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なろう公式企画

くまぐま

作者: 烏屋マイニ

 ここに、一匹のアライグマがいる。

 この森に、いつの間にやら住み着くようになったこいつは、名をクロメと言って、なぜかいつもイライラしており、なにもかも気に入らないと言う顔をしていた。

 もちろん、ただ不機嫌なだけならよいのだが、なにかの拍子に怒り出して、蹴られたり、ひっぱたかれたり、咬み付かれたりするものだから、クロメとおなじ森に住む動物たちは、この乱暴者にすっかり手を焼いていた。

 そうして、ある日のこと。いよいよ腹にすえかねた彼らは、森の中にある、ドングリ池と呼ばれる小さな池のほとりに寄り集まって、なにやら相談をはじめるのだった。

「まったく、どうしたもんだろう」コマドリは、大きなため息をついて言う。「この間なんて、枝にとまって楽しく歌っていたら、いつの間にか木に登ってきたあいつに、地面へ叩き落とされたんだ」

「僕もね、それはひどい目にあったよ」ヘビがうなずきながら言った。「おいしそうなタマゴを見つけて丸飲みにしようとしてたら、あいつに頭をふんづけられたんだ。おかげでタマゴのカラが、のどにささって今もいがいがしている」

「おい、君」コマドリはじろりとヘビをにらんだ。「僕の奥さんが、タマゴが一つ足りないと言ってあわてていたのは、まさか君のせいじゃないだろうな?」

「さあね」ヘビはふふんと鼻を鳴らした。「タマゴはタマゴさ。それを産んだのが、コマドリかダチョウかなんて考えたこともない」

「ねえ、ちょいと」キツネが、いがみあいをはじめた二匹を止めた。「みんな、あのアライグマに困って集まってるんだから、仲間内でケンカなんてよしてちょうだいな」

「それもそうだ」コマドリはムスッとしながらも、一つうなずいた。「もちろん、キツネの姐さんも、あいつに手ひどくやられたんだろう?」

「まあね」と言って、キツネは鼻をさする。「あいつがいつも、あんまりぶすっとしてるから、ちょいと忠告してやったんだ。『あんただって、もうちょっとニコニコしていれば、みんなから可愛らしいと思われて、世の中がもっと楽しくなるだろうに』ってね。そうしたら、なぜかいきなり、鼻をかぶりとやられたってわけさ」

 その場にいた動物たちは、「そんなよけいな世話をやかれたら、アライグマでなくても腹を立てるだろう」と思ったが、キツネが言うように仲間内でいがみあってもしようがないので、かしこく口をつぐむのだった。

「さて」大きな岩の上に立つ年寄りのリスが、集まった動物たちをぐるりと見回した。「あの乱暴者について、他になにか言いたいことはあるかね。せめて一つくらい、よい話でもあればと思ったが、誰の口からもそんなものは出ないようだ」

「あなたは、どんな悪さをされたんですか?」コマドリはたずねた。

 リスはしかめっ面になった。「ドングリを埋める穴をほっていたところを、いきなり捕まって水の中につっこまれ、そのままじゃぶじゃぶと洗われたのだ。危うく溺れ死ぬところだった」

「やっぱり、あいつはこらしめなきゃいけないね」ヘビは言って、うんうんとうなずく。

「お待ちよ。彼女の悪さには腹が立つけど、こう言うのは公平じゃないと」

 キツネは言って、とがった鼻面をついと向ける。するとその先には、大きな木のかげにかくれてこちらを見る、すこし白けた毛のクマがのっそりといた。

「一応、彼にも話を聞いちゃどうだい?」

 リスはもっともだとうなずき、クマに声をかけた。「おおい、クマよ。おまえもやはり、アライグマにひどい目にあわされたのかね?」

「いや、僕はアライグマになんて会ったことがないから」クマは、もぐもぐと答えた。

「会ったことがない?」リスは目をぱちくりさせた。「あいつはいつも、森の中をうろうろしているから、会わないことなどないはずだが」

「だって、みんながみんなして怖いやつがいるって言うから、僕はもう恐ろしくて、ずっと巣穴にかくれてたんだ」

「だったら、どうしてお前さんはここにいる。ここに集まったのは、みなアライグマからひどい目にあわされた者ばかりなのだぞ?」

「そうなの?」クマはきょとんとして聞き返した。「ドングリ池にみんな集まれって、コマドリさんの声が聞こえたから、なにか聞き逃すとよくないことがあるのかと思って来たんだけど、どうやら僕には関係ない話だったみたいだね」

 あわて者がいたものだと、みんなが苦笑いしていると、不意にキツネが言った。

「ちょいと、あんた。さっき、ずっと巣穴にいたって言ってたわよね?」

 クマはこくりとうなずく。

「それじゃあ、おなかが空いたり、のどがかわいたりしたときは、どうしてたんだい?」

「僕の巣穴には雨水がしみてくるし、たまにドングリがころげてくるから、そんなに困らなかったよ」クマはちょっとだけ考えてから付け加えた。「まあ、少しくらいはひもじいこともあったけど」

 よくよく見れば、クマはひどくやせ細っていた。毛はぼさぼさだし、鼻の頭も白っぽく乾いてしまっている。

「ひどい話だわ」キツネは目頭をおさえた。「彼はアライグマのせいで、あたしたちなんかより、ずっとつらい目にあってたのよ」

「まったく、そのとおりだ」リスはうなずき、ほお袋からとりだしたドングリで、足もとの岩を打ち鳴らした。「もう、あれを大目に見る理由はないだろう。彼女は罰を受けねばならん」

 動物たちは、熱心に頷いた。もちろん、悪さをされた覚えのないクマだけは、殺気立つみんなの様子をきょとんと眺めるばかりである。

「このドングリ池は、ドングリを投げ込んで願ったことが、必ずかなうと言われている。私はこのドングリで、あの乱暴者にふさわしい罰を願うつもりだ」

「そんな、小さいドングリでいいの?」

 クマが首を傾げてたずねると、リスはしかめっ面になった。

「小さかろうが虫が食っていようが、ドングリはドングリだ」リスは一つ咳払いをした。「さあ、あいつにどんな罰をくれてやろう?」

「だったら、まずはあいつの目をふさいでくれ」コマドリが言った。「目が見えなければ、乱暴しようとする誰かを見つけられないからな。だけど、僕の歌が聞こえなくなるのは可哀想すぎるから、耳だけは聞こえるようにしてやろう」

「それと、手足も動かなくしてやろう」ヘビが言った。「見てのとおり、僕も手足はないから、だれかを殴ったり蹴ったりできないし、あいつにも同じようになってほしいんだ」

「もちろん、それは彼女が自分の悪行を反省して、自分が迷惑をかけた連中に心底申し訳なかったと謝るまで、ぜったいに治っちゃいけないよ」と、キツネ。

「ねえ、そんなことはしないほうがいいよ」クマはおろおろと言った。「それは、あんまりにもひどすぎるもの」

「しかし、お前も私たちも、もっとひどい目にあっているのだ」

 リスは言って岩から飛びおり、ドングリ池のすぐそばまで歩いて行って、ドングリを透き通った水の中に投げ込んだ。

「ドングリ池よ。私たちを苦しめる乱暴者のアライグマに、ふさわしい罰をあたえたまえ」

 すると、たちまち空が暗くなり、ばちばちと叩きつけるような雨が降りだした。さらに、ごろごろと雷が鳴き、少しはなれた場所に稲妻が落っこちて、ひどい音を立てる。

「こりゃあ、たまげた」ずぶ濡れのコマドリが、尻もちをついて言った。

「ひょっとすると、これが罰ってやつじゃないかな」ヘビは鼻の先から水を滴らせながら、背伸びをして雷が落ちた方を眺めた。もちろん、ドングリ池からそこまでは、高い木立が邪魔をして、なにも見ることは出来ない。

「ともかく、調べてみよう」リスは言って、クマの背中に飛び乗った。「さあ、雷が落ちた場所へ向かうのだ」

「また、落っこちて来たりしない?」クマはびくびくと怯えてたずねた。

「雷は、地面にある雷のごはんを食べに落ちてくるのだ」リスが答えた。「つまり、一度雷が落ちた場所は雷のごはんが無くなるから、他の雷が落ちてくることも無い」

「それじゃあ、今僕たちがいるこの足元には、まだ雷のごはんがたっぷりあるってこと?」

「目には見えないが、そうなるな」

 クマは震え上がった。「早く行かなきゃ。雷が落ちてくる前に!」

 リスを乗せて、どすどすと森を駆けるクマを、他の動物たちも急いで追いかけた。そうしているうちに雨はあがり、ほどなく彼らは黒焦げて倒れた木のそばにやって来る。その太い幹の下にはアライグマがいて、彼女は小さく「うう」とうなっていた。

「アライグマよ」クマの背中から、リスは厳めしい声で言う。「お前は報いを受けたのだ。これまで森の者たちにはたらいた乱暴狼藉を、よくよく悔やむがよい」

 クロメは頭を起こし、のろのろと辺りを見回した。「そんな、つまらないことを言うのは誰? 隠れてないで出て来なさい」

「どうやら、目が見えてないようだよ」ヘビがコマドリに、こそこそと話しかけた。コマドリはうなずき、やっぱりこそこそと応えた。「いい気味だ」

「まあ、なんてこと」クロメが叫んだ。「手も足も動かないわ。さては、私が気を失ってる間に、誰かが縛り上げたのね!」

「誰も隠れてないし、あんたは縛られてもいないよ」キツネが言った。「ただ、リスの長老が言ったように、あんたは悪さの報いを受けたのさ。あんたが本当に申し訳ないって気持ちになるまで、この先ずっと、その目は見えないし、手足も萎えたままだよ。もし、元に戻りたいと思うなら、ちゃんと反省して、今まで迷惑を掛けた連中に、心の底から謝ることだね」

「その声は、お節介ギツネね」クロメは鼻を鳴らした。「自分が悪いと思ってもないことに、どうして謝ったりする必要があるわけ?」

 この期におよんでも、まったく悪びれないクロメの言いように、すっかりあきれ果てた動物たちは、動けない彼女を放って、それぞれ森の中へ去っていった。ところがクマだけは、その場に残った。そうして、みんなの姿がすっかり見えなくなったところで、彼はクロメの上に乗った丸太をどかし、彼女をひょいと抱き上げた。

「あんた、誰。なにをするつもり?」クロメは見えない目で、じろりとクマを睨んだ。

「僕は」クマが口を開きかけると、彼のおなかがぐーと鳴いた。

「そう。動けない私を食べようって言うのね」

「そんなことしないよ!」クマはあわてて言った。

「じゃあ、どうするの?」

「僕の巣穴に連れて行って、君が元気になるまで面倒を見るんだ」

「みんなに憎まれてる私を、どうして助けようだなんて思うの。ひょっとして、あんたはあのキツネよりも、お節介焼きってこと?」

「そうじゃなくて、僕は」クマの頭に、ふと名案が思い浮かんだ。「僕もアライグマだから、仲間の君を助けるのは当然だもの」

 本当はただのクマだが、アライ()()と言うくらいだから、アライグマもクマの仲間だし、そうであればちょっとの間くらい自分も「アライ」を借りても構わないだろうと言う考えだ。

 ところが、クロメはけらけらと笑い出した。「どうせつくなら、もっとましな嘘になさいよ。私の身体より大きい手をしたアライグマなんて、いるわけがないでしょ」

 もちろん、その通りだ。しかしクマも、言い訳くらいはちゃんと考えてある。

「そりゃあ普通のアライグマよりは、ちょっと身体が大きいとは思うけど、誰にだって欠点はあるからね」

 クロメは目をぱちくりさせた。そうして、くすりと笑ってから、こう言った。「私は、クロメよ。あんたの言うこと、信じるわ」

「よかった。ありがとう、クロメ」クマは心の底から言って、アライグマを抱えたまま巣穴に向かって歩き出した。

「あら。あなたが本当に私を助けてくれるつもりなら、お礼を言うのは私の方でしょ?」

「でも、言いたい気分なんだ」

「そうなの?」

 クロメは不思議そうに首を傾げるが、それ以上は何も言わなかった。

 そうして巣穴にたどり着くと、クマは自分の寝床の上にアライグマをそっと横たえた。クロメはほっとため息をついてから、そこに敷き詰められたふわふわのミズゴケにあごを乗せ、気持ちよさそうに目を細めた。

「喉が渇いたら言ってね。奥の方に水たまりがあるんだ」

 這いずって飲みに行けと言うのでは、あまりにも可哀想だから、その時は手を貸すつもりだった。

「ありがとう、今は大丈夫よ。ところで、あんたの名前をまだ聞いてなかったわ」

「僕はスクナオだよ」

 クロメは不思議そうに首を傾げた。「おかしな名前ね。それって、短い尻尾って意味じゃない。ちっともアライグマらしくないわ」

 スクナオは「しまった」と両手で口をふさいだ。アライグマのクロメには、しましまでふさふさの立派な尻尾がついていた。しかしアライグマではなく、ただのクマでしかないスクナオの尻尾は、彼の名前の通りずんぐりと短い。

 スクナオが答えに困っていると、クロメは一つ咳払いをして、こう言った。

「もちろん、あんたは普通のアライグマとはちょっと違うようだし、尻尾が短くっても不思議じゃないわよね?」

「そうそう、その通り」スクナオは、うんうんとうなずいた。

「まあ、変わっててもアライグマなんだもの。ずっと独りぼっちだったから、あんたに会えて嬉しいわ」

「ずっと?」

「ええ、そうよ。私は、ちょっと前まで人間に飼われていたんだけど、飼い主に咬み付いたせいで愛想をつかされて、この森に捨てられてしまったの」

「どうして、そんなことをしたの?」スクナオはぎょっとしてたずねた。

「だって、あんまりにもしつこく撫でたり抱き上げたりしてくるんだもの。腹を立ててもしようがないじゃない?」クロメはふんと小さく鼻を鳴らした。「とにかく捨てられた私は、それから仲間がいないかと森の中を探し回ったわ。でも、見つからなくて、自分はこの世でたった一匹のアライグマなんじゃないかと思い始めてたの」

 スクナオは、その時のクロメの気持ちを思ってすくみ上った。もし自分が同じ目にあったら、もう恐ろしくて恐ろしくて、どうしていいかわからなくなっていただろう。そもそも、見知らぬ森の中を、独りぼっちでさまよい歩こうなどとは思いもしない。

「ねえ、スクナオ」

「なんだい?」

「おなかが空いたわ」

「そうだね。僕も」おなかが空いたと言いかけたところで、腹の虫がぐーと鳴く。クロメがくすくす笑い、スクナオはちょっとだけ恥ずかしくなって、いそいで言った。「外へ行ってなにか探してくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」

 巣穴を出て、スクナオは大きなため息をついた。実のところ、いつ殴られたり、蹴られたり、咬まれたりしやしないかとびくびくしていたからだ。ところが結局、そんなことはまるでなかった。どうやらクロメは、みんなが言うような、ただの乱暴者ではないようだ。それに、いつも不機嫌な顔をしていたと言うが、スクナオの寝床を借りるクロメは、ずいぶんと安らかに見えた。一体、本当の彼女はどこにあるのだろう?

 考え事をしながら歩いていると、足元でなにかがぎゃっと叫び声をあげた。びっくりしたスクナオは飛びのいて、心臓をばくばくさせながら辺りを見回した。

「おい、気を付けてくれよ」

 見ると道の真ん中で、自分の尻尾にふーふーと息を吹きかけるヘビがいる。

「どうしたの?」と、スクナオはたずねた。

「ここで昼寝をしていたら、君に尻尾を踏まれたのさ」

「そっか、ごめんよ」スクナオはあやまって、不思議そうにヘビをながめた。「でも、なんだって道の真ん中で寝てたりしたの?」

「ちょうどよく日が差して、あったかいからさ。君はお散歩かい?」

「いや、食べ物を探しに来たんだ」

 すると、ヘビはにやっと笑った。「もう、あの恐ろしいアライグマの心配をすることもないからね。巣穴から出られてよかったじゃないか」

「あー、うん。そうだね」

 ここへ来てスクナオは、まずいことに思い当たった。彼はただのクマだから、アライグマが食べるものなどまるで知らなかったのだ。

「ねえ、ヘビさん。アライグマって、何を食べるんだろう?」

「おかしなことを聞くやつだな」ヘビは首を傾げてスクナオを見つめた。「まさか、あのアライグマに食べ物を恵んでやろうと考えてるんじゃないだろうね?」

「いや、そうじゃないよ」スクナオはあわてて言った。「もしアライグマの大好物が、クマだったら怖いなあと思って」

 ヘビはけらけらと笑った。「どう見ても君は、あいつの口より大きいようだけどね。でも、僕はあいつの好物なんて知らないから、絶対とは言えないな」

 スクナオは、こくこくとうなずいた。

「ひょっとすると、リスの長老が知っているかも知れないよ。彼は物知りだからね」

「なるほど。彼はどこにいるんだろう?」

「さあね。でも、何をやっているかはわかるよ。きっと、森中のドングリを独り占めにしようとがんばってるはずさ」

「そんなこと、できるの?」

「彼はそう思ってるみたいだね」ヘビは言って、大きなあくびを一つした。「さて、僕はもう一眠りするよ」

「昼寝なら、道から外れた場所でするほうがよくない。また誰かに踏まれるよ?」

「僕はここが好きなんだ。大体、よけたりまたいだりできるのに、わざわざ踏んづけてくるやつの方が、気がしれないよ。それじゃあ、おやすみ」

 そう言って、ヘビが寝息を立て始めたので、スクナオはその場を立ち去った。そうして、リスを探して歩き回っていると、頭の上でぴーよぴよとコマドリの声が聞こえてくる。なにやらご機嫌に歌っているようだが、まったくおかしなことに、どれだけ歩いてもその歌声は一向に小さくならない。ふと見上げると、コマドリはスクナオが歩く先の枝にいちいち飛び移り、そこで得意げに歌を披露している。

「ねえ、コマドリさん」スクナオは枝の上のコマドリに話しかけた。ところがコマドリは、それに応えることなく、歌を歌い続けている。たぶん彼は、スクナオが「上手だね」とか「素晴らしいね」と言うまでやめないつもりなのだろう。別に歌うのは構わないのだが、今はリスを探している途中なのだ。コマドリの歌声は、小さな生き物が立てる、かさこそ言う音をかき消してしまう。

「コマドリさん」スクナオは、もう一度呼びかけた。「僕には音楽の素養がないから、たぶん君の歌の素晴らしさは一生掛かってもわからないと思うんだ」

 コマドリは、ようやく歌うのをやめた。「しかし、君は長らく巣穴にいて、僕の新曲を耳にしていないだろう。遠慮せずに聞いていきたまえ」

「ありがとう。でも、僕なんかより、本当にあなたの歌が必要なひとに聞かせるべきじゃないかな。例えば、リスの長老はどうだろう。彼くらい偉くて賢い人が素晴らしいって言えば、あなたの歌を聞きたいと思う動物たちも、きっと大勢に増えるはずだよ」

「なるほど、もっともだ」コマドリはうなずいた。「ちょっと前に川辺で長老を見かけたんだ。早速、向かってみよう」

「僕も彼に用事があるから、一緒に行くよ」

 そうして一匹と一羽は、連れ立って川辺へと向かった。年寄りのリスはすぐに見つかった。彼は山積みにしたドングリの脇に、せっせと穴を掘っている。

「なんだ、お前たち。まさか、私のドングリを盗みに来たのか?」リスはドングリの山を背中に隠し、慌てた様子で言った。

「そうじゃないんです、長老」スクナオは急いで言った。「僕は、アライグマがなにを食べるのか聞きたくて来ました。もし彼らの大好物がクマだとしたら、本当に恐ろしいからです」

「安心しろ、クマよ。アライグマが食べるものは、お前さんと大して変わらん。しかし、ザリガニが特に好物だと聞くぞ」

「ザリガニって、川の中にいてハサミのある?」

「他に、どんなザリガニがいるのだ」リスは鼻を鳴らした。

「そりゃあ僕も、一度は食べてみようと思ったこともあるけど、指をはさまれてひどい目にあってからは、手を出さないようにしてたんです」

「まあ、わざわざ川の中をあさらなくても、食べ物ならそこらにいっぱいあるからな」リスは言って、小さな声で付け加えた。「ドングリ以外は」

「よし、君の用事は終わったな」コマドリは言って、リスに目を向けた。「長老、私は私の新しい歌をあなたに聞いてもらいたくてここへ来たのです」

「歌だと?」

 スクナオは、リスが迷惑そうに鼻の上にしわを浮かべるのを見て、口を挟んだ。

「もちろん、きれいな歌は、美味しいごはんを食べながら聞くのが一番だと思うんです。たぶん、いつも木の枝にとまっているコマドリさんなら、美味しいドングリのなる枝も知っているんじゃないでしょうか」

 そしてスクナオは、コマドリにこそこそと耳打ちをした。「きっと長老も、美味しいドングリをくれたあなたの歌を、ぜったいに悪いようには言わないはずだよ」

 コマドリは、こくりと一つ頷いてから赤い胸を張って言った。「クマの言う通りです、長老。素晴らしい食事と素晴らしい歌であなたをもてなしますので、是非とも一緒に来てください」

「うむ。そうまで言うのなら、ごちそうになろうではないか」

 そうして、コマドリとリスは、スクナオを残してその場を立ち去った。スクナオは、さっそく川べりに立って、ザリガニを探しはじめた。指をはさまれて、ずいぶん痛い目にはあったが、どうにか真っ赤なザリガニを、三匹ほど捕まえることができた。それに加えて、長老が残していった山積みのドングリも頂戴し、急いで巣穴に戻った。

「やあ、お待たせ」

 クロメの前に収穫を並べ、目の見えない彼女のために、どんな食べ物があるのかを説明した。もちろん、喜んでくれるだろうと思っていたのだが、なぜかアライグマは元気がない。

「どうしたの、大丈夫?」

「え、ええ。平気よ」クロメは笑顔で言った。「それより、手伝ってもらえるかしら。両手が使えないんじゃ、大好きなザリガニだって食べられやしないわ」

「それは、確かにそうだね」

 スクナオは、ザリガニやドングリを一つずつ、クロメの口元に運んで食べさせた。もちろん、はらぺこだった彼も、ザリガニを一匹とドングリを三つほど口にした。食事を終えるとクロメは少しばかり元気を取り戻した。それから二匹は同じ寝床で寄り添って眠り、夜を明かした。

 朝になって、スクナオがまた食べ物を探しに出掛け、再び巣穴に戻ってくると、その入り口の前にヘビとコマドリとリスの姿があった。どうしたのかと聞く前に、巣穴の中からアライグマをくわえたキツネが出て来た。キツネはクロメを地面に置くと、腰をおろして口を開いた。

「アライグマは、みんなに謝るそうよ」

 スクナオは驚いて、集めて来た果物やカブトムシの幼虫やらを、ぜんぶ落っことした。「どうして?」

「昨日、君が行った後、どうにも気になって巣穴を覗いてみたんだ」ヘビが言った。「そうしたら案の定、こいつがいるじゃないか。そこで僕はキツネの姐さんにこのことを教えてやったと言うわけさ」

「そしてあたしは、クマの巣穴にやって来て、このアライグマに『あんた、ここでなにをやってるの?』ってたずねたんだ」キツネが言う。「すると、彼女はこう答えたのさ。『親切で大きなアライグマが連れてきてくれたのよ』と。だからあたしは教えてやったんだ。『この森にはあんた以外にアライグマなんて一匹もいない。この巣穴に住んでいるのはアライグマなんかじゃなく、あんたを死ぬほど怖がっていた、ただのクマだよ』ってね」

 キツネの話を聞いたスクナオは、どうしてそんな残酷なことができるのだろうと震えあがった。そうして、自分もまた親切のつもりで、クロメに同じくらい残酷なことをしてしまったのだと、今更になって気付いた。本当はクマなのにアライグマのふりをして、彼女に仲間がいるのだとぬか喜びをさせてしまったのだ。これではキツネのように、鼻っ面を咬まれてもしかたがないだろう。

 ところが、地面に横たわるクロメは、小さくため息をついただけで、恨み言の一つも口にしなかった。そればかりか、「そう言うわけだから、スクナオ。もう、あんたに甘えて寝床を借りたり、食べ物をめぐんでもらったりするわけにはいかなくなったの。だって、アライグマじゃないあんたに、私を助ける義理なんてどこにもないんだもの。だから私は、さっさとみんなに謝って、見える目と動く手足を取り戻したら、この森を出て行くことにするわ。どこか他の場所でなら、私と同じアライグマが見つかるかもしれないもの。一晩だけだったけど、あんたと一緒にいられて楽しかったわ。ありがとう」

 まさか、お礼を言われるとは思いもよらなかったスクナオは驚き、それから本当にいたたまれない気持ちになって、白状することにした。

「実を言うと、僕はただ怖かっただけなんだ。みんながみんなして、あのアライグマは悪いやつだから、懲らしめなきゃいけないと言うんだもの。本当は、そんなことはいけないって言いたかったんだけど、どうしても言えなくって、せめて君のつらい気持ちが、ちょっとでも減るようにしようと思っただけなんだ。お礼を言われることじゃないよ」

「それでも私は、嬉しかったの。それに、キツネが言うには、あんたも私のせいでずいぶんとつらい目にあったそうじゃない。理由はどうあれ、親切にしてくれたあなたを怖がらせてたなんて、とても申し訳なく思うわ。本当にごめんなさいね」

 そう言った途端、クロメは目をぱちぱちとしばたかせた。そうしてしゃきりと立ち上がり、ひどく戸惑った様子で「まあ」と言った。

「ちょっと、どう言うこと」キツネが驚いた様子で言った。「彼女は自分が迷惑をかけたと思った相手に、ちゃんと謝るまで罰を受け続けるはずよ。それがどうして、クマに謝っただけで治ってしまったの?」

 キツネの問いに、答えられる者はいなかった。ちょっとの間をおいて、クロメがその役を引き受けた。

「簡単なことよ、お節介ギツネ。だって私は、スクナオ以外に迷惑をかけただなんて、これっぽっちも思ってなかったんだもの」

 クロメ以外の動物たちは、どう言うことかと顔を見合わせた。そうして、スクナオが、ぽんと手を打ち鳴らした。彼はヘビに目を向けた。

「ひょっとして、クロメに踏まれた時、君は昨日と同じように道の真ん中に寝転がってたんじゃない? 僕に踏まれた時は、ぎゃっと叫べたかもしれないけど、タマゴを飲み込もうとしてたんなら、それも難しいだろうから、クロメもそれと気付かなかったんだと思うよ」

 それでヘビは、ずいぶん経ってからようやく口を開いた。「うん。まったく、その通りだ」

「みんなが歩く道の真ん中に寝そべっていて踏まれたのなら、それはもう仕方がないことね」キツネがため息まじりに言った。「でも、コマドリを枝から叩き落したのは、どんな言い訳も立たないだろうよ」

「それもわかる気がする」スクナオは言った。「コマドリさんは、クロメにしつこく自分の歌を聞かせようとしてたんじゃないかな。でもクロメは仲間探しのために聞き耳を立てていたから、それがすごく邪魔だった」

「それで、この鳥を枝から叩き落したんだね」ヘビが口を挟んだ。

「まあ、そんなことしないわ」クロメはしかめっ面で言った。「最初は地面の上から『やめてちょうだい』って頼んだんだけど、彼は自分の歌に夢中で私の声が聞こえていないようだったから、仕方なく木に登って近くでもう一度、お願いしたの。そうしたら、彼はびっくりした様子で飛び上がって、上にあった枝に背中をぶつけて落っこちてしまったと言うわけ」

「ぜんぶ自業自得じゃないか」ヘビはコマドリを見てけらけらと笑った。

「でも、僕は本当に、叩き落されたと思ったんだ」コマドリはきまりの悪い様子で言った。「まあ、思い返してみれば、確かにアライグマの言う通りに思える」

「それじゃあ、リスはどうなんだい?」キツネはむきになって聞いた。

 クロメは鼻筋に皺を浮かべ、リスを睨みつけた。「私からドングリを盗んだ、性悪リスね」

「盗んだ?」キツネはぎょっとして聞き返した。

「ええ。私がドングリを食べようとしたら、リスが近くの繁みから飛び出してきて、ドングリをかっさらって行ったの。怒って追いかけたんだけど見失って、しかたなくザリガニでも獲ろうと川へ向かったら、川辺に穴を掘ってる彼を見つけて」

「捕まえて、腹いせに川の中に突っ込んで、じゃぶじゃぶ洗ってやったんだね」またもやヘビが口を挟んだ。

「いいえ」クロメはため息をついた。「私が『ドングリを返しなさい。いたずらリス!』って怒鳴ったら、リスはびっくりして、頬袋に隠していたドングリを放り出してしまったの。それがころころ転がるのを追いかけるうちに、彼は川に落っこちてしまい、私はそれを引っ張り上げて助けてやったってわけ。でも彼ったら、泳げもしないくせに流されるドングリを追いかけようと暴れるもんだから、本当に大変だったわ」

「ねえ、聞いた話とぜんぜん違うんだけど?」キツネはしかめっ面でリスを睨みつけた。

 リスはそっぽを向いて知らないふりをしていたが、とうとういたたまれなくなったのか、その場から逃げ出した。

「よもや、キツネの姐さんも嘘をついているんじゃないだろうな?」コマドリが疑わしげな目をキツネに向けた。

「ばかを言うんじゃないよ。あたしはこれっぽっちだって、リスみたいに嘘はついていないし、あんたらみたいに勘違いだってしてやしないさ」

「でもね」と、スクナオは言った。「クロメは自分が、この森で一匹きりのアライグマかもしれないって、ひどく不安に思っていたんだ。それなのに、にこにこしろだなんて、あんまりにも勝手な言い分じゃないかな?」

 キツネはしばらく考えてからクロメを見て、申し訳なさそうに口を開いた。「ごめんよ。あんたの言う通り、あたしは本当にお節介だったみたいだね」

「もう気にしてないわ」クロメはふふんと鼻を鳴らした。「それで鼻をがぶりと咬んだんだから、もうお相子ってやつでしょ?」

「それもそうね」キツネはにやりと笑い返した。「でも、私たちは自分たちの勘違いで、彼女をひどい目にあわせてしまったわ。これは、何かお返しをしなきゃいけないんじゃないかしら」

 すぐにスクナオは、名案を思い付いた。彼は自分の巣穴の入り口まで歩いて行くと、辺りをきょろきょろ探し回って、ほどなくリスの頭ほどもある大きなドングリを見つけた。見知らぬアライグマに怯えて巣穴に隠れていた頃、時々落っこちてきて彼を助けてくれたドングリだ。そうして彼は、集まった動物たちをぐるりと見回して言った。

「みんな、ドングリ池に行こう」

 動物たちはぞろぞろ連れ立って、池のほとりにやってきた。そしてクマは水辺に立つと、目を閉じで祈った。

「ドングリ池さん。どうかクロメに、彼女の仲間たちがいる場所を教えてやってください」

 クマが水の中にドングリを投げ込むと、池はじゃぶんと大きな音を立てた。そうして波が収まりしばらく経つと、水面がきらきらと七色に光り出し、それは不意に飛び出して大きな虹になった。

「これは、たまげた」尻もちを突いたコマドリが、本当にびっくりした様子で呟いた。

「やあ、きれいなもんだね」ヘビは言って、ぽかんと口を開けて虹を見上げた。

「それで」と、キツネ。「どうしてこれが、アライグマの仲間を見つける助けになるんだい?」

「たぶん、この虹のもう一方の端に、クロメの仲間たちがいるんだと思う」スクナオは言って、クロメに笑顔を向けた。「だから、この虹をたどれば、君の仲間たちに会えるんじゃないかな」

 クロメはスクナオを見て、次いで虹を見上げ、またスクナオに目を戻した。それからちょっとだけ涙を落とし、クマの大きな脚にしがみついた。「ああ、スクナオ。本当にありがとう!」

「君を騙してしまったお返しだもの。お礼なんていらないよ」

 しかし、クロメは首を振った。「騙したのは私の方よ。本当は、あんたがアライグマじゃないって気付いてたんだもの。でも、あんたの親切が嬉しくって、なにも言い出せなかったの」

「それじゃあ、お相子だね?」

「ええ、そうね」クロメはくすくす笑い、スクナオから離れて涙を手で拭った。「それじゃあ、そろそろ行くわ」

 立ち去ろうとするアライグマを、動物たちは手を振って見送った。ところが、すぐに声が追い掛けてきた。

「おーい、待ってくれ」

 リスの長老が、笹の葉の大きな包みを抱えて走って来ると、それをクロメに投げ付けた。

「なんなの、これ?」

「お弁当だ」リスはふふんと鼻を鳴らした。「私のとっておきのドングリを、いくつか包んでおいた。仲間を探す途中でおなかがすいたら、食べると良い」

「まあ」クロメは目をぱちくりさせた。「ありがとう」

「これもお相子だろうから、お礼は要らないんじゃない?」キツネが言った。

「そうね。でも、言いたい気分なの」

 クロメはにっこりと笑顔を浮かべた。それはキツネの見立て通り、本当に可愛らしかったから、スクナオもつられて笑顔になって、キツネのお節介もあながち的外れではないように思えたのだった。


 こうして、クロメは仲間を探しに森を旅立った。スクナオは、毎日ドングリ池に通いつめ、日がな一日、そこから伸びる虹を眺め続けた。

 そうして何日か経ち、不意に池の上から虹がゆるゆると離れだす。見守っていると、それはきれいな孤を描いたまま森のずっと上まで浮かび上がり、いきなりくるりとひっくり返った。

「たまげたな」いつの間にかやって来たコマドリが、今度は尻もちを付かずに呟いた。

「うん、なんとも不思議じゃないか」ヘビが言った。

「さすがの私も、こんな虹など見たことがない」と、リス。

「でも、これってどう言う意味なんだろうね」キツネは首を傾げた。

「もちろん」スクナオは言った。「クロメが仲間に出会えたしるしだよ。だって、ほら、よく見てよ」

 もう、誰もが答えをわかっていた。それと言うのも、クマが指さす逆さまの虹は、この森を旅立つ前のクロメが見せた、とびっきりの笑顔にそっくりだったからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冬童話2019のタグより参りました。 実はタイトルの「くまぐま」が最初わからずに、「こまごま」みたいな意味かしらと思い始めながら読んだのですが、なるほどこの2匹のことでしたか。 実は「乱暴…
[良い点] クマが非常に賢く機転のきく子で、読んでいるこちらも優しい気持ちになりました。 ちょっとした謎解きを読んでいる気分にもなれますね。 アライグマが最後に仲間を見つけることができて、よかったです…
2018/12/20 18:33 退会済み
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