116 上の空
馬車の中で揺られること数時間。出発した頃と比べ、日がかなり上がってきている。そして、日の高さに反比例するように俺達の口数は減っていっていた。
最初の方こそソフィアを除いた全員で盛り上がったものだが、流石に単調な景色以外、変わり映えのないこの空間で何時間も揺られていると、話すこともなくなってきてしまう。
いつも、空を飛ぶソフィアに抱き抱えられる形で高速移動をしている俺は特に移動時間が退屈で仕方がなかった。ソフィアはずっと、ダンマリなので彼女と話すという旅行の空き時間の楽しみも無くなってしまっている。
何か、何か話の種はないか。エディアやサイズと話したいこと。彼らに聞きたいこと。......そういえば、俺、エディアに聞きたいことが前からあったような気がする。気がするのだが、それが何だったか、完全に忘れてしまった。
「んー、んー、んうう......」
俺は必死にそれを思い出そうと頭を抱える。
「どしたオルム、トイレか。次の街まで我慢出来ねえ?」
「ちがわい。んー、あ、そう。槍だ、槍」
遂にド忘れしてしまっていたエディアへの質問を思い出し、俺は何とも言い難い快感を味わった。喉に刺さった魚の小骨が取れた時と同じくらい嬉しい。
「俺、エディアにずっと、聞きたかったんだよ。どうして、エディアはいつも杖に偽装した槍を持ち歩いてるのかを」
エディアの攻撃方法は魔法だけであり、それをどうしても強いられるような状況下でもなければ物理攻撃をすることはない。
だというのに、彼女はいつも槍を持ち歩いている。槍といっても、普通の槍ではない。彼女の槍は一見、杖にしか見えず、実際に彼女も魔法の触媒としてそれを使っている。
杖にしか見えないそれの先端部分についているキャップのようなものを取り外すと、槍の穂が出てくる仕組みなのだ。
槍とはいっても穂はキリより少し大きいくらいで、リーチも短く、おおよそ実戦で使えるとは思えないようなものなのだが。
......更に言えば、彼女はその槍を杖を新調してからも腰に付けている。使い分けのためなのか、愛着があるからなのか、色々、考えはしたが、やはり、本人に聞くのが早いだろう。
「ああ、そういえば、いつか、君達には話すと言ったね」
エディアは自分の杖、もとい、槍に目をやって思い出したように頷いた。
俺が彼女の槍のことを知ったのは彼女とエルフの森に迷い込んだときのことである。今となってはかなり昔の思い出だ。
「しかも、エディア、ドラゴンの素材で出来た新しい杖を手に入れてからも、それを腰に付けてるだろ? どうしてなのか、ずっと気になってたんだ」
『ふむ、そうかそうか。なら、教えてあげよう』と、俺の言葉にエディアは頷いた。
「......まず、どうして新しい杖を入手してからも、これを手放していないのかについて話そう。コレはね、どうやら、僕がサイズの家に来る前から持っていたものらしいんだ」
「え? アンタ達、同棲してたの?」
と、フランが馬車の外から口を挟む。
「ああ、とは言っても僕は殆どギルドに泊まっているがね。子供の頃の記憶はあまり残ってないんだけど、僕はどうやら、サイズのお父さんに養子として迎え入れられたようなんだ」
この前、俺がギルドマスター室で聞いた話をエディアはフランにする。
「記憶が残ってないって、アンタも?」
と、フランが聞いた相手はサイズである。
「あー。......まだ、ガキの頃の話だからな」
サイズはそう言うと、軽く溜息を吐いた。亡くなった父のことを考えているのだろうか。
「話を戻そうか。この杖は僕がサイズの家に来る前から持っていたもの。それは多分、確かなんだ。僕はこの杖と共に育ったといっても過言ではない。昔から肌身離さず持っていた。コレを無くしてしまうと、今までこの杖と共に作ってきた思い出と一緒に唯一、サイズの所に来る前の僕の存在を証明してくれるものまで無くなってしまうよう気がしてね」
「......子供の頃からそんな物騒なもの持ってたのか」
「ああ。何故かは分からないけどね。だから、残念ながらオルム君の一番、聞きたいであろう質問には答えてあげられない。僕自身、この杖......もとい、槍が何なのか分からないんだ」
『もしかしたら、冒険者か何かだった親の形見か何かなのかもしれないね』と、エディアは付け加える。一方、サイズはなんだか気まずそうな表情をしている。
「すまん、サイズ。あんまり昔のこととか聞いて欲しくなかったよな」
「......ん? あー、別に......え、あ? 俺に話しかけてた? 別に親のことなら全く気にしてねえから大丈夫だ。......はあ」
ソフィアに続いてサイズまで何処か、上の空のようになってしまった。
⭐︎
結局、サイズもソフィアもその日の夜、宿屋で食事をとる頃になると、表面上は元に戻っていた。
「うん、このパン美味しいね。ソフィア君的にはどう?」
「生クリームを使っているのでしょうか。口触りが滑らかで中々......」
ソフィアも何やかんやでいつも通りパンに舌鼓を打っている。流石、クララが用意してくれた旅行なだけあって経由地点の宿屋も豪華だ。
「お、この魚のスープも異様に美味え。何というか、旨みがある」
「この地域は魚が有名なのですよ。さあさあ、皆様、お代はしっかりクララ殿が払って下さいますからどうぞ、遠慮なく......」
ドミニクは優しげな笑みを浮かべながらそう言った。まだ、ユクヴェルには着いていないというのに既にかなり楽しい。普段のソフィアの料理も美味しいが、やはり、外食をしなければ味わえない味というものがある。
「契約者」
「ん? やっと、ソフィアの方から話しかけて来てくれたな」
「契約者は恐らく、ソフィアのことをソフィア以上にお知りです」
小さく、俺にしか聞こえない声で彼女は俺にそう告げた。
「......うん?」
言葉の意味も、意図もよく分からなかった。
「何でもありません。......少し、お手洗いに」
そう言ってソフィアは席を立った。
言葉の意味も、意図もよく分からなかった。が、本当に俺がソフィア以上にソフィアについて理解しているというのなら、きっと、ソフィアの『何でもありません』は『何でもある』ときに出てくる言葉だ。
薄々気付いてはいたが、この旅行、やはり......。
「ソフィア様、お手洗いの場所は分かりますかな?」
「......いえ」
「それでしたら、私めが案内しましょう」
「......ありがとうございます」
ドミニクに案内され、トイレへ向かうソフィアの後ろ姿を見ながら俺は溜息を吐いたのだった。