107 既視感
一通り、彼の実験を終えた私は三勇帝国での仕事が片付くと、直ぐに国を出た。勿論、キツめの睡眠薬で眠ってしまった彼を伴ってね。変な集団に絡まれたら厄介だから、商人のフリをしたよ。
『......眠らされていましたか。此処は何処ですか?』
『ああ、起きたのね。もう直ぐ目的地に着くよ』
『目的地って......』
『ルデンシュタット、クリストピアの辺境都市。それが私達の目的地』
『私をそんな所に連れて行って、何をなさるおつもりですか。処刑ならば帝都で行う筈ですし......』
『処刑、ね。その逆だよ。あのまま三勇帝国に居れば、貴方の命が危ないから連れ出したの。貴方は隣国の辺境で、私のモルモットとして生涯を終えて貰うわ』
『......は、はは......そうです、か......』
⭐︎
「まあ、ということが有った訳だ」
「悲惨ね」
「フェルモ、お前も勇者故に苦労したクチか。......何かあったら言えよ」
「もしかしなくても、アンネリー、お前、フェルモをこうする為に革命を起こしたんじゃないか?」
「ええ、そうだよ。この人は私の恩人であり、初恋の人物なの。だから、どうしても手に入れたかった。クララを唆して革命を起こしたのも、レジスタンスなんかを結成したのも、全部、この人の為だよ」
俺の言葉を否定することなく、寧ろ、その全てを肯定した上で更に説明までしてくるアンネリー。彼女の目は、表情は、普通で、むしろ不気味な程に何時も通りだった。どうやら、これがアンネリーという少女の本質らしい。
「......もしかして、八つ首ってヤバいのしか居ないのかな」
ふと、エディアがそんな言葉を溢した。
「少なくとも、フェルモはマトモだろ」
「おい、オルム。何でその中に俺が居ねえんだ?」
「自分で考えろ」
「オルムお前、見ないうちに性格キツくなってないか......」
「サイズ達と別れた後も数々の死線をくぐり抜けてきたからな。性格が歪んでてもおかしくない。なあ、ソフィア?」
俺は先程から沈黙しているソフィアにそう言った。
「・・・・」
しかし、ソフィアは何も言わない。心、此処に有らずといった様子で地面を見つめていた。
「おーい、ソフィア?」
俺は肩を掴んで彼女の体を軽く揺らした。
「......何でしょうか」
すると、彼女は我に返った様子でピクンと体を震わせ、澄まし顔でそう言ってきた。
「あ、いや、えと......大丈夫か? 何か、呆然としてたけど」
「ご心配なく。少し考え事をしていただけですので」
そう言うソフィアの言葉は少し冷たく、何時もより何処か棘があった。
⭐︎
二人の隣人と別れ、五人で家に戻り、それからエディアとサイズの二人も帰った夜の19時頃。俺とフランはソフィアが夕食を作ってくれるのを待ちながら、ダイニングテーブル上で見つめあっていた。
「アイツ、何かおかしくない?」
先に小声で話を切り出したのはフランの方だった。
「ああ......何かあれからずっと無口だったし、言葉も何時もより硬い気がする」
「アンタがそう言うならやっぱり、私の勘違いじゃないみたいね。何かあったのかしら。アンタ、まさか、今日があの子の誕生日だったりしないわよね。誕生日忘れられてて萎えてるなら分かるわよ、あの反応も」
「いや、ソフィアの誕生日とか知らないし......そもそも、魔界とこっちじゃ、暦が違うから正確な日付出すのは難しいだろ」
というか、ソフィアがそれくらいで拗ねるとは思えない。
「んー、なら、どうしたのかしらね」
「契約者、どうぞ」
そんなことをフランと話していると、いつの間にかテーブルの直ぐ横に立っていたソフィアはシチューとバゲットを乗せたプレートを俺の前に置いた。
「私の分は」
「今、取ってきます。貴方の料理も作るよう、契約者に言われていますので」
「いつも悪いな、ソフィア。助かってるよ」
「いえ、契約ですので」
何か久しぶりに聞いたな、その言葉。
「んぐんぐ......ここ数日間、ずっとアンタの料理食べてるけど、シンプルに美味いわね」
「・・・・」
「......う、人が褒めてんだから何か言いなさいよ!」
「メニュー通りに作っているだけでソフィアの技能は関係ありません」
「......あっそ」
食事が始まっても尚、俺達の雰囲気はギスギスしていた。特にフランとソフィアの対立が顕著で、その間に挟まれた形の俺は死ぬほど居心地が悪い。
「な、なあ、ソフィア......?」
「何ですか」
「何か、機嫌、悪い?」
「......いえ、別に。お気になさらず」
サラッと対応されてしまった。何というか、このソフィア、変わったというよりは戻ったという感じだ。俺と出会った頃の無感情で、堅物なソフィアに。
そして、この『堅物返り』とも言える現象を俺は知っている気がする。
「なーんか、アンタ、可笑しいわよ。いつもよりツンツンしてるし」
「・・・・」
「だから、何で私の言うことは無視すんのよ!」
「静かに。契約者は食事中です。ご迷惑を掛けるようなことは控えて下さい」
「ああもうっ......オルム! コイツ、どうにかして! ムカつくっ!」
フランがイライラした様子でそう叫んだ。
「ソフィア」
「はい」
「仲良くしろとは言わないが、今は同居人なんだ。フランにあまりキツくあたってやらないでくれ」
「......ご命令とあらば」
「やっぱり、可笑しいわよコイツ。そんな忠臣みたいなキャラじゃなかったでしょ」
フランが溜息を吐いた。