プロローグ
とても落ち着くところだった。
三百六十度、どこを見ても白で覆われた空間。
進めばさらに奥にまだまだ続いているかもしれない。
もうそこで行き止まりかもしれない。
可能性が無限に広がっていく。
想像すればするほど深くなっていく。
ここはとても恐ろしいところかもしれない。
不思議で面白いところかもしれない。
実際、どんなところだってかまわない。
ただ、もっとここにいたいという気持ちがどんどん高まっていく。
『ハクト』
どこからか聞こえてきた言葉は一瞬、耳に入ったかと思うとスッと出て行き、この空間によってかき消された。
『ハクト。孤独を求めてはいけないよ』
今度は確実に聴こえた。
とてもしっかりしていて、やさしい声だ。
どことなくなつかしい気分になった。
体中がその声に包まれていき、温まっていくのがわかった。
『ハクト! 私たちはあなたのことを忘れない!』
『たとえ、お前が忘れようと俺たちが絶対忘れない。だから、信じて待っててくれ』
また聴こえた。
さっきとは違う二つの声。女の子の声と男の子の声だ。
何か……この二人と特別な時間を過ごした気がする。
忘れてはいけない大切な思い出がたくさんあったはずだ。
でも。
思い出したと思ったら全て、この白に呑み込まれてしまう。
せっかく描いたり、書いたりしたものが真っ白の真新しいスケッチブックに戻ってしまう。
『言ったろ、忘れてもいいって』
なぜかわからないがこの言葉。いや、この声の主のことを信用していいと心から思っている自分がどこかにいる。
そんな理由で人のことを信用してはいけないと思う。けど、
君のことを信じるよ。
だから、必ず来て。
このこと自体、すでに忘れているかもしれないけどそれでも
ずっと待ってるから。
そう、心から思った瞬間、この空間が白色から真っ黒の闇と化した。
まだ思考が追いつく前になぜか胸が光り輝きだした。そして、赤い灯火となって外へ出て行った。
痛みが無ければ心地よさも無い。味わったことのない不思議な感覚。
飽きずにいつまでも見ていられるほどきれいな灯火だった。
この空間には風一つ吹いていないはずなのに揺れ動き続いている。
まるで生きているようだ。
急に灯火が体の周りを物凄い速さで回ったかと思うと遠く離れたところに飛んだ。
まるで、右も左もわからないこの空間で
『僕が君を導いてあげる』
とでも言わんばかりにそこで燃え続けている。
あれが唯一の希望だ。
と思った矢先、自分でも驚くほど無我夢中に走り出した。
なかなか前に進めない。
でも、あれを逃したら一生ここから抜け出せない気がした。
まずはここから出ないと何も始まらない。孤独になってしまう。
そうして、どのくらい経ったのだろうか。
ついに灯火を手にした。しかし、それは手の中で粉々になって闇に溶け込んだ。
すると、下のほうから這いずるように闇が俺を包み込んだ。
死んだ。
そう思ったが次目を開けた時は闇ではなく見覚えのない天井が広がっていた。