第九十五話 新たな調査
今回はハクがメインです!
では第九十五話です!
「これはまた珍しい来客ですね」
「まあ、ちょっとな。后咲に会わせてくれ」
「承知しました。ではこちらへ」
そう俺に返事を返してくるのは后咲をそのまま小さくしたような容姿を持つ夢乃だった。夢乃に会っているということはすなわち俺がやってきているのはあの図書館だ。
いつきてもこの図書館には異質な雰囲気が漂っているが、さすがに初見ではないのでもう驚くことはない。それどころか、ここはもうこういうものなのだと頭のどこかで理解してしまっているような気さえしてしまった。
ちなみに俺がここにやってくるのは月見里家との一件以来だ。その期間、皇獣はちらほら出現していたがそれでもここにやってくるようなことは起きなかった。その必要がなかったというべきだろう。
しかし今回はその必要ができてしまった。本来なら記憶庫をたどって情報を収集したいところなのだが、前にも言ったようにここの世界には記憶庫がない。そうなると地道にその情報を知っている人物に聞くしかなくなってしまうのだ。
もちろん事象の生成を使ってその情報が俺の下に自動的に流れ込む事象を作り出してもいいのだが、あまり目立ちたくない俺はそれをしようとは思わなかった。
というわけでやってきた図書館だったが、外見とは裏腹に内部の作りが少しだけ変化していた。
「………家具の配置を変えたのか?」
「肯首します。私たちは基本的にこの図書館の中にこもることが多いですから、多少の模様替えなどは頻繁に行うのです。ただ最近は后咲が少々荒れていまして………」
「荒れている?どういうことだ?」
「大したことではありません。后咲は周期的に少々不安定になるのです。常に冷静を装っているように見えますが、その内心はかなりひどいものです。とはいえ私や他の誰であってもその心に寄り添うことはできませんので、傍観することが精一杯の助力なのですよ」
「………そうなのか」
その話題に対して、俺はそれ以上突っ込むことはしなかった。なぜだかわからないが、この先に踏み込むことは俺の本能が避けているようだった。
と、そんなことを話しているうちに、俺と夢乃は目的の場所、つまり后咲がいるであろう部屋の前についた。そしてその扉を開けると一つだけあかりのついた机の近くに后咲が座っていた。目を閉じて無表情、まるで何かのお人形なのかと錯覚してしまうかのようなその雰囲気は俺の知っている后咲とはどこか違っているような気がした。
「では私はこれで。部屋の外で待機していますので何かありましたらお声がけください」
「………ああ」
俺は夢乃にそう返すと、ゆっくりと后咲の下へ近づいていく。するとそんな俺に呼応するように后咲の目が開いていった。その瞳には光が宿っておらず、どこか不気味な感覚を覚えてしまう。しかしそんな后咲の雰囲気も俺が近くにつれ変わっていった。
「………お久しぶりですね。約三ヶ月ぶりでしょうか?」
「そうだな。あの時は色々世話になった、礼を言うよ」
「いえいえ、私は当然のことをしたまでです。わかっていると思いますが、私がこの対戦の管理しているのは私にもそれなりに目的があるから。それを達成するために臨んでこのようなポジションについているだけです。どうかお気になさらず」
「………。なら今回も聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」
「マルクという帝人についてだ」
「………なるほど。ということはついに彼が動き出したということですね?」
后咲はそう呟くと、黒く長い髪をヘアゴムのような何かで一つに結びながら話を続けていく。その姿は妖艶とも言えるほど美しく、世の中の一般男性なら一瞬で落ちてしまうような輝きを放っていた。
………まあ、俺にはアリエスがいるので落ちないですけど。ここ重要。
とはいえ。
流れている空気が空気なだけに、そんなものに感動している暇はない。后咲が髪を結んだ瞬間、静かだった空気が一気に張り詰め息をすることすら難しい空気が流れ出していく。
すると后咲は近くにあった机から一枚の紙を取り出してそれを俺に手渡してきた。
「………これは?」
「マルク・ネビュリアルス十二世の情報が記載されたメモです。確かに私は対戦を管理はしていますが、参加者全員の情報を保有しているわけではありません。おそらくあなたが知っている情報と大差ないでしょう」
「………なるほど」
確かにそこには先ほど妃愛が俺に話してくれたマルクの情報と同じものが書かれていた。目新しい情報はほとんどない。あるとすればマルクとミストが師事していた老人の名前ぐらいだ。
「………ネルス・サータリア。これが神器を所有していた二人の師匠の名前か」
「はい。私が調べられたのはその名前ぐらいでした。………あと、強いて言えば」
そう言って后咲はまた別の紙を俺に手渡してくる。それはメモ用紙ではなく新しい写真で何やら大きな墓のようなものが写っていた。
「これは墓跡?いや、普通に墓なのか?」
「おそらくですが、ネルス・サータリアのお墓だと思われます。しかし見ての通り何者かによって掘り起こされているのです。ちなみにこのお墓がある場所はネビュリアルスではありません。ネルス・サータリアの母国にあります」
「犯人は捕まったのか?」
「いえ、それがまった調査が進んでいないらしいのです。どのような状況、状態で掘り起こされたのかも不明。遺骨も無くなっていなければ盗まれたようなものない。正直言って不可解だとは思うのですが………」
原因不明。
この科学が進んでいる時代に原因がまったくわからない。
本当にそんなことがあるのだろうか?もしあるのだとすれば現代科学では証明できない事象を用いた可能性を考えるしかないだろう。
だがそれは本来考え辛い。この世界に蔓延している魔術は俺たちの世界にある魔術とほとんど同じものだ。であればそれは神々から与えられた神秘が元になっている。だがその神秘も神々がいないこの世界においては非常に力を弱くしているはずなのだ。
その中で俗世にそんな神秘を晒せばますます弱体化してしまうのは目に見えている。つまり魔術やそれに類する力を使ったところで、色々と本末転倒というしかない状況になってしまうのだ。
とはいえ、この状況で原因不明というのはいささかおかしいと考えるべきだろう。加えて掘り起こされているのがマルクとミストの師匠であったネルスのものだ。これらの間に因果関係がないとは言い切ることはできない。だからこそ后咲はこの写真を俺に見せてきたのだろう。
「不可解、か………。確かにこの情報だけだと不可解に見えるかもしれないな………」
「というと?何か掴んでいるのですか?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ俺の方も色々とおなしなことが起きてるんだ」
そう切り出した俺は家のエアコンの件やマルクに妃愛が襲われた件を后咲に話していった。すると后咲は何か思いつめたような顔を浮かべてこう返してくる。
「あのお二人に関する情報は私も多く持っているわけではないですが、ネルスという人物についてでしたら多少知っていることがあります」
「知っていること?」
「はい。ネルスという男性は魔術を長い間研究していた人物でした。その功績は神秘が開示されている界隈ではそれなりに大きかったようです。そしてそんな彼が最も得意としていたのが」
そこで后咲は一度言葉を切った。そして机の上に乗っていた一つの本を手に持つとその中に記載されているとあるページを俺に見せながらゆっくりと口を動かしていった。
「隠蔽術式です」
「ッ!」
「隠蔽術式とはあなたもご存知かもしれませんが、精神干渉系の魔術です。精神力の強い者、またはそれらに耐性がある者であれば回避または抵抗することが容易とされています。ですが彼の残した隠蔽術師は少々特殊だったようです」
「………魔術の力で魔力はおろか気配まで消してしまえるのか」
「そうだと思います。ただ彼はその力を悪用しようとはしなかったのです。むしろ『守る』力のひとつとして使用していました」
「守る?何を守るっていうんだ?」
「考えてみてください。マルク・ネビュリアルス十二世という存在は人間ですが、もう一人は違うでしょう?本来であれば世界から疎まれ、その存在すら認められることがない敬遠的存在。ここまで言えばわかりますよね?」
「ま、まさか………。ま、魔人を守ってたっていうのか?」
「はい、その通りです」
魔人を守る。
その意図が俺には理解できなかった。
ミストの場合、この世界で唯一魔人が保有する捕食欲をコントロールできるらしいが、その他の魔人は違う。人の地肉を喰らい、捕食する。その欲望はそう簡単に抑えられる者ではない。
となればどう考えてもネルスの考えはおかしいのだ。自分が人間である以上、いつ魔人に襲われるかわからない状況で、魔人を保護する。言葉にしているだけで意味が理解できないほどぶっ飛んだ思考だ。
だが。
そう考えると確かにネルスという男が隠蔽術式を研究していたのは理解できなくもない。魔人という存在は存在しているだけで強力な生き物だ。ゆえに気配も魔力も普通の人間が持つレベルをはるかに超えている。
となれば一般的に普及している隠蔽術式だけではその存在を匿えなかったのだろう。だから研究を続け、俺の気配探知すら欺く隠蔽術式を開発した。
そしてそれが弟子であるマルクに受け継がれている、そういうことなのだろう。
俺はそこまで考えると、色々と納得した上で后咲に向かってさらなる筆問をぶつけていく。それは俺がマルクに対して一番疑問に思っていることだった。
「もう一つだけ聞きたい。別に知らなかったら推測でも構わない。とにかく意見がほしい」
「構いませんよ、どうぞご自由に」
「………この世界には神妃が残した神宝をこの対戦以外で呼び出すことはできるのか?」
「………なるほど、そうきましたか。確かに先ほどの話では私たちが干渉していない場所で神器が存在していたようでしたし、そう考えればその疑問は当然ですね」
后咲はそう言うと手に持っていた本を机に戻し、書斎の椅子に座り直して言葉を続けていった。しかしその言葉はあまり歯切れの良いものではなく、あくまで推測だと言っているような意見だった。
「厳密に言えば、不可能ではありません。私たちが使っている神器を呼び出すシステム。これと類似するものを作り出せば呼び出すこと自体は簡単です。ただ基本的に破壊された神器はどんな手段を用いても復活することはありませんし、膨大な魔力を消費するため個人的にそれを行うのはほぼ不可能と言えるでしょう。ただ………」
「ただ?」
「あなたも薄々勘付いているとは思いますが、神妃が神器を収めていた場所に入らなかった神器は当然呼び出す必要もそれを維持する力も必要ないのです。つまりこの世界にそのまま落ちている神器はこの対戦とは関係なく姿を世界に残しているはずです。ですからおそらくは、あの『戒錠の時計』という神器は何らかの原因でこの世界にそのまま残されていたのだと思います」
「やはり、そうか………」
であれば、現在この世界に存在している神宝はカラバリビアの鍵を除いて全部で五つということだ。他にも神宝が世界に落ちているかもしれないが、今のところ脅威となる神宝はその五つで全部だろう。
カラバリビアの鍵を破壊したことによって一つ減ったと思っていた神宝が再び増えてしまった。その事実は正直言って嬉しくない。加えてその神宝が俺もよく知るものだとなおさらだ。
俺はそこまで話を聞くと、大きく息を吐いてこう返していく。
「わかった。ありがとう、参考になったよ。もしマルクについて何かわかったら連絡してくれ」
「はい。ですが逆にマルク・ネビュリアルス十二世、彼があなた方の情報を求めてきた場合、私は同じように教える義務があります。それだけ理解しておいてくださいね」
「ああ、わかってる。だがまあ、俺や妃愛に関する情報があいつの行動を変えられるは到底思えないけどな」
俺は皮肉のような言葉を言い残すと、そのまま部屋を出て夢乃に礼を言いながら図書館を後にした。気配が探れない原因はわかった。加えてマルクのもk的がミストの持つ神宝にあることも理解した。
だからこそ。
俺はこう思う。
マルクは白包を何のために使おうとしているんだ?
だがこの疑問が溶けるころには。
マルクに関する全ての真実が暴かれているのだった。
そしてその事実を俺はまだ知らない。
次回はミストの視点に移ります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




