12 冗談
「エディア......あのな」
その剰りにも勘が良すぎる発言にサイズは呆れた様子だ。
「言われなくても分かっている。ソフィア君が魔族の可能性は極めて低い。でも、可能性はゼロじゃないんだ。もしかしたら、八つ首勇者の末裔かもしれない。八つ首勇者の末裔の三人は消息不明だからね。他にも別の国が開発した兵器のようなものかもしれないし......」
どうやら、確信があってソフィアを魔族と言った訳ではないらしい。俺は少し安堵する。
「ギルドマスター、貴方の言っていることは全て根拠に欠けています。これ以上無益な勘繰りを続けると言うのならば私達は名誉毀損で訴えさせて頂きますが宜しいでしょうか?」
ソフィアの毅然とした対応にサイズは『パンっ』と手を叩いた。
「カッ! だってよ、エディア。ガキんちょもお前の馬鹿みたいな話には付き合ってられねえってさ」
人差し指でエディアを指して、サイズは壊れたように笑い声をあげる。そんな態度を取られても、エディアが皺一つ作らないのは、やはり彼らの間に信頼関係が築かれているからなのだろう。
「......はあ。負けだよ、負け」
そして、エディアはサイズの煽り文句にわざとらしく頭を振った。
「すまない。普通は皆もっと怖がるんだけどな。でも名誉毀損で訴えるとまで言われちゃあ、僕は何も言えないよ」
「あの......つまり、どういうことですか?」
数秒前とはうってかわって、エディアの雰囲気は出会った頃のフレンドリーなモノへと変わった。そのことに俺は困惑してしまう。
「ソフィア君のことを今も怪しんでるのは本当だ。でも、だからといって彼女が言った通り疑うには根拠があまりに欠けている。だから、変に詮索するつもりは無い。さっき言ったことは全て冗談だから安心してくれ」
エディアは苦笑しながら俺達に謝った。からかっただけにしては随分ドスが効いていた気がする。これが俗に言うブラックジョークか。
「ま、まあ......それなら良いんですけど」
「からかい、の必要性を分かりかねますが。まあ、私達について詮索をしないのであれば良いでしょう」
ソフィアと俺は、互いに心の中で胸を撫で下ろしながらエディアにそう言った。仮にエディアが俺達のことを本当に怪しんでいて、どうにかしようとしていたら俺の命が危なかった。
「そもそも冒険者ギルドって素性の分からないグレーっぽい人も受け入れているし、ちょっと怪しいくらいでどうこうはしないよ」
実際、記憶喪失という設定は無理がある気がしていたのでそんな俺達にとってギルドマスターから直々にそう言って貰えるのは非常に有難いことだった。
「ふう、エディア~用が済んだなら行こうぜ~」
元の雰囲気のエディアに戻ったことでサイズも安心したらしく、サイズはおどけた様子でエディアの髪をわしゃわしゃと触った。
「ああ、はいはい。ちょっと待って......って、髪を触らないでくれ! 結構、セットに時間掛かってるんだから!」
「後で俺が櫛で解いてやるから別に良いだろ。さわり心地良いんだよお前の髪」
「ぬぬぬぅ......仕方ないな。ちゃんと解いてくれよ?」
「俺達の前でイチャつかないで下さい」
甘ったるい会話を聞かされ、気分を害したように俺は言った。
「おっと、これは失敬、失敬。あ、多分、もう一度冒険者ギルドに来るようにサーラに言われただろうけど僕の用事は済んだからもう大丈夫だよ。それじゃ、僕たちはそろそろ失礼するね」
「じゃあな、オルム、ガキんちょ」
「......っと、忘れてた。ソフィア君、キミはウチのギルドで一番強い。だから、これからのことを話し合うために何時か呼び出すと思うけど宜しく。言いたいことはそれだけ。じゃあね」
エディアは笑顔で俺達に手を振ると、そのままサイズと何処かへ行ってしまった。
「あ、はい。さようなら」
「......さようなら」
俺達は暫しの間、サイズとエディアの背中を見つめながら無言で立ち止まった。二人の間には嵐の後のような静けさが漂っている。
「俺達もそろそろ行くか」
「分かりました。契約者、その袋はソフィアが持たせて頂きますので此方に渡して下さい」
ソフィアの言った袋とは、先程パン屋の青年から受け取ったパンの入った紙袋だ。
「いや良いよ。重くないし」
「重くなかったとしても、荷物はソフィアが持つのが筋です」
「いや、良いって」
「駄目です」
「だから、良いって」
「駄目です」
どれだけ言っても『駄目』の一点張り。ここは素直に袋を持たせた方が早そうだ。
しかし、何と無くそれだと負けな気がする。
「俺が持ちたいんだよ。良いだろ別に」
「......それは、ソフィアに持たせておくと不安ということでしょうか」
「いや、別にそういうわけでは」
「分かりました。確かに、悪魔などという存在は契約者からすると信用ならないものでしょう。それにこの中に入っている物は食品です。卑しき悪魔が触った物など、とてもではないが食べられない、そういうことですね? ソフィアが浅はかでした。人間の契約者であればそう考えて当然......」
「ああもう、この袋持たせるか持たせないかの話だろ! 良いよ、そこまでして契約とやらを遂行したいのなら持ってくれ! 悪魔とか気にしてないから! というか、今の何!? もしかしてボケてた!?」
どんどん卑屈になっていくソフィアに痺れを切らした俺は声を荒らげた。確かに魔族を嫌う者が多いのは事実だが、俺は別に魔族を嫌ったりはしていない。俺が嫌うのは自分に仇なす存在だけだ。其処に人間も魔族も関係ない。
「ボケる......というのはよく分かりませんが、ソフィアは決してふざけたりはしていません。実際に悪魔のことを生理的に嫌っている人間が多いことは魔界で聞かされてきましたので」
ソフィアはそう言いながら袋を受け取った。
「まあ、そういう人間も一定数いることは否定しないが......。生理的って意味で悪魔を嫌うのはどっちかと言うと敬虔な信者が大半で俺は別に信心深かったりしないからな。無宗教だし。ソフィアが悪魔だろうと何だろうと気にしない」
「......無宗教とは、珍しいのでは無いですか? 人間の殆どは神を信じている物だと思っていたのですが」
「ん~、単純に国民性だろうな。この『クリストピア王国』では科学が盛んだからそもそも宗教があまり根付いてないんだよ。それでも街に一つは教会が有るけど」
「人間界にもそのような国があったとは。教えて頂き感謝します」
「いえ、契約ですので」
俺は何時ものソフィアの真似をふざけてしてみた。さて、どんな反応を見せてくれるだろうか。
「......そうでしたね」
「いや今のはツッコんで!?」
「ですが、契約者が言ったのは事実ですから」
「......もう良い。今日は金が入ったし宿に泊まるか」
俺は冗談の通じない堅物悪魔にツッコんで貰うのを諦めて、そんなことを提案した。
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