10 散歩
今日から若干更新ペースを落とします!
朝食を終えて散歩に出掛けるため、俺とソフィアがギルドを後にしようとしていると、俺達に近寄ってくる人影があった。
「あ、オルムさんとソフィアさん......ですよね?」
「はい。そうですが?」
「私、ギルドマスターの秘書を務めておりますサーラ・ミレイユ、と申します。実はギルドマスターがお二人にお話が有ると仰有っていたのですが、フラフラと何処かへ行ってしまわれて......恐縮ですが夕方になれば流石にギルドマスターも帰ってくると思いますので、そのときにもう一度ギルドに来ていただけませんか?」
ギルド職員......もとい、サーラは苦い顔をしながら大きく俺達に頭を下げた。どうやらこの街のギルドマスターは随分とマイペースらしい。
「いや、大丈夫ですよ。特に予定は無いので。な?」
俺が確認を取るようにソフィアに目線を送ると、ソフィアはコクリと頷いた。
「はい」
「とのことです」
「あ、ありがとうございます! それでは、夕方の4時頃にギルドにお戻り下さい。ギルドマスターにはキツく言っておきますので!」
サーラは俺とソフィアの反応を見てパッと笑顔になると大きく頭を下げてそう言った。マイペースな上司を持つと大変そうだ。
「契約者。ギルドマスターとは大きな責任の伴う職務だと聞きました。あのように仕事を放って、何処かへと行ってしまうというのは問題なのでは?」
夕方、ギルドに戻ることを心に刻み、目的もなく食後の散歩を開始するとソフィアがそんなことを聞いてきた。
「俺もそう思うが、特に大事にはなってなかったから何とかなるんじゃないか? サーラさんも慌てるとというよりは呆れてる感じだったし」
何しろ、自由気ままな気風を愛する冒険者達をまとめ上げる存在である。本人も多少、自由なところがあっても不思議ではない。
「......そうですか」
「逆に魔界はどうなんだ? 仕事とかサボったら」
偏見かもしれないが、魔族はそういうことに厳しい気がする。まあ、元々俺の持っていた......というか、この国の国民の殆どが持っている狡猾で残忍な悪魔のイメージもソフィアには当てはまらなかった訳だし、何処まで人間のイメージが通用するのかは謎だが。
「ソフィアは悪魔が支配している領域しか知りませんが基本的に全て死刑です」
「いや、悪魔恐ろしいな!?」
偏見であって欲しかった......偏見であって欲しかった! というか、そんな野蛮なことをしているということはやっぱり悪魔残忍じゃねえか。ソフィアがマトモなだけなのか!?
「仕事とは雇用者と被雇用者の契約。そして、契約というのは絶対。つまり、それを破るということは禁忌とされているのです」
「ひえっ、仕事をサボっただけで死刑か。第三者がとやかく言うつもりは無いが中々に恐ろしい集団だな」
数少ない例外を除いて、人間なら誰しも頷くであろう俺の感想にソフィアの表情は陰った。流石に自分の種族を『恐ろしい集団』呼ばわりされるのは不本意だっただろうか。
「すまん、ソフィア。失言だった」
俺が慌てて謝罪すると、ソフィアは静かに首を振る。
「いえ、契約者は関係有りません。人間の目に悪魔の社会がそう映るならそれも事実なのでしょうし。すみません、ソフィアには構わず散歩を続けて下さい」
そう言われてしまっては仕方がない。そう思い、言われた通りに散歩を続けたのだがソフィアがそれから口を開くことは無かった。ソフィアはずっと表情を曇らせながら重苦しい雰囲気を放っている。かなり気まずい。
「ソ、ソフィア。街について気になったことは無いか?」
俺は遂に沈黙という重圧に耐え兼ねて静寂を破り、ソフィアに話し掛けた。生真面目な彼女のことだ。任務の話を持ち出せば話してくれるかもしれない。
「......特には」
しかし、そんな俺の淡い期待はソフィアによって一蹴されてしまう。
「え、ええ......あ、そうだ!」
「......何か?」
「ソフィア、一緒に行きたいところが有るんだ。此処からは少し遠いんだが付いてきてくれないか?」
ソフィアは依然、暗鬱な表情を浮かべながら俺に目を会わせてきた。
「はい、勿論。契約ですので」
その何処か悲壮感漂う表情を見ていると心が締め付けられるようで何とも遣りきれない気持ちになった。一体、何が理由で彼女はこんなにも悲しんでいるのだろうか。
分かれば言葉の掛けようも有るが、それを聞き出すのはあまりにも無粋だ。
「......そうか」
俺の意見を言えば、ソフィアには契約だけを行動理念にせず自らの意見を言って欲しい。しかし、それは俺の勝手というもの。俺には彼女の処世術に口出しをする権利は無い。それでも何時かは彼女と契約を抜きにして話し合えるような、仲になりたい物だ。
なんたってソフィアはこれから二年間、苦楽を共にするパートナーである。そのパートナーが何時までも俺に心を開いてくれないのは些か悲しい。そんなことを考えながら、ソフィアと俺は目的の場所に訪れた。
「さあさあさあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。買う阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら買わなきゃ損損!」
其処には美味しそうなバターの香りを漂わせながら、元気に商品を売り捌く青年が居た。
「......契約者、あれは?」
「ああ。昨日、ソフィアにあげたパンを買った店だ」
「契約者はパンが買いたかったのですか?」
「ん~まあ、それも有るけど。ソフィア、パン気に入ってただろ? 今日、儲かったのはソフィアのお陰だし、折角だから色んなパンを食べて貰いたいなと思って」
何なら今日の黒牙猪討伐には俺は一切関与していない。なので今回の討伐報酬は全額ソフィアに渡そうと思ったのだが、彼女は
『ソフィアと契約者が交わした契約は、契約者から人間の情報を聞く等の対価を頂く代わりにソフィアが契約者の命令を聞き、家事や生活の管理をするというものです。そして、ソフィアが契約者のために働くのは生活の管理の一部。従って、その報酬の所有権は全て契約者に有ります』
と、冷静に報酬を受け取らない理由を説明し、俺に金貨180枚を突き返して来たのだ。
「契約だからやって当たり前、って言ってもソフィアが頑張ってくれたのは事実だろ?パンくらい奢らせてくれ」
「......そういうことでしたら」
「おっしゃ、決まりだな。好きなの選んでくれ。何個でもいいから」
悪魔の性とでも言うべきか。契約にない対価を受け取るというのは気持ちの良い物では無かったらしい。それでもソフィアは渋々頷いてくれた。
「お、昨日のお兄さんじゃん! いらっしゃい! どう? どう? ウチのパンの味はどうだった?」
「勿論、凄く美味しかったです。こうやってまた来てるわけですし」
自棄に食い気味に俺へ感想を聞いてくる青年。俺が感想を伝えるとその表情は更に明るいものとなった。
「うんうんうんうん、ウチのパンは絶品だからね! ところでお兄さんの横でパン見つめてるお嬢さんはお兄さんの知り合い?」
「ああ、はい。彼女も此処のパンを気に入ったようで......」
ふと、ソフィアに目をやるとソフィアは無言で様々なパンを『ジッ......』と見つめていた。俺はそんなソフィアの仕草を見ると、パン屋の青年に向き直り口を開く。
「すいません。メロンパンとクロワッサン、バゲットを3つ。その他のパンを二つずつ下さい」
「......え」
「マジで!?」
「マジマジ。お金は有るんで」
ソフィアから金の入った袋を渡して貰うと、俺は先に代金を支払った。
「おおお! はいは~い! メロンパンにクロワッサン、バゲット三つ。その他二つずつ注文入りました!」
青年は大きな声で道を歩いていく人々に声を掛けて、宣伝をすると急いで袋にパンを詰めていった。
「......契約者、どういうおつもりで?」
「いや、ソフィアが余りにも熱心にパンを見つめてたから迷ってるのかなと思って。メロンパン、クロワッサン、バゲットは一回食べて美味しそうにしてたから間違いないだろ? 他のは冒険ってことで。そんなに要らなかったか?」
「......いえ、そのようなことは」
ソフィアの陰っていた表情は少しばかり明るくなった。ソフィアは無表情なので何を考えているのか分からない。ちゃんとソフィアの考えを読めているのか不安だったがソフィアの反応を見る辺りこれで正解だったようだ。
「なら良かった」
そんなこんなで青年がパンを詰め終わるのを待っていると、ソフィアが居る方とは真逆の方向から肩を叩かれた。俺が思わず振り向くと
「キミ達、オルム君とソフィアさんだよね。一発で分かったよ」
其処には金属光沢のような艶のある銀色の短髪が特徴的なTシャツに身を包んだ少女が立っていた。
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