103 手土産
「......駄目ですね。魔法で勇者達の居場所を特定しようとしましたが、全く見つかりません。恐らく、魔法の効果が及ばない、結界のようなものが張られた場所に逃げたのかと」
再び、地上からベランダに戻ってきたソフィアは首を振りながらそう言った。
「ディーノの場所も分からないの?」
「ええ。彼も彼で、場所を特定されないように何らかの対策を取りつつ逃亡しているようです」
「......作戦、失敗か」
残る伍の勇者の居場所も知れず、短期決戦に持ち込み、三勇者を失墜させるという俺達の作戦は完全に崩壊していた。
目的を達成出来なかっただけならまだ良い方。この失敗によって三勇者の指揮下の軍とコルネリウスの軍が衝突し、内戦になる可能性がある。クリストピアのときのような、短い内戦ではなく、泥沼の内戦に。
「ごめんなさい。ディーノが介入してこなければこんなことにはならなかったのに。私の責任よ」
「貴方に責任を取る程の力があるとも思えないので責めはしませんが、彼は一体、何者なのですか? 彼はソフィア相手に互角には程遠くとも、善戦していましたが」
シュンと萎んだ様子で頭を下げるフランにソフィアはそう聞いた。
「知らないわ。爺のことは昔からよく知っているけど、ディーノのことを知ったのは人間界に来てからだもの。上級の不死族ではあるようだけど」
「ソフィアが上級不死族相手に不覚を取ったとでも?」
「割とそう言ったわよ」
「・・・・」
「誰が悪い、という話でもないだろう。ディーノの参戦は予想外だった。作戦失敗時は速やかに帰還しろとアンネリー殿に言われている。帰ろう」
アデルが嘆息を小さく漏らしながらそう言った。
「ソフィア、勇者達が逃げたと思われる隠し通路を探し出すのは不可能なのか?」
「......巧妙に隠されているので探し出すのは難しいかと。が、通路は恐らく城の地下から何処かへと伸びていると思われるので、城の周囲の地面を全て抉れば見つかるかもしれません」
「通路を見つけること自体はその方法で容易に出来るでしょう。しかし、通路は複雑に枝分かれしており、歴代の参の勇者による侵入者を惑わせるための結界が張ってあります。幾ら貴方がたでも、その結界を破壊するのは時間が掛かると思いますし、得策ではないかと」
「成る程。確かに八つ首の作った結界、それも何代にも渡って張り巡らせられてきた巨大なものを破壊するにはかなりの時間が掛かるでしょうね。それも、魔法が不得意な弍とは違い回復魔法と補助魔法の使い手である参が作ったものなら尚更......」
「ええ。ですから、今日は一旦、私を捕虜として帰還することをお勧め致します」
「分かりました。では、その様に......誰?」
さも、前から其処に居たかのように振る舞い、話しかけてきた男にソフィアは目を見開く。
メガネをつけた、茶髪の何処にでも居そうな男だった。年齢は20後半から30前半くらいだろうか。
「誰だ貴様」
アデルが銃を突き付けながら聞く。
「伍、フェルモ・アハト・カブールと申します。弍の勇者様、ですよね」
清潔感があり、まるで執事か何かかと疑う程に飾り気の無い服を着た紳士は、何処か暗い雰囲気を漂わせながら頭を下げた。
「......嘘を吐くな。貴様からは八つ首特有の力の波動が感じられん」
「伍の勇者が八つ首の中でも特異な存在ということは貴方もご存知でしょう。伍は戦闘能力が一切無く、殆ど一般人と変わりないのです。力がないのだから『八つ首特有の力の波動』を感じ取らないのは至って当然かと」
「・・・・」
アデルが黙った。フランも、ソフィアも、彼を警戒した様子で睨んでいる。ディーノの件があったため、皆、慎重になっているのだ。
この男が実はフランやソフィアに並ぶような実力者で、自らの力を隠しながら俺達に近付き、騙し討ちを仕掛けてくる可能性も無くはない。
「弍の勇者様、ペンと紙はお持ちですか?」
「.......持っていないな」
「ああ、鉛筆なら私、持ってるわよ」
「貴方は?」
「フランチェスカ」
「フランチェスカ様、ありがとうございます。紙は無いようなので、この床で良いでしょう」
そう言うと、フェルモと名乗った男はフランに貸してもらった鉛筆の芯を木製の床にポンと、押し付けた。
すると、一辺が50cmくらいの正方形が突如、床に浮き出した。その正方形は全て鉛筆の線によって書かれているが、勿論、フェルモは鉛筆を床に押し付けただけで線など引いていない。
そして、更に彼は鉛筆の芯をその正方形の中心に押し付ける。線が浮き出てくる点は先程と同じ。しかし、その線は先程とは比べ物にならないくらい複雑。その線は、恐ろしい速さで伸び、分岐し、直線や曲線を描き、そして文字で表された帝都の地図になった。
「これが伍の能力です。逆にこれ以外は一般人と大差ないんですがね。初代の伍はこの力を使って軍の指揮を取ったとか。......申し訳ありません、鉛筆、使い切ってしまいました」
フェルモはフランに芯の部分だけ、無くなった鉛筆を渡す。
「あ、ああ、良いわよ。別に」
フランは苦笑しながらその鉛筆を受け取り、そして、斧魔法で燃やした。
「貴方が伍の勇者なのは分かりました。ですが何故、今更、我々に降伏を? 壱や参と共に逃げれば我々も追えなかったのに」
「......壱と参が使った抜け道、私には使えないようにされているんですよね。逃げるかもしれないから」
「どういうことよ?」
「何度も言うように伍は力を持ちません。ですから、何代も前からずっと、伍は壱と参にコキ使われて来ていたんですよ。ですから、彼らは伍に逃げられないよう、伍による抜け道の使用を禁じたんです。無理矢理、使おうものなら結界に焼かれます。幾ら、オーラが一般人と変わらないからといって、壱も参も居ない状態でこの城に居れば、革命派にいずれ捕まる。だから、自ら投降したのです」
理路整然とそう語る伍の勇者。壱と参を逃してしまい、アンネリー達に合わせる顔が無い俺達にとって、手土産を与えてくれるというのなら有難い話なのだが......。
「......フェルモさん?」
俺は顔を引き攣らせながら彼の名前を呼んだ。
「何でしょうか」
「えっと、その、投降後の貴方の処遇なのですが......や、ちょっ......ええと」
アンネリーは絶対に伍の勇者は生捕りにしてくれと言った。それは何故か。伍の勇者を八つ首のサンプルとして人体実験に使うためだ。
何というか、元から反対ではあったが、投降してきた、それもこんな紳士な感じの人にそんな非人道的な実験を強制するのはあまりにも気が引ける。
「労役でも禁錮でも死刑でも、何でもお受け致します。ただ、私はこの革命を起こした皆様に興味があるだけですので」
しかし、彼は気持ちが良いほどにそう言った。