第一話 お主は神を崇めているのか?
薄暗い部屋の中、そこには赤く光らせた青年の両の目が暗闇の中で煌めいていた。
軽装の鎧を身に付けた黒髪の青年は玉座に座る女性の喉元に刃の切っ先を突き付けている。その刃は目にも止まらぬ速さで高速振動し、異様な低音を放っていた。
「ユーマよ。お主は神を崇めているのか?」
その女性は自身の置かれている状況など意に介さずにその青年、ユーマへと問いかけた。
女性はドレスのような鎧を身に付け、銀髪、妙齢でユーマより少し年上のように見える。そして薄暗がりでもわかるほどに端正な顔立ちで、その大きな瞳はユーマを真っ直ぐと見つめている。
「神を? 何を馬鹿なことを。あんなもの悪魔と変わらない。そんなものを崇めるものか」
「──そうか、よくわかっているではないか。それでは我と組んで神を討たぬか? なんならお主の配下になってもよいぞ。どう足掻いても我ではお主に勝てんからな」
突拍子もない話にユーマは一瞬たじろいだ。
「──魔王と組むだと? 俺に何のメリットがある? そもそも俺はお前を殺しに来たんだぞ」
「それはわかっておる。しかし、だ。そもそも我を殺す理由がお主にはないのではないか?」
「何を言うか! ──あの日、お前が辺境の村を襲撃したことを俺は忘れてなどいない!! いや、忘れられるわけがない。お前が犯した非道を!」
そう話すユーマの顔は怒りに満ちていた。憎悪の感情が体中から溢れ出している。
しかし、魔王の口から放たれた言葉は予想だにしないものであった。
「……残念ながらそれは我ではない。あれは神の仕業だ。そもそも私は人間を襲撃したことなどない。まあ、降りかかる火の粉を払うことはしているが」
「……は??」
「あれは神とこの国が仕組んだことだ。よく思い出してみろ。あの時何があったのかを」
☆
時は五年前にさかのぼる。
「はい、次の人ー」
「じゃあ、この水晶に手をかざしながら『顕現』と頭の中で念じてねー」
「…………」
少年の瞳が赤く光り、そしてボウっと言う音と共に両の手から炎が立ち昇る。
それと同時に水晶に『B』の文字がぼんやりと浮かぶ。
「君の能力は『火炎』だね。強度がBで他の人よりも火力が強いから君の職業は冒険者が最適かな」
「はい、じゃあ次の人ー」
──ここはグロースベルト国の王都フロインセプト。この世界を構成する十三の国のうちの一つ。
人族、エルフ族、ドワーフ族など多数の種族が存在するこの世界にあって、グロースベルト国は人族のみで構成された単一種族国家であった。
また、この世界ではそれぞれの国ごとに異なる神を祀り崇めている。例えばこの国では女神アスリがそれにあたる。
そして今日は年に一度の『鑑定日』であった。
この国の人間は一人一つ、何かしらの能力を神から授かり、十二歳になる年にその能力の鑑定が行われる。
例えば『力』の能力が出れば身体強化の技能が扱え、『火炎』の能力が出れば火を自在に操る技能が扱える。
そしてそれぞれには能力の強度があり、SからGランクまでのいずれかに必ず分類される。その中でもSランクは百年に一度でるかどうかの希少なもので、Aランクが一般的な最高位とされていた。
またそれぞれの能力と強度に応じた職業が設定されており、鑑定を終えたものは皆、それにあわせた職業に就くことがこの国のルールとなっていた。
それは誕生日を明日に控えたユーマも例外ではなく、彼もまた鑑定を受けるために教会内の列へと並んでいた。
(良い能力でてくれよ……俺は絶対に冒険者になるんだ! そして……)
ユーマは冒険者になりたいと思う理由があった。
ユーマは辺境の村で両親と三人で暮らしていた。
ユーマの両親の能力は決して良いとは言えないものであったが、ユーマを何不自由なく育て上げてくれた。そんな両親をユーマは誇りに思っていた。貧しいながらも幸せな毎日だった。
そして自分が冒険者になり名を挙げて両親に楽をさせてあげたい、いつしかそう考えるようになっていった。そのためにユーマは出来ることは何でもがんばった。苦手な勉強も村で一番の成績を修めるほどになり、日頃の鍛錬ももちろん怠らなかった。
全てはこの日のために。
「はい、次の人ー」
淡々と進められていく鑑定は、ユーマの順番になるまでそう時間もかからなかった。
早々にユーマの一つ前まで順番が回ってくる。
「じゃあ先に行ってくるね。絶対一緒に冒険者になろうね!」
一つ前に並んでいた少女がユーマに声を掛けた。銀髪でその髪を後ろで結び、目がぱっちりとした可愛らしい女の子だ。
この少女はユーマとは幼なじみで、ユーマのことをずっと側で見てきた。
そしてユーマが冒険者を志すのを追うかのように、同じ志を抱くようになっていった。
「ああ! もちろんだ!! エレナも良い能力出してこいよな!」
ユーマもそれに応える。
「ユーマこそ!」
エレナは笑いながらユーマにそう言った。
「じゃあ、この水晶に手をかざしながら『顕現』と頭の中で念じてねー」
「…………」
エレナは水晶に手をかざし、『顕現』と強く念じた。
エレナの瞳が赤く光ると同時に、水晶から優しい光が発せらた。そして水晶には『S』の文字がくっきりとうかぶ。
そしてその光は次第に強く大きくなっていき、ついには会場全てを包み込んだ。
「も、もうやめていいよ!!」
鑑定官が慌ててエレナを止める。
「──は、はい!」
一瞬の間ののち、エレナはその手を納めた。
会場内はエレナの『顕現』によりどよめきたっている。
「君の能力は『治癒』だね。それも今までで最高位の。文句なしにSランクだ。医者になってもいいが、君ほどの能力であれば冒険者になって魔王討伐も夢ではないだろう。さて、どうするかね?」
しかしエレナは考える間も無く声高らかに宣言した。
「もちろん冒険者になります!」
瞬間、会場内が熱気に包まれた。
「「「うぉおおぉぉぉ!!!」」」
魔王討伐はこの国に住まう全ての者にとっての悲願。三百年以上続く魔王の脅威から解放されることは誰もが望むことである。
それを果たす可能性のある冒険者がいま目の前で生まれたのだ、沸かないはずがない。
そうして熱気冷めやらぬ中、ユーマの順番が回ってくる。
「はい、次の人ー」
(……よし、俺も!)
ユーマはそう意気込んで鑑定官の元へ進んだ。
「ユーマ、頑張って! 村一番の秀才のユーマなら期待大だよ!!」
ユーマの背を押すようにエレナが声を掛ける。
しかしユーマは緊張しているのだろうか、返事はない。
「じゃあ、この水晶に手をかざしながら『顕現』と頭の中で念じてねー」
「…………!!」
ユーマは『顕現』と強く念じた。
ユーマの瞳が赤く光る。しかし、何も起きない。
「あれ? もう一度やってみてもらえるかな?」
「…………!!!」
ユーマは『顕現』とさらに強く念じた。
再びユーマの瞳が赤く光る。すると、今度は水晶が僅かに振動した。それは目を凝らして初めてわかるほど僅かなものだった。
「うーん……。これは……なんだ? 僅かに『振動』しているのはわかるが。──水晶にランクも表示されないし、職業もどうしたらいいのか……。こんな事初めてだ」
「え……」
ユーマは鑑定官の言葉を理解出来なかった。鑑定でランクの付かない者など未だかつておらず、そして職業があてがわられない人間など存在しなかったからだ。
ユーマが呆然としていると突然、耳に付くような甲高い笑い声が聞こえてくる。
「あははははははっ!!!!」
その声の主は鑑定官の上司であろうか、後ろに控えていた身分の高そうな神官服を見に纏った男のものであった。
その男は金髪のオカッパで、貧弱な体つきにも関わらず、その顔は全ての人を見下している、そんな顔をしていた。
そしてその男はユーマに近付きこう言った。
「まさかこれ程まで何の役にも立たない能力があるとは!!! ──君には申し訳ないが、率直に言わせてもらおう! 君に適した職業はない!!!」
「……そんな! きっと何かの間違いっ」
ユーマの言葉を遮るようにその男が言葉を被せる。
「鑑定に間違いなどあり得ない!! 職業は……そうだな。君の好きなように生きればいい。──だがどこへ行っても役立たずではあるがな!! あはははははっ!!!」
この男の話す通り、この国で能力なしに生きていくのは中々に困難なものであった。
どの職業についても能力を持つものに敵わない。むしろ邪険にされることもあるだろう。
この鑑定はユーマを地獄へと突き落としたと言っても過言ではない。
「──お願いします! もう一度! もう一度だけっ!!」
ユーマは懇願した。しかし男の答えが変わることはなかった。
「うるさいぞ、無能が。鑑定に間違えはないと言っているだろう? 鑑定は神より授かりし神聖なものだ。それとも神を否定すると言うのか? それはこの国において大罪であると理解してのことか??」
「っ……」
この国において、神は国民全てからの厚い信仰を受ける絶対的な存在だ。その神を否定してこの国で生きていくことは相当に難しいであろう。
そのことを理解したユーマはたまらず絶句する。
「さあ、もう去りたまえ。他の者たちの邪魔だ」
しかしこの時ユーマは鑑定の矛盾に気付いてしまった。そしてあろうことかそれを口に出してしまう。
「……おかしい……ランクは必ずSからGに分類されるんじゃないんですか! ランクが表示されないなんておかしい!! やっぱり何かが間違えているんじゃ!!」
「──もうよい、お前の言動は神への反逆とみなす。大人しく帰っていればよかったものの。おい、こいつをひっ捕らえろ」
男は会場の警備兵へと指示を出す。
すぐさま鎧を纏った屈強な警備兵二人が駆け付け、ユーマを引きずるように連行していった。
「おかしい! おかしいだろぉ! ちゃんと鑑定してくれよ!! 俺は冒険者にならなきゃいけないんだ! なあ、おい!!」
──ユーマの叫びは誰に届くでもなく、虚しく空気を震わせていた。
幼馴染であるエレナですらあまりの出来事に絶句し、ただただ顛末を見守ることしか出来なかった……。
第一話をお読みいただきありがとうございます!!
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