幕間 破滅人の復活、五
実は同時進行でアナのその後を綴ったお話を執筆しています。
投稿はまだ先になりそうですが……。
「ちっ! あのバカ……。さっさと本気を出して片付ければいいものを。また面倒なことになってきやがった」
「フギト……。あ、ああ……。もう私の声も届かないのね……。いいえ、違うわ。これでいいのよ、星神に復讐するには、これで」
「あん? どういう意味だ? つーか、なんなんだあいつは。あの気配、あの力。あれはどう見ても邪気そのものだ。だが邪気は俺の知る限りこの世界にたった一人しか使えない力のはず。それをどうしてあいつが使えやがる?」
「…………」
「それすら答えねえか。……はあ。だったらいい。俺は俺の仕事をするだけだ」
「仕事……?」
レントはそう言うと自らの魔眼に力を集中させそれを解き放つ。紫色に輝いた魔眼はハクとフギトを中心とした半径数キロメートルの範囲に特殊な結界を作り出していった。その瞬間、フギトから漏れていた邪気が結界の中に閉じ込められる。
「な、なにを……」
「俺の知る限り邪気っていうのは魔物や神獣たちを凶暴化させて操る力がある。そんなものがこの戦いの最中に世界へ放たれれば、それこそ世界崩壊へのカウントダウンが始まっちまうだろうが。だから遮断したんだよ、邪気そのものを。特異眼は物事の因果律を歪める力だ。あの邪気の影響力を抑止することだって可能なんだよ」
「……好きにすればいいわ」
「はっ、そうさせてもらうぜ。俺がしたくてやってるだけだ。……だがその様子だとお前たちは世界そのものを破壊しようとしているわけじゃないらしいな。それが知れただけでも僥倖だ」
レントはそう返すと再び視線をハクとフギトの戦いに戻していく。その顔には苛立ったような、それでいて何かを心配するような表情に変わっていった。
(やっぱり俺が早々に殺しておくべきだったか……。あの力、確かに邪気が混じることで格段に跳ね上がってはいるが、真に恐ろしいのはハクの神妃化にすらついていくあの底知れない戦闘力。まだまだ底が見えねえ……。この調子でいくともしかしたら……)
レントの脳裏に嫌な予感が走る。その予感が外れて欲しいと願うレントだったが、不意に視線を空に上げとある女性の姿を思い浮かべていった。
(リアナ……。あいつはお前が持っていた力と同じ力を使ってるぞ。一体お前とどんな繋がりがあるっていうんだよ……)
その問いに答えてくれる人物はもういない。
だが先ほどから感じている妙な焦燥感の正体、それを考えるたびにレントは覇女と呼ばれた一人の女性の姿を思い浮かべるのであった。
「……ぐうううぅぅぅ、ぐがああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ッ……! ま、まだ上がるのか……!? おいおい、さすがにこれ以上はシャレになんねえぞ!」
今のフギトは非常に危険な状態だ。今のフギトを超える力を扱える存在はそれなりにいる。だがその全ては自らの力をしっかりとコントロールして戦いに最適化させながら使用するのだ。だが今のフギトは邪気を撒き散らしながら、それでいてその力の全てを世界に解き放っている。単純な気配量で言えばそれほどでもないが、このまま力を解放させ続けたらそれこそ世界が危ない。今はレントが特異眼で邪気を抑え込んでいるが、気配自体を抑え込んでいるわけじゃない。
だからこそ俺はフギトを一度落ち着かせるためにその顔面に拳を繰り出していった。
「だあああああああっ、はっ!」
「……無駄だ。俺には効かない」
「な、なにっ!? ……ぐほぉぁあっ!?」
俺の攻撃を受けたフギトは微動だにしないまま自らの拳を俺の腹に叩き込んでくる。その一撃は一瞬だけ俺の意識を飛ばし、遅れて強烈な痛みを伝えてきた。
ま、まずい……! い、今のは重すぎる!
すぐさま体を沈めてフギトの足を払おうとするが、俺の足がフギトの足に衝突した瞬間、圧倒的なフギトの気配によって俺の体が大きく弾かれてしまう。
「ば、バカな!?」
「……さあ、死ぬがいい。俺は以前のように弱くはない」
「がはあっ!?」
瞬間。
フギトの拳が俺の顔に直撃し、体ごと吹き飛ばした。地面を何度もバンドしながら後方へと飛ばされる俺の体は先ほどとは違ってなかなか止まらず、勢いを殺すことができない。それほどまでにフギトの攻撃は強力かつ、常識を超えた一撃だったのだ。
「ご、はぁ……」
すぐには動けなかった。
神妃化の自動回復能力すら追いつかないほどのダメージを負ってしまった。骨は折れていないが、それでも俺の意識を朦朧とさせるだけの威力は込められていた。
だがそんな俺がまだ死んでいないことをわかっているかのようにフギトはゆっくりとこちらに歩いてくる。気配探知がそう伝えてきていた。
俺はそれを感じ取ると事象の生成を発動させながらふらつく体を持ち上げていく。依然としてフギトの力は危険なままだ。その力を凝縮した一撃が俺に叩き込まれたことによってなんとか世界は正常に動いているが、このまま放置し続けるのは非常にまずい。
であれば。
もはや戦うことでその力を散らす以外選択肢は残されていないのだ。
「……ほう。あの一撃を受けてまだ立つか。お前も実力を隠しているのはわかっていたが、それでもここまで粘るとは思わなかった。だがそれも終いだ。そんなふらふらな状態で何ができると言うんだ?」
「へ、へへ……。まあ、見てなって……」
するとそんな俺の言葉に呼応するかのように事象の生成が俺の傷を癒していく。一秒も立たないうちに回復した俺は口の中に溜まっていた血を吐き出して息を整えると、小さく笑みを作ってフギトを睨みつけていった。
「……なるほど。どうやらお前を殺すには回復できないほどの致命的なダメージを与えるしかないようだな」
「できると思ってるのか? 今のお前は確かに強いけど、その力のコントロールがろくにできていない。そんな状態で俺を殺せるほどの的確な攻撃ができるほど器用じゃねえだろ、お前」
「コントロールなど不要だ。絶対的に強力な力こそが物を言うのだ。俺は星神にそう教えられた」
「なに?」
「カラバリビアの鍵。あれほど強大な力の前には、戦闘技術も戦術も心構えも、何もかもが無意味。圧倒的な力で嬲り殺されるのがオチだ。だからこそ俺もその境地を求めた。憎しみすら力へと変換し、それを叩きつけることで勝利を掴みとる。これが命をかけた戦いというものだ」
「……へえ、言うじゃねえか。まあ、いいさ。お喋りになったところ悪いんだけど、色々くわしく話も聞きたいし、早々に決着をつけさせてもらうぞ」
「お前にできるのか?」
「言ってろ」
俺はそう返すと、大きく目を見開いて気配を上昇させていく。体には金色の光が迸り、同じ色の髪の毛も腰あたりまで伸びてくる。だが変化はまだ終わらない。その髪の毛は徐々に純白色へと変わり、顔立ちはリアのものではなく俺本来のものへと変化していった。
先ほどまでとはまったく違う気配が俺を取り包み、フギトを威圧していく。空気が乾燥し、新たな神の到来を告げたその時、神という位を捨て、人として神の領域にたどり着いた存在が顕現する。
「……俺に本気を出させるなんて大したやつだぜ。だがこれでもうおしまいだ。さあ、決着をつけようぜ、フギト」
「……気配が数段、いや数十段跳ね上がったか。なるほど、確かに本気というにはふさわしい力だ。だがそれがどうした。それを超える力をお前にぶつければいいだけのこと」
「できるのか、お前に?」
「見ていろ」
俺が人神化したことによって、少しだけ頬を緩めたフギトは俺と同じように気配を上昇させながら力を高めていく。巨大な力のぶつかり合いによって空が割れ、立っている大地も足の踏み場がないほど壊れてしまう。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」
「……」
そしてフギトの気配が最高潮に高まった瞬間、見たことのない姿のフギトが出現した。
圧倒的な邪気の高まり。気配の奥に潜むその強大な力がフギトの肉体に絡みつき漆黒のオーラを纏ってこの場に顕現させたのだ。
「……これは、少しは楽しめそうだな」
「……言っておくぞ。俺はまだ『目』を使っていない。これがどういう意味か、わかるか?」
「さあな。どっちにしたってここでお前を倒せば万事解決ってわけだ。早速全開でいかせてもらうぜ」
「ふん、命知らずもいいところだな。まあいい、ならばこい」
その言葉と同時に地面を蹴った俺は一瞬でフギトに肉薄し、その体に無数の攻撃を叩き込んでいく。フギトもそれについてくるが俺のスピードの方が一段階速い。爆音と衝撃が轟き、ひび割れていた地面がさらに崩壊していった。
「はああああああっ!」
「ぐっ!?」
「遅い!」
そう言った俺はフギトの体を右足で空中に蹴り飛ばすと、ガラ空きになった鳩尾めがけて魔弾を打ち込んでいく。人神化している俺の魔弾はたとえ一撃であっても大陸を消し飛ばすほどの威力を持っている。そんなものが直撃すればさすがのフギトとて無事では済まない。
「ぐううう、があああああああっ!?」
「まだまだ終わらせねえ!」
「くぅっ……。ぬかせええええっ!」
俺の魔弾を受けたフギトは意識をなんとか保たせながら空に飛び上がってくる俺を撃墜すべく同じように魔弾を放ってきた。しかし俺はその魔弾を眼圧だけで破壊して一気に空を駆け抜ける。
「なっ!? 馬鹿な!?」
「反応が遅えんだよ!」
一瞬にしてフギトの顔前へ移動した俺はそのまま腹に拳を一撃、それによって折れた体を肘打ち、さらに高速の回し蹴りという三連コンボを叩き込んでいった。それによってフギトは声を出すことすらできないまま吹き飛ばされ、遥か彼方にある瓦礫の山に突っ込んでいく。
しかしフギトもここで折れるようなたまではない。すぐさま復帰して俺の顔に拳を叩きつけてくる。その衝撃は後方の風すら吹き飛ばす威力を持っており割れた空の雲を全て掻き消してしまう。
だが。
「……。な、なにっ!?」
「悪いな、この体にダメージは通らねえんだ。ってなわけで、そろそろ終わりにしよう」
「くっ……!」
その直後、フギトは急いで俺から離れようとするが、転移を使って先回りした俺によって行く手を阻まれてしまう。同時にフギトの腹には真っ白な気配の塊が押し付けられており、その身を強張らせてしまう。
「じゃあな。なかなか強かったぞ、お前」
「なっ!?」
「ホワイトワールド」
瞬間。
光が爆ぜた。
フギトの体に押し付けられていた俺の力が爆発したのだ。それによってフギトは力なく地面へと落下し動かなくなってしまう。攻撃の衝撃をわざと圧縮させ周囲への被害を最小限に留めた攻撃だ。だが逆言えば攻撃の衝撃がどこにも逃げずに体に伝わるということ。この攻撃をくらって立ち上がった人間を俺は見たことがない。
とはいえ、さすがに殺してはないけどな。
どんなに強くなっても誰かを殺すことに躊躇いがあるのは変わっていない。加えて、なにやらこいつらには事情がありそうなことを言っていた。その話を聞くためにも殺すことはできない。
俺はそう考えながらゆっくりと地面へ降りていく。離れていたレントたちも戦いが終わったことに気がついて近づいてきているようだ。
そんなレントに向かって俺は手を上げる。顔には軽い笑顔と喉の奥から出ようとしている大きな声。それらをもってこの戦いの勝利を伝えようとしていたのだ。
しかし。
「…………? な、なんだ、この地鳴りは……? い、一体どこから……。……はっ、まさか!」
遅かった。
気がついたときには俺の背後にいるはずのない気配が出現する。
その気配の主は真っ黒なオーラを携えながら俺を見下ろしていた。
「…………この程度で勝った気でいるとは、随分お気楽なようだな」
「し、しまっ……!?」
「死ね」
何が起きたかわからなかった。
痛みがあった。
意識がそれを知覚したときには俺の体は地面に叩きつけられ身動きができなかった。
体のいたるところから噴き出している赤い液体はなんだ?
口の中が鉄臭い?
はっ……。人神化している俺にそんなものあるわけ……。
と、ここでようやく理解が追いついた。
痛い、痛いのだ。あってはならない現象が起きたのだ。
「が、がはぁ…………!?」
こいつ、人神化している俺にダメージを与えやがった!?
瞬間、一気に意識が覚醒する。体の痛みを堪えながらバク転を繰り返してフギトから距離を取った。だがここでもう一つ驚いたことがあった。
「ッ!? お、お前、その姿……。な、何が起きたんだ……?」
「……答える気はない」
白かったフギトの髪が紫色に染まっている。加えて体のいたるところに漆黒の痣のようなものが浮かんでおり、時折その痣が青く輝いていた。
言ってしまえばそれは俺が神妃化や人神化するときに怒る体の変化そのものだった。
そして、目の前の光景に驚いている俺に向かってフギトはこう呟いてくる。そのセリフは俺を絶望へと突き落としていくのだった。
「どうやら俺の力はお前の力すら貫通するようだな。どういう理屈かは知らないが好都合なことこの上ない。言っておくがここからが俺の本気だ。せいぜい醜く足掻くがいい」




