1 出会い
今日は後、二話投稿します!
「オルム・パングマン。今日限りで貴様の兵士の任を解く」
俺がその言葉を上官から聞かされたのは春の匂いを乗せた風が吹き始めた暖かい日のことだった。その言葉はあまりにも唐突でどう返事をすれば良いかさえもその場では判断がつかなかった。しかし今、職を失えば俺は再び路頭に迷うだろうということだけは直感で分かる。
「まっ、待って下さい! そんな何の予告もなく解職などと......!」
しかし、俺の必死の抗議の声も上には届かなかったようで自分の上官はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら俺のことを蔑んでいた。
「貴様の都合は知らん。私が貴様の力では民を守るに値しないと考えたから貴様の任を解いた。そのことに何か問題があるかね? それとも貴様は民が汗水を垂らして納めた税を給料として受給する資格が自分に有るとでも? その貧弱な腕で剣を振るうことでまだ民を守れると申すのか?」
上官の言っていることは全て正論だった。例えその上官が全く働かず、不正に給料を受給しているような者であったとしても、確かに言っていることは正しかった。正義だった。
「......いいえ。全て、仰る通りです」
「フッフッフッ、それで良い。しかし、いきなり職を失えば流石の貴様も困り果てるだろうと思ってな。私も鬼ではない。貴様に多額の退職金を出そうと思う。ほれ持っていけ」
上官が俺の手元に投げてきたのは振るとジャリジャリ音がする白い布製の袋だった。これが有れば、当分食料には困らないかもしれない。
「はっ。有り難く頂戴致します」
俺は胸に手を当てて、深々と頭を下げた。
「クククッ。有効活用しろよ?」
俺はもう一度、上官に深く頭を下げると上官の部屋から早足で退室すると長い廊下を歩き、兵士の休憩所へとたどり着いた。其処では何人かの知り合いの兵士がまだ昼だと言うのに酒を飲んでいた。
「よう、オルム。上官から話があったんだってなあ? ヒック。何の話だったんだあ?」
俺が休憩所を通りすぎて街道へ出ようとすると、酒を飲んでいた知り合いの兵士の一人が此方に歩いてきて嘲笑うようにそう言った。
「止めてやれよ、アルベルト。ソイツの手に持ってる物を見てみろ。大量の金だぜ?ソイツがそんな大金を上から貰えるようなことをしたとは思えない。どうせ、上官にクビにされて退職金を渡されたんだろ?」
俺に話し掛けてきた呑んだくれの兵士、もといアルベルトの後ろからこれまた酒を浴びる様に飲んでいる兵士の一人がそうヤジを飛ばした。
「ああ、そうだよ。俺は兵士の任を解かれ退職金を貰った。もう二度とお前らと顔を合わさなくて良いと思うと気分も晴れやかってもんだ」
捨て台詞を吐くかのように、俺が兵士達にそう言い残して休憩所から抜け出そうとすると、アルベルトが俺の肩に腕を掛けてきた。
「まあまあ、そう言うなってオルム。今までありがとな。ヒック。俺達永遠の戦友だぜっ!」
アルベルトはそう言った瞬間俺の体を軽々と持ち上げてそのまま1メートル程離れた地点にまで投げ飛ばした。
「たっはっはっ。アルベルトやるねえ!」
間一髪、手で顔を守り大怪我を防ぐことは出来たが、その代わりに激痛が走った。
「へっ! 稚魚の癖に生意気な口を聞くからそうなるんだよ! ヒック。これは貰っていくぜ。ヒック」
激痛に悶え、体を一切動かせない俺の前にアルベルトは立ち、俺を見下すような視線を送ると、俺から退職金の入った袋を奪い取った。
「や、め、ろうっ......ウグッ!?」
俺が必死に声を絞り出すと、次は頭に痛みが走った。頭に何かを落とされたようだ。
「ギャハハハハハハハ。ヒック。てめえの退職金、石しか入ってねえじゃねえかよ! ヒック。やっぱり返すぜ! 石なんて貰っても困るからな!」
アルベルトは俺の顔の前で石が大量に入った袋の中身を見せ付けて、それを再び俺の頭に落とした。酷い痛みで頭がクラクラする。
「あの上官もたまには面白いことするじゃねえか!」
その光景を見ていた周りの兵士はやはり口から酒を吹き出しながら笑っている。それから暫くして、やっと頭に落ちてくる石が無くなった。
「チッ! 石が切れやがった。っと、こんな物が入ってたぞ?」
アルベルトが袋の中に手を突っ込んで取り出したのは紛れもなくこの国で流通している銅貨だった。
「おい、オルム! 上官様からの慈悲か気紛れか銅貨が入ってたぞ。ヒック。1ヶ月で金貨四十枚を貰ってる俺様には銅貨なんてはした金だからな。ほれ、くれてやるよ。ヒック」
銅貨はアルベルトによって俺の額へと投げつけられ俺の顔の前に落下した。菓子パンを一つ買えるかどうか、といった程度の額の金だったが俺はそれをそっと手で包み込むと全身と頭を駆け巡る激痛を堪えて立ち上がりこのアルコール臭い部屋からやっとの思いで脱出した。
先程、アルベルトに投げられた拍子に擦りむいてしまったらしく血が俺の顔を伝っていっては地面へと滴り落ちていた。その様子を不気味がる街道を歩く者達は俺を避けるようにして歩いている。
「......クソッ」
我が子の様に手で優しく握っていた銅貨だったが今一度冷静に考えるとこんなものが何の役に立つのだろうか。こんなものでは、国からの税金や素材などを売ることで成り立っている組織。『冒険者ギルド』へ加入するための資金にさえ遠く及ばない。
1ヶ月に金貨八枚の給料だった俺に貯金などある筈もなく今まで寮で暮らしていたため家も無い。はっきり言って絶望的な状況下に俺はあった。
「何とか、ギルドに入れて貰えませんか!」
「誠に申し訳有りませんが、当ギルドはギルドメンバーの登録に金貨一枚が必要となります。また資金が調達出来てから、日を改めてお訪ね下さいませ」
駄目で元々、ギルドに頭を下げに言ったがやはり門前払いで終わってしまった。当たり前だ。金もロクに払えない実力皆無の元兵士など、ギルドにとっては役立たずでしかないのだから。俺は受付の職員に礼を言うとギルドを後にした。
「は~い。安いよ、安いよ! お好きなパンどれでも一個で銅貨一枚! ふわっふわでもっちもちの食パンもあるよ!」
ギルドから出て、トボトボと歩いていると何の因果か本当に銅貨一枚でパンを売っている出店があった。パンの香ばしい香りが此処まで漂ってきている。そういえば、もう12時に差し掛かると言うのに朝から何も腹に入れていなかった。
「すいません、食パン一つ貰えますか?」
「ほわっと! お兄さん、すんごい怪我だけど大丈夫!?」
見るからに商売人といった外見の青年は俺が銅貨を渡すなり驚いたようにそう言った。この傷を見たらそんな反応をするのも無理はないだろう。
「いや、はい。大丈夫だと思います......」
「ひえ~お兄さん、冒険者か兵士さん? 最近、ゴブリンの強いのが多いって聞くからね~。お兄さんもソレ?」
パン売りの青年は驚くほどの早口で捲し立ててくる。
「まあ、はい。そんなところです」
「そりゃ大変だ! 街を守ってくれる人が怪我をしていちゃ、街に安泰なんて絶対来ない! お兄さんには特別大サービスで食パンの他にメロンパンとクロワッサン、サックサクコンビを一緒に付けちゃうよ!」
そう言うと、青年は紙袋に食パンの他にメロンパンとクロワッサンを詰めていった。
「い、いやあのっ、俺はもう兵士じゃなくて......」
「はい、どうぞ! またのお越しを!」
彼は俺のことを街を守ってくれる人、と言った。しかし、実際俺はもう兵士ではなくただの無職の一般人。サービスを受けるに値しない人間だ。そう説明しようとしたのだが青年は俺の話に耳を傾けず一方的に紙袋を渡すと俺がパンを買う様子を見て集まってきた客の応対をし始めた。......一応、俺がパンを買うことが宣伝に繋がったようだし
有り難く貰っておくことにしよう。
それからパンを落ち着いて食べることの出来る場所は無いかとフラフラ街の中を歩いていると、とある男に連れていかれそうになっている少女を見掛けた。少女が抵抗しているところを見ると、男が無理矢理少女を誘拐していることは明白だ。しかし、周りを歩く者達は見てみぬフリをして通りすぎて行く。少女と男はそのまま路地裏へと入って行ったので俺はその後を静かに追った。
「.......離して頂けませんか?」
少女の声が路地裏に響く。見掛けによらず、凛とした雰囲気の大人びた声だった。
「そうはいかないな。お嬢さん。俺の誘いを断ったんだからな?」
「......それがどうかしましたか?」
震え声ではなく、あくまで少女は落ち着きのある声で男と会話をしている。二人の関係性はよく分からないが男が少女に危害を加えるような言葉を放った瞬間に出ていこう。幸い、俺には剣がある。
「どうかしましたか、って......どうかするに決まってんだろ? 少しばかり顔が良いからってお前みたいな餓鬼を抱いてやろうだなんて思ってたさっきの俺は狂ってたな。俺は裏で奴隷商と繋がってるんだよ。其処にお前を売って一儲けさせて貰うぜ?」
奴隷商。その言葉を聞いた瞬間、俺は物影から飛び出して剣を抜いた。
「今の話、聞かせて貰ったぞ? 奴隷を使った商売は我が国では全面的に禁止されている。その奴隷商に誘拐した者を売り飛ばそうとするのは勿論、違法行為だ」
もう、俺は兵士では無いのだからから犯罪者を取り締まっても報酬は発生しない。
だが、今日は俺が兵士を辞めた日だ。最後の悪足掻きではないが、少しくらい兵士らしいことをしておこうじゃないか。
「チッ、兵士か!?」
「ああ。私はこの街の兵士を纏める兵士長だ。如何なる方法で抵抗しようとも結局は敗北を喫することとなるだろう。今のうちに自首をすれば、罪は軽いぞ?」
勿論、嘘八百だ。兵士長は一般人の前に姿を見せることが殆ど無いため色々な噂が立っている。しかし、その姿を知っているものはごく少数だ。そして、兵士長は怪物の様に強い存在だと噂する者も少なくは無い。
「兵士長って、あの不死身の!? 何故、こんなところに!?」
兵士長の名前を使えばこんなものだ。
「それを貴様に答える義務は無い。が、私が兵士長だという証拠なら見せてやろう。ほら、この剣は他の兵士のものとは模様が違うだろう?」
「ほ、本当だ......」
実際は俺が弱すぎて、支給された剣が周りよりも安物だったというだけなのだが。正直言って、此処まで簡単に策に嵌まってくれるとは思わなかった。
「さて、投降するか? それともやり合うか?」
俺がわざとらしく、剣の刃の部分を男に見せると男は青ざめた。
「と、投降する......」
結局男はそんな風に俺に騙されて兵士に引き渡されたのだった。初めて俺の弱さが役立った瞬間だっただろう。
はい、如何だったでしょうか!? 今日は三話まで投稿する予定なので少々お待ちを!
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