101 決行日
三勇帝国に入って二日目の朝四時、そして、作戦決行日の朝、俺達の間には何とも緊張した空気が流れていた。
「作戦を確認するぞ。俺、赤旗嬢、コルネリウス殿とフロレンツィア殿以外で城に突撃。通信魔法で連絡取りつつ、残った奴らが上手い具合に革命宣言して帝政打倒! これで良いな?」
「滅茶苦茶、アバウトだけど、まあ、そういう感じね。てか、アンタは何すんの? アンタ、戦闘力も無ければ地位も無いじゃない」
フランが物凄いチクチク言葉をユリウスに言う。
「ああっ!? 言っとくが俺はこれでもクララ嬢に次ぐNo.2だし、クリストピアの代表だぞ! 実力だけで兵士長になった経歴もあるから、剣の腕も中々だ」
『兵士長』レベルでは話にならないんだよなあと俺は皆を見渡す。人間なら、『八つ首』レベルでなくては。......俺は元下級兵士な訳だが。
「だから、アンネリーに兵士長って言われてたのね」
「ああ。ルデンシュタット、っていう街の兵士長でな。剣技だけで成り上がって兵士長になったは良いが、部下の兵士達がクズ過ぎたのと、責任を負わされるのがダルくて逃げ出した」
『ルデンシュタット』、その言葉を聞いた俺とソフィアは思わず顔を見合わせた。ルデンシュタット、俺達の街の兵士長.......。
「ああ? どうしたんだよ、少年と黒髪の嬢ちゃん」
「.......いや、何でもない。何か、悪かったな。勝手に名前使って」
懐かしい。ソフィアと初めて出会ったあの日、誘拐されかけていたソフィアを助けようと、俺が脅しのために名乗った肩書きが『兵士長』だった。
『物凄く強いが、限られた者の前にしか姿を現さない』兵士長伝説の真相がこれか。
「兎に角、作戦の確認が終わったなら早く城へ向かおう。此処から帝都まではかなり時間が掛かるのだろう?」
アデルが軽く溜息を吐き、そう言った。
「そうだね。ソフィアとフランがオルムとアデルを待って、どれだけの速さで飛べるのかは分からないが、馬車で行けば十日は掛かるよ」
「.......分かりました。そろそろ、行きましょうか」
「あ、アデル、待ってくれ。君に渡したいものがある」
⭐︎
それから数十分後、俺達はアンネリー、コルネリウス、フロレンツィアに一旦の別れを告げ、帝都へと向かった。俺とアデルは飛べないのでソフィアとフランに運んで貰っている。
勿論、俺達も三勇帝国の防衛システムを軽視してはいない。普通の状態で帝都に空から侵入すれば、確実に見つかるだろう。そのため、俺達はソフィアの魔法で透明化している。
フランは最初、ソフィアに透明化魔法を掛けられるのは屈辱的だと嫌がっていたが、どうにか説得することに成功した。
「アデル、アンタ重いわね.......。もっと、ダイエットしなさいよ」
「失礼な。私の退魔の力が貴様に働いているだけだ。私が重いのではない」
「だったら、その退魔の力とやら、調節しなさいよっ! さっきから腕しんどい!」
「ソフィアが交代しましょうか。軟弱な貴方とは違い、退魔の力などに影響は受けませんので」
「ぶっ殺す.......! やってやろうじゃないのよ! エルフの一匹や二匹くらい余裕で運んでやるわ!」
仲が良いのか、悪いのか、不思議な関係性を築いている二人に苦笑しつつも俺達は体が耐えられる範囲の最高速度で帝都に向かった。
空から見る三勇帝国の土地はクリストピア王国のそれとはまるで違っている。荒廃した土地や、農村が多く、近代的な建造物群があったと思えば、それは大体、工場地域。そして、その周りには集合住宅街が広がっている。
「クリストピアの王都も中々だったが、此処はそれよりも空気が汚いな.......。気が滅入る」
アデルがうんざりとした様子で呟いた。
「まあ、帝都まで行けば幾らかマシになるだろ。三勇者様が煙臭い街に住んでいるとは思えない」
そんなやり取りをしていると、段々、枝分かれしていた道が一つの巨大な道に合流し始めた。
「地方から帝都へ繋がる道路の様ですね」
道路は人、馬車、自動車の道が明確に分けられており、沢山の物が行き交っている。クリストピアの王都でも自動車は使われていたが、此方の方がより実用化出来ている感じだ。
「地方と帝都とを繋ぐインフラの大動脈、という訳か。此処を潰せば三勇帝国に大打撃を与えられるのでは?」
「私達、三勇帝国と戦争しに来たんじゃないからね? 何、本格的に国家滅ぼそうとしてるのよ」
アデルの発想が悪魔的過ぎる。
「話は変わりますが弐の勇者、出発前に捌の勇者に呼ばれていた様ですがアレは.......?」
「ああ、直に分かるだろう。楽しみに待っていろ」
少し高揚した様子でそう話すアデル。何故だろう。凄く怖い。
「あ、見えてきたわよ。アレじゃない? 帝都」
アデルが『大動脈』と形容した巨大な道路。その終着点には高い壁に囲まれた円形の都市が存在していた。今まで見てきた三勇帝国のどの土地よりも発展していて、賑わっている。
そして、その都市の奥には巨大な宮殿が聳えていた。
「完全にアレだな。ソフィア、今、何時?」
「8:40です」
三勇者達が朝食を摂り始めるのは9時。うん、距離的にも此処から宮殿まで20分くらいはかかりそうだし丁度良いか。
「よし。このまま、突っ込むぞ」
「了解致しました。突入口である最上階のベランダの位置はソフィアが地図で記憶しております。ソフィアに続いてください。どうせ、貴方は覚えていないと思いますので」
「うっさいわね.......ほら、さっさと行くわよ」
ソフィアとフランの飛行能力はやはり、凄い。先程まで遠くに見えているだけであった帝都がぐんぐんと俺達に迫り、気付けば帝都を囲う壁を超えてしまっていた。
ソフィアの透明化魔法があるとはいえ、帝都への侵入が勇者達にバレないか流石に少し心配だったが、どうやら、杞憂だったようだ。
帝都から宮殿までは本当に早かった。瞬く間に俺達は要塞化された宮殿の敷地内へと足を踏み入れていた.......厳密に言えば、敷地内の土は一度も踏んでいないが。
「あそこですね」
ソフィアの目線の先には大きなベランダ。あそこの扉を突き破り、俺達は三勇者に奇襲を仕掛けるのだ。
「よし、行くか。準備は良いか?」
「ええ。早く行くわよ」
「私も完璧だ」
「ソフィアも、元より.......」
顔を見合わせ、息を合わせ、俺達は勢いよくベランダへと急降下し、ガラスで出来た扉を突き破った。
しかし、奇襲を仕掛けた筈が、扉の向こうには剣を構えた一人の男が立っていた。