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第九十六話 勃発

今回はミストとハクの視点でお送りします!

では第九十六話です!

『ミストよ。お主は自分という存在に後悔したことはないのか………?』


『おじさまにしてはおかしなことを聞きますね。………まったく後悔していませんよ』


『ミストよ。お主は自分が持つその強大な力を捨てたいと思ったことはないのか?』


『ありませんよ。今日のおじさまは変なことばかり聞いてきますね。どこか悪いところでもあるのですか?』


『ミストよ。お主は人間に戻りたいと思ったことはないのか?』


『………おじさま。さすがの私も限界というものはあるのですよ?もちろん、戻りたいなんて一度も思ったことはありません』


『ミストよ………』


『ッ!』


『ミストよ、ミストよ、ミストよ………』


『おじさま!いい加減にしてください!私はあなたに………』







『ミストよ。お前はどうして「人」を喰らうのだ?』







「………ッ!」


 目が覚めた。

 みたくない夢だった。でもみてしまったものは仕方がない。

 私は汗ばんだ体を持ち上げると、近くにあるクローゼットを開けてタオルを取り出していく。そのタオルを使って汗を拭うと、大きく息を吐き出しながら先ほどまで寝ていたベッドに腰掛けていった。


「………どうして今になってもおじさまの夢だけはみてしまうのですかね」


 今までそれなりに辛い思いは経験してきているつもりだ。

 でも、その全てがどうでもよくなるくらいに私は人間をやめている。そんな感情はとっくの昔に切り捨てているのだ。

 だが、今見た夢だけはそういうわけにはいかない。

 何でも見ても、何でも忘れようと思っても、何度吐き捨てようと思って、何度でも蘇ってくる。その頃の私を戒めるように復活してくるのだ。

 ゆえに、私は実感する。

 まだ私は人間なのだと。

 魔人として生み出されはしたが、人間としての「何か」は残しているのだと、そう実感する。その全てを物語っているのがこの夢なので、自分であってもその事実を否定できないのが少々癪だが。

 そう考えた私はゆっくりとベッドから立ち上がり、浴室まで移動していく。タオルで汗は拭いたものの、やはり一度さっぱりしておきたい。魔人とは言え女性が汗臭いなんてことになってしまえば、それこそ色々大問題だ。

 その点、男性は少々汗臭くてもそれが男っぽいとかなんとか捉えられてしまうのだから、理不尽な世の中である。男女間の差別問題は少なくなってきているとはいえ、妙な俗世的な部分にもそういった意識は残されているようだ。

 まあ、別にそれが嫌だと言っているわけではないが。

 今、私がいるのはとあるホテルの一室だ。少々事情があって、自宅というか別荘ではなくホテルで体を休めていた。その事情もただ単に皇獣の目撃証言があったため、その討伐に向かっていただけだったりする。

 そんなこんなで超巨大なスイートルームの浴室にタオルを巻いて入った私は、寝汗と体の疲れを癒すようにシャワーを浴びていく。シャワーというかお風呂というか、まあつまり湯浴びというものは実に不思議で少しだけ時間の感覚が薄くなってしまう。その代わりに思考能力が妙に覚醒し、普段では考えつかないことも考えられるようになっていく。

 そして今の私も案の定、その状態に陥った。体や髪を洗いながらその思考は常に別の場所で動き回っている。

 そして今回はその思考の中に「とある人」が浮かび上がってきた。


「………マルク、ですか。随分と懐かしい名前な気がしますが、まあこうなるのは必然だったのかもしれませんね。彼の目的を察するにとにかく私の持っている『時計』は欲しいでしょうし、それとは別に彼には私を恨む理由があります。狙われるのはある意味当然ですね」


 その呟きに返事を返してくる人はいない。このスイートルームには私以外誰もいないからだ。使い魔の類も接近させておらず、真の意味で一人になっていることを自覚してしまう。

 だからこそ独り言がこぼれた。

 返してくれる人がいないのはわかっているが。


「む………。このシャンプー、なかなかいい匂いしますね………。後で銘柄を調べておきましょう。それにしても、毎回思いますが一人部屋でスイートルームは大きすぎます………。シャワーを浴びるだけなのに全然落ち着かないんですから」


 とまあ、そんな独り言すら漏れてしまうほど私の気は緩んでいた。たとえ言葉を返してくれる人がいないとしても、空気が振動して反響する自分の声が心を落ち着けてくれるような気がした。

 と、その時。

 私は不意に昔のことを思い出してしまった。

 おじさまとの思い出ではなく、さらにその前の出来事。

 私が私ではなかったときの凄惨な過去。

 あの頃の私はもう狂ったように人を殺していた。欲望ではなく魔人であることに対する歪な使命感だけで人を殺しつくしていた。今浴びているシャワーのように真っ赤な血を体に浴びて、泣き叫ぶ人間の首に爪を食い込ませて、そして。


 殺した。


「………」


 とはいえ、その光景を思い出しても何も思うことはない。

 惨たらしいことをしてしまったという自覚はあるが、何も無差別に人を殺していたわけではないし、仮にそうだったとしてももう私には人の死を悲しむ心は持ち合わせていない。

 ゆえにその記憶で私が苦しむことはない。

 だが。

 問題があるとすればその後だ。

 私が口角を釣りあげながら人を殺していたその時、そんな私の後ろから「一人の人間」が近づいてきた。真っ白なヒゲを携えて妙な魔力を持ち、首から大きな時計のようなものをぶら下げている老人。

 つまり。


 おじさま、その人が私の前に現れたのである。


「………今思えば、あの瞬間私とおじさまが出会わなければこのような状況にはならなかったのかもしれませんね。………いいえ、それはきっと傲慢すぎるというものなのでしょう。もし私があの時『おじさまの願い』を聞いていなければきっと………」


 と、そこまで考えた次の瞬間。

 ホテル全体を揺るがす轟音が部屋中に響き渡った。

 その音に引っ張られるように浴室から飛び出した私はとっさに服を見に纏い、あたりを確認する。するとそこにあったのは窓ガラスを砕かれたスイートルームの残骸と、『対魔人用兵器』を握った武装集団が私を待ち構えていた。


「なっ!?」


 私はその光景に一瞬だけ戸惑ってしまう。

 なぜならこのスイートルームの警備は完璧だったからだ。部屋の外はサンクに守らせていたし、そもそも上空には私の魔術や力が張り巡らされていた。それを突破できる存在はそれこそ帝人ぐらいしかいない。

 と、そんな結論にたどり着いた時。

 部屋の外から苦しそうなサンクの声が聞こえてくる。


「み、ミスト様、お逃げください!ネビュリアルスの兵がこのホテルに………!」


「ネビュリアルス!?と、ということはこの襲撃の首謀者は………」


 そんな言葉を口にしようとした次の瞬間。

 私は自分の腹部に鈍い痛みが走る感覚に襲われた。その痛みは徐々に私の体力を奪い、思わず膝を地面につけてしまう。


「ぐっ………!?」


 だが私は腐っても「純然たる魔人(ホワイトデーモン)」だ。並みの魔人とはそもそも体の作りが違う。私は魔人の治癒能力を総動員してその傷をふさぐと、倒れているサンクを抱えて部屋の窓から飛び出していった。

 といってもここはスイートルーム。つまり超高層ビルの最上階だ。普通の人間なら飛び降り多々風圧だけで死んでいるだろう。でもためらいはなかった。今私たちを襲撃してきたのが本当にネビュリアルスだとしたら、私が隠し持っている「あの時計」だけは奪われるわけにはいかなかったからだ。

 ゆえに私は己の神器とその時計、そしてサンクだけを連れてホテルから脱出する。

 しかしその直後、今度は背中に鈍い痛みが走ったかと思うと、急速に私の意識は沈んでいくのだった。


 そして皮肉にもそんな私の脳裏に浮かんだのは。




 温かい日差しのような優しい顔を浮かべたおじさまの姿だった。














「おいおいおい………。近くの大きなホテル、爆発騒ぎがあったのか………。これはまた騒ぎになりそうだな」


「う、うん………。しかもこれここからそう遠くないよね………?ホテルにいた人とか近くに住んでる人とか大丈夫かな………」


 妃愛がマルクと接触してから一日が経過した夜。

 俺と妃愛は俺が作ったハンバーグを口に運びながらテレビに映し出されている光景に驚きをあらわにしていた。そこに映し出されているのは、妃愛の家があるこの場所から約二キロほど離れたところにある超高級ホテルで、その最上階がどういうわけか粉々に爆破されているシーンだった。

 もちろん爆発した瞬間の映像はないが、かなりの被害が出ているようでホテルの中からは多くの死体が発見されているのだという。だがあまりにも大きな爆発だったようで救助隊もなかなか踏み込めない状況だそうだ。

 だがこの事件はかなり不可思議だ。

 そもそもホテルの最上階だけが爆破されるという事件自体疑問だらけと言わざるを得ない。ホテルの最上階を狙って爆破させるには爆弾を投げ込んだり打ち込んだりすることはほぼ不可能だ。弾丸の飛距離的に届かないだろう。

 となると必然的に何かしらの爆薬がその部屋にあらかじめ設置されていた可能性を考えるしかない。しかしそれにしても高級ホテルの最上階に爆弾を仕掛けられる余裕というか隙があるのかと言われれば、そう簡単に肯定できないだろう。

 つまりどう考えてもおかしなことが起きている。その程度には事件を理解することができていた。

 とはいえ、ニュースに流れている事件に首を突っ込もうという気はない。いや、正確に言えば気には病むし、それなりに心配もする。とはいえ当事者が抱えている悲しみに比べればそれはただの偽善にしかならない。そこに何も知らない俺たちが介入したところで、できることはないし怪しまれるだけだ。

 つまりいらぬ同情の可能性が高い。もちろん、その逆もあるだろうが、ここは下手に考えずじっとしているのが一番だろう。

 というか今の俺たちからすればそんな事件よりもマルクやミストをはじめとする真話対戦問題の方がよっぽど重要だ。昨日妃愛がマルクに襲われたことを考えると、悠長に構えている暇がないのは目に見えている。

 だがまだ圧倒的に情報が足りていない問題もある。仮にここで妃愛が襲われた復讐!とか言い張ってマルクを潰すことは別にできなくはないだろう。しかしあのマルクという男には俺でも読めない何かを抱えている気がする。

 それは果たして踏み込んでいいものなのか、はたまた踏み込まなければいけないものなのか、それはわからないが、あまりにも奇妙だということは断言できる。

 ゆえに攻め込めない。

 そんな考えが俺の頭の中に浮かんでいた。

 するとそんな俺に向かって妃愛が何やら目を細めながらこんなことを呟いてくる。


「ね、ねえ、お兄ちゃん………。あ、あそこに何か見えない?人のような、何か………」


「うん?どこに?」


「今映ってる映像の左上。ちょうどホテルが爆発してるところ」


「うーん………。あ、確かに何か映ってるな。でもなんでこんなところに人が………」


 妃愛に言われてもう一度映像を確認した俺だったが、確かにそこには黒い服を着た複数人の人のような何かが空に浮かんでいた。空に浮かんでいたというよりは、ホテルの最上階から飛び降りた、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 どういう理由でそんなものが映り込んだのかわからないが、これでますますこの事件が黒色に近づいたことは間違いないようだ。

 というか。

 すでに嫌な予感はしている。

 あんな高度の場所に人がいる時点で通常の物理現象では説明できない何かが起きているのだろう。そう考えると、俺たちが今直面している問題と無関係だとは言いがたくなってくる。

 んで。

 そう思った矢先。

 事件は起きた。


 不意に家のインターホンが鳴る。しかも何度も。


「お、お客さん?で、でもそれにしては色々と失礼というか、鳴らしすぎというか………」


「………俺が出るよ」


 すでにこの時。

 俺は「彼ら」の気配を感じ取っていた。ゆえに警戒しながら玄関の扉をあけていく。

 するとそこには。


「ッ!?そ、そんな、ミストさん!?」


「………やっぱりか」


「や、夜分遅く申し訳ありません。わ、私、ミスト様の執事をやっておりますサンクと申すものです。も、もしよろしければ、私どもを匿っていただけないでしょうか?」


 血だらけになったミストを担いだ黒服の執事が立っていたのだった。

 そしてこれにより戦いは本格的に動き出していくことになる。


次回はミストたちの状況を掘り下げていきます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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