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早々にこの場を離れたかったのに、聞き逃せないほどの大きな声で呼び止められてしまえば、足を止めるしかない。
ホント、さっきまであんなに震えてか細い声を出していたと言うのに、どうしてそんなに大きな声が出るのか不思議だ。
振り返れば、もじもじと恥ずかしそうな素振りをする、美少女。
うーん、普通なら可愛らしくていじらしいとか、照れるんだろうか。
……だけど、俺的には、呼び止めてその態度はどうよ……としか思えない。
いや、前世の俺なら、『マジ?これなんのチャンス?いやいや、ありえない……』とか、何とか葛藤しながら期待していただろうけど。
でもなー。
もう俺は俺だし。
この手のやつは、心底苦手だ。
「あの、お、お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか。……この度のお礼をしたいのです……」
ほんのりと頬を染め、恥ずかしながらも勇気を出して問いかける姿は、たぶん、愛らしいと呼ばれるものだ。
だけども、その甘い声が、隠しきれないその視線が、どうにも煩わしくて仕方ない。
「たまたま居合わせただけで、俺は何もしていません。彼女たちが自ら悔い、謝罪をしたのです。お礼を受け取る程でもありませんし、名乗るほどの者でもありませんので、気にしないでください」
きっぱりはっきり言い切って、足早にその場を去る。
どうにも関わりたくないと感じる人間だった。
……あれが、ヒロイン。
あれに騙される……いや、じゃなくて、おとされるって、どうなんだろう。
いや、違うか。あれは、騙される、か。
そうだ、分かってたって、それを疑問に思わせるくらい出来るだろう。騙されても良いとさえ思わせることも、出来るかもしれない。
そうだ、普通、気付かない。
たぶん、気付かない。
さすが、ヒロイン。
意識的か無意識的か分からないけど、確かに魅力的なヒロインに間違いないだろう。
……でも、俺の知るヒロインとは、違う気がする。たぶん、あんなんじゃなかった。
──アレは、ヒロインとは別物だろうか。
──環境などによって、変化した結果だろうか。
だけど、確かに元庶民だからって真っ直ぐで、計算なんて知らなくて……なんて、なんで思うんだろう。
庶民にだって、強かなやつは多いだろうし、あざとい女の子だって居る。
あれは、環境によると言うよりは、天性のもののように思う。だって、誰も教えてはくれないし。
もしかしたら、俺の知らない女性同士の教えみたいなのが、あるかも知れないけど。
だから、それだけで別物と考えるのは、良くない。別物感すごいけど。
ヒロインが違うって、致命的だけど、別にこの世界はこの世界としてあるわけで、ゲームに合わせているわけじゃないから、仕方ないのかな。
強制力ってのが無いことの証明でもある。
……とにかく、あれだ。
たぶん、俺がヒロインに堕ちることは、ほぼ無いな。
好きな人云々関係なく。
無理だ。
あざとい女が悪いわけじゃない。計算高いことも悪いわけじゃない。
むしろ、少しくらい裏も読めなきゃやっていけないと思うし、純粋過ぎても無理だ。
だけど、何か……分からないけど、とてつもない拒否感が込み上げるのだ。拒絶反応に近いものが。
アイツと同じ気配がするから。
すごく、関わりたくない。
……元々の天真爛漫で、真っ直ぐで……まぁ、テンプレなヒロインもこう、苦手だしな。
真っ直ぐすぎて。
眩しすぎて。
キレイすぎるとさえ、思うかも知れない。
憧れはするかも知れないし、まぁ、好きにもなるかも知れない。
……だけど、手に入れたいと、傍に居たいと思えるほど恋に落ちるかと考えると、とても微妙だ。
うん。
俺が攻略対象にならない理由が、よく分かる。
どっちにしろ、ヒロインは好みじゃないのだ。
そして、アレが別物だろうと、本物だろうと、俺は関わりたくない。
それを、確かめようとも思えない。
死にかけても関わりたくない。
とりあえず、思うのは、俺、攻略対象じゃなくて良かった!ってことだ。
関わる機会がほぼ無いってことだから。
俺が関わらないことで生じることも、生じないことも、大したこと無いだろうし。
目下、目標はヴィヴィアンの生存確保と魔王復活阻止。
それに、ヒロインが絶対に必要か?って考えると、ぶっちゃけ必要が無いのである。
最終的に、聖女だなんだと言われるけど、それもクレメントルートと第二王子ルートのみだし、ありがちな“特別な設定”なんてのも無かったし。封印に、ヒロインの力が必要とか何とかも、無いのだ。
聖女とは一体……って感じだ。
……と、そんなことより、さっきのアレはイベントだったんだろうかと思う。
確か“アーノエル”の初登場って、あんな感じだったかも知れない。
──呼び出され、ついていったら色々言われた挙句に、水をぶっかけられる。
そこに、アーノエルが来て、実行犯たちは退散。アーノエルに気遣われるが、羞恥と意地で『大丈夫です』と突っぱねる。
しかし、さすがにずぶ濡れの女の子を見て見ぬふり出来ないアーノエルは、『そのままでは、風邪をひいちゃうよ』と、近付いてきて、『ごめんね』と、呟きながら腕……と言うより制服を掴む。
すると、制服が乾く。
『……髪までは無理なんだ、ごめんね』と、ハンカチを渡して、去っていく……。
惚れてまうやろ!
わりと詳細に思い出せた自分に驚きながら、なんでこいつ攻略対象じゃないんだろうなと思った。そりゃ、ファンも期待するわ。
まぁ、その後の選択肢で他の攻略対象に会うんだけどね。確か。
うん、大分違うな。
でも、もしかしたら、あと一歩でそうなっていたかも知れないなと思って、ゾッとした。
そうなっていたら、確かにずぶ濡れのご令嬢を放置して、『はい、さよなら』なんて出来るわけ無く。
つまりは、アレともっと関わらなければ、いけなかったかも知れないわけで。それは、辛い。本気で。
だから、間に合って良かったと思う。心底。
物的証拠も残してないし、もう関わることも無いだろうなと思いたい。
──フラグにならないよう、心の底からお祈りするしか無い。
ちなみに、何で髪までは乾かせないなのか。単純に、全身を乾かすなんて、高度な魔法が使えないためである。
それは、火と風の魔法の応用で、中級魔法にあたるんだけど、水と土にしか適性がほぼない俺には、無理な魔法なのだ。
適性がほぼ無くても、皆無では無いのでそよ風程度は出せるし、物を温めるとか頑張ってちっちゃい火を出すくらいは出来るけど、両方なんてのは出来ない。
なので、制服の水分を抜くくらいしか出来ないのだ。やろうと思えば全身、乾かせるのかも知れないけど、一歩間違えたら死んでしまうので、出来ない。髪の毛だけならも、出来そうだけど、水分抜きすぎてパサパサになったら可哀想でしょ。貴族のご令嬢なのに。
っと、言うわけだ。
うん、わりと、情けない理由だ。
全然、惚れないわ。
完全に空気に騙されただけだったわ。
その上、メイン三人はチートだから、乾かすなんて余裕だしね。
あとの攻略対象も、たぶん全員使えるでしょ。
本当に、俺、圧倒的にスペック低い。
何で一緒に救出に向かうんだろ。そりゃ、ケガするよね。致命傷も負うわ。うん。
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