119 魔鉱石
ある程度、百貨店の中を見終えた俺達は気付くと、一階の入り口前まで戻ってきてしまっていた。
そろそろ、良い時間だし店を出てフラン達を待っていようか、と俺がソフィアに提案しかけたとき、不意にソフィアが口を開いた。
「......契約者、ソフィアはしなければいけないことが。彼女らと合流して先に帰って頂いて結構ですので」
「え? ああ、追加でパン買うとかか。なら、付いて行くけど」
「いえ......ソフィアが飛んだ方が早いので。何かあればそのペンダントでお呼び下さい。......何があっても大抵のことはそのペンダントか彼女が守ってくれるでしょうし、直ぐに合流しますのでご心配なく」
妙だった。具体的に何処が、というのは分からないが何と無く、気持ち悪さを感じた。
いや、違うな。この旅が始まってから続いているソフィアの不調や違和感、きっと、それのせいで俺はソフィアの行動全てが妙に見えるバイアスがかかっているのだろう。
「......待ってソフィア」
そうと分かっているのに俺は行こうとする彼女の手を咄嗟に掴んでしまった。
「何でしょうか」
「......危ないこととか、しようとしてないよな?」
俺の言葉にソフィアはソフィアと思えないほどに目を丸くし、口を少し開けて驚きを露わにした。
「......どういう、ことでしょうか。ソフィアが危険な状況に陥ったことなどありま......あまり、ありませんが」
「言い直したな」
「兎に角、ソフィアは問題ありませんので」
そう言うと、ソフィアは俺の掴む手を半ば強引に振り払い、俺に『しなければいけないこと』とやらの内容を聞く暇すら与えず、繁華街の方角へ飛んでいってしまった。
「......うん」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、天を仰いだ。
やはり、気のせいではない。いくら、このペンダントの力が凄いからといって、あのソフィアが理由も説明せずに俺を置いて何処かに行くだろうか。
それにいつも、見下すような言葉を浴びせているフランを頼りにするような発言も......いや、あれは本心から頼りにしているのだろうが......それにしてもいつものソフィアの発言とは思えない。
「つっても、俺に何か出来る訳でもないしな......」
ソフィアの様子がおかしいからといって、じゃあ、何故おかしいのかはちっとも分からない。最初は例の半二重人格化の影響かと思ったが、どうやら、そういう風でもなさそうだ。
そんななので、俺が出来ることはソフィアの様子を気にしておいてあげることと、皆に相談してみることくらいのもの。仮に彼女が何かしら無茶をしているのだとしても......まあ、ソフィアなので多少は問題ない筈だ。
「あれ、オルムだけ? アイツは何処に行ったのよ」
ソフィアについて色々と考えていると、そんな声が背後から聞こえてきた。
「ん? ああ、所用だとよ......」
振り返ると其処にはフランとルドルフ......そして、尖った耳を持つ青年が立っていた。百貨店で買ったらしい商品の入った紙袋を持っている。
「何かとお前とは縁があるな、オルム」
弐の勇者、アデル・アハト・ベルガー、数々の死線を共に駆け抜けた戦友が其処には居た。
「アデルも来てたのかよ」
「ああ。ほんの数日前に。フラン達とは百貨店の中で出会ってな」
「それはそれは......アデルも観光だよな? 一人? アルバンとかは?」
「私の目的は観光ではなくユクヴェルの視察だ。......エルフの取引相手としてこの国が信用に足るか、見に来たのだ。まあ、貴様らと同じようにクララの紹介でではあるがな」
「成る程。エルフの長は流石だな」
エンシェントドラゴンの一件以来、人間達とエルフの関わり方について模索しているアデル。俺は彼の行動力を素直に尊敬する。
「後、あのドラゴンがユクヴェル産の魔鉱石を買ってこいとうるさかったのでそれも兼ねている」
と言って、アデルは手に持っていた紙袋の中身を見せてくれた。中には真っ赤に光る石がゴロゴロと入っている。
「......あのドラゴンこんなもん食うのか。高いのか? これ」
「ユクヴェルは鉱山の国でもあるから他国よりかは安価で質の良いものが手に入るな。それにしても高いが」
「......ほう、これほどまでに質の良い魔鉱石は初めて見るな」
ルドルフが紙袋の中身を覗きながらそう言った。
「魔鉱石は長い年月を掛けて魔力が地層の中で結晶化したもの。純度が高い魔鉱石が取れるということは、それだけこの地域に魔力が溢れていたということ。その理由はかつて、ドラゴンが多数、生息していたことが原因だと言われているね。実際にドラゴンの化石も見つかっている。また、ドラゴンの化石の主成分が魔鉱石であることからこの地域の魔法石の大半はドラゴンの遺骸から出来ているのではないかとも言われているな」
と、自信満々に知識を披露してきたのはアデルでもなければ、勿論、フランでもなくアンネリーであった。横にはフェルモもいる。
「お、奇遇ね、アンタ達も来てたの」
「皆さん、こんばんは。ええ......19時に宿に集まるように言われていまして」
「......八つ首が......こんなに......!」
と、警戒心を露わにしているルドルフを他所に俺達は宿へと歩を進ませ始めた。
「ああ、そういえば、言い忘れていたがこの魔鉱石、純度が高い故に非常に衝撃に弱い。私も気をつけるが皆も気を付けてくれ」
「衝撃与えたらどうなんのよ」
「バーンっ、だな」
「こっわ」
「だから、魔鉱石の採掘は命がけなの。しかし、かつての王国は労働者達の安全を確保せずに魔鉱石採掘を行わせていた。それがユクヴェル革命の一因になったと言われているね」
「ふーん。三勇帝国革命の一因とは大違いね」
と、言いながらフランはフェルモの方に目をやった。
一方、俺は再び、強い違和感が込み上げてきていた。ソフィアに対してのものではない。この状況に対してである。その違和感について自分の中で整理しようとしていたそのとき、ユクヴェルのギルドが視界に入ってきた。
いや、厳密に言えばユクヴェルのギルドの入り口の近くに立っていた知り合いらしき人物の顔に俺は反応したのだ。
「......悪い。後で追いつくから先に行っといてくれ。其処のギルドでトイレしてくる」
俺は皆にそう言うとギルドへ走った。