第九十九話 街歩き国王
今回もハクの視点でお送りします!
では第九十九話です!
「ねえ、お兄ちゃん。本当によかったの?」
「何が?」
「何がって………。ミストさんのことだよ」
「よかったか悪かったかって聞かれればそりゃ悪かったんだろうけど、何を言われてもあの状態のミストを放り出すことはできなかったよ。けが人を見捨てるほど俺も落ちぶれちゃいないさ」
「でも………」
「妃愛の言いたいこともわかるよ。ミストは色々と危険だ。でも今回は嘘を言ってるように見えなかった。だからとりあえず今は様子を見よう」
「うん………」
俺は妃愛にそう返すと、二人で一緒に太陽が煌めく中アスファルトの上を歩いていった。さすがに真夏というだけあってその熱はすでに俺たちの額に汗を光らせている。
というのもの、現在。ミストとサンクが妃愛の家に押しかけてきて一日後。
俺と妃愛は家を飛び出して二人で買い物に出かけていた。といってもスーパーへの買い出しだとか日用品の買い込みではない。いうなればこれは軽いデートのようなものだ。デートとかいうとアリエスに殺されそうな気がするが、まあ簡単に言えばお出かけデートというやつである。
特に深い意味はなく気晴らし目的で街に出る。んで、目についたスイーツを食べたり一緒に服を選んだり、そんなのどかな日常を味わうための外出でなのだ。
ちなみにこれは前々から予定していたことだったので、別にミストが家にいて邪魔だとか迷惑だとかは思っていない。少々居心地が悪くなってしまったのは否めないが、それでも家事は匿ってもらっている以上責任持って取り行ってくれるらしい。まあ、一応俺もその後チェックはするつもりだが。何かされてると困るし。
なんてことを考えながら妃愛の隣を歩いていた俺はふと昨日の出来事を思い出す。
ミストがマルクの目的を俺たちに暴露した後、結局俺と妃愛はミストを協力関係を結ぶことになった。一応あの場では舐められないように色々と威圧をかけていたが、何がどうころがっても俺たちは結局ミストを匿うことになっていたのだと思う。
俺の性格をよく知っているものであれば、俺がけが人を見捨てることができないことを理解できるだろう。人を傷つけることを嫌う俺からすれば、せめてその傷が癒えるまでは、という感情が働いてしまう。
とはいえ、俺が住んでいる家の全権利は妃愛にあるので最終的な判断は妃愛に任せていた。だがその妃愛も俺に判断を委ねると言ってきたので今に至っている。
ミストとサンクはこの一件が解決するまで妃愛の家で居候。俺たちはミストと協力関係を結び、ともにマルクを打ち倒すために動く。この二点があの場で決定してしまった。
なんて言ってはいるが。
俺たちがミストとマルクどちらかを選べと言われれば、やはりミストを選んでいただろう。それは単純に情報の貸し借りという点もあるが、単純に関わっている時間が長いという点も十分にある。時間というのは信頼、信用に直結する大きな要因だ。それがすでにミストには積まれていたと考えると、ミストを取るのは必然と言えるだろう。
まあ、そんなこんなで俺たちは晴れてあの最強の魔人、ミストと一時的に手を組むことになったのだが、結局何かするというわけではなく、ただひたすらマルクが動くのを待つような時間が流れていた。
こちらが攻めようにもまずミストが手負いでは少々危険と言わざるを得ない。俺は妃愛を守ることを最優先にするし、妃愛もミストを守れるほどの力はまだ使えない。であれば誰がミストを守れるのか。否、誰も守れないのである。
そうなるとやはりこちらとしては容易に動けないというのが大きな結論だった。
というわけで俺たちは気晴らしも兼ねて街にお出かけ、なんて呑気なことを言っているのである。常に気配探知は使用してるし、何かあればすぐに動けるようにはしているものの、マルクに怯えてビクビクしているだけでは時間が勿体無い。何を呑気に構えていると言われそうだが、恐怖に怯えて精神的なストレスに耐える方が体に悪いのはすでに知っているのだ。
であればここは割り切って日常を楽しんだ方がいいに決まっている。
そんな考えのもと俺と妃愛はそれなりにおしゃれをして電車やバスを乗り継いで都会とも言える街にやってきていた。
俺の服装は白い薄手のシャツに藍色のTシャツ、そして黒のスキニージーンズを身につけている。まあ、どこにでもいる大学生風の着飾り方だ。俺の場合特段容姿が優れているわけではないので、下手におしゃれをするとどうしても服に着せられている感が強くなる。そうなってはもはや本末転倒なので、このレベルの着飾りでやめておくことにした。
だが。
一方の妃愛は、桃色のカーディガンに白のワンピース。少しだけ底のある紐サンダルにポニーテールという破壊力抜群の格好を空に晒していた。妃愛は俺がアリスと見間違うほどアリスに似ているので、その容姿は言うまでもなく淡麗。そんな妃愛が美しく着飾ってしまたらどうなるか。
当然周囲の目を集めてしまう。一応隠蔽術式は使っているため問題はないが、それにしてもかなり目立っていると言わざるを得ないだろう。
まあ、俺も妃愛もお互い金髪なのでカップルではなくただの兄妹に見えていることだけは幸いしている。いくら美人とはいえ妃愛はどこからどうみても中学生だ。そんな女の子を見た目十八歳の俺が連れ回していては色々と誤解されかねない。つまり、俺は今この瞬間だけ自分が金髪で良かったと思ったしまった。
とまあ、そんなこんなでやってきました大都会東京。いや、妃愛の家も東京都の中にあるのでその言い方は少しおかしかもしれないが、それでも一般に都会と呼ばれている場所と比べると若干田舎と言わざるを得ない。
よく勘違いする人がいるのだが、東京というのは新宿だとか池袋だとか渋谷だとか、そういった有名な場所が都会らしい形になっているだけであって、そこから少し離れてしまうとむしろ他県より田舎じゃないの、ここ?って思えるような景色が広がっていたりするのだ。
ゆえに俺は毎回都会と呼ばれている場所に出てくるたびにこの台詞を口にする。
「………人、多いな」
「うーん、そうかな?私はもう見慣れちゃったよ?」
「え。ひ、妃愛って普段からこういう場所に通ってるのか?」
「そういうわけじゃないけど、東京に長く住んでると色々と都心部に足を運ぶ機会があるというか、なんというか………」
「えー………。俺もこう見えて生まれてからずっと都民なんだけどな………」
そう。何を隠そう俺、桐中白駒も生まれてこのかた東京都民なのである。過去に色々あったものの、所在地自体は変わっていない。その俺が人の多さに目を回しているのに、俺よりもずっと若い妃愛が平気な顔をしているというのはなんだか新鮮な気持ちだ。
そんな意味のわからないジェネレーションギャップに驚いていた俺だったが、隣にいた妃愛に手を引かれながら街の中に踏み出していく。今回の街歩きはまたしても妃愛に一任してある。どんな場所に連れ回されるのか知らないが、まあ問題はないだろうと任せていたのだ。
んで。
とりあえずやってきたのは………。
「た、タピオカ………。い、いや確かに最近流行ってるけど………」
「あれ?お兄ちゃん、タピオカ嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど………。なんかタピオカってカップルとか女子高校生がよく飲んでるイメージでとっつきにくいんだよ………。美味しいのはわかってるんだけど、ついついコンビニのタピオカで満足しちゃうというか………」
いくら女顔と言われても俺は正真正銘「男」である。そんな俺が一人でタピオカ屋に並ぶのはあまりにも難易度が高い所業だ。前を見ても後ろを見ても隣を見ても女性しかいないような空間に取り残されるのは精神衛生上よろしくない。それこそアリエスが隣にいてくれるなら問題ないのだが、それでもできれば遠慮したいところだ。
………ん?
まてよ。
前に妃愛に連れ出された時も似たような話をした気が………。
いや、そもそもシチュエーションが似ている時点で仕方ないんだけど………。
と、眉をひそめながら俺と妃愛はタピオカ屋にできている列の最後尾に並ぶ。夏休みということもあって平日だというのに子供づれやファミリーが多いように見える。なのだが、今日並んでいるタピオカ屋は比較的空いていたようで、すぐに俺たちの番がやってきた。
妃愛は本当に慣れているのか即座にメニューを選んでお金を店員に手渡していく。んで、数秒も経たないうちに大本命のタピオカが俺たちの目の前に現れてきた。
「はい、これお兄ちゃんの分」
「あ、ああ………。ありがと。………それにしても随分と手際がよかったな。よくタピオカ飲むのか?」
「え?うーん………。まあ、それなりにって感じかな。学校の友達と一緒にきたり、時雨ちゃんと遊んでる時に飲んだり。それくらいだよ」
「そっか」
俺はその言葉を聞いて少しだけ微笑むと近くにあったベンチに二人で腰掛けて早速タピオカを飲んでいく。タピオカというのはゼリーだとかナタデココのような感触とは違い、どちらかといえば白玉のようなモチモチとした食感が特徴的な食べ物だ。まあ、見た目があれなのでどこかの誰かさんがカエルの卵だとか称していた気がするが、それは聞かなかったことにしようと思う。
俺はそんなタピオカを飲みながら妃愛にこんなことを聞いてみることにした。
「そういえば、最近学校生活はどうなんだ?………そ、その友達とか」
「ああ、そうだね………。前よりはずっと過ごしやすくなったよ。やっぱり月見里さんが学校に与えてた影響って本当に大きかったんだなって改めて実感した。でも、どうして月見里さんが私や時雨ちゃんをいじめてたのかってこと知っちゃったら素直に喜べないけどね」
「………そうか。でも、よかったよ、妃愛が楽しそうで。タピオカの話してるときに『友達』とって単語が出てきたから気になって聞いてみたんだ。順調そうでよかった」
「あはは、心配かけちゃったかな………。でも、最近は本当にみんなと仲良くできてるんだよ?まあ、みんな受験シーズンだからピリピリしてるけどね」
「あー、なるほどな。俺もそういえばそんな時期があったようななかったような。昔の話だけど」
俺はつい最近大学受験を受けたばっかりなので、なんとなくその気持ちがわかる。ただ俺の場合神妃となったことでどんな問題がきても全部解けてしまうのでそこまでピリピリしていなかったが。
………ああ、一応言っておくと大学受験は能力を使わずに普通に受験して自分の学力に見合った大学に行ってます。はい。
そこらへんはアリエスやリアがものすごくうるさかったので。まあ、俺だって能力を使う気はなかったけれど。
そんなこんなで受験生の緊張感というやつはそれなりに理解しているつもりだ。とはいえ肝心の妃愛が学内トップの成績なので俺から言えることはなにもない。実に喜ばしいことなのだが、少しだけさみしいのは内緒だ。
そんなことを考えながら俺と妃愛はタピオカをどんどん胃の中に流していったのだが、その直後、なにやら聞いたことのある声が俺たちの元に届いてくる。
「ほほう!これが噂のタピオカという飲み物か!よい、よいぞ!これは新食感だ!おい、皆の者!この店にあるタピオカを全て買い占めておけ、今日はホテルでタピオカパーティーを開くぞ!」
『はっ!』
「………ねえ、お兄ちゃん」
「………なんだ、妃愛?」
「あれってもしかして………」
「皆まで言うな。どこからどう見てもあれはあいつだろう」
俺たちの視線の先。
そこに立っているタピオカ屋を困らせている超本人。
そいつの存在を俺たちはよく知っていた。
というかむしろ………。
「「なんでマルクがこんなところにいるんだよ!?」いるの!?」
という言葉が思わず口から出てしまった。
するとそんな俺たちに気がついたマルクがにこやかな笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
「がはははははは!なんだ、見知った顔がいると思えばお前たちか。ふむ、その手に持っているのは………。おお、タピオカではないか!ということはこの俺と目的は同じということ………」
「ええい!ちょっとこっち来い!」
「な、何をする!?み、耳を引っ張るでない!」
さすがにここで下手な話をされると困ると思った俺はマルクの耳を引っ張って一眼のつかない場所に移動していく。
だがこの瞬間。
せっかくの妃愛のとの街歩きが終了してしまったのだった。
次回はマルクとハクたちの会話です!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!
 




