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「───ん、──に、───のよ!!」
「───がたに、── ─売って、───!!」
「そんな!──ッッ!」
昼食を終え、……今日は、きちんと食べた。テイクアウト用のサンドイッチを頼み、人の少ない裏庭の片隅での、ボッチ飯である。
その後、人気のない裏庭の木の影で、のんびり微睡んで居たわけなんだけど。
何やら騒がしい声が聞こえて、その心地好い空間も、弾け飛んだのだ。
くそ、誰だよ、邪魔するやつ……。
なんて、思ったけど、嫌な予感しかない。
こんな人気のない裏庭で聞こえる騒がしい声……なんて、フラグでしか無い。
はぁ、とため息を吐いて、立ち上がり声のした方に向かう。
フラグでしか無い……けど、ほっておく……と言うのもな……。さすがに。
「……どうしたのですか……?」
声がする方に向かえば、案の定な光景。
思ったよりは人数が少ないようだけど……女生徒一人を囲むように立つ三人。一斉にこちらを見ている。
もしかしたら、ヴィヴィアン嬢が居るかも知れないと思ったけど、そこには居なかった。
ヒロインは、居たが。
桜色……この国に桜は無いから、薄ピンク……淡い桃色と表現すれば良いのだろうか、の髪と瞳は、ヒロインのものだったと思う。珍しい色とは言わないけれど、そう多くはない色味だから、ほぼ間違いないだろう。
……本当に、フラグだったとは。
こうやって虐められるヒロインが助けられるイベントが、何個かあったなーと思い出す。
けれども、それとは違って、まだ何も起こっていないようだった。三人の内、真ん中で一歩前に出ている子が、ヒロインに向かって手を振り上げていたけど、俺が声をかけたことにより、それは阻止されたらしい。
まだ、何も起きていないのだから、どうにでも言い訳が出来るはずなのだが、彼女たちは狼狽え、そんな様子を見せる気配はない。やましいことがありましたと、ハッキリと言ってるようなものなのだが、良いのだろうか。
「どうか、されたのですか?騒がしい声が聞こえたので、心配になったのです」
そんなことを問うわけにもいかず、話を進めるためにそう問いかけ、それぞれを見た。
決して、ヒロインの前に立って庇うようなことはしない。絶対、ダメ。来た時のまま、対面する彼女達の間にあたる中立とも言える場所からは、絶対に動かない。
どちらの味方も、してはいけない。
状況も分からないで割って入って決めつけるのは、悪手。そして、往々にして、女性同士の争いに、男が介入するとややこしくなるものなのだ。……と、前世の妹が言っていた気がする。妹、グッジョブ。
確かに、このゲームでヒロインが虐められる原因が、攻略対象たちにもあるのだから、そう言うものなのだろう。
「ち、違……あの、これは、違うのです」
三人組の一人が、不自然に狼狽えながら、告げる。
いや、俺、何してるの?って聞いただけだよ?別に、意地悪してるのー?って聞いたわけじゃないよ??
「そ、そうです。これは、その……仕方なく、私たちも不本意だったのです……」
うん?
「も、申し訳ございません。め、命令されてしまい……その、断れなくて」
おっと?
と、話の流れが変な方に行きそうだったので、それを遮って解散を促そうと口を開きかけたところで、体に何かが触れる感触が……。
ギョッとして、そちらを見れば、俯き震えながら俺の右腕にしがみつくヒロインが。
ゾッとしたが、振り払えるわけもなく、やんわり彼女の手を握って離させようとしたのだけど……。
「ヴィヴィ……いえ、ごめんなさい。命令とは言え、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
1人がそう言って、全員頭を下げたので、俺の動きも止まってしまうと言うものだ。彼女たちがこんな風に頭を下げるなんて、考えもしなかった。
……と言うか、その微妙に名前を出したのは、わざとか?わざとだよな??んで、これもきっと、わざと……。
こうやって、悪評って広まるんだな。女って怖い。
こんな風になる前に、テキトーなこと言って解散して、ヒロインをテキトーに放置しようと思ったのだけど……ガッツリ、巻き込まれてしまった。
それも、かなり悪い形で。
そもそも、表情コントロールに長けた貴族のご令嬢が、あんなに簡単に狼狽える姿を見せている時点で、大分おかしかったのだ。動揺を隠すくらい、造作もないはずだから。
つまりは、わざと。
そこから、すでに、わざとなのだろう。
誰かに目撃されたら、あからさまに狼狽え、謝罪する。
怖。
女って怖い……いや、貴族社会……か?
とりあえず、怖いことはよく分かった。
そして、その時点で気付かなかったのは、俺の失態だ。
俺が何か言うのも変なので、俺の腕にしがみつくヒロインを見れば、俯いて震えるのみで、何の反応も示さない。
うーん、普通なら嫌がらせされて怖くて俺にしがみついてきて、可哀想、助けてやらなきゃ……くらい思うのだろう。
なのに、なんでだろ。全然、同情する気になれない。そこまで、非情なつもりは無いんだけど。
まず、思うのが、離れて欲しい。
と言うか、初対面でこれってどうなの?と。
自分でも不思議なくらい冷静に、そう思ってしまう。
「……では、この場はそれで終わりにしましょう」
ヒロインに何かを言う気配が、全く感じられなかったので、仕方なく、俺はそう言った。やんわりと、俺の腕を掴む手を外しながら。さりげなく、一歩離れながら。
「お互いにとって、良くない評判になりますので、無かったことにしましょう。見たところ、危害を加えられているわけでも、無さそうですし、もうしないと言うことで」
頭を上げた三人に、そう言って、どうでしょうか?と言う意味を込めて、首を傾げる。
「はい、あの本当に申し訳ありませんでした」
それに対し、三人は再び頭を下げた。
正直、貴族のご令嬢がこんなにあっさり頭を下げることが信じられない。
そして、ヒロインは何も言わずに俯くだけ。
どういうことなんだろう。
俺のこの子の好感度は、下がる一方だった。
どうにも、意味が分からない。
いくら、強い口調で罵倒されたにしても……謝罪に対し、無言と言うのもどうかと思う。謝罪したから許せとは、言わないけど、なにかリアクションがあっても良いんじゃないかと、思ってしまう。
そして、そんなに反応も出来ないほどのショックを受けていたのだとしたら、きちんとした相手に相談すべきだろう。
気まずい空気のまま、彼女たちは足早に去っていった。
正直、このまま俺も去りたい。
面倒臭い予感しかない。
このヒロイン、こんな感じだったっけ??
「あの……だいじょう、ぶ……ですか??」
そう思いながら、恐る恐る問いかける。
自然と一歩後ろに下がる。
「……あの、すみません。……大丈夫です」
か細い震える声で、彼女は答える。
「……私、その怖くて……本当に助かりました」
俯いていた顔を上げ、彼女はやっとこちらを見る。
上目遣いに瞳をうるうるとさせて。
「いえ。何事も無かったなら良かったです」
出来るだけ感情をのせないように、表情にも声にも気を付けながら答える。
「……ありがとうございました」
にっこり、微笑む彼女は可愛らしい。
先程まで、何の反応も返せないほど怯えていたとは思えないほど、可愛らしい笑みだ。
さすがヒロイン。
美少女は、何時でも可愛いみたいだ。
「何か、困ったことがおありなら、先生に相談した方が良いと思いますよ」
“それでは、失礼致します”
最低限の微笑みを浮かべて、俺はその場を離れようと歩き出す。
「あ、あの、その……待ってください!」
可憐な大声が響き、さすがに足を止めざるを得ない。
ため息を吐きたいのを飲み込み、俺はゆっくりと振り返った。
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