100 ペンダント
「契約者、起きていますか......?」
「ソフィアか。起きてるぞ。どこ行ってたんだ」
フロレンツィアの屋敷で迎えた深夜、先程から姿を何処かに消していたソフィアが寝室へと戻ってきた。眠りに落ちる寸前だった俺は眠い目を擦りながら部屋の電気を点けた。
「これを、作っていました」
そう言ってソフィアが俺に見せたのはペンダントのようなものだった。銀色のチェーンによって青い宝石がぶら下げられている。その宝石はソフィアが胸元に付けているブローチの物と似ていた。
「契約者はソフィアの契約違反の償いとして『ソフィアが自主的に考えて契約者に何かすること』を命じられました。その償いがこれ、です。ごほっ......」
ソフィアが咳をすると、彼女の口からはタランと赤い血が垂れた。俺は目を疑う。ソフィアが、あのソフィアが、血だと?
「失礼」
冷静に口元の血をハンカチで拭うソフィア。俺は困惑しながら口を開く。
「そ、ソフィア、大丈夫か......?」
「ええ。問題ありません。これがソフィアの『償い』です」
「......どういうことだ?」
「このペンダント、魔力を凝縮し、結晶化させたものなのですが、これを作る過程で体に負荷を掛けたため、このような状態になっています。少し倦怠感がありますが、ご心配無く」
心配しか無いぞ。
「いやいやいやいやいや、俺のためにそんな無理すんなよ!? ソフィアが血を吐くってことは相当、無理しただろ!?」
「契約違反の代償は重くて当然です。『ソフィアが極端に不利益を被る』内容でなくては。普段、契約者にご命令されたとしても、決してしない、そんな内容でなくては......ゴホッゴホッ」
予想出来た筈だ。ソフィアに代償の内容を任せれば無理をするに違いないことくらい。辛そうに咳き込む彼女を見て心を痛めながら俺は自分を叱った。
「悪い。俺がソフィアに任せたばかりに。俺はソフィアの体を第一に考えてる。頼むから今後、無理はしないでくれ」
「......承知しました。どうぞ、ペンダントを」
「ありがとう。ソフィアとお揃いで嬉しいよ」
ソフィアから手渡されたペンダントを俺はそっと受け取る。何だか手に乗せているだけで体に力が湧いてくる気がした。
「そのペンダントは自動で付けた者を守る能力や、何処にいてもそのペンダントとソフィアのブローチを介して連絡を取れる能力などが備わっています。きっと、契約者の力になりますのでお付け下さい」
「高性能だな」
「ソフィアが血を吐くほど魔力を使いましたから。魔力暴走で爆発するリスクが無いように加工も施しておきましたので安心してお使いください」
「......よし、付けたぞ。ありがとうな。本当に凄い嬉しい」
結構、装飾部分の宝石が大きいため、似合っているかは謎だが、ソフィアとお揃いというだけでテンションが上がる。
「喜んで頂けたなら幸いです。そのペンダントはソフィアとの契約終了後も返す必要はありませんので、一生、お使い下さい。並大抵のことからは契約者を守ってくれる筈です」
『契約終了』その言葉に俺は胸が締め付けられるような痛みを感じた。ソフィアは、俺に剣の稽古を付けてくれた時も『契約者が身に付けた剣術は契約終了後も契約者の物です』というようなことを言ってくれた。
ソフィアはきっと、契約終了後の俺のことを普段から心配してくれているのだろう。だからこそ、ソフィアが居なくなっても俺が生きていけるように色々な物を俺にくれているのだ。
「......なあ、ソフィア、一つ質問良いか」
「ええ」
「契約終了後もこのペンダントは俺の元に残るってことはさ、ソフィアが魔界に帰った後もこのペンダントを介してソフィアと話せるってことだよな?」
俺の質問を受け、ソフィアはハッと気付いた様子でコクリと頷いた。
「......通話機能を削除するつもりはないので理論上は可能かと。ソフィアが応じるかは別問題ですが。......契約者? どうかされましたか?」
気付けば俺の目からは一筋の涙が流れていた。完全に無意識の涙だ。
「悪い。いずれ、ソフィアと別れる時が来ると思うと......」
そんな泣き言を言う俺の頭をソフィアがゆっくりと撫でる。
「......ソフィアも正直、契約者と離れることを想像出来ません。それだけ、貴方には沢山のものを与えてもらった。......感謝、しています」
頬を赤く染め、顔を逸らしながらそう言うソフィア。その姿はあまりにも可愛く、美しく、何処か艶やかであった。
「ソフィア......!」
そして、何を血迷ったのだろうか。ソフィアのその表情を見て俺の理性は崩れてしまい、気付けば彼女を布団に押し倒していた。
「け、契約者......えっと、その......?」
困惑した様子でオドオドと目を動かすソフィア。
やっちまったあああああああああ!
「あ、あー、え、あー」
ソフィアが可愛くて、意地らしくて、ギュッとしたい衝動に駆られたまではまだ良かったのだ。しかし、その衝動を抑えきれなかったために、俺が起こした行動はあまりにも後先を考えないものだった。
うわ、終わった。今まで築き上げてきた信頼関係が全て崩れた。頼む、ペンダントよ。一分だけで良い。時を戻してくれ。
......いや、待てよ。もしかしたら、堅物で戦闘狂のソフィアはそっち方面の知識が薄いかもしれない。それだったら巻き返せるぞ。
「......そういった行為をせよ、とのご命令でしたら、お受け致しますが」
駄目だ。完全に分かってやがる。魔界の性教育はしっかりしてた。
「うっ、あっ、あー......悪い。何か言ったか? 立ち眩んでソフィアの方に倒れちまった。怪我無いか?」
もうこれしかない。幸い、彼女を押し倒してから一度も俺は言葉を発していない。立ち眩んでいたといっても怪しまれることはないだろう。
俺は出来るだけ自然にそう言うと、俺はソフィアを押し倒していた手を退けた。
「......いえ、何も言っていませんし、怪我もしていません。契約者の方こそ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。やっぱり、ストレスとか疲れが溜まってるんだろうな。早めに寝るよ」
「......おやすみなさい」
俺が眠りにつくまで、俺と彼女との間には終始、微妙な雰囲気が流れていた。