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「ん……」
何だかいい匂いがする。
「ん、んん……」
何か、人が動く気配が……。
「ん?」
人の気配……?
意識の覚醒と共に入ってくる情報に、違和感を覚え、パチリと目を開いた。
「お、起きたか……?」
青い瞳と目が合う。
昨日も思ったが、起きぬけにルドウィンを見るのは心臓に悪い。
何で居るんだ。
出かけた言葉を飲み込み、体を起こすと、わざとらしくため息を吐く。
「勝手に入るなと、何度言えば……」
「迎えに来るって言ったでしょ?」
きょとんとわざとらしく、当たり前みたいに言う姿が憎たらしい。まるで何が悪いか分からないって態度で、相手を呆れさせようって魂胆が見え見えである。
こいつは、本気かわざとか分からないところが多々あるが、割りと計算だったりする。その上、自分が天然っぽく見えることもよーく分かっているのだ。
本格的な腹黒。
真っ直ぐで優しいだけのやつが、公爵家の嫡男として渡っていけるほど、貴族社会は甘くない。
ただ、大体において“悪い”と思っていないあたり、天然ではあると思うけど。
今回も、半分はからかいで、半分は本気でとぼけてやがる。そして、八割くらい悪いとさえ思っていない。
大分、タチが悪い。
「普通は、部屋の主が出てくるまで待つの。部屋の中に勝手に入って、待ってるのを“迎えに来る”とは言わない」
ゆっくりと言ってやれば、ルドウィンは、興味無さげに「はいはい」と、答えている。
全く悪いと思っていない証拠だ。
「でもまー、今さらでしょ??それに、俺が外で待つって、困るよね」
待ちたくないしーと言う副音声が聞こえてきそうなほど、投げやりに答えながら、ルドウィンは、ソファに向かう。
それを言われてしまうと、困る。
そうやって、いつも言いくるめられるのが、腹が立つ。
いや、そもそも俺が起きているような常識的な時間に来てくれ。
とは、言えない。
だから、結局は俺がため息を吐いて、終わらせるしかないのだ。
そもそも、俺の部屋の鍵はやつの手の中で、それも空間魔法を使ってしまっているだろうから、手の出しようが無く、為す術などどこにも無いのだ。
……まぁ、俺の部屋の鍵なんて無くても、チート能力持ちのこいつには、たぶん関係ないけど……なんてことは、考えないようにする。
……こうして、俺はこいつにとやかく言うことを、ほぼほぼ諦めていたワケなんだけど。
はぁ。
やっぱり居た堪れない。
俺みたいなやつに構う利点なんか一つも無いのに。
これだから、平等にお優しいやつは困る。
んーと伸びて眠気を飛ばしてから、ベッドを下りる。ソファに向かえば、これがいい匂いの素か……と思える朝食が用意されていた。
それから、コーヒー。
紅茶が似合う世界観で、コーヒー。こういうちぐはぐさが、異世界と言うより“ゲーム”を感じさせる。
この朝食は、極力食堂に行きたくない、俺の
意を汲んで、ルドウィン(正確には従者)が、部屋まで運んで来てくれたものだ。
出来るだけ食堂に行きたくないことに加えて、“食”にほとんど興味が無い俺の食生活は中々、酷いものだった。お腹も空かなかったし。
主食は、魔法携帯食。
何でか存在する、前世で言うところのカロリーなメイト的なやつ(前世ほど、美味くはない)。ただし、魔法効果が付与されているので、前世より効果のある栄養食だ。……でも、だからと言って万能なわけも無く、あくまで小腹を満たしたり、補助食的な、非常時の食糧的な扱いのものだ。決して、主食にするようなものでは無い。俺としては、ほぼ倒れることも無かったので、特に問題視していなかったけど。
腹が鳴らなければいい。みたいな。
前世を思い出した今なら、酷いと分かる。
だけども、“食”を楽しむ習慣が無かったのだから仕方ない。
それを同情と言うか、気にかけてくれていたのが、ルドウィンだ。
こうして、朝食を持って来てくれたり、夕食に連れ出してくれたりしていたのだ。
これは、構うしかないと思う。
馬鹿か。
それほど、自分のことに頓着が無かった……酷いという自覚がなかったんだけど、気付けよと思う。
現状、この居た堪れなさは、自らの行動によるものだなんて。
馬鹿だとしか言えない。
──滅多に倒れることがなかったのは、たぶん、魔法携帯食の効果ではなく、こいつのおかげだ。
「悪い……ありがと」
これからは、ちゃんとしようと思いながら、素直に礼を伝えて、いただくことにする。
前世を思い出したおかげで、“食”と言うものが、楽しむものでもあることを知った今、前よりは、関心が出来たように思う。
今までよりは、食べると思う。
それから、魔法携帯食の改良も。カロリーなメイト的なやつ目指して、もう少し美味しいやつが良いことに気付いた。味って、大事だ。
「倒れたことで、ちょっとは反省した?」
俺が素直に食べ出したのを見て、ルドウィンは言う。
「……」
そう言われても、倒れたことと食が細いことは今回、関係無さそうだし……恐らく。ん?そうだよな?……主にあれだろ、前世の記憶を思い出しことによる反動、だろ??展開としてよくあるみたいだし。
「……ん、まぁ」
そう思ったが、これからは、少しはマトモなもの食べた方が良いとは思うわけで。
その違和感を、それのせいにしてしまえば良いかと、適当に頷く。
ルドウィンは、その微妙な間を、全然反省していないと受け取ったのか、ため息を吐いていた。
いや、まぁ……主食が、携帯食にコーヒーと低級ポーションのやつのこと信用しろって言うのが、間違ってるよね。
カップラーメンより酷い。
*****
朝食を食べ終え、支度を済ませ、学院に向かう。(ちなみに、ルドウィンは準備万端、制服姿なので、涼しい顔で紅茶を飲んでいた。)
寮の玄関先で、ルドウィンの従者的存在であるルフレイと合流する。このルフレイとは、部屋が近いはずなのだけど、何故かいつも合流するのは、玄関先なのだ。
この学院のルールとして、上位貴族の従者は一人まで、下位貴族は従者を連れてくることを禁止にしている。
しかしながら、もちろん、抜け道はあって。
生徒として入学する分には、何の問題も無いと言う話なのだ。なので、上位貴族は、従者を一人と学生の従者を一人二人入学させることが多い。下位貴族も場合によっては、そう言う方法を取る場合もある。基本的に、平民は入れないが、それなりの魔力があれば認められることも多いので、学びの機会を与える代わりに……と言うことも多い。
つまり、ルフレイは、ルドウィンと同い年なためにその役目を与えられた学生……と言うワケだ。元々、公爵家の傍系の伯爵家の次男だか三男だったかなので、そのまま従者になる可能性は高いのだろうなーと思う。
ちなみに、俺の部屋は、そう言う上位貴族の従者的な生徒が入る部屋で、扱いとしては使用人に近いものがある。(だから、ルフレイとは部屋が近い)けれども、学院側はそれを公に認めているわけでは無い。
だから、ギリギリ。
ギリギリ、上位貴族の部屋と言う扱いなのだ。いや、本当にギリギリ。学院側も頭を悩ませただろうなーって感じ。仮にも侯爵家の長男がその部屋。笑えるでしょ。まぁ、下手したら平民用の相部屋に放り込まれていたかも知れないのだから、上出来なのだ。そんなの、相手が可哀想すぎるだろう。
っと、昨日、前世を思い出した時から思っていたのだけど、俺……ゲームの時より扱い悪すぎない??
と、思う。
閲覧ありがとうございます!
6の、悪役令嬢の兄ルートについて、悪役令嬢ヴィヴィアンの説明と言うか設定を少々変えました。(2019.10.23)
清楚で気品溢れる云々→プライドが高く少々ワガママではあるが、気品溢れる清楚なお嬢様だった。少々、不器用なところがあり、思い込みが激しいところもあるけど、ツンデレっぽく可愛いキャラだった。ギャップ萌え。さらには、同い年なのに、お姉様と言う雰囲気が漂っていたりした。
に。
誤解が解ける、を→お互いの誤解が解け、ヴィヴィアンはそれまでの嫌がらせについて反省し謝る。に変更。
ユーリアンルート以外では、冤罪だと察せられる。だったのを→首謀者に乗せられて、嫉妬に走ったこと、他の人の行いや冤罪も被せられていた。に変更しました。