第九十二話 また事件
今回は妃愛の視点でお送りします!
では第九十二話です!
「あ、妃愛ちゃん!おはよー!」
「うん。おはよう、時雨ちゃん」
そう言って私は灼熱の地面に足を置きながらこんな気温の中でも元気に手を振ってあいさつしてくる時雨ちゃんに返事を返した。あのお兄ちゃんが治療しただけあって今の時雨ちゃんには月見里さんに襲われた時のダメージはもうない。いたって普通の健康的な時雨ちゃんがそこには立っていた。
そんな活力というか元気な時雨ちゃんに触発されたのか、今の私はあれほど嫌だった夏の空の下に顔を出している。お兄ちゃんには時雨ちゃんと遊んでくると告げてあるので特に問題はない。
唯一問題があるとすれば、何がどうあってもこの暑さだけは異常ということだけだった。立っているだけで汗が吹き出てくるし、気がつけば脱水症状になっている始末。加えて外にはエアコンも扇風機もないのだからまさに地獄というべき環境が広がっていた。
であればどうして地獄と化した屋外に私はいるのかと言うと、それは単純に昨晩時雨ちゃんから連絡があったからだ。なんでも一緒に遊ぶついでに勉強を教えてほしい、とのことらしい。
遊ぶのか勉強するかどっちなのか突っ込みたくはなるのだが、そもそも時雨ちゃんが目指している高校はそれなりに偏差値が高いのでこの夏休みの中で焦る気持ちはわからなくない。
夏を制するものは受験を制するなんてことも言われているぐらいだし、世の中の中学三年生は皆、勉強に追われているのだろう。かく言う私もその一人なのだが、私の場合いわゆる進学校と呼ばれる高校は志望していないので、特に焦るということはなかった。
まあ、単純に学内トップの成績を持っていることも理由の一つではあるけど。
そんなこんなで時雨ちゃんから誘われた私は重たい足を上げて外に出てきたというわけなのである。なんでも時雨ちゃんのお家では組員の人たちがうるさすぎて勉強に集中できないため、自宅ではないどこか別の場所で勉強したいらしい。
当然最初は私の家で勉強会をしよう!みたいな流れになっていたのだが、ご察しの通り昨日私の色々と破壊されすぎてしまった。すぐにお兄ちゃんが直してくれたものの、ミストさんをはじめあのよくわからない王様がまた突撃してくる可能性もあるので、今日はおとなしく場所を変えることにした。
というわけで。
冒頭に戻るのだが、私と時雨ちゃんがやってきたのは近所にあるもっとも大きな図書館。この季節は基本的に受験生が大量に詰めかけるので場所を取るだけでも一苦労なのだが、そこはやはり真宮組の息女時雨ちゃん。お家の権利やら何やらを使って一番快適な席を確保してくれているらしい。
というわけで早速その場所に移動した私たちだったのだが、あまりにも常識外れな空間に圧倒されてしまった。
「………ね、ねえ、時雨ちゃん?ここって図書館だよね?こんな部屋があるなんて私知らなかったんだけど………?」
「あ、あはは………。ご、ごめん。私もこんな部屋があるなんて知らなかった………。普通の部屋でいいって言ったのに………」
その部屋は本当に豪華だった。
なんかよくわからないけど天幕付きのベッドがあったり、巨大な冷蔵庫の中には大量のジュースが入っていたり。当然ではあるが、どこの国のものかもわからない大きな本も本棚に収められており、もはやここは誰かの書斎なのかと問いかけたくなるような作りになっていた。
そもそもこんな設備が図書館に必要なのかと聞かれれば間違いなく首を横に振るだろうが、とはいえ私も女子だ。こんな空間が目の前にあって喜ばないわけがない。私と時雨ちゃんは一応驚きはしたものの、すぐに目を輝かせてフカフカのベッドに勢いよく飛び込んでいった。
「うわー!すっごいふかふかだよ、妃愛ちゃん!」
「そうだね!しかもすごくいい匂いするし………」
「ほらほら、ジュースだってあるよ!ここにいたらそれこそ時間忘れて………って、あっ!」
「どうしたの?」
「………勉強しなきゃ」
「そ、それ今言う………?」
とまあ、浮かれながらも一気に現実に戻された私たちはしぶしぶ大きな机に向かって歩いていく。ここにきた目的が勉強である以上、それを無視して遊ぶことは許されない。いや、もちろん私は別に問題ないのだが、時雨ちゃんが困ってしまう。
というわけでペンを握りはじめた私たちだったが、この至福の空間のせいか思うように勉強は進まなかった。
「えっと、だからここはこの公式に入れて………」
「え?うーん、ちょ、ちょっと待って………。え、えっと、ここがこうなって、この公式が………」
「ああ、違う違う。ここはこの式を代入すれば、ほら」
「ああ!本当だ!やっぱり頭いいね、妃愛ちゃんは。私なんかと大違い………」
「たまたまだよ。私は特に勉強してないし、我流っていうのかな?私なりに理解してるだけだから」
「むー………。それって嫌味かな?そういうのを世の中では天才っていうんだよ?」
「べ、別にそんなつもりじゃ………」
「わかってる。冗談だよ、冗談。さ、続き教えてよ」
そう言って私たちはまたペンを走らせていく。
だがそんな中、私は少しだけ自分の思考を勉強とは別のことに割いていた。
思えば少しだけおかしい。お兄ちゃんとこの数ヶ月鍛錬してやはり自分は普通ではないことが理解できた。普通の人には使えない力が使えたり、それを使いこなせている時点で普通という常識から乖離していることは重々承知だ。
だが。
だというなら、今の私が置かれているこの状況も普通ではないのではないか。
そう思うようになった。
というのも、何をやっても常に学年トップの成績を取ってしまう私の学力。それをただの天才という言葉だけで収めてしまってもいいのだろうか。そんな疑問が胸の中に渦巻いている。
私の場合、特に何の勉強もしていないのにテストでは常に満点、授業で理解できないことはなく、他の生徒にすら教えられる余裕がある、という状況なのだ。これははっきりいってかなりおかしいと私は思っている。
だが私自身この状況にまったく心当たりがない。この頭脳すらも何かの能力といってしまえばそれまでなのかもしれないが、それは少し違う気もしている。うまく言葉で説明できないが、能力という言葉だけで片付けてしまうには妙な違和感がするのだ。
ゆえにそんな思考を若干巡らせてしまった私だったが、そんな私の前に時雨ちゃんが巨大なコーラを机に置いてきたことによって一気に意識が覚醒する。
「よし!ここら辺んで少し休憩しようよ!」
「う、うん………」
しゅわしゅわと音を立ててグラスに注がれるその黒い液体は熱く火照った私の体を冷やそうと汗をかいていく。その液体をぐいっと喉の奥に流し込んだ私は思考回路を元に戻してその味に舌を打っていった。
「ぷはあーっ!うーん!夏に飲むコーラは本当においしいね!」
「うん。こう、なんていうか、喉の奥からぐわああっ!って炭酸がこみ上げてくる感じが最高」
「あはは、妃愛ちゃん、わかってるじゃん!コーラってなんか男子だけが飲むイメージがあるけど女子だって甘いものは好きなんですーって感じだよ。ほらほらまだまだあるからぐいっと!」
「時雨ちゃん、それなんかおじさんくさいよ………」
「がーん!ひ、ひどいよ、妃愛ちゃん!」
なんて会話が流れながら時間は進んでいく。
勉強と休憩、その二つが交互に織り混ざりながら私たちの勉強会は粛々と行われていった。お菓子やジュース、家とは違って快適なエアコン環境、そしていつでもうたた寝できる巨大なベッド。ここまで完璧な設備が揃っている以上、逆に勉強をおろそかにはできなかった。
なのだが。
ふとした瞬間。
私の不意を突くように時雨ちゃんがぽろりとこんなことを呟いてきた。
「………そういえば、さ。月見里さんってどこにいったんだろう………?」
「え?」
「い、いや、別に彼女がいなくなって寂しいとかじゃなくて、単純に気になるというか………。転校するにしても前触れとか何もなかったから」
「そ、それは………」
月見里さんが意識を失って早数ヶ月。
私が通っている学校では月見里さんは転校した扱いとなっているらしい。一応その体は后咲さんの知り合いが関わっている病院にあるものの、真話対戦というものに関わってしまった以上普通の生活には戻せないという判断が下された。その結果当たり障りのないように両親に連れられて転校したという設定が持ち出され、私とお兄ちゃん、その他の関係者以外は本当の真実を知らないという状況が出来上がっている。
ゆえに時雨ちゃんが不思議がるのも最もだ。
月見里さんが転校したタイミングはあまりにも急すぎる。もし仮に私が時雨ちゃんの立場であれば、同じように疑問を抱いていただろう。そう思ってしまうほど月見里さんの転校は不自然なものだった。
だからこそ私は反応に困ってしまう。
本当のことは絶対に言えない。
でも全てを知ってしまった以上、月見里さんを悪く言うことなんてとてもではないができなかった。
しかし。
気持ちは伝えなければ伝わらない。
言葉にしなければわかってもらえるものもわかってもらえない。
そう考えた私は意を決して口を開きながら自分の気持ちを言葉に乗せていく。
「………月見里さんは多分、私たちが考えてた以上に色々なことを考えてたんだと思うよ」
「どういうこと?」
「うまく言葉にできないんだけど、月見里さんはすっごく口下手で照れ屋さんで、そして優しかったんだと思う。もちろん、私たちにしてきた行為は許されることじゃないけど、でも、それでも彼女の心には確かな熱があった。そんな気がするんだ」
「………」
「ごめんね。変なこと言って。じぶんでもおかしなこと言ってる自覚はあるよ。………でも今はそう思えちゃったの」
そう言うと私は口を閉ざしてしまった。
時雨ちゃんの反応が怖くて顔を見ることができない。怒ってるだろうか?いや、怒っているだろう。仮にも月見里さんからひどくいじめられていた私がここにきて彼女を擁護するような意見を述べているのだから。
でも、私は言った。
真実を。
話せる範囲で。
すると時雨ちゃんは一言………。
「そっか」
そう返してきた。
そして続けてこう呟いてくる。
「私だって月見里さんには思うところもあるし色々と許せないけど、でも私は妃愛ちゃんを信じるよ。妃愛ちゃんがそう言うなら月見里さんのことだってそれで納得するし、妃愛ちゃんがそういうなら私もそう思うことにする」
「時雨ちゃん………」
「ああ、でも勘違いしないでね。私は月見里さんと信じたわけじゃなくて、妃愛ちゃんを信じたんだからね!ここ重要だから!」
「………うん。あ、ありがとう、時雨ちゃん!」
「もう、何で私にお礼言うの?変な妃愛ちゃん」
多分、私の言葉の意味は時雨ちゃんに伝わっていない。
でも大切なことは伝わった気がした。
だから思う。言葉にしてよかったと。伝えられること伝えられないこと、本当に色々あるけれど、それでも知って欲しいことはしっかりと自分の言葉で伝えることが大事なのだと、この瞬間私は学んだのだ。
おこがましい、というか傲慢な考えなのかもしれないが、やはり私はかつての私ではなくなっていると感じた。お兄ちゃんの後ろに隠れているだけの私とは少しだけ大きくなっていると、そう思えた。
のだが。
そんな優しい雰囲気をぶち壊す存在がやってきてしまう。
相変わらず豪華な服に身を包み、私と時雨ちゃんを見下ろすように見ている一人の男性。その男性は私たちがいる部屋の窓の外、そこに植えられている木の上に立っておりまっすぐこちらを見つめていた。
そして案の定。
その窓は破壊された。
「きゃああああっ!?」
「ッ!?し、時雨ちゃん!」
「がはははははははは!仲睦まじいところすまない!だがこちらも事情があるのでな。早々に割り込まさせてもらうぞ!」
そう言って登場したその男性はビシッ!と私を指差すとすかさずこんな言葉をぶつけてきた。
「あの坊主すら釣れずに呑気に図書館で遊んでいるとはいい度胸ではないか。この俺も舐められたものだ。まあ、お前も女の血をかじっている存在。淑女には優しくしなければ紳士の名が廃る。今回は多めに見てやらんこともないぞ。がははははははははははは!!!」
「………」
呆然、というか唖然。
もはや言葉を発する気力すら失った私はその男性が窓を割った爆風で気を失った時雨ちゃんを抱きかかえてこう呟いていった。
「………この私に何かご用ですか、マルク国王?」
昨日出会ったばかりの傲慢国王がそこに立っていたのだった。
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