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ゲームのアーノエルの家庭事情について、そこまで細かい情報が、あったわけではない。
ただ、魔力が求められるよりも少なく、両親との折り合いが良くない、みたいな感じだったとは思う。
だけど、俺の状況は、折り合いが良くない、なんて、可愛いもんじゃない。
いや、広義的に言えば、折り合いが悪いんだけど。
一方的に疎まれて、奪われて、居ないものとされていると言うのは、折り合いの問題では無いだろう。
その辺の環境の違いが、見た目と印象に出ている。
まず背と細さ。
当然、ゲームよりも小さいしヒョロい。
髪型も、普通によくある、長くもなく短くもない感じだったけど、前髪は鼻の辺りまで伸びっぱなしだし、後ろも肩に付くか、つかないかって感じだ。オシャレに長めな髪……と言うよりは、伸ばしっぱなしって感じなのだ。事実、放置だし。
かなり無気力って感じなのだ。
ゲームでは、無気力と言うよりは、軽薄な感じと言うか、飄々とした感じだったように思う。
環境的には最悪とも言えるが、状況だけで言えば、ぶっちゃけよくある話っちゃよくある話で。どこのヒロインかよって言いたくなる感じなんだけどね。
俺の母と父は、貴族でよくある政略結婚。
これまたよくある感じで、冷めた関係だったらしい。
俺は、母親の記憶がほとんど無い。3歳の時に亡くなったから。覚えていないのだ。たぶん、その時までは、ごく一般的な侯爵子息として育てられたと思う。
その後、父が新しい母親を連れて来た。ついでに、その連れ子も。疑いようもないくらい、父にそっくりの子どもだった。
当時、5歳。
1歳年下のその子どもは、つまりそういう事なんだろうと、ぼんやりと認識した。
そうして、自分が愛されていないことも、その時、はっきりと分かった。こんなに、自分そっくりの子どもがいれば、そちらの方が可愛いだろうと、納得もしたのだ。俺は、母似だったから。
それまで、父と会う機会すら、ほとんど無かったなとも気付いた。
屋敷の中心は、新しい母親とその子どもになった。
元々、俺は中心にはいなかったけど。
それでも、子ども心に居心地の悪さを感じたものだ。
新しく出来た母と弟と仲良くなることは、無かった。(おかげで、未だに名前に様付け、敬語だぞ)
向こうにその気が無いのだから、無理な話だ。
言葉の端々から感じる嫌味や嫌悪は、気のせいじゃ無かったはずだ。
そんな相手と、上手く出来るわけもない子どもだったし、そんなこと考えもしなかった。
向こうは、三人で世界が完成されていた。
三人で、幸せな家族だったのだ。
あの父の笑う姿など見たことが無かったと言うことも、その時気付いた。
母が亡くなったことによるものかも知れないと、ぼんやりと思っていたけど、違ったんだなぁとも思った。
俺は、そこに要らなかった。
それに、すぐに気付いてしまった。
それが、寂しかったのか、悲しかったのか、悔しかったのかは、分からない。今はもう、思い出せない。
ただ、その時には、もう“諦め”みたいなものが、たぶんあって、俺は無理にそこに入ろうとは、一切思わなかった。
この家から出る方法を考えなければとか、この人たちに頼らずに生きていく方法を考えないといけないなぁと、ぼんやり思っていたように思う。
それしか、考えられなかった。
夕食の時の、形だけの一家団欒が辛かった。
それを、見せつけられるから。
俺は、そこに入っていないのに、たまに飛んでくる火の粉。例えば、マナーとか。例えば、普段の行いだとか。
簡単に言えば、俺を落として義弟を褒める……みたいな。
そんな食事が楽しいわけも、ロクに味を感じられるわけも無くて。
その頃から、“食”への執着が少しずつ削られていったように思う。
出来るだけ、ひっそりと関わらないようにすることが、平和だと分かっていた。
けれども、義弟は、仲良くする気は無いくせに、度々、俺に絡んで来た。
純真無垢な顔で。
たまに、『あれ?考えすぎだった?』って思うことがあるくらい、悪意があるのか、ただひたすらに良い子なだけなのか、天然なのか、バカなのか、分からない時があったけど、たぶん、ほとんど計算だったんだろうと思う。そう言うギリギリの線を狙うのが凄く上手い奴なのだ。
それから、俺の物をよく欲しがった。
自分の方がより多く、良いものを持っているはずなのに。
上手いタイミングで、上手い言いわけで、とにかく、俺に抵抗する術は無く、ほとんどが義弟のものになった。
この頃から、大切なものは人には見せないと言うことを学んだ。
平和は、どこにも無かった。
悪化したのが、7歳の時。
魔力測定の結果が、悪かった。
普通より、ちょっと少ない。
使える属性も水と土で、至って平凡。適性も、普通よりちょっと良いレベルで、優秀とは言い難い。
その結果は、許されなかった。侯爵家の人間としては圧倒的に足りず、父は落胆した。
形だけの一家団欒は、無くなった。
まぁ、居るのに要らない、目の前で繰り広げられる三人の世界に辟易していたから、それで良かったけど。
正直、俺のことなどほっといて欲しいと何度思ったか知れない。
だけど、本当にほぅっておかれると、別の困りごとが発生するのだなとも知ったのだ。
その頃から、使用人からの扱いも悪くなっていったので、度々、食事が運ばれなくなったのだ。それでも、気にかけてくれる者が少なからず居たので、危機は無かった。
一応ついていた家庭教師も、あからさまに義弟を褒め優遇するようになっていた。
義弟が、鍛練と称して、俺で鬱憤を晴らすようになったのも、それくらいだっただろうか。
その頃既に、1歳しか違わない俺と義弟の体格差は逆転していて、力でも適わないようになっていたから、ほぼ一方的なものだった。
おかげで、俺は水魔法の応用で回復魔法が得意になった。
それが、さらに悪化したのは、翌年。
義弟の魔力測定の結果が出てからだ。
義弟は、圧倒的な魔力量に、ほぼ全ての属性が使え、適性がかなり高いものもあったらしい。
それは、侯爵家の人間としても優秀すぎるくらいで、生まれ持ったものの差は、明らかだった。
父はますます、義弟を優先するようになる。
それは当然で、その時、この家の跡取りは義弟に決まり、俺は居ないものになった。
俺の家庭教師は居なくなり、義弟はますます調子に乗っていた。
義弟は、猫を被るのがすこぶる上手くなっていて、出来の悪い俺に、魔法を教える優しい弟であった。
俺にも専属では無いけれど、侍従がいたし、可愛がって……いや、同情してくれる侍女も居たけど、みんな居なくなった。
可愛い義弟のものになったり、追い出されたり。
俺と関わるとロクなことにならないんだと言うことも学んだので、それからひっそり息を潜めて過ごすようになる。
……部屋も奪われた時には、大事なものは作らないようにしようと思った。
そうすれば、気にならないと。
そうすれば、誰かに迷惑をかけることも無いと。
こういうののテンプレで、庭師の偏屈じいさんが優しい……とかあるけど、その通りだった。なんだろ、植物とか扱ってると根が善人何だろうか。別に偏屈では無いし(変なやつでは、あったけど)、じいさんでも無かったが、数少ない俺の味方は庭師だった。
……善人かどうかは、微妙な人だったけど。まぁ、俺を構ってくれると言う点においては、良いやつだった。
おかげで、ハーブとか薬草について詳しくなって、立派にポーションを作れるまでになった。魔法携帯食も、この人がおやつ代わりにくれて……その頃から俺の主食は、これになった。
俺も注意をしていたし、庭師も上手い人で、俺と親しいことがバレることは無かった。
この人がいなかったら、俺は死んでいたかもしれないと思う。
……と、俺の回想はどうでも良いか。
そんな感じなわけで、折り合いなんてもんじゃないほどの溝がね。あるのだ。
この辺のヘビィな環境が微妙に違うから、あっさりライトなイケメン、アーノエルと、根暗ぁ~な地味アーノエルに別れるわけなんだろうなぁ……と、思うんだけど、どうなんだろうか。
確かめようがないな。
でも、その微妙な違いがあることから、“絶対”が無いと言うことが分かる。
だから、きっと、ヴィヴィアンも助かり、あわよくば魔道具も完成して、魔王が復活しない。それでいて、どうにかレイシュアを思いとどまらせることが出来るような、すげぇハッピーエンドがあったりしないだろうか、なんて思う。
……ヒロインについての、ハッピーエンドは考えないようにする。知らん。
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