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幕間 破滅人の復活、三

今回は少し長いです。

「おい、レント。ユノとレトはいいのか? 今、ユノアは家にいなかったよな?」


「近くに住んでるばあさんに預けてきた。こんな馬鹿でかい気配を持つ奴を見過ごせるわけないだろ」


「ま、それもそうか」


「この北の大地は俺たちが住んでいる村にかなり近い場所にある。俺が赴くことで沈静化できるなら、それに越したことはねえ」


 レントはそういうと腰に刺さっている一本の剣をくるくると手の中で回しながら肩に担ぎ上げる。その瞬間空気を弾くような威圧風が巻き起こり、ペトナとフギトを威嚇していった。


「……フギト。あの茶髪の青年……」


「わかっている。お前と『同じ』だろうな」


「いいえ、違うわ。……多分私よりも『上』。完璧な状態で顕現してるわ」


「……そうか」


 俺たちには聞こえない声でそう呟いた二人はレントの威嚇にまったく動じないまま、逆に俺たちを睨みつけながら殺気をぶつけてくる。先ほどとは違い、腹を決めたようで俺を殺すつもりらしい。

 そんな雰囲気を感じ取った俺は軽く息を吐き出しながらレントに話しかけていった。


「……さて、向こうはやる気みたいなんだけど、実のところあいつらが俺を攻撃してくる理由、色々誤解があるんだよ。素直に反撃していいものか悩むな……」


「あ? お前さっきはやる気だったじゃねえか。つーか、お前狙わてんのか?」


「あ、あれは売られた喧嘩は買う主義というか、最近戦いに飢えてたから願ってもなかったというか……」


「はあ……。ホントお前のその好戦的な性格はどうにかならねえのかよ。これじゃアリエスも気苦労が絶えなさそうだな」


「そういうお前は随分と大人しくなったよな。昔は俺よりも血が滴りそうな顔してたくせに」


「血が滴りそうな顔ってなんだよ。馬鹿にしてるのか?」


「いやいや、そんな気はねえよ。ただなんていうかユノアを守ろうとするお前はある意味鬼気迫るものがあったからな。その印象が強いんだ」


「……今の俺は戦うことが仕事だからな。お前みたいに冒険者ランクも高いわけじゃねえし、戦いに飢えてるなんてことにはならねえんだよ」


「うーん、だったらどうするかなー……。今この状況で俺があの二人と戦うのは火に油を注いでるような感じしかしないんだけど……」


 誤解されたまま戦いを始めるとこちらも煮え切らない上にその誤解が解けた後が面倒だ。これは単純な経験則。色々な事件に巻き込まれてきた俺にはその確信があった。

 というわけで、俺としても色々残念だがここはレントにフギトの相手をしてもらおうと考えていたのだ。フギトから感じられる気配量は確かに多いが、それでもレントが苦戦するようなレベルではない。

 だから遠回しにレントにその役を担ってもらおうとしたのだが……。


 まあ、さすがにそんなに上手くはいかないよな。というかある意味誤解されたのは俺にも問題があるわけだから俺が戦うのが筋か……。


 と、思っていたのだが。


「だろうな。まあ、ここは俺が戦ってやるよ。……うまく言葉にできねえが、あの二人、少しだけ似てる気がするからな」


「似てる? 誰と?」


「俺とユノアだ。一つだけわかってることがあるんだが、それを抜いても空気感が少しな」


「へえ。お前がそんなこと言うなんて珍しいな」


「まあ、単純に思いっきり力をぶつけられる相手が欲しかったっていうのもあるがな。冒険者ギルドでの仕事は所詮低レベルな魔物狩りが多い。そんなやつら相手じゃ全力なんて出せねえよ」


「それもそうだ。だったらここは任せる。もしやばそうになったらいつでも交代するからな」


「そうはならねえと思うけどな。軽くひねって気絶させてやるよ」


 俺はそう言うと地面を蹴ってレントの後方に移動した。同時にレントは肩に担いでいた剣をおろし、空を斬りはらうとペトナとフギトに向かってこう吐き出していく。


「さあ、こっちは準備いいぜ。あいつを殺したければ俺を殺してからにするんだな」


「……あなた『あの眼』を持ってるわね?」


「『お前も』な。だがお前のそれは『不完全』だ。俺に勝てると思うなよ?」


「確かに私じゃあなたには勝てないわ。でもフギトなら誰にだって勝つ。もちろんあなたにもね」


「へえ。ってことはやる気なのか? お前の意見を聞かせろよ、木偶の坊」


「……ペトナがそれを望むなら俺はそれに従うだけだ」


「ちっ。本当に操り人形みたいだな。……いいぜ。だったらお前の力を俺に見せてみな!」


 次の瞬間。

 レントの気配が一瞬にして何倍にも膨れ上がった。地面に亀裂が走り、地面が揺れ始める。迸る気配はレントの真上に向かって上昇し、やがて体を包むように落ち着いていく。

 その気配の質は以前のレントとはまた違うものに変質していた。

 一言で言うなら「静か」だった。絶え間ない戦闘をくぐり抜けてきたレントが行き着いた局地。戦いのたびに気持ちを高ぶらせていたあの頃とは違う。

 どんなことが起きても冷静を保つ強靭な精神力をレントは身につけていたのだ。


 ……す、すげえな。ここまでレントが腕を上げてるなんて思わなかった。気配の大きさというより、その気配をどこまでも扱いこなしていることがすごい。……これはやっぱり俺も戦いたくなってきちまうな。


 だが。

 そんな甘い思考はフギトが一歩前に踏み出した瞬間、打ち砕かれてしまう。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」


「な、なに!?」


「お、おいおい……。俺と戦おうとしてた時はこんな気配感じなかったぞ!?」


 フギトの体から白と黒が入り混じったような気配が立ち上る。それは大地を揺らし、俺たちを地面に縛り付けてくるような重圧を放ってくる。だがそんな気配を見て一人だけ笑っているものがいた。


「フギトはこの世界に作り出された『イレギュラー』の一人。仮にあなたたちが星神に成り代わろうと、世界にとって脅威となるものを殺すために作り出されたのがフギトなの。甘い考えは捨てることね」


「おい、ハク! イレギュラーってのはキラやサシリと同じ……」


「ああ。その通りだ。だけど、キラとサシリ、そしてリアナ以外のイレギュラーを俺は知らない。だがもしそいつが本当にイレギュラーなら……」


 俺がレントに警戒を促そうとした瞬間、レントと対峙していたフギトの体が消えた。俺の視界にすら映らないスピードで地面を蹴ったのだ。


「ぐっ!?」


 レントとはとっさに剣を体の前に構えて防御の姿勢を取るが、そんなレントの不意をつくようにフギトは背後に出現し、レントの体を右の拳で突き飛ばした。


「はああっ!」


「がはっ!?」


 まともに攻撃を食らったレントは勢いを殺すことができず何百メートも先にある崖の壁に激突し、地震とともにその攻撃の威力の高さを伝えてきた。


「れ、レントが一撃で……!? い、いやまだ終わってない、か……」


 瞬間、俺の目の前に気配が舞い戻ってくる。唇からわずかに血を流しているが大した傷のないレントが眉間にしわを寄せながら戻ってきていた。


「……ぺっ。ちっ、口を切ったか。にしても不覚だ。少し油断したな。だが今度はこっちからいくぜ」


「……」


 レントの言葉にフギトは答えない。それどころかむしろ迎え撃つような構えでじっとレントを見つめていた。


「はあああああっ!」


「だあああああっ!」


 激突する剣と拳。周囲に衝撃波を撒き散らしながら進んでいくその戦いは常識という概念から大きく外れていた。

 もしここに新米冒険者がいたなら、おそらく恐怖のあまり冒険者業をやめたくなってしまうだろう。というか、現存する冒険者の全てがこの戦いについていけない。SSSランク冒険者でもおそらく唖然とするはずだ。

 まあ、それもそのはず。

 今ここで剣を振るっているのは「あいつ」の生まれ変わりにしてユノアという少女の絶対的な運命を書き換えた最強の剣士なのだから。

 剣という武器の扱いに限ってはおそらく俺よりも上だろう。剣技を持ち出せばその威力で押し切ることもできるだろうが、それはただ単に力でねじ伏せているだけに近い。その剣の冴えはとっくの昔にレントが追い越している。

 だが。

 だからこそ、今目の前で起こっている光景に俺は驚きを隠せなかった。


「一体何者なんだ、あいつ……。あのレントと互角に戦ってやがる」


 瞬間。

 空気が爆ぜた。

 レントの振り下ろした剣がフギトの体を吹き飛ばしていく。当たってはいる。だがその体に傷をつけることはできていない。武器を使っているのに傷一つつけられないというのは正直言って異常だ。ましてレントの剣をはじき返す肉体ともなればなおさら。


「ちっ。効いてねえか」


「……」


 もうもうと立ち上る砂煙の中から何もなかったかのように立ち上がったフギトは、首を首をコキコキと鳴らしながら戦場に戻ってくる。ゆっくりと大地を踏みしめながら確実にレントとの距離を詰めてきていた。


「フギト! 大丈夫?」


「……問題ない。もう慣れた」


「何?」


 と、次の瞬間。

 フギトの姿が搔き消える。そして気がついた時にはレントの眼前で思いっきり腕を振りかぶっているフギトが出現していた。


「な、なんだと!?」


「終わりだ」


「がはああっ!?」


 振り下ろされた拳はレントに一切の防御動作を取らせない速度で落下し、地面にレントをめり込ませてしまう。その衝撃で地面は揺れ、大きなクレーターが出来上がってしまった。


 ……な、なんてやつだ。

 あのスピードにパワー。レントをここまで追い詰めるその実力。

 こんなやつがまだこの世に存在してるなんて知らなかったぞ……。


 唖然と高揚。その二つの感情が俺の心の中に渦巻いていく。だがそれでも俺はまだレントの心配はしていなかった。

 なぜなら――。


「はっ!」


 クレーターの中から気配が飛び出したかと思うと、フギトと同じようにまったくダメージを受けていないレントが浮かび上がってくる。浮遊の力を使って大地に降り立ったレントは剣を斬りはらいながらこう呟いていった。


「……はは。面白えじゃねえか、お前。こんな滾る戦いは久しぶりだ。だがお遊びはここまでだ。お前に全力を出させるほど俺は甘くねえんだよ。そっちが出し惜しみしてるなら、こっちは全力でいくぞ」


「……やれるものならやってみろ」


「へっ。それじゃあ遠慮なく……」


「お、おい、まさかレントのやつ……」


 レントの言葉と同時にその体の内から膨れ上がる気配に俺は気がついた。そして同時にその瞳が紫色に輝くその光景も、俺は見逃さなかった。

 その力が発動されるということは確かにレントが本気を出しているということであり、それはすなわち……。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!」


 一気に大きくなるレントの気配。それは次元境界を激しく揺らし、空と大地を唸らせる。周囲にはレントの気配から生じた稲妻が迸り、その一つがフギトの頬に傷をつけた

 だがそれでもフギトは眉毛一つ動かさずレントの気配が高まるのを待ち続けている。その余裕は一体どこから来るのか。不気味な空気が周囲に流れていくが、この状態になったレントを止められる存在はそうそういない。

 ましてや「あの眼」すら使うともなれば――。


「まあ、さすがのレントも特異眼を全力で使おうとは思ってないだろうけどな。だけどこれでやっとわかる。フギトってやつの本当の実力が」


 と、呟いた俺に続くようにレントの力に気づいた存在がもう一人だけいた。


「あ、あれは……! だ、だめ、フギト! 『あの眼』は使わせちゃダメ!」


「何?」


 その言葉と同時に、声の主であるペトナは動き出す。宙に浮いているレントを迎撃すべく空へと駆け出した。だがさすがにそれは俺も見過ごせない。すぐさまペトナの移動線上に転移すると、腕を組んだまま少々強めの威圧をぶつける。


「おっと。それはさせないぜ?」


「どいて! あなた『あの眼』なんなのか知ってるの? あんなもの使わせたらフギトが……」


「知ってるさ。あいにくとお前よりもずっと詳しいと思うぞ? でも根本的な話をしたら仕掛けてきたのはそっちだろ。それを今更やめてくださいっていうのはちょっと違うんじゃねえか?」


「別に戦い自体をやめる気は無いわよ。だからこれはフギトが戦いやすくするための協力。『あの眼」を使われたら実力なんて物差し自体意味がなくなるのよ。だから止める。あれだけは絶対に!」


 確かにレントが使おうとしている特異眼は力の大小だとか、そういった一般的な戦いの概念を壊してしまう力だ。なにせ俺すら殺すことができなかった奈落化したリアナを追い詰めた力なのだ。死の概念がないものにすら死を与えることができてしまう。元を正せばことの因果を書き換えるその力は、相手にするなら真っ先に潰しておきたい能力だろう。

 だが。

 であればなおさらそれをやすやすと止めさせるわけにはいかない。


「だったら俺を倒してから行け。俺もレントの邪魔をさせる気はねえぞ?」


「……言われなくてもわかってるわよ」


 そうペトナは呟くと顔を一度地面に向けて下げ、そしてもう一度勢いよく上げてくる。すると急に俺の体は何かに引っ張られるように地面へと吸いつけられ浮遊の力が効かなくなってしまった。それはまるでとてつもなく大きな重力によって体を押し潰されているような感覚でさすがの俺も戸惑いを隠せなくなってしまう。


「な、なんだこれ……。か、体が重くて立ち上がれない。浮遊に転移すら使えないなんて。こ、これは一体……」


「はあ、はあ……。わ、悪いけど先に行かせてもらうわよ」


「ま、待て!」


 思わず空に向かって手を伸ばしてしまう俺だったが、そんな俺を置いていくようにペトナは特異眼を使おうとしているレントに向かって飛び立っていった。

 ちっ。油断した。まさか俺がこうも簡単に拘束されてしまうなんて思いもしなかったぜ……。

 だが、甘い。

 俺はすぐに思考を切り替えると高ぶる気配を収束させて水色の煙、つまり気配殺しの力を発動させる。そしてそのまま俺を押さえつけている力にぶつけていった。

 しかし結果は俺の予想を大きく裏切ってきた。

 バチッという大きな音を立ててぶつかった二つの力は俺の気配殺しが負ける形で消滅したのだ。依然として俺を縛り付けている力はその場に留まっている。


「な!? ば、バカな!? 気配殺しが効かないだと!?」


 と、そこに。

 そんな俺を見かねたのか空に浮いているレントがその答えを返してくれた。


「そいつの力は俺と同じ『特異眼』だ。普通の力じゃ打ち消せねえぞ。だがまあ、俺ほどの純度じゃねえみたいだけどな」


「特異眼だって?」


「はあ、はあ……。あ、あんまり私をなめないで。確かにあなたほどの力は出せないけど、あの人間一人を縛り付けるくらい造作もないわ」


「へえ。たった一回魔眼を使っただけでヘロヘロになってるお前にしちゃ大きな啖呵を切ったな。だがなめてるのはお前だ。確かにあいつが普通の人間だったらお前の力は振りほどけないかもしれねえ。だが、あいつは『普通』じゃねえんだよ」


「……言ってる意味がわからないわ」


「だったら近くで見てこいよ」


「ッ!? きゃあ!?」


 レントはそう言うと自分に向かってきていたペトナを魔眼の眼圧だけで吹き飛ばすと改めてフギトに向き直っていく。一方ペトナは落下する勢いを殺しながら俺のすぐそばに着地すると再びレントの下へ行くために地面を蹴っていった。

 だが次の瞬間。

 ガラスが砕けるような音とともに俺を拘束していた力が砕け散る。


「な!? あ、あなた一体何を……」


「概念的に消せない力なんだったら、真正面から力技で破壊するだけだ。まあ、簡単に言うと気配を上昇させただけだな」


「そ、そんなことが……!? 特異眼を打ち消せる人間がこの世にいたなんて……」


「意外か? まあ、俺たちもそれなりの修羅場は超えてきてるからな。お前ら以上に厄介な相手もいたんだぜ?」


「くっ!」


 俺の言葉に眉をひそめたペトナはそのまま俺から視線を外して空へ駆け出して行く。しかしそうは問屋が卸さない。すぐさま先回りした俺はペトナの行く手を遮るように立ちはだかった。ペトナが空中でどんなに早く動こうがその動きを予測することなど造作もない。徐々に金色のオーラを纏い出している俺の体は圧倒的な威圧を放ちながら高速移動を繰り返していった。


「は、速すぎて追い抜けない! あなた本当に何者なの!?」


「それはこっちのセリフだな。特異眼は世界の特異点として機能する力だ。それを扱える存在がレント以外にいたことの方が俺としては驚きだよ。……もしかしてお前もこの世界に選ばれた存在なのか?」


「世界……。あ、あんなもの……。あんなものに選ばれたっていいことなんか一つもないわよ!」


「ん? どう言う意味だ?」


 イマイチ話が噛み合わない。俺の質問には返答しているようだが、どういうわけか俺の望んでいる回答はかえってこなかった。

 だがそうこうしているうちにレントの準備が整ったようだ。よく見るとレントの気配は先ほどよりも何十倍に膨れ上がっており、気配再生の力すら使っているようだった。

 気配再生に特異眼。ほぼほぼ今のレントの本気に近い力。

 それがこの場に顕現したのだ。


「ま、待って! その眼だけは……!」


「……黙っていろ、ペトナ。あの程度問題にすらならない」


「なんだと?」


 そんなフギトの声を聞き逃せなかったのかレントが苛立ったような言葉を発する。しかしその感情はすぐさまレントの剣へと流れ込んでいった。


「だったら受けてみるんだな。この一撃を!」


「もとよりそのつもりだ。早くこい」


 そしてついに二つの力が激突する。


「くたばりやがれ!」


 空に浮かんでいたレントの姿が消え、暴風をまとって地面へ落下する。そのスピードは光速すら超える早さで、俺ですら何がおきたかわからないほど大きな衝撃をもたらした。

 だが俺には見えていた。その衝突の中で平然と立っている一人の青年の姿が。

 体に稲妻を纏ったレントは爆心地の中心に立ちながら剣を振り払っている。その刀身にはベットリと赤黒い液体がついており、どちらが勝者なのか雄弁に語っていた。


「ふん。今のは致命傷だぞ。威勢がいいだけじゃ俺には敵わねえよ」


「が、は……っ!?」


「フギト!」


 左肩から右わき腹にかけて刻まれているその大きな傷は確かに致命傷だ。静脈に傷が入っている以上血が噴水のように飛び出してしまう。そうなれば出血多量で意識はおろか命すら危ういだろう。

 そんな状態に立たされてしまっているフギトは自らの体重を支えられなくなったのか背中を地面につけるようにそのまま倒れてしまう。そんなフギトの下にペトナが駆け寄っていくが、もはやレントはそれを止めようとはしなかった。振り払った剣を鞘へ納め、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「特異眼は結局使わなかったんだな。脅しのつもりだったのか?」


「あの女が俺と同じ眼を持っているのはわかっていた。だから俺がそれを使おうとしたらどんな反応をするのか見てみたかったんだよ。俺でもあの二人が普通じゃねえってことぐらいわかってる。出し惜しむ気は無ねえが気配量的に考えて気配再生の出力だけでも過剰火力だ。あれで十分だろ。それにどうせ戦闘不能になったらお前が治癒するだろうが」


「ありゃりゃ。そこまで見抜かれてたのか。まあ、さすがに見殺しっていうのも後味悪いしな。……って、待てよ」


「どうした?」


 おかしい。

 なぜだ?

 俺の視界に映っているフギトとペトナ。フギトは倒れていてそのそばにしゃがみこんでいるペトナ。一見すればどこにもおかしな点は見つからない。

 だがここで俺は気がついた。明らかにおかしな点に。

 血が出ていない……? あれだけの一撃を首筋に受けていたらそれこそ飛び出るように大量の血が噴出しているはずだ。

 だというのにそれがない。

 つまりこれは……。


「……へ、へへ。こいつはそう簡単に終わらせてくれないらしい」


「何?」


 その言葉が俺の口から放たれた瞬間、明らかに常識を逸脱した光景が俺たちの前に映し出された。

 いつの間にかレントから受けた傷が消えているフギトがおもむろに立ち上がり、ペトナを押しのけこちらに向かって歩いてくる。その背中にはまるで悪鬼でも見ているのかとさえ感じてしまうほど邪悪な気配が立ち上っており、思わず距離を取りたくなる衝動に駆られてしまう。


「フギト……」


「……ペトナ。お前は邪魔だ。離れていろ」


「で、でも……」


「死にたいのか?」


「ッ!? う、うん、わかった……」


 威圧。いや殺気か? そ、それを仲間であるはずのペトナに向かって放つなんて……。

 目の前で行われたやり取りに唖然としていた俺たちだったが、ゆっくりと近づいてくるフギトの気配を改めて感じ取るとすぐさま腰を落として身構えていく。


「……どういうことだ? 傷が再生しているだと? まさかユノアみたいに不死の力でも持ってるっていうのか?」


「い、いや、多分あれは不死なんかじゃない。ただ単にあいつの再生能力が高すぎるんだ」


「馬鹿なことを言うんじゃねえ! 俺の気配再生の攻撃はそう簡単に回復できるほどチャチなものじゃ……」


「だから普通じゃないんだよ、あいつらは。何かタネがあるのは間違いない。特異眼を使える点もそうだが、お前の攻撃を受けてピンピンしてるっていうのは常識じゃ考えられないからな」


 俺はそう呟くと大きく息を吐き出しながらフギトに向かって歩き出した。そして同時に腕を回しながらレントにこう返していく。


「それじゃあ、こっからは俺の番だな。お前はあの女性を頼むぜ。特異眼の扱いには慣れてるだろ?」


「ちっ。結局こうなるのかよ。言っとくがあまり派手にやりすぎるなよ? お前の力はマジで洒落にならねえ」


「わかってるさ」


 正直なところ、レントが特異眼を全力で使えばいくらフギトといえど倒すことはできるだろう。だがそれは倒すとい言うよりは殺すという方が近い。フギトたちは俺たちを殺す気できているようだが俺たちは違う。できるだけ穏便に無力化させることが第一目標だ。

 となればレントにこれ以上期待しても無茶というものだろう。

 それに。


「戦いには専門分野があるしな」


「……どういう意味だ?」


「なに、俺とお前は戦い方が似てるってことだよ。まあ焦らなくても今見せてやる」


 こうして俺とフギトはついに激突する。

 だが俺はまだフギトがどんな存在なのかまったく理解していなかったのだった。


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