109 才能
俺達が街に帰ってきてから数週間が経った。春にソフィアと出会ってから半年くらいが経った。春夏秋が短く、冬の長いこの地方では既に気温が下がってきている。
「......んー」
この数週間、特に変わったことは何もない。有難いことに金には困っていないが、家でダラダラするのもアレなのでソフィアに剣技を習ったりしている。
サイズやエディアとの付き合いも今まで通り。エルフの森に行く以前の日常が戻ってきた感じだ。
新しく日常に加わったフェルモやアンネリーとは良き隣人として付き合えている。偶にフェルモの顔が虚ろなのが気になるが。
「溜息......どうかいたしましたか」
「やー、何か、変化の無い毎日って幸せだなって」
「そうですか」
そう言えば、『堅物ソフィア』もあれからも偶に現れている。今、俺の話しているのは恐らく『非堅物ソフィア』だが。
このソフィアとあのソフィアの出現割合は大体9:1くらい。そして、堅物ソフィアは基本的に短時間しか現れず、夜が最も出現しやすい、というのが俺のこの数週間での研究成果だ。
『堅物ソフィア』と『非堅物ソフィア』の境界線は実に曖昧で、『堅物ソフィア』時の記憶を『非堅物ソフィア』が保持している時としていない時があることも分かっている。
「なあ、ソフィア」
「何でしょうか」
「最近、あの夢見てないのか?」
俺がそう聞くと、ソフィアは不意に目を見開き、何かに怯えたように表情を歪めた。そして、それと同時に彼女は『......ぃっ』という声にならない叫びを発した。
これは不味いと感じた俺は直ぐに彼女の元へ近寄る。
「だ、大丈夫か? 辛いなら答えなくても......」
「見て......ました」
「え?」
「......契約者に指摘されて、思い出しました。最近、毎日のようにあの夢を見ていた気がします」
息を荒くしながらソフィアがそう言った。
「夢の内容は前と変わらず?」
「申し訳ありません。......覚えて、いません」
「そっか」
堅物ソフィアなら、真実を知っているのだろうか。
「申し訳ありません。契約者にご心配をお掛けして。ソフィアは問題ありませんので。......そろそろ、訓練に行きましょうか」
「......おう」
⭐︎
俺達は家を出ると、空を飛んで暗鬱の森へと向かった。勿論、俺はソフィアに抱き抱えられてだ。暗鬱の森の最奥部、そこには巨大なバジリスクが鎮座している。
「おはよー! 今日もまた特訓?」
「ええ。契約者に柔術をお教えしようかと」
「良いねー。私もまた見てるねー」
「痛そうだなあ......」
最近、俺達は訓練場としてこの暗鬱の森の最奥部を利用している。理由は静かであること、地面にフワフワした草が生えていて倒れても痛くないことなどがあるが、最も大きいのがこの人語を話すバジリスク、もとい、ミラの話し相手になるためである。
ミラと知り合ったのはかなり昔にも関わらず、エルフの森へ行ったりと忙しかったせいで俺達と彼女の関わりはかなり途切れていた。だから、俺達が帰ってきてからは偶に話し相手になるよう、彼女に頼まれたのだ。
「契約者、いつも通り、手加減はしませんが、よろしいですか?」
「おう、望むところだ!」
手加減なし、とは何もソフィアが力を調節しないという意味ではない。というか、ソフィアが本気で俺に力を振るえば俺なんて一瞬で生命体から肉の塊に変えられてしまう。
彼女の手加減なし、というのはスパルタ指導のこと。
「契約者、タイミングが少し遅いです」
「契約者、力が弱いです」
「契約者、こうです。こう......」
「契約者、受け身の練習はそろそろ終えて、投げ技や締め技の練習をしましょう」
「......はーい」
小まめに休憩と水分を取りながらのソフィアによる鬼指導は四時間に渡った。全身の筋肉がひいひい言っている。
「あいででででで......!」
「契約者、先程教えた技で抜けてみてください」
「あいでででで!」
「契約者、先程の技を......契約者」
「はい、何でしょう」
「失礼を承知で申し上げますが、先程から楽しんでおられませんか?」
「......すぅっ。そんなことないぞ! ふんっ! ふんっ! 抜けねえ!」
ちゃんとした大義名分の下にソフィアと密着出来る機会を楽しまない手はない。後、普通に疲労と筋肉痛が凄いので此処らで少し休憩だ。......最近、人としてダメになってきた気がする。
「契約者」
「......はい」
「力を入れる所が違います」
「ごめんなさい」
「......そろそろ、終わりましょうか。契約者の体力と筋肉も限界でしょうし」
「軟弱でごめん」
「......いえ、流石は元兵士。体力はかなりある方かと」
「ソフィアが付きっきりで教えてくれてることが大いに俺の体力に影響を与えていると思う」
「......そう、ですか」
「ちょっとー、人の前でイチャつかないでくれますー?」
不満そうなミラの声が聞こえて来た。
「ソフィアは別に......契約者とは......」
「オルム、ソフィアは満更でも無さそうだよ?」
「からかわないでくれ......あいててて、筋肉痛やばい」
「てか、オルム、魔法の練習はしないの? ソフィアって武術より魔法のスペシャリストだよね?」
「契約者は魔法より武術の方が伸び代があるので」
「要するに魔法の才能無いんだってさ、俺」
「あ、そゆことね......」
何かを察した様子で目を逸らすミラ。止めてくれ、余計傷つく。
「それに、契約者にはソフィアの魔力を結晶化したペンダントをお渡ししています。そのペンダントを使えば契約者もある程度、魔法を扱うことが可能かと」
「そのペンダント、何となく力を感じるなと思ったらそんな代物だったんだ。魔力の気配を隠す細工もしてあるでしょ」
「ええ。相手に警戒されないように、と」
「......改めてこれの凄さを認識させられたよ」
俺は自分の首元にぶら下がっているペンダントに目を向ける。まだ、離れた所にいるソフィアとの連絡ツールとしてしか使っていないが、それだけでも音質が優れていて非常に便利である。
「試しに練習で魔法打ってみたら? 出し惜しみしないといけない程、打てる魔法の量、少なくないんでしょ?」
「ええ。ソフィアの体内の魔力の三分の一ほどを用いて作ったので」
「マジで? それ大丈夫なのか?」
「まだ、回復し切っていませんが問題ありません」
「いや、問題しかないだろ!? 本当、無理させてごめんな!?」
「後、二年もすれば元通りになるのでお気になさらず。それより、有事の際、魔法の打ち方が分からなかったら確かに問題です。ミラが許可してくれているのですから、練習しておきましょう」
回復に二年要するとか、何だか凄く申し訳なくなってきた。
「わ、分かった。どうやってやれば良いんだ?」
「ある程度のことはペンダントがサポートする筈なので契約者は魔法の形とその魔法の対象をイメージするだけで問題ありません。イメージが固まり次第、心の中か声で撃て、とペンダントに命令を」
「あ、森焼かれたりしたら困るからね。あくまでその辺の岩を砕くくらいにしといてね」
ミラの忠告にコクリと頷き、俺は自分から少し離れた所にある高さ3m程の岩に狙いをつけた。攻撃方法はどうしよう。火や雷は燃え移ったら山火事になるかもしれないし......こう、魔力で直接殴るような、そんなイメージで......。
「撃て!」
別に声に出す必要はないのだろうが、俺は拳を突き出し、少し格好付けてそう言ってみる。
すると、俺の突き出した拳から紫色のレーザーのような、蛇のような細長い魔法が飛び出し、対象の岩を瞬く間に砕いた。
「おお......! 何これ凄いカッコいい......! ビューって! 何かビューって出たぞ!」
「めっちゃ興奮してるじゃん。良かったね、オルム、念願の魔法が撃てて」
「お見事です。これからは魔法の訓練も練習メニューに入れましょうか」
「......何かクラクラしてきた」
「あー、絶望的に魔法の才能無い人が、魔道具とかで無理矢理魔法を使うと気分悪くなるらしいよ」
「実戦で使えなくとも、魔法とは便利なものです。少しずつ練習しましょう」
「泣くぞ」