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前編

大陸西部を支配するグルヴァリエ帝国。

訊いた話では500年の歴史を誇るという。

貴族様というのは選ばれた人達で魔法を使って魔物を倒し、綺麗な宝石を身に付け、見たことも無いような豪華なご飯を毎日食べているという。


魔法も宝石も豪華なご飯も見たことの無い私には想像も出来ない世界。


私達の住む村は帝国領の端、名前も無い小さな集落。

貧しい私達は重い税金を払いながらも細々と毎日食べれる事に感謝して村のみんなで協力してそれなりに幸せに生きている。


今日は年に一度の村祭り。

豊穣の女神に感謝を捧げ、村の大人達は滅多に飲めないお酒を酌み交わし、子供達はご馳走を食べて走り回っている。


そしてその日は私と幼馴染みのカインは15歳の誕生日。


お隣同士で同じ日に生まれた私達はずっと一緒だった。

私は赤毛の両親とは違って生まれつき肌も髪も真っ白で眼は血のように赤く、身体も弱く病気がちだった。

珍しい真っ黒な髪と瞳のカインはそんな私の傍にいつも居てくれた。

ベッドで伏せっていれば森で捕まえた昆虫や薬草を採って見せにきた。

外で遊びに行く時は必ず手を繋いで私の遅い歩調に合わせてくれた。

私の隣にはカインが居る。

それが普通でこれからも死ぬまでそうだろうと思った。

私の胸が膨らみはじめて女性らしい身体になってくると、カインもいつもの間にか胸板も厚くなり男らしく変化していた。


「ティアナ」

カインに呼ばれ、彼の元へ駆け寄った。


「どうしたの?怖い顔してるよ」

何だか緊張した面持ちのカイン。

強張る頬を両手で揉みほぐしてみる。


すると突然カインに抱き締められた。

家族や親しい人とするそれとは違う。

少し吃驚したが嫌ではない。

薄い服から感じるカインの体温や少し荒い熱っぽい息遣いが寧ろ心地好い。

ずっとこうしていたいと思っていると、徐に肩を掴まれ体が離れた。


「カイン?」

頬を朱に染めたカインはいつになく固い表情だ。


「俺と結婚してほしい!」

私は言葉を失って自然と涙が溢れた。

嬉しくて胸がいっぱいになってつま先から頭のてっぺんまで震えるほど感動して、倒れそうになるのを必死に堪えた。

突然泣き出した私にあたふたするカイン。

私はカインの胸に飛び込んで、力一杯抱き締めた。

カインが息が出来なくて苦しくなるくらいに。


「ティ、ティアナ?」

非力な私の力では全く効かないようだ。

だからは私は意地悪く応えてみる。


「ダメよ………私があなたと結婚したいの!」

「っ!ティアナ!」

カインが力一杯抱き締めてくる。

頭一つ背の高いカインの胸板に挟まれて呼吸が出来なくなる。

必死に手で抗議すると気付いたカインが腕を緩めてくれた。


「ご、ごめん」

「…もう…プロポーズした日に婚約者を殺す気なの?」

私はカインを見上げながら眼を伏せた。

ぎこちなく私の唇に彼が触れた。

何度も唇を重ねる。

カインが私の背中に腰に優しく手をまわして優しく抱き寄せられた。

そのまま彼の手が私の胸に触れた。

彼に触れられるのは嫌じゃなかった。


私とカインは一線を越えてお互いに初めてを捧げて愛し合った。



翌日、お互いの両親に報告すると喜んでくれた。

一週間後、私達はささやかな結婚式を挙げることとなった。


貧しくても幸せに包まれていた。






結婚式当日。


突然、帝国の軍隊が村へやって来た。

戦争が始まるのだろうか、私は恐ろしい未来にゾッとした。

そうならば年若いカインは確実に徴兵され連れていかれる。

カインがガタガタと震える私の肩を力強く抱き寄せて様子を伺っている。


ジャラジャラと色々付けている兵隊の偉い人と村長が話をしている。


「此処に白い髪の聖女が居ると訊いている!今すぐ我々で保護するので連れてきなさい」

偉い人は白い髪の聖女と言った。

この村で白い髪は私しかいない。

しかし、聖女とは何だろう。

たしか聖女というのは普通ではない奇跡の魔法を使う人のはず。

私はそんなものは使えない。

私ではないはず。

カインがそっと私を隠すようにして前に出てくれた。


しかし、その動きに兵士が気付いて近付いてきた。

怖い。


立ち塞がるカインに兵士が剣を抜いて喉元に突きつける。


「やっ!やめてっ!」

私はカインが殺されると思って前に出た。

兵士に腕を掴まれて、私は前に引きずり出された。


「やはりいらっしゃったようだ」

偉い人が私を見定める様な気持ちの悪い目付きに吐き気がする。


「ウェンブリー様、何かの間違いでは…?

この娘は白い髪ですが身体も弱く聖女様のような魔法も……」

村長が私を庇ってくれた。

そう、私は魔法など使えないのだ。

ウェンブリー様と呼ばれた偉い人は村長の言葉を待たずに剣を抜いて振り下ろした。


村長の肩から血飛沫が上がりゆっくりと倒れた。


「え?」

私の顔に村長の血が数滴跳ねた。

目の前で何が起きたのか理解出来ない。

足元を見れば倒れた村長。

拡がる血溜まり。

殺した。

この人は村長を殺したのだ。

何で?村長は何で殺されたの?分からない。理解出来ない。


「ふん!聖女を隠し村で独り占めしようとは国賊めがっ!!

さぁ、行きますぞ!聖女様!」

そう言って私の手を掴んでウェンブリーが歩きだそうとする。

私は抵抗して叫ぶ。


「なぜ!?村長は何もしていないのに!」

感情が高ぶって涙が止まらない。

人を虫けらのように殺すなんて!


「ふざけるなぁ!!人殺し!!」

カインの声。振り返るとカインが兵士を力任せに押し退け走ってきた。


「カイン!!!」

私はカインに手を伸ばす。


「ティアナ!!」

カインの伸ばした手に触れる寸前で何人もの兵士達がカインを抑え込んだ。

倒れるカイン。

ウェンブリーが私を制するように抱き抱える。

その腕から抜け出そうと抵抗するが、見た目よりも力があるのかビクともしない。


「私の夫なんです!離してっ!」

「おっと………?」

私を見下ろすウェンブリーの眼が冷ややかなものに変わる。


「聖女は処女性を失えば神聖魔法も失うと言われているのに、結婚しているのか貴様ぁ」

ウェンブリーは怒りに震えているようだ。

だから私は勝ち誇ったように言ってやる。


「私は夫と…カインと愛し合い結ばれたのよ!私は聖女なんかじゃないわ!」

そう、処女でなければ聖女じゃないなら私は違う。

元々魔法も使えないし、ただの言い掛かりだった。

だから私はとどめを刺してやった。


「ぐぬぬっ!その男を殺せ!」

予想外のウェンブリーの言葉に私は驚愕した。


「やめて!お願いっ!」

「くそっ!」

カインは抵抗している。

だけど何人もの屈強な兵士達がそれを押さえ付けている。

ああ、このままではカインがとどめを刺される前に押し潰されてしまう。

ウェンブリーが私の顎を掴み視線を合わせられた。


「聖女ではないのなら私のモノになれ。そうすればあの男の命は助けてやる」








突如として目の前に突然二つの未来が視えた。


私がウェンブリーを断るとカインだけでなく村人全員が惨殺される未来。


私が受け入れるとカインと村人は殺されず兵隊は立ち去る未来。


これは何?

もしかしてこれが聖女の力なの?

受け入れた時、更に先の未来が視えた。


カインは成長して今よりもっと大人びている。

高い建物の上からたくさんの人々に祝福されている。


カインは王になるのだ。


私を失ったカインは剣を磨き、様々な困難に立ち向かい、出会いと別れを糧に帝国の圧政に抵抗するレジスタンスを率いてこの国の王になる運命なのだ。







「……分かりました…私は貴方のものになります……」

私は受け入れた。

ウェンブリーは反吐が出そうになるほど気味悪い笑顔で顔を歪めた。


「ティアナ!!」

カインが悲しそうな表情で私の名を呼んでいる。

もう彼の顔を見れない。

私は貴方を裏切るんだよ。

貴方は私を恨んで力に変えてこの国を滅ぼして。


立派な王様になって………。



私は最後にどうしてもカインの顔が見たくて振り返ってしまう。

さよなら。

そう言おうとしたんだよ。

貴方に恨まれて憎まれて当然だから。

でも声に出たのは


ごべんで(ごめんね)………」


涙と鼻水で言葉にもならない謝罪。

どうか私への愛は忘れて下さい。

私が貴方への想いを忘れず生きる希望にすることを許して下さい。



15歳の結婚式の日。

揺れる馬車の中。

最悪で最低な貴族の腕の中。

カインへの愛以外の心を殺した。






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