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第九十一話 二人の過去

今回はマルクとミストに焦点を当てます!

では第九十一話です!

「はあ、はあ、はあ………。ま、まったく、何なんですか、あの人は………。怪獣化何かなんですか。か、仮にも私は魔人ですよ………?その私をここまで追いかけ回すなんて普通の人間の所業じゃ………」


 そう言いながら自室に駆け込んだミストはため息を吐き出しながら書斎の椅子に倒れこんだ。この場所はミストが個人的に所有するいくつかの家の一つで、その中でも彼女が比較的気に入っている別荘だった。

 その部屋の内装はかなり整っており、常駐している執事が常に掃除しているので家具の調子や細かな雑貨なども基本的に整理されている。ミストとしてはそれくらい自分でやってもいいと思っているのだが、いかんせんミストは部下からの信頼がかなり厚い。それは今までの彼女の生い立ちであるとか、これまでの戦歴が大きく影響しているのだが彼女にその自覚はほとんどなかった。

 まあ、ミスト自身も一定の信頼は部下においているので特に問題はないのだが、今回の件はそんな部下にすら相談することをためらってしまうほど厄介だったりする。ミストの真意がどこに向いているかはさておき、誰がどう見てもミストを追いかけているマルクという男はいかなる点も「厄介すぎた」のだ。


「………マルク・ネビュリアルス十二世。ネビュリアルスの現国王にして、その若さと大胆さから国民の支持も厚いと言われているカリスマ的存在………。そのうわべだけを聞いていれば特に問題はないんですが、その実は………」


 一応言っておくとマルクとミストはこの対戦が始まる前から面識がある。というかそのころからミストはマルクに求婚されている。

 その理由はミストとたちだけが知っているのだが、仮にも国王と魔人の関係だ。そう簡単に説明できるほどやわなものではない。

 しかしだからこそミストは違和感を感じていた。ハクと妃愛がいる前でマルクがとった行動が少しだけ不自然だったからだ。


(………あの様子から察するに、ハクがそれなりに警戒していなかったら本当にあの場で私たちは襲われていたかもしれませんね。それくらいの覇気があの人にはあった。………ですがそれは「あり得ない」ことです。仮にもあのマルクが己の欲望のために誰かに牙を向けるなど………。それこそ私を「倒そう」だなんて………)


 と、そこまで思考を巡らせた瞬間。

 ミストがいる部屋のドアを誰かがノックしてきた。


「誰ですか?」


「申し訳ありません、私です」


「………ああ、サンクでしたか。どうぞ、入ってください」


「失礼いたします」


「どうかしましたか?今日も部屋の掃除は完璧でしたし、私からは褒めることぐらいしかできませんよ?」


「勿体無いお言葉です、ミスト様。このような老いぼれを使い倒してくださるそのお気持ちに感謝を。………ミスト様、此度はこちらをご覧ください」


 そう言ってミストに一枚の紙を差し出してきたその老人。この老人こそミストが唯一と言っていいほど信頼を寄せているミスト直属の執事だったりする。名をサンク。ミストにとってもはやサンクという人物はなくてはならない存在となっており、対戦に際して彼を一緒に同行させているくらいだ。

 そんなサンクが差し出してきた紙をミストは首を傾げながら受け取ると、その紙に視線を落としていく。が、それを見た瞬間ミストは凍りついた。


「ッ!?………こ、これは!」


「はい。ご察しの通りなのですが、おそらく………」


「犯人は………いえ、そんなこと考えなくてもわかっていますね。あの人以外絶対にあり得ない………」


「ですが、どうしてこのようなことをしたのか、そこが謎です。あのお方がこのようなことをする理由が見当たりませんし………」


「………」


 そこで一度ミストは口を閉ざしてしまった。

 ミストが持っている紙、それは写真だった。その写真にはどこかの国にあるであろう大きな墓が写っており、その墓が「何者のかによって掘り起こされた」ような光景が描かれている。

 サンクはこのような写真がどうして作られたのかわかっていないようだが、ミストには生憎心当たりがあった。だがそれを説明するにはミストの過去を掘り下げなければいけない。そしてそれは彼女にとってかなり苦痛を伴う行為だった。


(………理由、ですか。確かにそれは私にもわからないでしょう。わからないふりをするのが精一杯なのです。そしておそらく今になってマルクが私を「狙って」くる理由はそこにある。………自業自得とはいえ、これは面倒なことになりましたね)


「………いかがなされましたか?」


「いえ、大丈夫です。何となく事情は察せました。一応聞いておきますが、この写真はどこから入手したものですか?」


「今朝この屋敷のポストを開くとそこに………」


「そうですか。何とも古典的な方法ですが、不器用なあの人らしいと言えば納得できますね。………。………わかりました。この件は私が全て引き受けます。サンク、あなたはこの件に部下や使用人全てを巻き込まないように配慮してください。そのほかのことは私がどうにかします」


「承知しました」


「あなたも何となくわかっていると思いますが、ここで『彼ら』を失うのはかなり痛いです。ようやく、ようやく見えてきた光を手放すわけにはいきません。それだけはあなたも理解しておいてください」


 そうサンクに返したミストはそのまま産駒をこの部屋から下がらせると、座っている椅子に全ての体重を預けながらしばらくぼーっと空を仰いでいた。しかしそれも長くは続かない。記憶の中にある嫌な思い出が一気に蘇り、眉間にしわが寄っていってしまう。

 そして自然とミストの視線は書斎の机に置いてある「とある写真」に向けられていった。


「………『おじさま』。私はあなたに償うことはできないのでしょうか………?」


 当然だがその言葉にへんじは返ってこない。返すことのできる相手がすでにいないからだ。人の心も魔人の心も完璧にコントロールできるミストにとって、唯一気にやむ過去。それが今になって彼女を苦しめようとしている。

 正直な話無視することも可能な事案なのだが、この一件だけはミストも引くに引けない状況に置かれていた。

 とはいえ。

 それでもミストの目的は変わらない。

 この対戦に臨む大きな理由だけは揺るがない。

 そのためならたとえ「贖罪するべき相手」にだって牙を向ける。

 そう心に誓ったミストは又しても大きく息を吐き出しながら、今度はベッドの上に体を移動させていくのだった。そしてしばらくすると、そのベッドから可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 あまりにも無防備なその姿は、あのマルクが認めているというだけあって非常に美しいものだった。














「………なかなか骨のありそうな坊主だったな」


 そう呟いたのはとてつもなく豪華なホテルの一室でバスローブに身を包んでいるマルクだった。手には白ワインが握られておりその香りと味を確かめるように何度も何度もその液面を揺らしている。

 その顔は不気味にも笑っており、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。しかしその裏にあるのは念密に立てられた計画と、策略の数々だ。それがあるからこそマルクは余裕の笑みを浮かべていられるし、それがあるからさらなる楽しみを余興として受け入れられている。

 まさに悪魔のような考えだが、今のマルクには全てを投げ打ってでも叶えなければいけない願いがあるのだから仕方がない。人間何かに夢中になっているうちは本当に不可能を可能にしてしまえるだけの熱を出すことができてしまう。その程度は人によって違いはあれど、まず間違いなくマルクが持っている熱は他の人間が持つような熱とは比べ物にならないエネルギーを持っていた。


「加えて、あの坊主はかなりの修羅場をくぐり抜けてきている。この俺が国王であることを口にした時はさすがに驚いていたようだが、あまりにも順応が早かった。それはまるで『以前も俺のような存在と会った』ことがあるかのような。………まあ、このようなイレギュラーな催しに参加しているぐらいは、あの坊主もそれなりの事情は抱えているのだろう」


 国王というポジションについているマルクはその地位の影響で色々な種類の人間と対話することが多かった。その中には自分の命を狙うものも当然いたし、反対に好意を向けてくるものもいた。

 そしてその中で培われたのが究極の人間観察能力。

 今のマルクには見ただけでその人物が何を考え、次のどのような行動を取ってくるのか、それを掴み取ってしまう力が備わっている。この力によりマルクは若くして一国の王にまで登りつめたのだ。その実力は今のマルク自身が物語っている。

 だが。

 逆にだからこそ「ハク」という存在は異質だった。

 ハクと一緒にいた少女にしても色々とわからないことがあるが、ハクに至ってはその思考や行動、その他ありとあらゆる全ての動作の理由がまったく理解できなかったのだ。つまりマルクの観察能力がまったく機能しなかったということ。

 そんな相手はマルクにとっても初めてだった上に、あまりにも奇妙すぎた。口では上を取っているつもりでいるが、その実ハクと対峙している時のマルクは内心かなり怯えていた。

 何を考えているかわからない相手というのは危険以外の何ものでもない。普通であればそれが当たり前なのだが、下手に観察能力が培われていると逆に自分の不安を煽ってしまう。

 ゆえに今のマルクを奮い立たせているのは己が立てた完璧な計画と、すでに動き出している策略だけだった。国王というポジションに収まっているマルクを一度の邂逅で追い詰めてしまうほど今のハクは常識を逸している存在となっている。

 まあ、考えれば当然のことだ。

 今までハクが相手にしてきたのは国王でも魔人でも皇獣でもない。紛れもない神々たちだ。世界創世から生きている絶対的存在。そんな連中と同じような力持つ、ないしそれを超える力を持った存在を戦ってきたハクが今更人間のものさしで測り切れるかと言われると、無茶な話だろう。

 おそらくハク自身は気がついていないが、今のハクはマルクにそう思わせるだけの影響力を身につけてしまっていたのだ。

 ゆえにマルクは内心ホッとしていた。もし仮に様子見というていでハクの実力を見にいかなければ、まず間違いなく玉砕していただろうからだ。一度対峙してしまえば、そのものがどれだけの力を持ちどれだけの戦いをくぐり抜けてきたのかぐらい想像できてしまう。

 それが戦士であり、帝人という存在だ。

 そこまで考えたマルクは手に持っていたワインを飲み干して一枚の写真を取り出していく。その写真は奇しくもミストが持っていた写真に酷似していた。


「………『師匠』。俺は、あなたの意思に従って行動します。あなたが望む国を、世界を作るために………」


 その言葉の意味を理解できる存在はほとんどいない。強いて言えばミストぐらいのものだろう。かつてマルクの過去に何があったのか、それを掘り下げない限りこの言葉を真に理解することはできない。

 マルクはそう吐き出すと、一度椅子から立ち上がって机に立てかけられていた「とある剣」を手にとっていった。

 すると次の瞬間。

 部屋の窓が一瞬にして吹き飛び、暴風のような風を部屋の中に呼び込んでいく。

 その現象はまさに異質。非常識極まりないもの。現実とはおもえない現象が一つの剣を握っただけで起きてしまったのだ。


「………まったく、この神器も困ったものだ。俺の意思に反応してついつい力を暴走させてしまう。強力なのはいいことだが、それにしても色々と壊れているな、この剣は」


 そう呟く割には顔が笑っている。

 何かを楽しみにしているようなその笑みは、何も知らない人間が見たら恐怖で失神してしまうほど奇妙な笑顔だった。

 その暴風を発生させた発生源は、間違いなくマルクが握った剣だ。

 それは剣、もとい神器。

 この世界はハクが知っている現実世界とは少々異なっている。

 ゆえに「この神器をハクが知っている」可能性は高いようで低い。

 真っ赤な刀身。血を吸うように鈍い光を放っている細身の剣。知っているようでまったくの別物。そんな可能性を抽出して作られた剣。それがこの神器だったりする。


 そんな神器を持つマルクと、神妃ハクが激突することで物語は再び動き出す。

 マルクとミスト。

 そんな二人の過去をゆっくりと紐解きながら。




 戦いは始まってしまうのだ。


次回はハクたちの視点に戻します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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