第九十七話 事件の詳細
今回はハクの視点でお送りします!
では第九十七話です!
「スー、スー、スー」
「………これでなんとかなるだろう」
俺はそう呟くとミストを寝かせた部屋から出て妃愛たちが待っているリビングへと移動した。するとそこには妃愛から差し出されたお茶を見つめる執事サンクの姿と、同じように俺の戻りを待っていた妃愛が椅子に座っていた。
とりあえず俺は妃愛の隣にあった椅子に腰掛けてこう口を開いていく。
「一応傷はそれなりに癒しておいた。だがミストの体は魔人だ。俺の力じゃ全快させることは不可能だ。それはわかってくれ」
「いえ、そこまでしていただいただけで十分です。本当に感謝申し上げます」
「………お前の方はどうだ?一応傷は癒してあるが………」
「私は特に問題ありません。おかげさまで完治しております」
「そうか」
サンクは人間だ。人間であるということは事象の生成の力も十分に発揮される。つまりミストのような不完全な治療ではなく、何事もなかったかのように傷を癒すことができたのだ。
俺はその様子をサンクの姿と言動を見て理解すると、大きく息を吐き出しながらこんな質問をぶつけていった。
「………で、いきなり転がり込んできたからにはそれ相応の理由があるんだろうが、そこのところ詳しく教えてもらうぞ?一応俺たちは馴れ合う関係じゃないんだ。ミストには前に色々教えてもらったからその恩は返すつもりだが、それでも説明くらいしてくれ」
「もちろんです。本来であればあなた方に助けていただくことなどああってはならないことだと私も理解しています。それを無理言ってこのように匿っていただけている以上、最低限の義務は果たさせていただきます」
「だったら詳しく話せ。いいって奥が嘘を言っても無駄だからな」
「はい、では………」
そう言ってサンクは俺と妃愛に向かって自分たちに起きた出来事を事細かに話し出した。
サンクが異変に気がついたのはミストの部屋の窓が爆破された直後だったらしい。そもそもミストとサンクは皇獣討伐のため、先ほどニュースで取り上げられていたホテルに宿泊していたようだ。
ミストの身分という金銭能力を考えればスイートクラスが割り当てられるのは当然のことで、今日もミストはホテルの最上階にいたらしい。そんな中、いきなり窓ガラスが破壊され得体の知れない集団に襲われるという事態が起きた。
聞けばあの爆発は爆弾が仕掛けられていたわけでも、爆弾が打ち込まれたわけでもなく、何者かが物理的にスイートルームに侵入してきた際に起きた爆発だったらしい。
どうりでテレビの映像に人のような何かが映っていたはずだ。あれはおそらくその襲撃者たちだろう。姿ぐらい魔術か何かで消せよ、とは思ってしまうがミストと対峙している中でそのような力を発動する余裕がなかったとも考えられる。
んで、その襲撃者たちはどうやらネビュリアルスの兵士たちだったそうだ。ネビュリアルスというのはわかっていると思うがマルクが治める国の名前だ。加えてその襲撃者たちは「ミストを倒すための武装」をしていたらしい。
「………で、その武装が『対魔人兵器』とかいうやつなのか?」
「はい。対魔人兵器は驚異的な身体能力を持つ魔人を殺すためだけに作られた凶悪な兵器です。並の魔人であればその攻撃を一撃でもくらっただけで死んでしまうでしょう」
「武器の形状はどんなものなんだ?」
「基本的に銃が多いですね。飛び道具としても殺傷能力を見ても群を抜いています。今回その攻撃を受けたのがミスト様だったこともあり、なんとか命を落とすことはありませんでしたが、見ての通りかなりのダメージを受けてしまいました」
確かに、あのミストが普通の兵器や攻撃であそこまで疲弊するとは考えにくい。俺が治癒してもなお意識を取り戻さないというのは極めて異常だ。
だがそんな武器があれば人間は魔人を恐れる必要がないはずだ。魔人は人間を喰らってしまう性質がある。だがもし人間側に対魔人兵器があると知れていれば魔人たちも迂闊に近づいてこないだろう。
それを俺はそのまま口にしたのだが、サンクはその言葉を否定するようにこう返してきた。
「対魔人兵器はネビュリアルスだけが保有する独自の技術で作られています。つまり普通の人間が入手しようと思って入手できるものではありません。私も現物は初めて見たくらいです」
「………そうなのか」
「そして今回ミスト様が狙われた理由は明白です。おそらくあなた方もなんとなくお分かりでしょうが、ミスト様が襲われた原因。それはミスト様が保有しているとある神器にあります」
「………」
それは知っている。
というかミストを襲ったのがマルクである以上、その目的は間違いなく「その神宝」にあるだろう。そしてマルクの言葉をそのまま信じるならば、それを所有しているのはやはりミストということになる。
だがここで新たな問題が浮上してくる。
そもそもどうしてマルクは妃愛にその情報を教え、口封じの魔術を施したのか。
口封じなんて仕掛ければ俺にバレることは明白だし、それを悟れないほどマルクは馬鹿ではない。もしかするとただの挑発という線も考えられるが、今の俺にはなんとなくマルクの考えが見え始めていた。
「………誘導。それも俺たちの気を引かないようにするための誘導。加えてこの戦いに俺たちを巻き込みたかった線も考えられる。あの男のことだ。それくらいしてきてもおかしくはないか」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
俺はそうサンクに返すと、大きく息を吐き出しながら机に置かれていたお茶を喉に流していく。人行き着こうと思った俺の様子を察したのかサンクや妃愛も緊張を少しだけ緩めて息をついていった。
だがサンクはまだ語ることがあると言わんばかりに話を続けていく。
「ミスト様が持つ神器。それはかなり強力な力を持っています。それこそ帝人に与えられる神器と同じレベルの。それをネビュリアルスが欲するのもわからなくはありません。ですからミスト様はその存在をできるだけ隠し続けてきました」
「………だが、それが露見したと?」
「はい。ネビュリアルスの国王はミスト様と浅からぬ関係があります。それは私ごときが話していいものではありませんが、それを踏まえましてもやはりミスト様がネビュリアルスに狙われる要因は十分にあったと思います」
なのに、ミストは瀕死の重傷を負ってしまった。
それはおそらくマルク率いるネビュリアルスの兵士たちが上手だったからだろう。力を持つものは一定の慢心を心に抱くものだ。それはある意味自然な現象で、誰であってもそれを避けることはできない。
仮に俺だったとしても、慢心という感情は完全に消しきれないだろう。というかむしろ俺の場合はいつも慢心して怒られているのだが。
そいう話はさておき、つまりあのミストにもそれなりの隙があったということだ。でなければいくら対魔人兵器を保有している兵士たちが相手であってもこのようなことにはならなかっただろう。
だがそれさえもマルクという男の作戦だったとすれば、もはやミストに勝ち目はない。ミストが一番気を緩めている瞬間。それを狙って攻撃を仕掛けてきたのだったら、この攻防はマルクが上手だったという他ない。
しかし、だ。
そう考えることで見えてくることがある。
ミストが保有している神器、つまり戒錠の時計。
それはマルクにとってミストを完璧に出し抜いて殺害しなければいけないほど大切なものだということだ。今回のマルクの行動はそれを物語っている。
妃愛に情報を流すついでに口止めをし、その口止めを解除するように俺の気を引き、ミストの少ない隙をついての犯行。もはや何かのミステリ映画でも見ているような感覚になってきてしまう。
だがこれで確信した。
マルクにとって戒錠の時計を手に入れることはこの真話対戦を勝ち抜くことと同等かそれ以上に重要なことなのだと。
ゆえに俺はサンクに対してこう聞き返していく。
「答えたくなかったら答えなくていい。だが一応聞いておく。ミストが持つその神器とやらは今一体どこにあるんだ?」
「………そ、それは」
さすがにこの質問にはすぐに返事が返ってこなかった。そもそもいくら執事とはいえミストが大切にしているその神器の場所をサンクが知っているのか、という疑問さえある。
とはいえ、その情報は知っておいて損しないものだ。というかむしろ今後のマルクの動きを推測するには大切な情報となってくるだろう。
するとそんな俺に対してサンクは小さな声でこう呟いてきた。
「………すみません。それはミスト様本人に確認をとってください。所詮私はただの使用人。ミスト様の個人的な情報を外に漏らすわけにはいきません」
「………そうか。悪かったな、変なこと聞いて」
「いえ、もし私があなた方の立場なら同じことを聞いていたはずです。どうかお気になさらず」
その言葉を最後に俺たちの間には沈黙が流れた。
お互い話したいことは色々あるだろう。俺たちだって聞きたいこと確かめたいこと、それは腐るほどある。だが俺と妃愛、そしてミストとサンクは別に味方というわけではない。つまり結局はこの状況でも一定の駆け引きが存在しているのだ。
どこまで相手を信用し、どこまで協力するか。
そういった探り合いがどうしても生まれてしまう。
俺としてもミスト自身が俺にこの対戦は帝人同士の殺し合いだ、と言われている以上、ミスト陣営を簡単に信用することはできないと思っている。もちろん一定の恩は感じているが、それとこれとは別問題だ。
俺はそう考えると、一瞬だけ時計を確認してサンクにこう呟いていく。時刻はすでに午後十時を回っており、そろそろ睡魔が襲ってくる時間にさしかかろうとしていた。
「まあ、今日はお互いに疲れただろ。ここにいるかぎりはネビュリアルスの連中もせめてはこられないようになってるし、万が一があったら俺が撃退する。だから今日はそろそろ休んだらどうだ?時間も時間だしな」
「そう、ですね………。このまま闇雲に考えても何も浮かばないような気がします。今日ばかりはお言葉に甘えさせていただくことにしましょう」
サンクは少しだけ疲れたような笑みを俺に向けてそう返してくると、ゆっくりと椅子から立ち上がってこの場から立ち去ろうとする。それに合わせて妃愛が立ち上がり、サンクが止まる部屋に案内しようとしていった。
だが。
そんな俺たちに待ったをかけようとする存在が現れる。
「あら、もう話し合いはお終いなのですか?主賓を省いて御開きとは、なかなか趣味の割ることをするのですね」
「ッ!?」
「み、ミストさん!?」
「ミスト様!」
そこに立っていたのは少々顔色の悪い白髪の女性だった。その足取りは決して軽くはなく家の柱に掴まるようにして歩いてはいるものの、その声だけは気力が満ち溢れていた。
その妙な雰囲気に目を細めた俺は淡々とこう呟いていく。
「もう起きて平気なのか?」
「平気に見えますか?魔人にとって対魔人兵器というのは劇薬そのもの。その攻撃を好みに何発も浴びているのです。あなたの治癒がなければ声すら出せなかったでしょう」
「………ってことは、そんな体を動かしてまで俺たちに話したいことがあるってことか?」
「まあ、そうなりますね。そろそろ彼が動き出す頃だと思っていましたが、思いがけず早かったということは、色々と考えねばなりませんからね」
ミストはそう呟くとサンクが座っている椅子の隣にある椅子に腰を落とすと、にこやかに微笑みながらサンクに声をかけていく。
「あなたには感謝していますよ、サンク。あなたがいなければ私は今頃ネビュリアルスの兵士に殺されていたことでしょう。この恩はいずれ」
「も、もったいないお言葉です。私はミスト様に仕えるものとして当然のことをしたまでです。そのようなお言葉をかけていただく資格など私にはございません!」
「ふふ、相変わらず謙虚なのですね、あなたは。でも一つだけ言わせてください、ありがとうございました」
そのやりとりには二人の中で培われてきた確かな信頼が感じられた。あのミストがここまで信頼を寄せているサンクという人間は本当に人ができているのだろう。
と、そんなことを考えていた俺に対してミストはこう呟いていく。
「さあ、話し合いを始めますよ。私としては今回ばかりはあなた方と協力したいと考えています。そのためならいかなる情報の開示も辞しませんよ?さて、どうしますか?」
不思議なことにその言葉が嘘だとは俺も妃愛も思えなかったとだけは言っておこう。
ゆえに俺たちはミストの話をきっかけに新たな戦いへ引き込まれていくのだった。
次回はミストとの話し合いになります!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




