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中庭のベンチで仲良く並んで話す、一組の男女。
こちらからは、表情や話し声は伺えないが、その距離は近く、とても親密な雰囲気を醸し出していた。
何よりも、美しく整えられた、その庭園とも言える中庭でのその二人の姿は、とても絵になった。
金のサラサラな髪を靡かせた男が、その美しい顔を和らげて、隣の可愛らしい少女に微笑むのが、容易に想像出来た。
……出来て、しまった。
そして、それは何よりもしっくり来てしまって。非の打ちどころが無かった。
格好良い男には、美しく可愛らしい女が良く似合う。
誰も文句の付けようのない真理だ。
……。
ムリだ、と思った。
あぁ、最悪だ。
……その光景を見た瞬間に、様々な思いが湧き上がってきて、一気に混乱に叩き落とされた。
一人で背負うには少し重い記憶の濁流と、あってはならない気持ちが信じられなくて、すぐにその場を離れた。
けれども、それらを受け入れるには、一気に押し寄せたものが大きすぎて、気持ちの悪さが拭いきれなくて、トイレに駆け込んだ。
……信じられなかった。
何もかもが。
思い出したことも、気付いてしまったことも、全て無かったことにして、放り投げてしまいたい。
そう思いながら、胃の中がすっからかんになるまで吐いた。
それでも、頭がくらくらして、この後の授業に出ることなんて不可能だと思えたから、保健室にお世話になろうとフラフラと向かうことにした。
今、必要なのは安静だ。
何も、考えたくない。
途中、よく聞く声で『大丈夫か?』なんて言われた気がするが、何と答えたのかよく分からない。
正直、無事保健室にたどり着けたのかすら怪しい。
*****
夢を見ていた。
自分が自分ではない夢だ。
そこは、自分が知っている世界とはまるで違う場所で。
それなのに、何故か懐かしさがあって。
そして、夢の中の自分じゃない自分は、確かに自分だと確信があった。
夢を見ていた。
けれども、それは夢と言うよりは、現実で。
確かにあれは、自分で。
思い出した、と思った。
夢じゃ無かった。
あれは……あれを見た時に流れてきた記憶は、人一人分の人生だ。
それを夢で見ていた。
きっと、人の防御本能と言うやつだろう。
起きて思い出したところで到底受け入れられるものではなく、夢でそれを整理していた。
「……ん」
微かに呻きながら目を開ける。
見覚えのない白い天井が目に入る。
……何が、あったっけ?
っと、思い出そうとして、視界にサラサラの金髪が目に入る。
「起きたか?」
と、金の髪から覗く青い瞳が、心配そうに揺れる。
先ほどの光景を思い出して、気持ち悪くなるが友人の心配そうな様子に、何でもないように、
「あぁ」
と、掠れる声で答えた。
何が、あったんだっけ?
と、起き上がりながら、考える。
もしかしなくても、ここは保健室だろう。
よく覚えていないが、上手くたどり着けたのなら良かった。
「大丈夫か……?まだ動くのが辛いなら、もう少しだけなら休んでいけると思うけど……」
考え込む俺の様子を伺いながら、未だ心配気な視線を向ける友人、ルドウィンに「大丈夫だ」と、首を振る。
「……ホントに?」
ルドウィンは、眉を寄せて首を傾げると、お前は隠し事が上手いからな……と、ため息まじりに呟く。
それから、無造作にその白く長い指をこちらに伸ばしてきた。その手の先が俺の額に届く前に、思わず身体を引いた。
不快だったわけでは、もちろん無い。ただ、無意識にそうしてしまった。何の構えも無く触られるのは、ムリだった。
「どうした?」
一瞬、焦ったが、俺の反応に不快さも何もないように見えて、少し安心した。
「いや、何?」
動揺を悟られないように、あくまで普通の対応だと言うように問う。
「何って……倒れたって言うし、まだ具合悪そうだから、熱でも確かめようとしたんだけど……?」
呆れたように答えるルドウィン。それで、ルドウィンの行動の意味が、熱を測るためと気付き、少し気まずくなる。それくらいのことで、ずい分大袈裟な反応をした気がする。
「あ、ぁあ……悪い……いや、熱は無い、と思うから大丈夫だ……」
しどろもどろに答えながら、ルドウィンの返答に引っかかり覚えて、それを探る。不意にその違和感の正体を突き止め、思わず呟く。
「倒れ、た……?」
まさかと思ったけど、思い返しても、あの後の記憶が定かではない。
と言うことは、そういう事なのか……?
保健室に居ることから、特に何も考えず、無事に辿り着けたと思っていたのだけど……違った……?
最悪だ……。
そう思った瞬間、シュッとカーテンが開く音が聞こえ、思考が遮られる。
「おお、やっとお目覚めか、眠り姫。具合はいかが?」
その長い白髪を低めに一つに括り、白衣に身を包んだ、どうにも胡散臭い闇医者にしか見えない笑みを称える男は、この学院の保健医である。名前は、サイラッド・マコーリー。普通に医者としての知識も持っているが、治癒魔法も使える優秀な人物だ。正直、学院の保健医なんて勿体ないレベルと言われている。
ちなみに胡散臭いと思うのは、俺の主観でしかないらしく、優しい微笑みだと女子には評判で、人気が高いらしい。絶対、騙されてる。
「姫って何だ、姫って……」
意味が分からんと睨みつければ、保健医は「えー?」と首傾げる。いや、可愛くないし。やっぱり胡散臭い。人気があるってマジで謎。……やっぱり顔か?顔が良ければ何でもいいのか?女子は??
「いやーだってねぇ?慌てた様子でヴァレンス君が人を抱えて駆け込んで来たんだよ?さながら姫を護る騎士のようで……ねぇ?」
何てニヤニヤとこちらを見てくる。
いや、それってまさか……その抱えられていたのは、俺……か?
しかもあいつのことだから、抱えるって……。
「ま、まぁ、ヴァレンスにかかれば大抵のやつは姫扱いだ……気にするな」
なんて、的外れなフォローをするルドウィン。
うわぁ。
思わず俺は頭を抱える。
何であいつは、そういう所はムダに紳士なんだよ。そんで相手を考えろよ!不器用にもほどがあんだろ!
騎士を目指すヴァレンスは、不器用で武骨で、そういうのとは縁遠いくせに、“騎士”故の行動を外さない。理想の騎士様像そのものの行動をとるのだ。まぁ、顔も良いわけで、そのギャップに女性からは人気だ。
“それ”が女性限定なら問題ないのだが、大体、誰彼構わず発動させる。強い男にはあまり発動されないのだが、騎士として護るべき相手……まぁ、言ってしまえばヒョロい男とか小さめの男には、その対応になるのだ。……実に迷惑。
「まぁまぁ、具合の悪い相手の移動方法としては一番的確だ。たぶん彼なら、ギデオドア先生でも姫抱きで連れてくるだろうね」
うわぁ。
ギデオドア先生って、剣術指導の先生で熊なみの体格で、間違いなく強い男だ。国の中でも先生に勝てる人なんて、数える程しかいない程の実力者だ。
それでも確かにサイラッド先生の言うように、具合が悪かったらヴァレンスは、そうするだろう。そういうやつだ。
「ま、そういうわけだから、気にしたら負けだぞ♡」
まぁ、だから仕方ないかぁって、思っていたのに、サイラッド先生がいーい笑顔でそう言ってくるから、腹が立った。そうやって言ってくるやつが居るから嫌なんだよ……はぁ。
「さて、そんなことより君は……」
ため息を吐いて呆れていたら、サイラッド先生は、そんなことを呟いて、つかつかとこちらに向かって来た。そちらを見れば、何と判断する前に、先生は俺の目の前に居て、むんずと後頭部を掴まれていた。
「は?」
ポカンとする俺を他所に、ぐいと後頭部を引かれ、先生の顔が近付く。抵抗する暇も無かった。咄嗟のことに、なす術もない。出来たことと言えば、何故かギュッと目を閉じると言う謎の抵抗だけ。
つまり、なすがままである。
「先生?!」
驚くルドウィンの声が響いた。