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114 手紙


「契約者、おはようございます」


「......まだ眠い。てか、異様に寒いから外出たくない」 


「室温調整を失敗しました。申し訳ありません」


 事もなげにそう言ってのけるソフィア。俺は耳を疑った。


「失敗......え、ソフィアが? 魔法で?」


 ソフィアは全てが完璧で、決してミスをするようなことはない......とまでは言わないが、今まで俺の理解の及ばないような魔法を幾つも行使してきた彼女が室温の調整に失敗するとは、俄かに信じ難い。

 それ故に彼女に何かあったのではと勘繰ってしまう。


「ええ、昨日の晩に室温を調整するための魔法陣を貼り直したのですが、その時に少し手元が狂ってしまったようで」


「その少しの手元の狂いで俺、凍死したりしない? 大丈夫?」


「流石にそれほどの失敗をすることは......ないかと、恐らくは」


「え、めっちゃ不安。ソフィアを信じたい俺と、不安症の俺が戦ってる」


「......もし、仮にそのようなことがあったとしても、そのペンダントが契約者をお守りしますから問題ありません。ご安心下さい」


「それなら寒い時も暖めてくれたら良いのに......」


「契約者に生命の危機が迫っていない限り、そのペンダントが自動で魔法を発動させることはありません。契約者がご自分でペンダントを介し、魔法を使うことも出来ますが......」


「あっつ」


「熱の魔法は扱いがかなり難しい部類なのでお勧めしかねます」


「ちゃんと、最後までソフィアの話を聞いておくべきでした」


 このペンダントを介せば、『魔法を撃つ』こと自体は非常に容易になる。ただし、その魔法を自分の思い通りに操れるかどうかは使用者自身の力量による部分が多い。弓に喩えれば、硬い弓弦を引くことは簡単になるが、当たるかどうかは別問題、といった感じだ。


「お怪我はありませんか?」


「うん。ちょっと、熱かったけど」


「では、そろそろ、起きて下さい。先程、魔法陣の術式の一部を修正しましたので、まもなく家全体の空気が暖まるでしょう」


「はいはい。それにしても、どうして今日に限ってそんなに起床を急かしてくるんだ?」


「少し、契約者にお話がありまして。......朝食をご用意しております。準備が出来次第、ダイニングに来て下さい」


「ん、了解」


 『お話』とは何だろうと首を傾げながら俺は顔を洗い、パジャマのままダイニングへ向かった。その頃には部屋の空気はかなり暖かくなっており、冷たい水で顔を洗って目も覚めていたため、気分良く朝食に向かうことが出来た。

 朝ご飯は玉ねぎとニンジンがゴロゴロと入った生姜のスープと自家製パン。寒い冬の朝食に最適だった。


「ソフィアのこのスープ美味いんだよなあ。優しい味わいながら、旨味がしっかり感じられる」


「光栄です」


「パンも焼き立てでモチモチしてて美味いし、本当にソフィアの作る飯は最高だ。何より、ソフィアと一緒に食えるから美味さも更に倍増......」


「いつにもまして饒舌に褒めますね。何かやましいことでも?」


「朝から尖ってらっしゃる!? え、もしかして今日のソフィアは朝から堅物な方?」


「......まるで、ソフィアが夜限定で堅物になるような言い方ですね」


「いや、傾向的に夜の方が堅物率高いからさ」


「......えっと、それはどういう?」


 あ、違う。これ、普通のソフィアだ。てっきり、言葉に棘があるから堅物ソフィアかと思ってしまった。


「いや、何でもない。ごめん。忘れて」


「......契約者」


「ん?」


「ソフィアに何か隠し事をしていらっしゃいませんか?」


 訝しげにジト目を向けながらソフィアは聞いてきた。その目を向けられて俺は直ぐに『堅物ソフィア』を思い浮かべてしまう。『通常ソフィア』に対する、俺の隠し事といえばソレだ。


「ん、いや、別に。してるとしても好きな娘の名前くらいだけど。どうして」


「契約者が思いを寄せている方についても気にはなりますが......。いえ、その、最近の契約者、妙によそよそしいというか、ソフィアを見る目が少し変わった気がするのです。形容し難い違和感を契約者に感じます」


 そこまで普段から俺を観察してくれているのかと嬉しくなった反面、ソフィアの勘の鋭さには恐怖すら覚えた。

 『堅物ソフィア』の存在について知ってから、俺は彼女のことを心の中で『通常ソフィア』と名付けて呼んでいる。それは今まで『ソフィア』と認識していた彼女を、『堅物ソフィアじゃない方』、『二人いるソフィアの片方』として認識するようになったということだ。

 俺のその認識の変化が、彼女には『自分を見る目の変化』として伝わってしまったのだろう。流石、ソフィアといったところか。


「はい、その通りです。隠し事してました。ごめんなさい」


 ソフィア相手に長きに渡って隠し事をするのは不可能と悟った俺は、正直にそう言って頭を下げた。


「そう、ですか。......分かりました。仰ってくれてありがとうございます。ですが、契約者が敢えて隠していることを聞き出すつまりはソフィアにはありません。内容は聞かないでおきます」


「......え、あ、そう。あ、ありがとう」


 思わぬソフィアの言葉に俺は戸惑った。長い間、堅物ソフィアの存在を彼女に伏せておくのも心苦しかったのでこの機会にぶち撒けてしまおうかと決心していたのに肩透かしを喰らった気分だ。

 そうまで言われてしまっては、敢えてバラす必要もなくなってしまう。


「申し訳ありません、話を変な方向に持っていってしまいました。本題に入りましょう」


 どうやら、今のが先程、ソフィアが言っていた『お話』とやらではないらしく、彼女は机の上にスッと一枚の封筒を置いた。


「何これ」


「中身を読んでみて下さい。......あ、すみません。契約者宛ではあるのですが、おかしな術式が組み込まれていないかを確認するために封を開けて一読してしまいました」


「ああ、別に良いよ。というより、ありがとな」


 俺は数枚の紙が入っているその封筒から、一枚の折り畳まれた紙を開けて読んでみた。綺麗で可愛らしい丸文字が数行書かれた手紙だった。


「えー、『オルムさんとソフィアさんへ。お元気ですか。私は元気です。三勇帝国への遠征、お疲れ様でした。お礼と言っては何ですが、お二人に旅行をプレゼントしようと思います。行き先は隣国のユクヴェル。共和制国家ということで、私も共和国憲法の勉強と外交の為に行ってきましたが、とても良い所でした。是非、お友達も誘って行ってみて下さい。詳しくは同封している資料をお読みください。......クララより』」


 何とも自由奔放というか、勝手というか、適当というか、クララらしい文章だ。それにしてもまだエンシェントドラゴン、クリストピア革命、三勇帝国革命の疲れが残っているというのに、次はユクヴェルか。


「正直、ちょっとダルいというのが本音だな」


「しかし、今までと違って今回は単純な旅行。現地でしなければいけないことは何もありません。契約者も変わり映えのしない日々に飽きてきた頃なのでは?」


「いや、もうこのスローライフのまま一生を終えたいくらいだけど......ソフィアは乗り気みたいだな」


「人間の世界で見聞を広げるのがソフィアの任務ですので。後、ユクヴェルの労働者が愛してやまないというグラタンパン」


「......王都に行くのを決めたときといい、ソフィアって割と食欲に正直だよな」


「食い意地が張っていると?」


「割とそう言ってるけど、俺はソフィアのそういうところ好きだよ。人間らしくて」


「......左様ですか」


「覚えてるか? ソフィア、最初の頃、自分は霞だけでも生存出来るから食事はあまり要らないみたいなこと言ってたんだぞ?」


「......黒歴史です。忘れて下さい」


「そこまで言うんだ」


「今のソフィアは欲求にある程度正直になることも、感情をある程度出すことも、契約者にある程度冗談を言うことも覚えましたので」


「もしかして最近、俺に当たり強いの冗談?」


「はい」


「悪魔ジョーク怖いなオイ」


 しかし、今のソフィアが昔のソフィアを『黒歴史』とまで否定していること、今のソフィアが欲求や感情など、おおよそ兵器としての首切り魔法には不必要であるものを素直に肯定し始めていること、それらが『堅物ソフィア』の形成に一役買っているのではと考えると少し怖くなった。


「それで、どうしますか、旅行」


「ん〜......ちょい待ち、ソフィアさん、視線怖い。行くよ、行くから。グラタンパン一緒に食べような。うん。友達誘っていいみたいだからサイズ達も誘おう」


 資料に目を通しながら考えようとしていた俺は、ソフィアの『圧』に負けてしまい、よく資料も読まないままにそう言ってしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >現地でしなければいけないことは何もありません 騒動の星の下に生まれてさえいなければ、ね
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