第九十八話 vs勇者、三
今回はアリエスサイドです!
では第九十八話です!
一方そのころアリエスとエリア、北側にて。
そこは南門ほどの兵士達はおらず比較的被害は小規模だった。
その理由はこのエルヴィニアの構造上の問題がある。このエルヴィニアはダンジョンの大樹をぐるりと囲むように市街が連なっている。一見すれば全方向から侵入できるように思えるかもしれないが、そのような柔な造りにはなっていない。
というのもそのエルヴィニアのさらに周りには広大な樹界がその里を隠すように存在しているのだ。また通常普通に樹界を攻略しようとすると、大抵の場合南の里門の目の前に出ることになる。それはかつて樹界を作ったエルフたちの知恵の結晶であり、エルヴィニアの最大の守りとして機能していた。
それゆえ帝国軍がいかに大量の戦力を投入しようとしても、なかなかエルヴィニアの北側には回ることはできないのだ。
「なんだかこっちは閑散としてるね」
「ええ、ですが確実に気配は感じます………」
アリエスとエリアはハクに言われた通り、帝国軍を殲滅するために里の北側に到着した。
完全に人気がなくなったその場所は、アリエスたちの足音すらうるさく感じるほど静かだった。だが二人の感覚はその場にいる大量の気配を捕らえている。その数は正確に把握できないがおそらく五百人くらいは軽くいるだろう。
「どうやら来たみたいだね」
アリエスは左手に魔本を構えながら、大きく破壊された外壁を見ながらそう呟いた。
するとそこからは大量の帝国兵と五人ほどの少年少女が姿を現した。その少年達は後ろにいる帝国兵とは比べ物にならないくらいの強さを有しているらしく、見ただけでその強さがわかってしまった。
「ッ!?あ、アリエス……。で、できるだけ私の後ろに下がってください。あの方たちは相当危険です………」
「う、うん……」
アリエスたちが全力を出すことが出来ればある程度戦えるかもしれないが、今は神核との戦闘後で二人ともかなりの力を消費している。
とくにアリエスは閑地万却の雷を発動している関係で、体内の魔力はもう殆ど残っていない。魔本が常に魔力を提供してくれているが、それでもそう簡単に回復するものではないのだ。
ゆえに残された戦闘手段は残り少ない魔力でエリアを援護しながら、自分も絶離剣レプリカで斬りにかかることぐらいしかできない。
アリエスは冷静にそう考えながら、帝国側の出方をまった。
「へえ、もっとたくさんの人が待ち構えてると思ったけど、いざ来てみればたった二人だけなんて、ちょっと興ざめね」
「まったくだ。これじゃあただのリンチになりそうだよ」
「な、なあ!俺、あの青い髪の子すっげえタイプなんだけど、貰っていいかな?」
「いいんじゃないの?だってあれはエルフじゃないし。私達は勇者様なんだから、多少の我侭は許されるわよ」
「…………ほどほどにしとけよ」
その勇者と名のった五人の少年少女はアリエスたちを発見すると好き放題口をひらき、各々話し出した。
そこにエリアが大きな声で話しかける。
「あなた達は何のためにこのようなことをするんですか!帝国の考え方はそこまで落ちぶれたたのですか!」
エリアはシルヴィニクス王国王女として、その侵略の仕方に物申した。シルヴィニクス王国はいくら敵国に攻め込むといっても正々堂々と戦うのがそのスタンスだ。
その考えが頭にあるエリアは今の帝国の攻め方は受け入れられないのだろう。もっともそれはアリエスも一緒で、関係のない人を巻き込む戦い方は決して容認できなかった。
「うーん?そんなの私達の知ったことじゃないし、そもそも勇者の私達が気にすることじゃないでしょ?」
知ったことかと言わんばかりに、黒く長い髪を靡かせた少女が答える。
「そういうこと。僕達はただ単に僕たちを召喚した皇女様の命令を聞いているだけ。そうすれば人々の幸せに繋がるらしいからね。であれば、それに従うのが勇者だろう?」
さらに隣にいた短めの髪をした少年が続ける。
「………どうやら本気で言っているようですね」
エリアはその返答を聞き終えると、自分の腰にささっている片手剣を抜き、戦闘準備に入る。
「アリエス、行きますよ」
「うん!」
アリエスも右手で絶離剣を構え、腰を落とす。
「ん?なんだ?俺たちと戦うのか?」
「どうやらそのようね。返り討ちにしてあげましょう!」
勇者達はそのまま己の武器を抜き放ち、エリアたちに呼応するように戦闘の空気を作り出す。その武器はハクのもつ神宝レベルではないが、それでも普通の鍛冶屋に売っているようなものではなく、そのどれもが強力な力を秘めているようだ。
ゴクリとエリアは唾を飲み込むと、その中でも一番非力そうな少女を目掛けて動き出した。
エリアは出来るだけ全力で加速し、その少女に向かって剣を振り下ろす。
「はああああああ!!!」
「!?は、速い!!!」
そのエリアの動きはさすがの勇者でもなかなか反応するのは難しいようで、全員が驚愕の表情を浮かべていた。
「くっ!」
エリアに攻撃を仕掛けられた少女はなんとかその速度についていきながら己の武器を振るう。しかしそれは単なる木の棒を振るっているような動作でまったく持って動きがなっていない。軌道がばらばらでエリアの体を捉えるどころか、ただその腕力で適当に振り回しているだけで、駆け引きのかの字もない。
「勇者様!」
その攻防を見ていた帝国兵たちが助けに入ろうと、一斉に駆けつけてくる。
しかしその動きをアリエスは見逃すはずがない。
「氷の終焉!!!」
瞬間、アリエスの魔力は極寒の雪と氷に変換され上空からとてつもない勢いで氷混じりの雪崩が押し寄せる。
「ぐわああああ!」
それは確実に帝国兵を巻き込み無力化する。しかしそれは同時にアリエスの魔力の残量を確実に削っていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ。ちょ、ちょっとまずいかな……」
そのアリエスが呼び起こした光景を見守っていた他の勇者達はとてつもない威力の魔術に戦慄しながらも、余裕の表情を崩さず行動を開始した。
「なるほど、どうやらただの女の子ではないようだね」
「ふん、私のほうが強いけど、少しは認めてあげるわ」
その瞬間二人の勇者は、もうスピードでアリエスに突撃すると、持っていた槍と片手剣でアリエスに攻撃を開始した。
その攻撃は普段のアリエスならばついて行くことができたのだが、今のアリエスでは絶離剣で受け流すことしかできない。
「くっ」
それでもやはりアリエスが握っているのは紛れもない神宝の一つ絶離剣だ。アリエス自身が動けないところは剣自らが腕を動かし、なんとか弾いていく。
「へえ、小さいのになかなかやるじゃないあなた」
「う、うるさい!わ、私はあなた達なんかに負けないんだから」
アリエスは力強くそう叫ぶと、必死に勇者の剣を受け続ける。絶離剣の能力は防御不可であるが、それは使用者が攻撃に転じないと効果を発揮しない。あくまでも防御不可であり、絶対破壊というわけではなのだ。
ゆえにアリエスは絶離剣を使ってその繰り出される剣を受けているが、勇者達の剣はまだ折れていない。
二対一という戦況もあるが、単純にアリエスには攻めるだけの力が残っていない。氷の終焉を早々に使ったことが原因で、もはや立っていることも辛い状態なのだ。
「でもその強気な顔、いつまで持つかな?」
槍使いの勇者が一瞬だけ姿を消す。それは明らかにおかしい動きであり、なぜかアリエス自身が何かの力に引っ張られるような感覚だった。
だがそれは気のせいではなく現実になる。
次の瞬間、少女の勇者の拳がアリエスの鳩尾に直撃した。
「カ、カハあ!?」
その後、アリエスは背中をさらに殴られ地面に叩きつけられる。
「アリエス!」
善戦していたエリアがその光景を目にし、急いで駆け寄るとする。
「おっと、お前の相手は俺だぜ?」
「退きなさい!でないと殺しますよ!」
「いいね、強気な女は大好きだよ。ほらかかってきな」
クイクイと右手を差し出し、手招きする勇者にエリアは今だかつけないほど怒りを露にし剣を振りかぶる。
しかし。
「…………貴様はどうやら相当な強者のようだ。俺も参戦しよう」
エリアの背後に今まで動いていなかった最後の勇者が姿を現し、エリアの腕目掛けてその腕に持つ鎌を振りかざす。
「く、くう!?」
その攻撃をギリギリのところで懐に入っていたダガーで弾き返すと、さらに残っている右手で目の前の少年の勇者を切りつけた。
「はああ!!」
「ぐっ」
それは剣と剣がぶつかった瞬間、とてつもない爆風を呼び起こし土埃を巻き上げる。
だが拮抗していたのは一瞬で、エリアの体は新たに攻撃してきたものによって弾き飛ばされた。
「きゃあ!?」
「わ、私を忘れるんじゃないわよ!このくそアマが!」
それは軽々とエリアの肋骨を砕き、口からは大量の血を吐き出す。
「え、エリア姉!!!」
アリエスが悲痛な叫びを上げるが、すぐさまそれは掻き消えた。
「君は黙ってなよ。僕達勇者に歯向かった罰だ」
そう少年の勇者は呟きながらアリエスの胸倉を掴み上げ、持ち上げる。その顔をはまったく悪意のない表情で、それを見たアリエスは心底恐怖した。
(こ、この人達、人を傷つけることにまったく躊躇いがない……。こ、このままじゃ、私もエリア姉も殺されちゃう!)
アリエスは必死にその掴まれた腕を振りほどこうと体を動かそうとするが、その体は度重なる戦闘によって蓄積された戦闘によって指一つ動かない。
「あの青色の髪の女の子はあいつがほしいみたいだからどうするか知らないけど、君なら殺してもいいよね?これならエルフたちのいい見せしめになるだろう」
「えー、それなら私にやらせなさいよ!あなたさっきも一人で魔物倒しちゃったじゃない!今度は私の番なんだから!」
「な、何を……」
何を言ってるのあなた達!というアリエスの言葉は声にならず霧散する。やはり先程放った氷の終焉が体の魔力を吸い尽くしており、もはや声すらあげられない。
肩の上に乗っているオカリナが心配そうに頬を突いてくるが、そのオカリナに笑顔を向けることすら出来ない。
(どうにかしてこの状況を打破しないと、本当に殺される)
アリエスがその結論を心の中で出したとき、既に少女の勇者の手には銀色に染められた剣を振りかぶり、アリエス目掛けて放たれようとしていた。
「それじゃあね、白髪の女の子。勇者様に殺されることを光栄に思いなさい?」
アリエスはそのまま目を瞑り、ただ只管考えた。
(何か!何かあるはず!わ、私は諦めない!)
しかしその心の呟きはなんの結果も残さず、時間だけが無常に過ぎ去ってく。
そしてとうとうアリエスの首目掛けて剣が振り下ろされた。
(ハクにぃ!!!)
アリエスは最後に自分の命の恩人である青年の顔を思い浮かべた。それはアリエスが最も信頼し、心から大切にしている人物で、やはり最後に考えてしまうのはその青年のことだった。
「半色の渦」
その瞬間、どこからともなく心地よい女性の声が聞こえたかと思うと、勇者全員がとてつもない勢いで吹き飛ばされた。
見ればそれは少女の勇者が持っていた片手剣を腐らせ、ボロボロに崩し始めている。
またその地面はまるで強力な酸がかけられたかのようにドロドロに解けていた。
そして地上に降り立った、その奇怪な見た目をした女性はこう呟く。
「よく頑張ったわね。あとはこの私が引き受けるわ」
その女性の表情は何一つ笑っていなかったのだが、声色だけは優しく、アリエスを包み込んだ。
「さあ、ニブルヘイムの管理者である私が次の相手よ。覚悟はいいかしら?腐った勇者さん?」
ハクが呼び出した神の一角がここに産声を上げた瞬間だった。
次回はヘルvs勇者になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




