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「ん、熱も無いみたいだな……」


 こつんと俺のおでこと先生のおでこが合わさる。何事もないかのように、先生は冷静にそう分析して、おでこを離すと同時に後頭部をひっとらえていた手も離した。

 何が……と、俺は呆然とするしか無い。


「先生……そんな不確かな方法より体温計があるでしょう」


 ルドウィンが呆れたように呟くが、先生は全く気にした様子もなく、

「こっちの方が早いし正確だよ?」

 と、にっこりと微笑んだ。

 どう考えても魔道具である体温計の方が正確に思えるが、その有無を言わせない笑みに、ルドウィンは何も返せないようだった。その上、この人がずば抜けて優秀なのは承知のことで、触っただけで解ると言うのも否定しきれないものがあった。



「だとしてもどうかと思いますよ。相手が勘違いでもしたらどうするんです?」


 こんなの女子生徒相手にやったら大問題だ。キュンとしてコロッと落ちたらどうするんだ、この人……と、呆れる。いや、落ちなかったとしても、こんな触れ合い令嬢相手に許されるものでは無い。


「それは、君が勘違いしそうになったと受け取っていいのかな?」


 爽やかな笑みに見せかけて、からかいしか無い笑みを浮かべて先生はこちらを見る。


「何でそうなる……」


 ため息を吐いて、呆れを全面的に出せば、先生は不満げに、「そこは、もっと真っ赤になって可愛く狼狽えてくれないと!」と、口を尖らせる。

 いや、そんなこと言われても……。


「……先生」


 呆れたような非難するような声音で、ルドウィンは呼ぶ。


「悪ふざけが過ぎますよ」


 にこりと微笑む様子は、軽く窘めているだけに見えるが、結構怒っていることが俺には分かった。……何でだ?

 あれか、こんな調子な不良教師に女子生徒が騙されないように、か?……相変わらず、お優しいことで。


「あーはいはい。もうしません。だから、その冷気仕舞って」


 先生は、両手を上げて降参のポーズをとるが、軽薄な雰囲気が拭えない。


「先生」


 ルドウィンのその口調は穏やかだが、たぶんめちゃくちゃ険を含んでいる。何がそんなに気に障ったのかよく分からない。

 比較的穏やかなこいつにしては、珍しい態度だ。

 心做しか部屋の温度が下がった気もする。


 いや、そんなにキレる?

 サイラッド先生とそんなに仲が悪かったっけ??


 と言うか、部屋の温度下がったの、気のせいじゃないな?!


「寒っ?!」


 思わず呟けば、二人の視線が一気にこちらに向く。


「!……わる、い。大丈夫か?!」


 慌てた様子でルドウィンは、上着を脱いで俺の肩にかける。

 気が逸れたおかげか、すぐに寒さは無くなり部屋の温度が戻る。部屋の温度に影響があるほどの冷気って、何。そんな魔力が漏れるほどキレるポインドがどこにあった?!


「いや、そこまでじゃないぞ?!」


 人から上着を奪う程は寒くなかったし、すぐに部屋の温度は戻ったので、そこまでしてもらうのは、気が引けた。と言うか、こんなことをして貰うほどの価値が俺にはない。そういうのは、可愛いご令嬢にすることである。……ヴァレンスと言い、何でこうも咄嗟の判断が紳士なんだ……。

 こういう所が、女子を勘違いさせるんだよなぁ……と、呆れてしまう。


「いや……体調も心配だし、部屋まで送るからそれまで掛けとけ」


 上着を返そうとするが、そんなことを言われてしまい、困る。いや、具合が悪いのは事実なんだけど、風邪とか疲労とか真っ当なものじゃないことが原因だと思うから、そんなに心配されると、罪悪感が……。


「ん……そういや、授業は?サボり?」


 今更なことに思い至り、どれくらい寝ていたんだろうと思いながら尋ねれば、ルドウィンは呆れてこちらを見る。


 ん?


 それから、俺の周りを覆っていたカーテンを開け放った。柔らかな紅い日射しが目に入る。


「え」


 その綺麗な茜空を見て、思わず声が出る。


 あれは、昼休みの時間。

 こんなに日が傾くまでに2、3時間以上かかるだろう……授業なんてとっくに終わっている時間だ。

 さすがにそんなに寝こけていたとは、思っていなかったので、呆気に取られる。


 そりゃぁ、さすがに心配されるし、呆れられるか……。


「……悪い」


 俺は、素直に謝る。

 何にと、言われれば分からないけど。


「いや、お前に何も無いならそれで良い……」


 ルドウィンは、そう言って俺の手にあるどうすれば良いか分からない上着を取って、何故かまた俺の肩に掛けた。さすがにまた返すのも気が引けて、俺は何も言えなかった。



「先生、熱は無いんですよね?ってことは、大丈夫そうなら帰って良いですよね」

「ん、そうだねぇ。体調に問題ないなら良いよ~」



「……だって、どう?動けそう?」


 俺が気まずい思いをどうしようかと思っている内に、ルドウィンと先生の会話は進んでいた。

 体調は、大分良い。

 スッキリとは言い難いが、これだけ話せるくらいには平静を保てている。何か、考えようとすると頭がガンガンする気がするが、今のところ問題ナシ。

 いつまでも保健室に居れる訳では無いので、動ける内に部屋に戻るのが一番良い。それに、今、一番必要なのは、頭の整理だ。ゆっくり考える時間が必要だ。


「大丈夫……」


 部屋に戻ったら色々考えないと……と、思いながら、ベットから降りる。ふらつきも無く思ったよりもいつも通りで、ほっとした。

 サイラッド先生に一応、お礼を言って保健室を後にする。

 そこで、教室に残っている荷物のことを思い出した。このまま帰るわけにはいかず、面倒だなぁと思う。


「あー、荷物取りに行かないと……」

「俺、持ってるから大丈夫だよ」


 ため息混じりの俺の呟きに、ルドウィンはそう言って、にっこりと微笑んだ。


「あぁ、悪いありがと」


 おおさすが気が利く。そう思いながら、荷物を渡して貰おうと、手を出すがルドウィンは、不思議そうにその手を見つめてくるだけだ。


「……」


 いや、分かるだろ?!


「……荷物出して。自分で持ってく」


 ルドウィンの見た目は手ぶらで、俺の荷物も自分の荷物も持っている様子はない。だからと言って、何処かに置いていると言うわけでもない。

 空間魔法が使えるのだ。

 空間魔法自体は、高等魔法だけど、それほど珍しいものでは無い。と言っても誰でも使えるものでは無いから、ルドウィンはかなり優秀なのだ。それも、10歳になる頃には使えていたのだから、すごい。

 まぁ、そのせいで色々、嫌な思いもしていることを知っているから、こいつの能力を、俺は俺のためには利用したくないのだ。状況によって手伝って貰うこともあるにはあるけど、別に絶対必要ってわけじゃないし。

 だから、荷物を返して貰おうと思ったんだけど……。

 そんなに大きいものじゃ無いから気にするなと言われれば、それまで何だけど、だからこそ、それくらい持てると言うか。


「……相変わらずだね。でも今日は、倒れたんだから気にしなくて良いよ。部屋まで送るし」

「いや、そういう気遣いは可愛いご令嬢にしてやれよ。風邪とかじゃないし、もう大丈夫だから、自分のカバンくらい持てる」


 呆れながら言えば、


「いや、体調不良の相手に、可愛いもご令嬢も関係ないでしょ?俺こそ、そんな相手にこれくらいの荷物も持ってやれない奴に、なりたくないんだけど?」


 なんて返される。

 言われてしまえばその通りでしかないので、言い返しようがない。ただ、何となくその気遣いが辛いのだ。慣れたくないと言うか、何と言うか。


「ほら、あんまりしつこいと、俺も抱き上げて連れて行くことにするよ」


 未だ手を引っ込めず、どうしたものかと考えていた俺の手首を掴んで、ルドウィンは強引に自分の方へ引いた。完全に不意をつかれた俺は、ぽすんとルドウィンの身体に引き寄せられた。その上でそんなことを言われてしまえば、どんな反応をすれば良いのか。冗談にしてもタチが悪い。


「勘弁してくれ……」


 深いため息と共に言葉を絞り出す。

 忘れ去ろうと、無かったことにしようと思っていた事実が、思い出される。

 ヴァレンスに抱えられて保健室に連れてこられたのですら、恥ずかしくてどうしようもないのに、こいつに同じように抱えられて寮へ、なんてその比じゃない。何で一日でそんなミラクル体験を熟さなければならないんだ……。


「……そー言うことだから。ね?」


 いや、どう言うことだよ。とは思うがこれ以上は勝てそうにないので、「悪い、ありがと」なんて、言うしかなかった。




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