104 盲愛
ほんっとう、更新が遅くなってすみません!
「ふっ......ぐうううううっ! ああああああっ! はあっ、があああっ、ふうっ、ふうっ、あがががが......!」
「成る程。やはり、身体能力は一般人と大差無いみたいだね。足も此処までしか曲がらない」
体が一切、動いてくれない。この、密室に連れられてきたとき、彼女に打たれた注射が原因だ。
「だから、何度も言っているでしょう。私の体は一般人と変わらな......んうっ!? んぐぐぐぐ」
突然、黒い紐のようなものを彼女は私の口に入れて来た。彼女はその紐を更に押し込み、喉を通過させ、胃へと送り込んでくる。
「我慢してね。ただの胃カメラだから。嘔吐反射で辛いだろうけど」
「うっ、うおっ、おえええ......ウッ」
この帝国の寿命がもう殆どないことは知っていた。だから、私自身、死は覚悟していた。最後にこの革命を起こしたのがどんな者達なのか、それだけ知りたくて私は投降した。
「ふむ。体内も特に可笑しいことはないね。......なら、やはり、脳かな。針が折れたら困るからジッとしててね」
私の口から黒い紐を引き抜いた彼女は突如、注射針を皮膚に刺してきた。激しい痛みが全身を襲う。
拷問を受けることも覚悟はしていた。処刑されることも当然と考えていた。自分のことなどとうに、諦めていた。
しかし、流石にこれは......泣き言を言いたくなる。
「もう、殺して下さい......。死んでからなら、解剖でも何でも......」
「貴重な生体の実験動物をわざわざ殺す訳がないじゃない」
そんな彼女の言葉が耳に届いた次の瞬間、体が一気に熱くなってきた。心臓の鼓動が速くなる。
「今僕に打ったの......何ですか」
「知りたい? 数種類のドラッグを混ぜた、興奮剤だよ。結構、キツめのを打ったんだけど、やっぱり、あまり効いてないね」
「......そんなものを打ったら、貴重な実験体が死ぬかもしれませんよ」
「問題無いよ。これでも私は科学者、そして、医者だ。殺しはしない。だから、安心して身を任せて」
恐怖。僕の頭は恐怖で彩られた。そうか、僕の本能はまだ、全てを諦めていなかったのか。だから、こんなにも彼女が恐ろしくて堪らないんだ。
「はあ......はあ......それで、次は......?」
「少し、休憩かな。予想以上にドラッグが効いていなくて驚いたな。やはり、伍の特殊能力には『精神の安定化』があるみたいだね。後で魔法で精神を弄ってみるのも考えるか......」
そう言いながら彼女は紙で出来たコップを僕に渡してきた。中は透明の液体で満たされている。
「水だよ。安心して」
彼女の言葉が信じられず僕は身体を痙攣させながらも、そのコップと彼女の目を睨んだ。
「私は騙すような真似はしない。そんなことをしなくても、したいことはさせてもらうつもりだしね」
僕は溜息を吐き、未だ激痛の走る身体にその液体を流し込んだ。確かに水だ。美味しい。
「......此処は、何処ですか」
「ああ、貴方、空飛んで連行されてきたんだもんね。知りたい?」
「ええ」
「ヴェハムだよ。此処はその領主の邸宅の地下。此処の領主は此度の革命を起こした組織の代表でね、私は副代表なんだ」
「......貴方のお名前は?」
僕がそう尋ねると彼女の表情はたちまち不機嫌なものとなった。
「へえ......私の名前、忘れられちゃったんだ」
今までの比ではないくらいに冷たく、背筋の凍るような声で彼女は言う。
「......へ? い、いや、僕は貴方と会った覚えは......」
「私はアンネリー・アハト・クライン。貴方と再会することを夢見て、革命を起こしてしまった科学者」
「・・・・」
「覚えていない? あの日、あの場所で私は貴方に助けられた。あの日から私は貴方に縛られた。私は貴方を手に入れるために此処までのことをしたのに、忘れてしまったの?」
その言葉を聞いたとき、走馬灯のように記憶が脳裏を駆け巡った。数年前、確かに僕は帝都で捌の勇者を名乗る少女を助けた......。
いやしかし、あの少女はこのマッドサイエンティストとは似ても似つかない、無口で純粋な少女だった。それがこんな......。
「知っての通り、八代目の捌の勇者は帝国で反乱を起こし、敗北した。そして、帝国軍に家族親族諸共族滅された。......とは言っても、八代目の捌は男。子種をばら撒くことは幾らでも出来た。そうやって、受け継がれてしまった捌の力は覚醒することなく数代に渡って受け継がれたのだろう」
突如、説明口調でそんなことを話し出したアンネリー。脅されているわけでもないのに不思議と脅迫されているような、そんな感覚に陥る。
「ある日、貧民街で一人の少女が生まれた。彼女は何故かナイフの扱いが異様に上手く、到底、少女とは思えない身体能力を有していた。少女の親、そして、貧民街の人々は悟る。この少女は『捌』であり、そのことが国に知られれば『捌』の血を今度こそ絶やすため、貧民街で虐殺が起こる、と」
彼女の声は次第に大きくなっていく。
「貧民街の人々はまだ完全に力に覚醒していない少女を街から追い出した。少女は荒れた農村や他の貧民街で盗みを繰り返しながらも生き続けた。そして、とうとう帝都に辿り着いた。しかし、幾ら、勇者でも水と食料が無ければ力尽きてしまう。帝都に入って直ぐに少女は倒れてしまった」
「......すうっ」
僕は軽く息を吸った。
「しかし、そんな少女の前に青年が現れ、少女に水と食糧を与えた。生まれてから一度も『苦痛』以外の感情を知らなかった少女は初めて新しい感情を知ることになる。少女は彼と再び会い、彼を自分の物にするため、帝国内の無数の反政府組織を糾合。たちまち、レジスタンスの代表にまで登り詰めた」
其処まで言うと彼女は僕の顔に自分の顔を近づけて来た。
「そして、此処に革命は成り、少女は願いを叶えた。貴方を使って実験できるのはこの世に私一人だけ。......これって、貴方を自分のものにしたってことだよね」
「......歪んでいる」
「お互いにね。歪みあった者同士、仲良くしよう。私の革命の目的は貴方の入手に尽きる。だから、事後処理をしたくなくて代表の地位をフロレンツィアに譲ったんだ」
どうやら、死ぬことさえ彼女は許してくれないらしい。もし、彼女を愛すことができたなら少し楽になるだろうか。