勘違いなさらないで下さい。ソフィアも、ギルドマスターの方は予想外です。しかし、敵なら倒すだけ。場所を変更するのですよね? 此方としては願ったり叶ったりですが」


 どうやら俺の思考はソフィアに筒抜けだったようで彼女はそう補足しつつ、銀髪の吸血鬼、エディアにそう聞いた。


「ええ、此処でやり合っても千日手になる気がするわ。......ワタシ達としても目立つことは避けたいからね」


 いつもと全く異なる口調のエディア、その口調に違和感があまりないことに違和感を覚える。


「良いでしょう。場所は此方で指定しても?」


「構わないわよ」


「では、向こうの鉱山の辺りにしましょう。あの山の坑道は全て廃坑となっているのでどれだけやり合っても人に被害は出ません。麓にも民家はありませんし」


 ソフィアの提案に無言で頷いたエディアは二人を連れて大きな羽で目的地へと飛び去った。


「私達も行きましょうか。貴方のことは私が掴んで飛んであげる」


「......おう、わりいな」


「では、契約者はソフィアが」


「面倒臭いことになってきたな」


 俺は真っ暗な空を見上げながらそう呟いた。

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