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幕間 破滅人の復活、二

時系列はアリエスが始中世界に戻ってきた後です。

「……はっ」


「ん? どうしたのじゃ、レントさん? 妙に怖い顔つきになっておるが……」


 ハクが巨大な気配を感じ取った同じ時。

 オナミス帝国よりさらに北に位置するのどかな平野に家を構え、新たな生活を送っていたレントは近くに突如として現れたその気配に思わず顔を上げてしまった。


(……なんだ、この馬鹿でかい気配は? ハクか? いや、ハクの気配はルモス村にあるな……。だとしたらこの気配は一体……)


「レントさん? 本当に大丈夫かえ?」


「すまん。少し家を空ける。レトとユノのこと頼めるか?」


「そ、それはいいが、本当にどうしたのじゃ……? あまり顔色が良さそうに見えないのう……」


 レントに向かってそう呟いたのはユノアとレンとが住んでいる家の近くに同じく家を構えている近所のおばあさんだ。普段であれば二人の子供であるレトとユノの世話はユノアが見ているのだが、母親のユノアも少しは休息が必要とのことでキラたちが女性限定現実世界一ヶ月旅行に連れ出してしまったのである。

 とはいえ母親が一ヶ月もいなくなってしまうのは育児的に問題があるのでユノアやシラは数日おきに始中世界に戻ってきている。しかし育児に疎いレントにユノアが不在の間、レトとユノの世話は少々荷が思いと考えたユノアは近くに住むおばあさんにレントの手伝いを頼んでおいたのだ。


「……ちょっと、な。俺も今、何が起きてるかわからない状況だ。だが、ここで面倒ごとを起こせばレトとユノ、それにばあさん達にも迷惑がかかっちまう。距離が遠けりゃ話は別だが、ここから『それ』はあまりにも近い。さすがに見過ごせねえよ」


「い、言ってる意味がわからんのじゃが……」


「まあ、何もなかったらすぐに帰ってくる。俺だって自分の子供を放置して外に出ていくなんてしたくねえ。だが、これは多分普通の人間じゃどうしようもできないことなんだよ」


「は、はあ……。そ、それはレントさんが冒険者だからかえ? つまり急なお仕事的な何かなのじゃろうか?」


「……まあ、そんなところだ」


 実際のところレントが冒険者だから今回の事案が発生したというわけではない。

 だがこの時すでにレントにはこれからの未来がなんとなく予想できていた。ここでこの巨大な気配を放置してしまえば、いずれ近くの冒険者ギルドが動くことになる。生憎レント達が住む平野の近くには国も村もなければ、防衛設備を整えた都市は存在していない。

 こうなってくるとやはり頼りにされてしまうのは国境に左右されない冒険者だ。だが残念なことにレントが感じ取っている気配はあまりにも大きすぎて一介の冒険者では対処することができないと考えたのである。

 であれば、余計な被害が広がる前に対処できる人間が対処してしまった方がいいと言うわけだ。


(……ばあさんにあまり話しすぎると、今度ユノアが帰ってきた時に絶対に報告するはずだ。ユノアにこれ以上負担をかけないためにも、あまり喋りすぎないほうがいいな)


 そう考えたレントはベッドでおとなしく寝ているレトとユノの頭を優しく撫でて軽く微笑むと、壁に立てかけられていた一本の剣を腰にはめて家のドアを開けていく。

 そしてレントはレトとユノ、そしてその隣に心配そうな面持ちで立っているおばあさんに向けてこう言ったのだった。




「じゃあ行ってくる。留守は頼んだぞ」




 こうしてハクとレント、文字通り始中世界における最強の二人が一箇所に集結することになった。しかしそこで待ち受けている存在は二人の予想を大きく上回るものだということをまだ二人は知らない。








「ってなわけで到着っと。……北の大地か。外離界ほどじゃないけど、それなりに荒れてるな。自然は少ないし、生き物の気配だってほとんどない。唯一の違いは、空が晴れてるってぐらいか」


 転移を使用してやってきたその場所はなんの変哲も無い荒野だった。北の大地なんて言ってはいるが、この場所に明確な名前はなく俗称としてそう命名されているらしい。

 と、この付近にある精霊の森出身のキラがぼやいていた気がする。とはいえ北の大地から精霊の森までは約一万キロほど離れているので付近というのは少々無理があるのだが。

 そんなことを考えながら俺は周囲の状況を観察していく。ここに現れた大きな気配を辿って転移してきたものの、その気配の持ち主の目の前に転移できるわけじゃない。もちろん集団転移や高速転移を使用すればもっと高精度な転移はできなくはない。ただ、いきなり目の前に出現してしまうとさすがに相手を刺激しかねないと俺は考えたのだ。


「と思ったんだけど、周りには何もない、か……。困ったな。もしかして俺の接近に気が付いて隠れてるのか?」


 俺の感覚には大きな気配どころか人の気配すら伝わってきていない。目の前にあるのは灰色に干からびた地面と真っ青な空だけ。空気は澄んでいて深呼吸が気持ちいいが、妙に気持ちの悪い雰囲気が流れている。

 なんて、期待を裏切られたような感情に浸っていたその時。


「ッ!?」


 俺の耳に何者かが大地を踏みしめる音が響いてきた。ザク、ザクと荒廃した地面を力強く押しつぶしながらこちらに近づいてきている。

 そしてそんな足音に遅れて飛んでくる大きな気配。俺はその気配に惹かれるように体の向きを変えるとその気配の主を瞳の中におさめていった。

 そこに立っていたのは男と女の二人組。男の方は白髪に漆黒の双眸。筋肉に覆われたその体は並の剣では当たった瞬間刃こぼれしてしまいそうなほど強靭に見える。

 だが逆に女の方は女性らしく華奢な雰囲気が出ており、茶色の髪に翡翠色の瞳、そして割と小柄な体つきだった。隣に立っている男と比べると頭二つか三つ分ほど慎重に佐賀あるように見える。

 そしてどうやら俺が感じ取った気配の主は大柄な男のようだった。


(……。見たところ二人とも敵意は感じないな。だが妙な緊張感がある。俺を警戒してるっていうよりは、眼に映る全てのものを怖がってるような……)

 などと、思考を巡らせていると。


「……解放されて真っ先に出会った人間がこんなにも大きな気配を持っているなんて想像もしてなかったわ。ねえ、あなたもそう思うでしょ、フギト?」


「……ああ、そうだな」


「お前たち、いったい何者だ? どこからきた?」


 視線と視線がぶつかり合う。威圧というほど明確なものを発しているわけではないが、空気が乾燥していくこの感覚は言ってみればそれに近いだろう。つまりそれだけお互い相手を警戒しているということ。

 だが会話を進めなければことの善悪すらわからないのも事実。


「……私の名前はペトナ。そしてこっちが」


「フギトだ」


「俺はハク。ハクと呼んでくれればそれでいい」


「私たちには目的があるの。だから二人一緒に行動してる。……でも私たち、少し世情に疎くて。もしよかったらいくつか質問したいんだけど、いいかしら?」


「世情に疎い、ね。まあ別にいいけど、それよりも出身は答えられないのか?」


「出身……。そうね、私たちにはどこからきたのか、その問いに答えられる回答はないわ。少し言いにくいことなの。あまり詮索しないでくれると助かるわ」


 そう返してきたペトナは目を細めてこちらを観察しながら俺との会話を続けていく。その言葉に嘘はないようだが、やはり依然として言葉から滲み出る空気が硬い。初対面だからと理由をつけてしまえばそれまでなのだが、なんとなくそう簡単な問題でもないような気がするのだ。


「わかった。いいぜ、何が聞きたい?」


「まず今はいったい何年かしら?」


「へ? あ、えっと……。俺も年号とか言われるとちょっとわかんないんだけど、そうだなあ……。シルヴィニクス王国ができてから今年で五百年になるとか言ってた気が……」


「シルヴィニクス王国? 聞いたことない国ね。ということは少なくとも五百年は眠り続けていたということ……。くっ。不覚だわ」


「眠る? どういう意味だ?」


「あなたには関係ないわ。それで次の質問だけど」


 と、そこでペトナは一度言葉を切る。そして肩を少しだけ持ち上げて大きく息を吸い込むと、眉間にしわを寄せながらこう問いかけてきた。




「……星神オルナミリスはまだ生きてるの?」




 その瞬間、俺の思考は数秒停止してしまった。

 状況整理が追いつかないというべきか。今までの問答の中から考えられる状況がどんどん組み上がっていく。そして導き出された結論はいたってシンプルなものだった。


「……お前ら、まさか。この時代の人間じゃないな?」


「……質問しているのはこっち。できれば答えて欲しいのだけれど」


「世界一最大国家であるシルヴィニクス王国を知らず、星神が今どうなっているのかすら知らない。だが星神のことは見ず知らずの俺に聞くほど気になっている。それだけ条件が整えば世界の歴史を知っているやつならある程度の予測はつく」


「……」


 つまり、だ。

 こいつらは何かしらの事情により今の今までこの時代には生きていなかったということだ。それがタイムトラベルなのか、それに準ずる何かなのかは知らないが、少なくとも俺たちが知っている歴史をまったく知らないのだろう。

 だからこそその情報を集めたかった。今、自分たちがどんな時代に、どんな世界に生きているのかを確認するために。


「……つっても、別に隠すほどのことじゃないんだけどな。俺もいきなりお前らみたいなでかい気配を持つ人間が現れたから警戒はしてるけど、見たところそこまで悪そうなやつらじゃないし、口を開けないなんて言わないよ」


「だったら答えて。その言い分だと星神がどうなったか知ってるんでしょ?」


 その言葉に反応するようにペトナの隣に立っていたフギトにわずかな変化があった。両手に妙な力が入り少しずつ気配が大きくなってきている。


(なんだ? いきなりどうしたんだ? 俺を威嚇してる? いや、そんな雰囲気はなさそうだけど……)


「早く答えて」


「え? あ、ああ……。星神は死んだよ。というか俺が倒した。俺にも色々事情があって詳しくは話せないけど……」

 と、次の瞬間。

 ゴウッっと風が巻き上がったかと思えばフギトの体からとてつもなく大きな気配が漏れでてきた。それにより反射的に体が動いてしまった俺は二人から大きく距離を取るが、フギトの隣にいるペトナはこの状況にまったく驚いていないようだった。

 むしろこれが当たり前とさえ言っているようで……。

 するとフギトがおもむろにこんなことを呟き始めた。


「……星神が死んだのなら、今の世界はお前が治めているんだな」


「なに?」


「つまりお前が新たな星神ということだ」


「は? だ、だから何言って……」


「だってそういうことでしょ? 星神オルナミリスをあなたが倒したっていうなら、その神の座に今座っているのはあなた以外の何者でもない。人間を滅ぼす目的を掲げ、私たちを『封印』した星神の二代目。それがあなたなのよ」


「だから、どうしてそうなる!? 確かに星神は人間を絶滅させる計画を進めていた。それを知った俺はその計画を潰すために星神を倒したんだ。決して星神に成り代わろうとしてたわけじゃない」


 俺がこの世界にやってきて星神を倒すまでの時間は、星神の陰謀を打ち壊すために使ったものであり、星神に取って代わるために使ったものではない。それは俺を含めこの世界にいる全ての人たちが知っていることだ。

 しかしその時代にいなかったこの二人はその常識が通用しないらしい。必死に否定しているものの、話している雰囲気から俺の言葉がまったく伝わっていないことに俺も気づいていた。

 となれば。

 当然この後の流れは予測できる。

 ペトナとフギトはどうやら星神に何かしらの因縁があるようだ。そしてその星神の代わりになったと思われている俺が目の前にいる以上、この二人の殲滅対象は星神から俺へと移行する。

 つまりどういうことになるかというと。


「そんな言葉聞きたくないわ。……フギト。こいつを殺すわよ。まさか目覚めて最初に出会った人間が私たちの敵だとは思わなかったけど、むしろちょうどいいわ」


「……わかっている」


「まさか、俺とやろうっていうのか? 事情はどうあれ俺はあの星神を倒したんだぞ? そんなやつ相手にまともに戦えると思ってるのか?」


「フギトはあなたよりも強いわ。絶対に」


「……」


「……まあいいか。俺としてもそろそろこらえきれなくなってきてたところだ。体がうずうずして止められねえよ」


 そう言って俺は静かに左腕を顔と同じ高さまであげ、右腕を天に掲げるように持ち上げる。俗にいう戦闘態勢だが、そんな俺につられるようにフギトの気配がまたさらに大きくなった。

 そして次の瞬間俺とフギトが同時に大地を蹴る。


 はずだったのだが。




「悪いが俺も挟ませてもらうぜ」




 漆黒の閃光が空から降りてきた。

 茶髪に黒のマント。一本の剣をぶら下げたその剣士に俺は見覚えがある。

 というか顔なじみだ。切っても切れないほどの縁で俺とこいつは繋がっている。


 まあ、なんだ。

 つまり誰がやってきたかというと。


「お前もきたんだな、レント」


「こんな馬鹿でかい気配を撒き散らされちゃあ、無視できるものもできねえだろうが」


 特異眼に選ばれた最強の剣士、レントがやってきたのだった。


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