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『部屋まで送る』とか何とか言われたけれど、すっかり具合も良くなっていたので、その必要は無いと、寮についてすぐに、やんわり自分の荷物を要求したが、ムダであった。
実に律儀である。
こういうところが、本当、なんと言うか……なんと言うかである。
『そう言うのは、こう……本当に大切にしたいご令嬢相手に発揮するべきじゃない?』
と、言ってやれば、
『いや、女子寮の部屋まで送るのは、無理あるでしょ』
と、真面目なトーンで返された。
そういう事じゃねぇよ、と心底思った。
『大丈夫だよ。俺は、結構、博愛主義だけど、“特別”は、“特別”だからね』
とも言われてしまって、それも、そう言う事じゃねぇよって思った。
確かにそう言う心配もあったけど。あまりに、周りに愛想を振り撒きすぎて、本気で大切な人が出来た時に信じて貰えないんじゃないだろうか……?的なね。でも、俺が今言ったのは、そう言う意味じゃなくて。なんと言うか、あぁ、もう今さら過ぎて、やっぱり何も言えやしない。
ただ、なんとなく、居た堪れない。
これが、普通に具合が悪くて倒れたとかならまだしも。
気付いてしまったからには、今まで通りとはいかない。
……最悪だ。
もし、本来の扱いで与えられるであろう部屋だったら、そんなこと思わずに済んだのかも知れないなんて、思ってしまう。
この学院の寮の部屋は、そういう爵位や序列、寄付金等々によって決まる。当然、上の階に行けば行くほど偉いと言うことになる。
俺は、生まれは侯爵家で、家柄だけで言えば、それなりに良いので、最上階に部屋があったっておかしくはなかったりする。実際、一歳年下の義弟は、最上階のかなり良い部屋なはずだ。
けれども、俺の部屋はそんな階にはなくて。上位貴族の中でも一番下位に当たるものだ。
それが、そのまま俺の扱いの現実である。
……それでも、たぶんマシな方だ。本来の気持ちのまま扱われたら、下位貴族の中でも底辺の部類の部屋だっただろう。
そうならなかったのは、慈悲なんてものじゃなく、ただの見栄だ。
必要が無いとは言え、仮にも侯爵家の人間が下位の者と部屋を並べるなんて……という訳である。それなら、もう少し見栄を張ってくれよと思わなくもないが、その見栄と俺の価値を天秤にかけた結果が、ギリギリ上位貴族の部屋、と言う訳である。もしくは、学院側の配慮か。こちらの可能性の方が高い。……それでもたぶん、財のある新興男爵家の方が良い部屋だったりするけど。
そう言う、何とも言えない配慮もひっくるめて、この部屋は俺の現状をよく表していると思う。
でも、だからと言って部屋に対しての不満はない。扱いにも今更、何を思うことも無い。昔より関心が減った分、ラクになったくらいだ。
学院に通えるだけ良かったとさえ思う。
部屋もあるだけマシだ。
物置なんかよりもずっと。
ルドウィンは公爵家の嫡男なので、王族の次と言っても過言ではないくらいには、偉かったりする。しかも、現王の甥。つまりは、その子どもである王子、王女とは従兄弟なのだ。
改めて考えるとかなり、偉い。
本来なら近付けもしない相手だ。
つまりは、当然、最上階に部屋があるわけで。
同じ階に部屋があるなら、部屋の行き来も気にならない……と言うだけなんだけど。分かるだろうか。
俺の部屋のある微妙な階を、公爵家嫡男様が、彷徨くことに、何とも微妙な気持ちになってしまうことも。
前々から、来るなとは言っているのだけど、一向に聞いてはくれなくて。
半分、諦めていたのだけど、今さら。
今さらながらの居た堪れない気持ちが、再燃したのだ。
「体調は?本当にもう大丈夫そう?」
俺の部屋の前で、荷物を俺に渡しながら、ルドウィンは、念押しするように尋ねる。
そんなに確認してこなくたって、自分である程度、管理できるし対処も出来る。小さい子どもでもないんだし。
俺はもう、大丈夫だ。
……だから、そんな表情で、俺を見るなと言いたくなる。
そんな真剣に、心配するなよ。
だから、お前は勘違いさせるんだって。そんな事を、言ってしまいそうになる。
それを、『なんで?どこが?』なんて問われるのが怖くて、必死に呑み込み続ける。
「……まぁ、平気」
「食欲は?」
「……あんまり無いかな」
考えることが多すぎて。
「とりあえず、今日はこのまま休むよ」
「大丈夫か?」
「風邪とかじゃないから気にするな。念の為ゆっくり休みたいだけだから、大丈夫」
食欲が無いのは本当だけど、ゆっくり頭の中を整理して、考える時間が欲しいと思ってのことだった。じゃないと、夕飯時にこいつは迎えにでも来そうだから。
それなのに、思ったよりも心配そうな顔をされてしまい、最もらしい理由を付けてフォローしてみたが、ルドウィンには「ふーん?」と、実に微妙な顔をされた。
「念の為ゆっくり休む、ね。ノエにそんな概念があったなんて、安心したよ。明日の朝、迎えに来るから、体調悪かったらその時言ってね。従者を付けるから」
「は?」
意味深にそう言われ、何か、変なことを言ったか?と、ポカンとしている間に、さらに言葉を続けられ、それにどう反論すればと、固まっている間に、
「じゃぁ、念の為にゆっくり休んでね」
と、ルドウィンは、俺の頭に手を置いて囁くと、すぐに去ってしまった。
俺は、呆然とそれを見送ってから、ゆっくりと鍵を開け部屋に入り、しっかりと鍵を閉め、その場に座り込んだ。
はぁーーーーーーーー。
と、深いため息が出る。
……なんて、厄介な副作用を抱えてしまったんだ。
最悪だ。
と言うかアイツはあんなんだったか?!
いや、アイツはいつも通りか。
いつも通り、気遣いがすごくて優しい。
平等に。
俺じゃなくてもそうだ。
具合が悪ければ心配する。
そう言うやつだ。
だから、これは、俺の問題で。
俺が、問題で。
今までどうしてたっけ?
と、頭を抱えてしまう。
明日までに、それを取り戻さないと。
何でもない、いつも通りにしないと。
いや、それもそうなんだけど。
こうなった原因についても考えないと……。
はぁーーーーー。
俺は、また深く深ーく息を吐いて、脱力して、しばらくその場を動けなかった。
*****
あの時、流れてきたのは、人一人分の記憶。
たぶん、あれは前世ってやつだ。
本当にあるとも、思い出すものだとも思わなかったけれど。しかも、前世って……同じ世界だとぼんやりと思っていたけど、明らかにあれは別の世界だ。
そんなことあるのかって思うけれど、そうとしか言えないのでどうしようもない。
前世の言葉を借りるなら、異世界転生と言うのだろうか。
それも、ただの異世界転生じゃないようで、どうやらここは、前世の“ゲーム”とか言うものの世界みたいだ。
それも“テンプレ”っぽくは、あるみたいだけど。
よくは分からないけど、希望を持って似た世界だと言うことにしようと思っている。
さすがに、前世とやらを思い出しただけで、“現実じゃない”かも知れないなんて、思いたくない。
その“ゲーム”……主人公が様々なイケメンと出会い、好感度を上げて、ハッピーエンドを目指すって言う……端的に言って乙女ゲームなんだけど。
……ちなみに、前世の俺も、男。
なんで、俺が乙女ゲームなんて知ってるのかと言うと、前世の妹に勧められた、と言うか押し付けられたからだ。
それでも、まぁ、やってあげるだけ優しい兄と言うか、流されやすいと言うか、ただ単にシスコンだったのかは、分からない。
まぁ、普通に面白かったと言うのも、理由の一つである。
妹からの押し付けなんてことが無ければ、関わりようが無いジャンルだったけど、意外と悪くなかったことに驚いた。他にもそうやって、押し付けられたゲームが何個かあったように思う。
さて、この妹。
大変な問題児である。
外ではたぶん、普通のちょっとオタク趣味のある明るい女の子って、感じを装っていたけど、中身は中々、重度のオタクだった。
普通、そう言うのは家族に一番、隠さない?!って思うけれど、まぁ、とあるアクシデントにより俺がそれを知ってしまった一件から、完全に開き直り、俺の前ではかなりオープンであった。
口癖は、『お兄ちゃん、いつになったらイケメンの彼氏連れてくるの?』だ。
それで、察してもらえると大変助かる。
ところで、前世の俺のスペックと言えば、まぁ、普通に陰キャのオタクですよ。顔はまぁ、普通なのが救いって感じ。
と言うか、彼女も出来ないのに、何で彼氏を望まれなければいけないのか。それもイケメンの。
知り合う機会がそもそもねぇーよ。
あなたのお兄さんの顔をよーく見てから言ってくださいって感じだ。
その上、前世の俺は、別に男が好きなわけでは無かったから、完全に妹の願望でしかない。強い。
「たぶん、お前に美人の彼女が出来る可能性の方が高いぞ」
と、返せば、
「美人が私なんて相手してくれるわけないじゃん!」
と、返ってくる。
いや、その言葉そっくりそのまま返すわ!
としか思わなかった。
そうそう、漫画みたいなロマンスは起こらないのである。
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