幕間 破滅人の復活、一
お久しぶりです。
ずっと書きためていた幕間を投稿します。
今日から10日間連続で投稿します。
イレギュラー。
それは世界に危機が迫った時、その窮地を救うために神をも超える力を授けられた人間のことである。正確に言えば人間という種族に限った話ではないのだが、ここで理解して欲しいのは、神はイレギュラーとして認められないという点だ。
つまりハクやリア、後天的に神となったアリエスさえもその器としてはふさわしくない。
そして現在に至るまでそのイレギュラーと呼ばれる存在は全部で四人確認されている。
以下、大界樹禁書庫所蔵第二十七巻百四十九項、三十七節より。
始中世界に存在した超弩級気配総量保持イレギュラーは。
第一イレギュラー・精霊女王キラ。
第三イレギュラー・覇女リアナ
第四イレギュラー・血神祖サシリ。
また第二イレギュラーは別途記載。
このことから究極神妃が唯一作り出した世界である始中世界にはイレギュラーなる存在がしっかりと生み出されていたことが判明している。しかしイレギュラーたちは基本的に世界を崩壊から守る守護者だ。常に戦いに巻き込まれるような存在であり、その命は通常の人間よりも危険な場所に置かれていると言える。
ゆえに始中世界には第三イレギュラーであるリアナは消滅し、第二イレギュラーは生死すらも判明していない状態だった。
キラとサシリに関してはイレギュラーさえも凌ぎ、たった一人で世界を歪める力を持つ「特異点ハク」と出会ったことにより窮地に立たされながらも生き残っているが、その事実自体が稀であり、奇跡と言っても過言ではない状況と言えるのだ。
とはいえ、イレギュラーはその修羅場をかいくぐるだけの力を秘めている。それだけの力を世界から授けられているのだ。ゆえに暗殺でもない限り無抵抗のまま命を散らすということは滅多にない。
リアナは自らの力のコントロールが効かず完璧な究極神妃に至ることができなかった。しかし後世へ力を伝え、ユノアという新たな嬰児へ思いと意思を紡いだ。
そしてキラとサシリは、ハクとともに世界を幾度となく救い、世界を守り続けることに成功している。
であれば残り一人。
未だ語られず人々の記憶にすら残っていないイレギュラー。
その名も。
第二イレギュラー・破滅人フギト。
以下、大界樹同書より。
第二イレギュラー・破滅人フギトはその力の強大さゆえイレギュラーの中でも「失敗作」として認定を受けている。あまりにも強大なその力は最悪の場合究極神妃にさえ届く可能性があると判明した。
能力自体は未だ発展途上で、そのコントロールさえも危ぶまれるが、いずれは特異点としての昇格もあり得ると言える。
究極特異点とともに経過観察が必要。
……追記。
カラバリビアの鍵により第二イレギュラーが活動を停止。
しかしその能力は活動中。
カラバリビアの鍵であってもその能力を完全に封印することはできなかった模様。
能力上昇、上限なし、計測不能。
警告、警告。
標準危険気配総量突破。
直ちに処理することをお勧めします。
た、ただ、ち、に、処理、を……。ピー、ガガガっ!
……。
……。
エラー、エラー。この文書への加筆は原因不明のエラーにより中断されました。以降加筆は認められません。
と、記載されている。
つまるところ第二イレギュラーは、世界の守護者として最初は協力的でなかったキラを踏まえ、その欠点をただ潰すことで作られた破壊兵器と考えることができる。
あまりの強大さゆえに大界樹の記録装置ですら記録できない状況がそれを物語っているだろう。
だが。
もう一度よく読んでみてほしい。
大界樹の記録文書には第二イレギュラーは「カラバリビアの鍵」によって封印されていたとある。
しかし現在、その鍵はアリエスの下へと渡り、封印は全て解除された。天使、悪魔、魔天使が復活している今、封印は跡形もなく消え去っていると考えるのが正しいだろう。
であれば。
当然第二イレギュラーフギトを封印していた力も消え去っているはずだ。
これから始まるのは、そんなフギトとハク、レントが出会ってしまうお話。
絶対最強へ至る道。
その前に立ちふさがる最強のイレギュラー。
そのイレギュラーと全力でぶつかった二人の物語だ。
「……まだ目、開けないの?」
「ああ。こうしているだけで俺は強くなれる。世界はそう言った。だったら俺はその言葉を信じるだけだ」
「そ、それはそうだけど……」
「……嫌か?」
「い、嫌っていうか、その……」
私は私の最愛の人にそう呟くと唇を尖らせながら俯いてしまう。
心の中に明確な言葉が浮かんでいるのに、それを口にするだけの度胸がない。顔に血が集まっているような感覚が走り、口から漏れる吐息は妙に色っぽくなってしまう。特段色気を出している気はないのだが、時期も時期だ。人肌が恋しくなってしまうのは仕方のないことだろう。
そんな私を察したのか彼は傷だらけの手を私の頭の上に乗せながらこう返してきた。
「……ごめん。本当は俺だってお前の目を見て話したい。顔や体だって眺めていたい。それは本当だ」
「……うん」
「だからそれは俺の最後の楽しみとしてとっておく。明日無事、世界を救うことができたら、その時は目を開けてお前に思いを伝えるよ」
「ッ! ……そ、そんな恥ずかしいこと大きな声で言わないでよ」
一応私たちがいるのは山奥のそれも人気のないただの草原だ。この会話が誰かに聞かれているという心配はない。とはいえ、心の中の羞恥心が暴走してしまうのはまた別問題だ。
……まあ、嬉しいことには変わりないのだが。
「悪い悪い。でも本心だから、伝えたくなったんだ」
「…………」
「な、なんだよ、不満か?」
「別に。でもだったら私も」
私は彼のことにいたずらっぽく微笑むと自分の顔を彼に近づけて、そのまま彼の頬に唇を触れさせる。激しい戦いで傷ついた彼のボロボロの肌の感触が私の唇に伝わったかと思うと、口を開けて惚けている彼は大きな声で騒ぎ出した。
「ちょ、お、おま、お前! い、いきなり何するんだ!」
「反撃。さっきから私、やられっぱなしだったから」
「だ、だからっていって……。さすがに今のは……」
「嫌だった?」
「……そういうわけじゃないけど」
「だったらよし。さ、そろそろ寝よう? 明日も朝早いんだから」
「ああ」
そして私は彼と手を繋ぎながら眠りにつく。
明日全てが決着し、新たな幸せが手に入ると信じて。
そんな最中、彼が見せた安らかな寝顔。
それが私の知っている「フギト」の最後の姿だった。
「はあー、暇だああああー」
「ったく、何をやってるんだい、君は……。悪いけど、冒険者ギルドは暇つぶしにきていいような場所じゃないんだけど?」
「いいじゃないですか、セルカさん。ここはそういう迷える子羊を受け入れてくれる心やさしき安寧の場所でしょ? ここに一人佇む子羊をお救いくださいー」
「誰が子羊なんだい、誰が。君の場合子羊じゃなくて、子羊を救済する神様だろうに。名実ともに君はその地位にいるわけだし」
「あーあー、いけないんだ、いけないんだー。セルカさんって新人冒険者には優しいけど、ベテラン冒険者にはものすごく冷たいんだー。ひどいなー、悲しいなー、辛いなー、泣きそうだなー」
「ばっ!? な、何を大きな声で言いだすんだ、君は!? 根も葉もないことを言い出すんじゃない!」
「え、でも一応事実ですよね? 前に言ってましたよ? 遠征に来たレントが自分と新米冒険者との扱いがあまりにもひどかったって」
「あれはレント君が魔物の解体をあまりにもずさんに行っていたからだよ! 魔物の買取を行っているギルドの職員として当然のことしたの、私は!」
なんて呑気な会話を昼間っからセルカさんと繰り広げている俺は、その慌てふためくセルカさんを見ながら柑橘系の味がするノンアルコール飲料を口に運んでいた。
現在俺がいるのは言うまでもなくルモス村の冒険者ギルド、その中でも飲食物を販売しているカウンターの一席。その場所は妙に雰囲気がよく、昼でも夜でも落ち着いてくつろげるお気に入りの空間だった。
この世界においてあまりにも有名になりすぎてしまった俺が唯一といっていいほど気を休めることができるこの場所に、俺は最近通い詰める毎日を送っている。
というのも実は理由があって。
「……で、どうなんだい、アリエスちゃんたちの様子は? 楽しんでいそうかい?」
「さあ、どうなんですかね。正直女性限定現実世界一ヶ月旅行、なーんて言い出したときはさすがにビビりましたけど、案外うまくいっているみたいですよ。まあ色々と問題もあるみたいですが」
「問題?」
「言語翻訳の力を使わずに突撃したせいで言葉が通じないとか、ホテルを借りたつもりが結局借りられてなかったとか。その程度の話です。まあ、俺はあくまでアリエスから念話で話を聞いているだけなので深くは知らないんですけど」
「ふふ、そうか。そんなことになってるんだね。でもだったら安心だ。ハク君たちの世界はここよりも平和だって聞くし、あまり心配はいらないみたいだね」
「まあ正直言ってあのメンバーをどうにかできる連中なんてどの世界を探してもいないですよ。ぶっちゃけ俺が本気を出して相手をしても、勝つか負けるかわかりませんから」
いつもなら俺のそばから絶対に離れないアリエスやパーティーメンバーがこの場にいない理由。それが話題に上がった女性限定一ヶ月旅行というイベントだ。
ティカルティアから帰還したアリエスはアナの一件で深く傷ついていた。その心の傷を心配したかつてのパーティーメンバーやその他女性陣は、アリエスの気分転換もかねて大きな旅行を計画したのである。
そのメンバーには結婚しているシラにルルン、シーナにユノアまで参加しており、嫁さん持ちの男性諸君全員置いていかれるような状況が出来上がってしまったのだ。
かくいう俺もその悲しき男の一人であり、始中世界での仕事も早々に暇を持て余して冒険者ギルドに逃げ込んだというわけである。
「にしても、アリエスちゃんは本当に優しい子たちに支えられてるんだね。アリエスちゃんがボロボロになって帰ってきたときはものすごく心配したけど、またあの子自身大きく成長したみたいだし、私としては少し安心したかな」
「セルカさんにとってアリエスはまだまだ子供なんですね。まあ、なんとなく俺も気持ちはわかりますけど」
「はは、その通りかもしれないね。お互いあの子の小さな姿をみてきたから、変な親心のようなものが芽生えてるのかもしれない。まあ、そんなアリエスちゃんも今や君の立派なお嫁さんだ。時代は変わるものだねえ」
そう呟いたセルカさんは何かの悟りを開いたような、それでいて満足気な表情を浮かべるとどさくさに紛れてカウンターテーブルの上に一枚の紙を差し出してくる。
「これは?」
「黒竜三体の討伐。報酬は悪くないと思うけど?」
「お断りします。依頼内容から見てAランク冒険者パーティーがいれば十分に解決できそうですし、何より俺は今この場でくつろいでるんです。それを邪魔しないでください」
「ちっ。話の流れ的にアリエスちゃんにふさわしい男にならないと、的な感じで受けてくれると思ったんだけど、やっぱりだめか」
「そんな簡単に俺は釣れませんよ。というかいいんですか、セルカさん。俺とだべり続けてたらギルド長に怒られますよ?」
「いいのいいの。それはそれ。有給はあり得ないくらい大量に溜まってるし、普段から私は真面目だから。こういうときに消化しないと減るものも減らないんだよね」
「そういうものなんですか?」
「そういうものです」
そんな会話を耳に流しながら俺は残っていたノンアルコール飲料を一気に飲み干していく。その味が口いっぱいに広がり、喉の奥に流れていく感覚が全身を痺れさせていった。
だが。
次の瞬間。
「ッ!?」
「ど、どうしたんだい急に?」
手に握っていたグラスを倒し、勢いよく立ち上がった俺は「それ」がいる方向に顔を向けながらおもむろにこう呟いていた。
「……お、大きな気配だ。それも馬鹿でかい気配。場所は北。か、かなり離れてるけど感じる……」
「は? 何を言ってるんだい、君は。気配なんて私には感じないけど?」
「多分俺の気配探知じゃなきゃ感じ取れないと思います。だけど、これはすごく大きな気配です。こんな気配今まで感じたことないくらいの」
「そ、そんなになのか!? だ、大丈夫なのか、それは……」
「わかりません。……でも、なんていうか。楽しみというか……。邪悪な気配じゃないし、色々と不思議に思うところはあるんですけど、ちょっと会ってみたいというか」
「はあ。……つまり要約すると」
「「今すぐ戦いにいきたい」」
その瞬間、俺とセルカさんの声が重なった。
そしてお互い軽く微笑み合うとセルカさんは呆れたような表情を浮かべたまま、こう返してくる。
「まあ、君ならそう言うだろうと思ってたよ。目がキラキラ輝いてる君を止められるとは思ってないけどね。でもまあ、いつから君はそんなにも戦いが好きになったんだろうね」
「さあ、いつからでしょう? でも最近本当に引きこもってたし、こういう気配の持ち主を待ってたっていうのが本音です」
俺はそう呟くと顔に軽い笑みを浮かべたまま全身に魔力を流していく。そして俺は最後にセルカさんにこう言い放つのだった。
「それじゃあ、行ってきます!」
その言葉と同時に俺の体は冒険者ギルドから消えた。
目指すのは北の大地。自然が生きることのできない荒れ果てた大地。
そんな場所で俺はとある男と戦うことになる。




