幕間 破滅人の復活、六
もちろん、妃愛の物語も書いてますよ。
まだまだ先は長そうですが。
私とフギトは言ってみれば幼馴染だった。
同じ村に産まれて、同じ年齢で、同じ時を生きた。
そしてその人生は言ってみれば平凡そのものだっただろう。多分、何も起きなければ戦うこともなく、力を得ることもなく、ただただ平和に一生を終えていたはずだ。
なんのことはない少年と少女の人生譚。ゆっくりと流れる時間の中でそれは紡がれるはずだった。
そう、はずだったのだ。
歯車が狂い出したのはフギトが十五歳になったころ。
いつも通り農作業をこなしていたフギトに少しおかしな変化がおきた。
「……え? フギトがおかしい?」
「そうなんだよ。昨日までは丸太一本すら持ち上げられなかったのに、今日は両手に一本ずつ軽々と持ち上げやがる。まったく、これじゃあ年長者としての立場がねえぜ」
「年長者って、お兄ちゃん……。お兄ちゃんとフギトって一歳しか違わないよね……」
「そ、それを言うんじゃねえよ! と、とにかく最近のフギトはなんか変なんだ! 急に静かになったというか、あんまり笑わなくなったというか……」
そう話してきたのは私のお兄ちゃんだ。
元々体の弱い私に変わってお父さんたちと一緒に近くの開墾地を耕している。フギトの両親が早くに亡くなっていることもあり、働けるようになったフギトを誘って最近はせっせと働いているらしい。
本当なら女である私もそこに混ざって手伝わなければいけない。この街は非常に人手が少なく、女であれ子供であれできることはこなす、というスタンスで生活しているのだ。
それこそ私のように動かせる体が悲鳴をあげない限りは例外がない。
そんなこともあってか、この時すでに私の胸にはフギトに対する恋心が芽生えていた。動けない私に毎日今日あった出来事や世間話をしにきてくれる優しい幼馴染に恋をしていたのだ。
だからこそ、そんなフギトに起きた変化に少し心配になってしまった私だったが、気のせいだろうと考えることにして見て見ぬ振りをした。
だが。
それからというもの。
フギトの変化はさらに加速していく。
「ちょ、ちょっと! そんなに引っ張らないでよ、フギト! 私、速く走れないの!」
「ああ、悪い悪い。でもペトナに見て欲しくて!」
「もう、なんなのよ、そんなにはしゃいで」
そう言って連れてこられたのは普段仕事で使っている開墾地のさらに奥、大きくひらけたその場所には落石か何かで落ちてきた巨大ない泡が置かれていた。こんなものがこの場所にあったこと自体驚きだが、次の瞬間フギトは信じられないことを口にする。
「今からこれ割るから見ててくれよ!」
「は?」
次の瞬間、レントが目に見えない速度で拳を突き出したかと思うと、その岩は大きな音を立てて崩れ去った。加えて背後にあった地面すらも大きくえぐり、爆風と衝撃を私の体に突きつけてくる。
「な……!?」
「へへ、どうだー。驚いただろ?」
「……」
驚いた。
確かに驚いた。
でも、違う。これは違う。
こんな力普通の人間が持っていていい力じゃない。
十五年という短い時間しか生きていない私でもそれは理解できた。
それからだ。
フギトを街の住民が怖がるようになっていったのは。
通常ではありえない力を持つフギトを忌避するようにみんな避けていく。唯一私だけがフギトとの関わりを絶たなかったが、それでも徐々にフギトの心は闇に包まれていき、十八歳になったころには私と会話しているときしか笑わなくなってしまった。
「フギト、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ。それよりもペトナは大丈夫なのか? あんまり調子が良くないって聞いたけど」
「私は大丈夫よ。こほ、こほ……。ちゃんとご飯も食べてるし最近はお散歩だってできるようになったんだから」
「そうか、ならよかった」
などと話していると。
そんな私とフギトを断ち切るように悪魔がこの街に降臨した。
何かが爆発するような轟音と焦げ臭い匂い。その二つが同時に襲いかかってる。瞬時に顔をあげた私とフギトは慌てて外へ飛び出すが、数秒前まで広がっていた街の景色はどこにも残っていなかった。
あったのは炎に包まれた住宅と、焼け焦げた人の残骸。もはやそこは人が生きていていい空間ではなかった。
「な、なんだ、これ……。ど、どうなってるんだよ!?」
「お、お父さんと、お母さん……。そ、それにお兄ちゃんは!? 確か外でお仕事してたはず……」
「ま、待ってろ、今探す!」
そう言ってフギトは目を閉じてあたりの気配を探っていく。このころのフギトにはすでにそんな力さえも宿っており、どうやら私の気配を探ってくれていたらしい。
しかしフギトは大きく目を見開くと、顔をうつ向けて小さく首を横に振ってくる。
火の粉が散り、火だるまのように燃え上がった街を前に私は絶望のどん底に突き落とされた。
と、その時。
「ペトナっ!」
「ッ!?」
フギトが急に私の体を抱きかかえて飛び退いた。何事か、と顔を上げた私の目の前にその悪魔は立っていた。
「うーん、この街に第二イレギュラーがいるって話だったんだけど、まさか君のことかな? まだ成熟しきってないけど、確かに大きな力を感じるね。やっぱり今のうちに消しておくかな。それが正しい気がする」
「お、お前! 一体何者なんだよ! どうして俺たちの街を燃やしやがった!」
「うん? 僕かい? 僕はね、星神オルナミリス。この世界の統治者さ」
「星神……? それっておとぎ話に出てきた神様の名前じゃ……」
家にこもっていることの多かった私はその名前を聞いたことがあった。この時代でもその名前はおとぎ話によって紡がれており、世界を管理している優しい神様の名前だったと記憶している。
そんな神様がどうして、とこの時の私は思っていた気がする。
「ああ、それ、僕の信仰力を高めるために僕自身がばらまいた作り話だから。まあ、今から死ぬ君たちに何を言っても無駄かもしれないけど」
「そう簡単に殺されてたまるか!」
「うーん、そういうわけにはいかないんだなー、これが。第一イレギュラーである精霊女王は非常に強力だ。今の僕じゃとても敵わない。鍵もまだ見つけてないし、さすがに今この状況で君たちに徒党を組まれちゃ困るんだよ。だから面倒ごとになる前に消す。ってなわけで死んでくれないかな?」
それから。
私たちは星神から逃げるように街を飛び出した。
到底逃げ切れるとはおもっていなかった。満足に歩けない私を抱えてあの星神から逃げると言うのはいくらフギトでも難しかったのだ。
何度も地面を転がり、傷だらけになって、それでもまた立ち上がって足を動かしていく。
でも、まだ死ぬわけにはいかなかった。フギトには、フギトだけには生き延びて欲しかったからだ。
「……フギト、よく聞いて。私を置いてここから逃げるの。いい? わかった?」
「は、はあ!? できるわけないだろ、そんなこと! 二人で一緒に逃げるんだよ!」
「それじゃフギトまで死んじゃうでしょ!」
「ッ!」
「もう嫌なの……。私のせいで誰かが傷つくのは……。私の体が弱いせいで迷惑かけるのはもうたくさん」
「ペトナ……」
「だから行って。あいつの狙いは私じゃなくてフギト、あなたよ。囮ぐらいにはなってみせるから」
瞬間、炎の中から星神が姿を現わす。その体は炎を通過してきたはずなのにまったく傷ついておらず、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「作戦会議は終わったかい?」
「ええ。あなたの相手はこの私よ」
「君はどうでもいいんだけどなあ……。まあ、殺すのは変わらないけど」
星神はそう言うと燃えさかる炎を私の頭上から落としてきた。おそらくあの炎をくらえば間違いなく即死だっただろう。ただの人間にすぎない私にとってその攻撃はあまりにも強力だった。
しかし。
その刹那。
私と星神の間に誰かが割って入る。
「え」
「ペトナを、ペトナを、殺させねえええ!!」
時間が止まった。
嫌、嫌、いや、いやよ。
フギトだってあんな攻撃くらったら死んじゃう。殺されちゃう。
そう思うとどうしようもなく悲しくて辛くて苦しかった。
だからこそ、それがトリガーとなった。
ず、ずず、ガガビビビッ!
ノイズが走る。
頭痛が、目眩が。
私の体に襲いかかる。
そして。
こんな声が聞こえた。
『魂の認証開始。始中世界、空席原神の認証を確認。転生条件クリア。適性率五十パーセント。適性率不十分。強制的に施工を開始します。不純特異点生成開始』
その後。
私とフギトがどうなったか、それは覚えていない。
だけど星神がこんなことを言っていたのは覚えている。
「なっ!? と、特異点!? き、君はまさか『あの眼』を持っているのか!?」
そして次に目が覚めた時には、星空を眺めているフギトが隣に座っていたのだった。
フギト曰く。
あの後、突如私の体から発生した謎の力によって星神は撤退していったらしい。
だが失ったものは本当に多かった。両親や街の人々はもちろん、私たちは住む場所さえ失ってしまったのだ。焼け果てた街の残骸とともに私は泣くことしかできなかった。
しかし泣いてばかりもいられない。今回は運よく星神は去っていったが、いつ襲われるかもわからない。フギトを殺すために街を消しとばしたほどの存在だ。このまま諦めてくれるほど甘くはないだろう。
そう考えた私はフギトの手を引いてその場から離れることにした。
が、それと同時に私は自分の体に起きた変化に気づくことになる。
「な、なあ、ペトナ……」
「なに?」
「お前、そんなに動いて大丈夫なのか? 星神に襲われてから一日も経ってないのに……」
「え?」
そう言われて私は自分の体に視線を落とす。見た目は何も変わっていない。
だが確かに以前のような体が重いだとか、苦しいだとか、そんな感覚は伝わってこなかった。
つまるところ、生まれつき体が弱いという体質自体が消失していたのだ。
結果的に考えればそれは幸いと言うべきだろう。私の体に起きた変化は私の待ち望んでいたものだ。
でも、だからこそ。
私は知ってしまった。
私もフギトと同じ。
普通の人間じゃないということを。
体に流れる得体の知れない力。
星神を追い返したと言う事実。
急に回復した身体。
それら全てがその事実を雄弁に語っていたのだ。
だからこそ私は決意した。
星神から逃げるため。
私たちが何者なのか確かめるため。
旅に出ようと。
そして。
私たちの冒険は始まった。
最初は苦労の連続だった。どこへ行っても右も左もわからず彷徨うだけ。魔物に襲われ、盗賊に金品を奪われ、挙げ句の果てに星神を崇拝する怪しげな組織から追われもした。
でも。
私たちはそれに打ち勝ったのだ。
第一から第五の神核との戦い。
正律界から外離界に渡り、この世界全土を歩き尽くした。
そしてたどり着いた真実。私たちの正体。
「あなたは第二イレギュラー、精霊女王の次に世界に作られた世界最強のセーフティー。あなたは星神を殺すために生み出され、存在している。可哀想だけど、これは変わらない事実よ」
「じゃ、じゃあ、ペトナはどうなんだ! ペトナは俺とは関係ない……」
「……あなたは、特異点になりきれなかった特異点。あなたは世界の危機を覆す起点となる存在として生み出された。もし仮に、あなたが完全な特異点だったら星神になんて負けないはず。で、でも今のあなたは……」
「わ、私はどうなるの……?」
「今のあなたにカラバリビアの鍵を止められるほど強力な特異眼は使えない。だから残念だけど……」
「それ以上言うな! なんで、どうして俺たちだけがこんな目に合うんだよ! い、一体、俺たちが何をしたっていうんだ……」
「ごめんなさい。それは第五神核の私でもどうすることもできないことなの……。ここを離れられない私にはあなたたちの背中を押してあげることしか……」
「でも死ぬんだろ! 俺たちは結局死ぬんだろうが!」
「……ごめんなさい」
「もうやめてっ!」
堕ちる前の第五神核との会話。
まだ優しい笑顔を携えていた第五神核は静かに、悲しげに真実を告げてきた。
だが最後にこうも言ってきた。
「だけどもし、星を、雲を掴むような話だけど。フギト、あなたは目を閉じなさい。そうすればもしかしたら星神を倒せるかもしれない。そうすることであなたは強くなれるわ」
そして。
あの日がやってくる。
私とフギトは互いに愛を誓い合い、最後の夜を過ごした。
そして。
そして。
私たちは。
星神に敗北したのだ。
そして思い出す。
私が、フギトが望んだものがなんなのか。
あの金髪の青年に、あの星神を倒したと言う青年に。
ただただ暴力をぶつけているだけのフギトの姿を。
望んだわけではない。
私たちはただ、二人で幸せになりたかったそれだけなのだ。
長い時間、悠久とも言える時間、封じ込められていたせいで星神への憎悪が膨れ上がっていた。その憎悪は心を蝕み、感情を殺し、力を与えた。
でもそれと引き換えに私たちは大切なものを見失っていたのだ。
あんな、あんなにも「苦しそう」にしているフギトを見てしまったら――。
瞬間。
我にかえる。
古い記憶との邂逅を経て、私は私を取り戻した。
でもフギトは……。
であれば簡単だ。
私がフギトを連れ出したのだ。その責任は取らなければいけない。
だから私は――。




