幕間 破滅人の復活、四
私自身、設定を盛りすぎて頭がパンク寸前です。
「んじゃ、少し離れるぞ。あの戦いは規模が違いすぎる」
「ちょ、ちょっと離しなさいよ! あなたなんかに頼らなくても私は――」
「特異眼を一回使っただけで息切らしてるやつが何言ってんだか。まあ、安心しろ。お前を殺したりはしねえから」
「あなたにその気はなくても私にはあるのよ!」
「はあ……。まあ、この辺りでいいか」
「って、ふぎゅ!?」
レントは大きく息を吐き出すと片手で持ち上げていたペトナを地面へ放り投げた。ハクとフギトが戦おうとしている場所から一キロほど離れた場所に避難してきたレントとペトナは改めて視線を合わせていく。
「悪い、手が滑った」
「嘘よ! 絶対にわざとだわ!」
「……。んで、お前たちは一体何が目的なんだ? どうしてハクを狙う?」
「……それをあなたに答える義理はないわ」
「はあ……。イマイチ立場を理解してないようだな。今、お前は俺に人質に取られているようなものなんだよ。そんなお前に問答の拒否なんて自由があると思うか?」
「……。だったら、ここで私を殺すの?」
「だから殺さねえっていてるだろうが。だが上下関係は明確にする必要があるだけだ。あいつが戦いに専念している以上、俺の仕事は少しでもお前から情報を引き出すこと、それに尽きる。それに対するお前の拒否権はない。それだけだ」
「っ…………」
ペトナはそう言われてなおも反論しようとしたが、徐々に冷えていく頭を回して己が置かれている状況を理解していった。この場で騒ぎ立ててもレントに勝てないことは自明の理だ。であればペトナがフギトのためにしてやれることは今この場から無事に逃げ出すこと、そのほかにない。
であればこの瞬間だけはレントの誘いに乗るのも作戦の一つだろう。この時のペトナはそう考えていた。
「……わかったわ。あなたの要求を飲むわよ」
「最初からそう頷いとけばいいものを……。んじゃ、手始めにお前たちは一体何者なんだ? まずはその正体を教えろ」
「それは……」
と、レントの言葉にペトナが答えようとした瞬間、大きな音と共に二つの大きな気配が激突した。それはレントとフギトが戦っていたときと同じ規模の衝撃を周囲に撒き散らし激化していく。
「っ……!」
「始まったか」
「フギト……」
ペトナの不安そうな声が木霊する中、ハクとフギトの戦いは始まった。
それはこの始中世界においても類を見ないほど激しく、強く、大きな戦いとなっていく。そんな戦いをペトナは見守っていることしかできないのであった。
「んじゃまあ、気合い入れていきますか」
「こい」
その瞬間、俺は思いっきり大地を蹴ってフギトに突っ込んでいく。振りかぶった右拳を突き出して体重を乗せた一撃を叩き込んだ。
「はっ!」
「ふっ」
その攻撃は大きな音を立ててフギトの腕に直撃すると威力を殺されて動きを止めてしまう。しかし俺は続けて無数の拳と蹴りを繰り出しながら徐々にフギトとの距離を測り始めていた。
「だあああっ!」
「ッ!?」
戦いは読み合い、探り合いの攻防によって成立している。相手の間合いを把握し、的確な位置で攻撃を繰り出す。初見の相手ともなればその見切りは必須となってくるのだ。ゆえに序盤は適当な攻撃を繰り出しながら牽制する。そうすることでより相手の動きを予測しやすくするために。
するとここで俺の拳をひらりとかわしたフギトが左足を蹴り上げるように持ち上げてきた。とっさにそれを回避しようとした俺だったが、避けようとした瞬間フギトの右足が俺の顔をとらえていく。
「がっ!?」
「……」
勢いよく飛ばされた俺は空中で浮遊の力を使いながら攻撃の威力を殺すが、その隙にフギトが俺の背後に回り込んで拳を突き出してきた。
「はあっ!」
「ちっ!」
だが俺も負けてはいない。
フギトの右手を体を左に傾けることで回避した俺は、そのまま脇と腕を使ってフギトの腕を掴み取ると自身の体を軸にフギトを地面へ投げ飛ばしていった。
「でりゃああああ!」
「ぐっ!?」
今回ばかりはフギトといえど持ち直せなかったようで、顔面から突っ込む形で地面へ落下していった。すぐさま追い討ちをかけるべくフギトの背後へ転移した俺は左足を軸にした回し蹴りを放っていく。
しかしそれは当たらなかった。
「え……!?」
「その程度か? だとしたらとんだ期待外れだ」
瞬間、俺の足は空を切り、反対に顔面を叩き割るような重たい一撃がフギトの拳から飛んできた。それは文字通り「飛んで」きており、フギトは一切拳を動かしていない。
「ぐっ!?」
とはいえ俺もタフさには自信がある。足をスパイクのように地面へ突き立てた俺は、その衝撃をなんとか自分の体で殺して態勢を整えていく。地面を蹴ってバク宙を繰り返し一度フギトとの距離をとった。
「……やるなあ、お前。でかい図体してるから素早く動けないものかと思ってたけど、そんなことはないらしいな」
「……むしろこちらは拍子抜けしたぞ。お前のような弱者があの星神を倒したなどにわかには信じられない。これはとんだホラ吹きだったか?」
「へえ、言ってくれるねえ。まあ、徐々に見せてやるさ、俺の力を」
そう返した俺は口元にニヤリと笑みを浮かべると地面についている足に力を入れ、眠っている気配を増幅させた。同時に黄金色の光が俺を包み込んで爆発的な力を呼び起こす。
「はぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
「……ほう。それがお前の力というわけか」
「まだまだこんなもんじゃないさ。だけど始めはこいつでお手並み拝見といくぜ?」
神妃化、それも第一段階。金色の髪をなびかせながらその状態に変化した俺は息を吐き出しながら呼吸を整えていく。水を打ったような静けさと気配同士がぶつかり合う轟音。そんな不思議な空間が作り出されていく。
そして両者の目が合った瞬間、その火蓋は落とされた。
「だああああっ!」
「はっ!」
激突する拳と拳。だが攻撃はまだ終わらない。
「でりゃりゃりゃりゃりゃあ!」
「ふっ、はあっ、だあああ!」
無数に繰り出されていく拳の数々。その一撃一撃が次元境界を激しく揺らしていく。通常の人間であればもはや立っていることすらできない自信を発生させながら俺とフギトの戦いは進んでいった。
「はああああっ!」
「ぐっ!?」
「ッ! そこだっ!」
「がああああっ!」
攻撃の一瞬、わずかにできた隙を俺は見逃さない。フギトの拳を避けながら一気に距離を詰めた俺は鳩尾に向かって魔力を圧縮した魔弾を叩き込んでいく。それはフギトを大きく吹き飛ばし態勢を崩させた。
「まだだっ!」
「ぐっ! 調子にのるな!」
「なっ!? うわあああああああっ!?」
しかし追撃を加えようとした俺を今度はフギトが吹き飛ばす。半ばカウンター気味に繰り出されたフギトの右足は俺の体を的確に捉え、胃に入っていた空気を逆流させていく。
加えて。
「っ……。痛ってえなあ……。さすがに効くぜ。…………はっ! 上か!」
「よそ見しすぎだ」
「ッ!? あああああああああああっ!?」
は、速い! そう思ったのもつかの間、いつの間にか俺の頭上に移動してきていたフギトが両手拳で殴り飛ばしてきた。避けることすらできなかった俺はそのまま地面に叩きつけられ土に埋まってしまう。
……動けなかった。仮にも神妃化している俺が反応できなかった。
へへっ……。こいつはなかなか骨が折れそうだ。
「……どうした? この程度でくたばるお前ではないだろう。さっさとしろ。下手な芝居など必要ない」
「…………だああああっ! ……ちっ。そこまでお見通しかよ。でも今のは効いたぜ。だけどまあ、これで準備運動はいいだろう。少し本気でいくぜ!」
俺はそう言うと、両手に気配を集めて気配を凝縮した刃を大量に作っていく。それを全てフギトに向けて構え、自分の中のギアを一段階引き上げていった。
「その力……。どうやら直撃は危険らしいな」
「へえ、よくみてるなあ。こいつは万物の気配を貫く強力な力だ。お前にこれが捌けるかな?」
「……いいだろう、やってやる」
「それじゃあ、受けてみろ!」
その声が合図となり気配想像の刃はフギトに向かって放たれていった。その本数はおおよそ一万本。人間一人を仕留めるのに使っていい量ではない。しかしこのフギトという男に限っては、この本数でも足りないと俺は思っていた。
とはいえ。
……まあ、さすがに無傷っていうわけにはいかないはずだけど。
それが俺の予想だった。だがその予想はまたしても裏切られてしまう。
「…………は、はあ!? う、嘘だろ、おい……」
「ふん、はっ、だああ、せいっ、でりゃああああ!」
打ち消していた。
一万本の刃を、全て。
気配を纏わせた拳を使って刃をいなすことで、その軌道をずらす。計算外の軌道にずらされた刃たちはすぐに動きを修正しようとするが、一度崩れたものはそう簡単には戻らない。動きを変えられたヤイバに新たな刃がぶつかり消滅する。加えてフギトが拳で殴りつけたことによって消えてしまった刃も多い。
つまりフギトはたった一人で全方位から迫ってくる攻撃を迎えうっていたのだ。
おいおい、マジかよ……。さすがにそれは無茶苦茶だぜ。特別な力も使わずにこの場をしのぐっていうのかよ。こ、こいつは正真正銘の化け物だな……。
だけど。
と、俺は重い改める。いや、正確に言えば思考を切り替えたと言うべきか。
「それくらいしてもらわないと燃えてこないよな!」
神妃化の出力をさらにあげて飛び立った俺は無防備になっているフギトの懐に飛び込んでいく。だがフギトはそんな俺の動きを予測していたのか決して懐はあけてくれない。それどころか俺との間合いを正確に計り、反撃の隙を伺ってきた。
「さすがだな。その刃を全て打ち払うなんて、ちょっと驚いだぞ」
「あの程度造作もない。それよりもお前、まだまだ力を隠しているな?」
「さあな。それにお前だってそうだろ? 表に出てる気配はただの見世物だ。お前の奥に眠ってる力はこんなもんじゃない」
「よくわかったな。だがそれをお前に見せることはない。なぜならお前は俺に本気を出させるほど強くないからだ」
「へっ。言ってろ、三下が。すぐに思い知らせてやるぜ!」
俺はそう言うと神妃化の出力をもう一段階上昇させ気配を急激に跳ね上げていく。それによって次元境界に亀裂が入り出すが、そのほころびさえも握りつぶしながら力を解放していった。
それによって俺の髪は肩にかかるほどまで伸び、顔立ちもややリアに似てくる。だがその顔には先ほどよりも大きな笑みが浮かんでおり、自分でも形容できないような雰囲気をにじませていった。
「はあああああああっ!」
「な、なにっ!?」
「遅い!」
「がはあああああああっ!?」
フギトよりもさらに速いスピードで動いた俺はフギトの腹に拳を一発、背後に回って背中に一発、そして首に蹴りを一発。合計三連続の攻撃を一瞬にして叩き込んでいく。それは光の瞬きよりも速く、さすがのフギトでも反応することができなかったようだ。
加えて。
「はっ!」
「な、なんだ、これは……」
「気配創造。さっきの刃と同じ力だよ。だけどこの力は俺の思うがままに形を作り変えることができる。鎖状に変形して相手の動きを拘束することも、な」
「う、動け、ない、だと……!?」
大きな隙を見せてしまったフギトは俺が作り出した気配創造の鎖に縛られ身動きができなくなっていた。神妃化の出力を上昇させたことによって気配創造の強度も格段に上昇している。しかも、気配創造という力の特性上、その力が存在し続ける限り周囲の気配を常時吸い出してしまうのだ。
つまり今のフギトは身動きが取れない上に、気配を吸収されているという状態。
いくら強大な力を持っていてもここまでやられればさすがに堪えるだろう。
俺はそう考えると、フギトの体を持ち上げて肩の上に担ぐ。そしてそのまま手首を回しながら回転させて地面へと思いっきり投げつけていった。
「でりゃあああああああああああああ!!」
「ぐっ!?…………があああああああああああああああああああ!?」
当然、身動きの取れないフギトは何一つ抵抗することのできないまま地面へ落下していった。巨大な爆発が起こり砂けむりと爆風を同時に撒き散らしていく。地面は大きくえぐれ、半径五百メートルほどのクレーターが出来上がってしまった。
さすがにやりすぎかと思ったが、俺はすぐにその考え破り捨てて身構えていく。
なぜならそれは爆心地の中心にまだほとんど減っていないフギトの気配が存在していたからだ。
「気配創造の鎖もちぎれてやがる……。あいつ、地面に触れる瞬間一瞬だけ力を解放して直撃を避けやがったな。ってことはやっぱりあいつの力にはまだまだ先があるってことか」
などと呑気に構えていると。
「……ん? なんだこの寒気? 背筋が凍るようなこの気配は……」
瞬間。フギトの気配が驚異的なスピードで上昇し、あっという間に俺の気配を超えていった。そして同時に周囲の砂煙を振り払うように力が収束し、その中から明らかに今までとは違うフギトが出現する。
「…………はは、はははは、はああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ッ!? こ、これは、邪気……? だけどどうしてそんなものをあいつが……」
フギトの気配にまとわりついている奇妙な力。それを俺は知っている。
それはかつて、不老不死の能力を持ち、それゆえに悲痛な運命に踊らされた悲しき女性が持っていたもの。
いや、持つことになってしまったもの。
何を隠そう、数年前にユノアとレント、二人が決着をつけた「リアナ」が使っていた力こそが邪気なのだ。
どうしてその力をフギトが持っているのか、その謎を解くことがフギトとペトナの過去を紐解く鍵になっていくことを俺はまだ知らないのだった。




