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「ソフィア! 出てこい!」


 どうやら、この建物がパーティー会場であるというドミニクの言葉は真実だったらしい。建物の中はシャンデリアの灯で明るく、辺りには幾つもの白い丸テーブルが設置されている。

 ソフィアを探して、走り回っていると、床の違和感に気が付いた。赤紫色の細長い光が床を駆け巡っているる。それはまるで、この会場の床全てを範囲とする巨大な魔法陣のような......。

 ソフィアを探し回っていると、何かが足に当たった。思わずそれに躓き、転びそうになった俺は下を見る。


「......なっ」


 其処には重なり合って倒れているフェルモとアンネリーの身体があった。すぐ近くにアデルの身体も倒れている。背筋が凍り付きながらも、恐る恐る彼らの手に触れた。まだ暖かい。


「......生きてるか」


 三人とも脈はある。気絶しているだけだ。


「ソフィアっ! 出てこい! 命令だ!」


 俺はパーティー会場の隅から隅まで響く様な大きな声でそう叫んだ。


「......こちら、です」


 か細いソフィアの声が聞こえた。俺はその声が聞こえてきた方へ走る。フェルモ達の身体が倒れている所から少し離れた所に、ソフィアはテーブルの足に凭れかかる様にしながら座り込んでいた。


「ソフィア!? おい、大丈夫か! フェルモ達はどうした! この床は!?」


 明らかに顔色の悪いソフィアの体を揺すりながら俺は叫んだ。


「......ソフィアの、展開した、魔法陣です。魔力を身体に多く含んだ者の魔力に働きかけ、相手を眠らせる魔法陣......」


「俺は何ともないんだが」


「......契約者は魔力もなければ魔法適正も皆無なので」


「あ、そか」


「かくいうソフィアも、八つ首を複数人昏倒させるほどの巨大魔法を......っ、使ったことと、ソフィア自身も魔法陣の影響を......受けたことで今は、殆ど動けません」


 若干、息を荒くしながらそう話すソフィア。成る程、ソフィアが八つ首の動きを封じてディーノがトドメを刺す手筈だったのか。


「しかし、どうして俺達が来る前に八つ首を殺しておかなかったんだ」


「......あの不死族は妙に勘が良いので、中で人が死んでいれば気付くだろうと、ソフィアが......。どうやら、契約者の方が勘の良さは上だったようですが」


「あれだけお前がヒントを出してくれてたら気付くよ。って、言いたいところだが、正直、ギルドでユリウスと会わなかったら気付かなかっただろうな」


「......成る程。それで」


「ソフィアは俺との関係をどうするつもりだ? 勿論、俺はお前達の計画を止めるつもりだが」


「......ソフィアは此処から一歩も動けないので何とも。魔法陣によって弱体化している今のソフィアはその辺りの野盗にでも負けるでしょう」


 そう言いながら厳しい表情で彼女は俺の右手を見た。俺のその手に握られているのは、先程、ディーノに撃った拳銃だ。


「自分が無力化されているから俺に力を貸すことも、俺を妨害することも出来ない......ってことか。上手いこと、契約を破ることなくディーノに協力したって訳だ」


「今なら」


 目の前の愛しい少女への怒りに心を震わせている俺に対して、彼女はポツリと何処か上の空で呟いた。


「は?」


「今なら、その銃でソフィアを殺せます」


「......何言ってんだお前」


「ソフィアは今、大量の魔力消費と魔法陣の効果によって弱体化しています。しかし、そのうちソフィアは体内の魔力のバランスを調整し、魔法陣の効果から抜け出すでしょう。......そうなれば、ソフィアはこの力であの不死族と八つ首達を殺します」


 冷徹に、無表情で、事務的に彼女はそう言った。驚く程に平然とである。


「・・・・」


「有り得ない、という表情をしていますね。しかし、八つ首の排除が上からソフィアに与えられた命令だということは契約者も以前からお知りだった筈でしょう。ソフィアが肆の勇者を殺そうとしたこと、ありましたよね?」


「でも、アレはお前が思いとどまって......」


「纏めて殺した方が良いと思っただけです」


「纏めて......って」


「契約者は一度もおかしいと思ったことはないのですか。こんなに立て続けに八つ首と遭遇している現状に」


「......それは」


「正直、肆と弍については予想外でした。しかし、他の勇者との遭遇は全て計画通りです......あの吸血鬼の」


「ディーノの?」


「アレはソフィアよりも何年も、いえ、何十年も前から人間界で暗躍しています。クリストピア革命も、三勇帝国革命も全てアレの仕組んだことです。......ソフィアも聞かされたときは驚きました。アレはソフィアすらも駒として使っていた。それが悪魔と吸血鬼の共栄のためならやむなしですが」


 そうだ。悪魔の利益追求、それこそが彼女が悪魔達と結んでいる契約であり、それを果たすことが彼女の本懐。甘いことは言っていられない。これは、ソフィアと悪魔、悪魔と吸血鬼、人類と魔族という巨大な盤の上での出来事なのだから。

 ただの、人間である俺にどうこう出来る問題でもない。


「......許さない」


「は?」


 ソフィアが先程とは打って変わって素っ頓狂な声を出した。少し間抜けで、可愛らしい声だった。


「俺はサイズ達のことも、フランのことも好きだ。お前にも、誰にもアイツらを殺させたりしない。......それに、お前がそんな罪を負わされることを俺は許さない」


「......またですか、契約者。何を言われようと今回の件でソフィアはあなたに与しない。命は保障します。黙って見ていて下さい。それが嫌なら、早くその銃でソフィアを撃って......」


「まだ、指輪を渡せてない」


「......何を」


「まだ、あの指輪も渡せてないって言ってんだよ! ソフィア、お前は俺のことをある程度、理解してるって言ってたよな!? なら、分かるはずだろ! 俺がソフィアを殺すことなんて出来ないことくらい!」


「貴方は、貴方の敵であるソフィア一人の命と何の罪もない友人達の命、どちらが大切なのですか」


「そんな質問をしたところでどっちも大切、ってつまらない返答をするのが俺だってことも、賢いお前なら分かるんじゃないのか」


「っ......しかし、どちらかを選ばなければばならないことくらい貴方も理解している筈......!」


「理解はしてるけど、選ぶつもりはねえよ! 結局、最近のソフィアの分裂の原因はコレだったんだな!? ディーノに八つ首とフランを殺す計画を話されて! それを実行するのに耐えられなかったソフィアが生み出したもう一つのソフィアがお前だった訳だ!」


「......っ、ええ、その通り。ソフィアは......私は『ソフィア・オロバッサ』という兵器に埋め込まれたプログラム、防衛機制、彼女にかけられた呪縛そのもの。元は彼女と私は一つだった。区別が必要なかったと言っても良いかもしれません。しかし、段々と私達は別物になっていった。今回の件であのソフィアが逃げ出した以上、ソフィアの役目は私が......!」


 もう魔法陣の効果を無効化することが出来たのだろうか。ソフィアは立ち上がり、声を荒らげてそう叫んだ。


「プログラムの割によく叫ぶなあ、お前は!」


 俺はそう叫び返すと彼女の身体を抱きしめ、彼女の唇に軽く口付けをした。


「なっ......」


「いくら魔力の大量消費と魔法陣の効果でへたってるからって今のを避ける力くらいはあった筈だ。......俺は悪くない、と思う」


「......いえ、避けるつもりは、ただ、唐突過ぎて。あ、えっと......」


「ソフィアの意思が凄く硬くて、そう簡単に曲げられるものじゃないことはよく分かった。だから......すまん、上手く言葉に出来ない」


「興醒めですね」


「あんまり、そういうこと言わないでくれ。後まで引きずるから。......まあ、つまりだ」


「つまり?」


 俺は少し頬を紅潮させながら、首を傾げるソフィアの目をしっかりと見つめて口を開く。


「俺はソフィアが好きだ。だからこそ、お前と戦いたくないし、お前を加害者にしたくない」


「......好き、というのは」


「惚れてるってこと」


「......このタイミングで、ですか。それも本当のソフィアではなく、私に......私に言う方がハードルが低かったのでしょうか」


「あっちのソフィアと比べて若干、お前の方が言いやすかったのは否定しない。でも、俺が好きなのはソフィアだ。そのソフィアに『あっち』も『こっち』もない」


「・・・・」


 顔を紅潮させ、俺から目を逸らしながら少し不満そうに溜息を吐くソフィア。遂に言ってしまった、という後悔にも似た興奮と、やっと、言うことが出来たという安堵、相反する感情が俺の心を埋め尽くした。


「別にだから何だって話なんだけどな。お前を好いてやってるんだから、俺に味方しろ、なんてことを言うつもりは毛頭ない。......ただ、俺の気持ちも分かって欲しかった」


「......あっ」


 俺は人形のように軽いソフィアの身体をいつも、ソフィアが俺を空中でそうする様に、お姫様抱っこの形で持ち上げると、建物の出口の方へ走った。


「魔法陣から出さえすればある程度、力出せるだろ。後はソフィアが決めろ」


「......契約者。いい加減にして下さい! どれだけソフィアを......ソフィアに......!」


「......独りで背負い込ませて悪かった。沢山、SOSを出してたのに気付いてやれなくてごめんな」


 驚く程に感情を乱し、声を荒らげる彼女に俺はそう言った。その言葉は『堅物ソフィア』だとか、『通常ソフィア』だとかではなく、単純にソフィアに向けて伝えた言葉であった。


「卑怯ですね」


「悪い」


「......さっきの接吻と告白、向こうのソフィアにしてやれば良かったのに」


「そういうのじゃないって、さっき、言っただろ」


「はぁ......全く......。建物を出たら、ソフィアの言う通りにして下さい。何とかします」

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