第九十六話 vs勇者、一
今回はハク視点に戻り勇者たちとの邂逅になります!
では第九十六話です!
「な、なんだ!?」
それは第三ダンジョンの最深部にいる俺たちまで振動を伝え、ダンジョン全体を地震が襲ったかのように揺らした。
その瞬間、カランという音が鳴り響く。
それは俺の目の前に転がっている緑色の宝玉から発せられている音で、部屋の光を一度だけ反射させるとその輝きを宝玉の中央に宿し淡く周囲を照らした。
神核は俺たちに伝えることを伝え鍵に戻った。その中には俺の豹変する理由も含まれていたが、それよりもまずは現状の確認が必要だ。
そう判断した俺はいまだに引っ付いているアリエスを優しく撫でながら、気配探知と同時に魔眼を発動した。
まず読み取れたのは、俺たちがいる丁度真上、そこに何か大量の気配が集中している。それはなんとなくだが魔物の類でないことは直感的に理解した。先程までダンジョンの魔物と只管戦っていたので、その気配の質を覚えてしまったのかもしれない。
俺の気配探知は検索範囲が前回で半径百キロメートルなので一応、出来る限りその範囲を広げて、他に異常がないか調べる。
「これは、どういうことだ………」
俺が捕らえたのは、さらに驚愕の事実だった。
「どうかしましたか、ハク様?」
シラが心配そうに俺の顔をのぞいてくる。
「よくわからないがこのエルヴィニアを大量の人間が取り囲んでいる」
それは里門の辺りに局地的に集中していたが、その他にもエルヴィニアをぐるりと輪を作るかのよう合計一万人ほどの人間の気配が感じられた。
「それはどういうことだ?」
キラが不思議そうに首を傾げる。
「待ってろ。今確かめる」
俺はすぐさま両目の魔眼を使用しダンジョンの全ての天上を透過しその光景を見つめる。
そこにはダンジョンの入り口付近に暗い顔をして身を寄せているエルフたちと、見たこともない二人の男女に軽々と吹き飛ばされるルルンの姿だった。
「ッ!?」
俺はその目に映るものを見て沸騰しそうなほど熱くなる頭を何とか押さえ、エルテナを抜き放つと、すぐさまパーティーメンバーに声をかける。
「ルルンが瀕死状態だ!!!急いで戻るぞ!」
「え?ど、どういうことハクにぃ!?」
アリエスが俺の服を掴みながら問いかけてくる。
しかしその言葉に答えている暇はない。なにせ俺が魔眼で見たときには既にルルンの首には剣が突きつけられていたのだ。
「説明は後だ!いくぞ!」
そのまま魔力消費を惜しまず集団転移を実行し第三ダンジョンを後にする。一瞬だけ目に映った神核との戦場は、いたるところにクレーターが出来ており悲惨なものになっていたが、その部屋からはむしろ俺たちを応援するような感情が伝わってきたのだった。
地上に転移すると、ルルンの首元に突きつけられていた片手剣はその首を切り落とす寸前だった。
俺はエルテナを右手に構え、神妃化で出せる全速力のスピードでルルンに近づいた。ここで転移を使わなかったのは、転移というものは消滅と出現の瞬間に若干の時間を要する。遠距離の移動の際はまったく問題ないのだが、今のような近い距離ならば、普通に走ったほうが速い。
俺はそのルルンを殺そうとしている奴の剣を音速以上の速さで弾き返し、ルルンを守るように目の前に立ち、できるだけ笑顔を作りながらこう呟いた。
「悪い、またせたな」
その俺の姿を見たルルンはボロボロになりながらもその頬を両目からあふれ出す涙で濡らし、嬉しそうな表情をしたのち完全に気を失った。
俺はその見たこともない二人の男女を殺気を滲ませた目で見つめながら、状況の確認をする。
見たところこの場所に集まっている人達は女性や子供が多く、男性の姿はあまりなかった。
もしや殺されたか?と一番最悪な想像をするが、それは俺に駆け寄ってきたアリエスたちが否定する。
「どうやら、他のエルフたちはあの者たちに捕まってるようです。今このエルフの方々に確認しました」
シラが俺の耳元でそう呟く。
なるほど、であればとりあえず心配はなさそうだ。見るとこの場所に避難しているエルフたちは皆怯えた表情をしており、確実に精神的にダメージを負っている。
それはアリエスたちもわかっているようで、その瞳には闘志がメラメラと宿っている。
「どうするのハクにぃ?この人達、倒す?」
アリエスが少々低いトーンで俺に話しかける。正直言ってアリエスがここまで怒りを露にしたのは初めて見たのだが、その怒りはメンバーの全員が持っているようで、明らかに憎悪の感情が滲んでいた。
「こいつらは俺が引き受ける。どうやらエルヴィニアは包囲されているようだから、キラは南の里門を、アリエスとエリアは北を、クビロは元の姿に戻って全力で暴れろ。遠慮は要らない!その際に捕まっているエルフも絶対に助け出せ。シラとシルはここにいる人達の手当てを頼む!」
『「「「「「了解!」です!」です……」しました!」だ」じゃ!』
その声を聞き届けると、俺はアリエスたちに気配創造の膜をかける。
これでもしなにかあったときでもその攻撃を完全に無効化できるだろう。
さらに俺は誰にも聞こえない声で言霊を呟く。
「円環は穴を開け、呼び出すは地獄の楔」
それはこのエルヴィニアの遥か上空に膨大な魔力を集中させ、一体の神を呼び出す。
それはかつてリアが十二階神を作り出したときと同じ手順で俺が創造した神の一角。俺が作り出しているので十二階神ほどの力は持たないが、それでも十分強力なはずだ。
その神はかつて九つの世界の第三層に位置する煉獄の空間に佇む死の象徴。
死の女神、ヘル。
北欧神話の中では異例の死者蘇生という力をもち、ニブルヘイムの奥深くにで死者の魂の管理をしている女神だ。
俺はそのヘルにアリエスたちの手助けを頼み、俺は目の前の戦闘に集中する。
ヘルはそのまま無言の肯定を示し、姿を消しながらエルヴィニアの上空をふわふわと浮遊し始めた。
『なるほどな。キラやクビロはまだしもアリエスとエリアは確かに力不足が否めん。ゆえにその神を召喚したか。なかなか考えとるではないか主様?』
そう、俺がヘルを呼んだのはアリエスとエリアの補助要員としてだ。ルルンほどの実力者がここまでボロボロになるのだ。いくら魔本の力があるとはいえ油断は出来ない。
というわけで俺は安全策として気配創造の障壁とヘルを呼び寄せた。これで俺も何の気兼ねなく戦える。
アリエスたちは俺の言葉に反応した直後、すぐさま移動を開始した。
そのため今このダンジョンの前にいる戦闘メンバーは俺とシラ、シルの三人だけだ。しかもシラとシルはもう既にエルフたちの治療を始めている。
俺はルルンを殺そうとした、その男女に向かってゆっくりと歩き出し、言葉をぶつけた。
「お前ら、何をやっているのかわかっているのか?」
俺の言葉は自然に力が篭る。
だがその二人は平然とした口調で、俺に返答してくる。
「何を?そりゃあ、勇者としての初めてのお仕事よ。一ヶ月もつまらない訓練ばかりやっていたから、初めての仕事でわくわくしてるの!」
「勇者だと?」
俺はこの世界ではむしろ聞きなれない言葉に眉を寄せながら聞き返す。
「僕達は異世界から召喚された勇者なんだ。そしてその僕らを召喚した帝国のお姫様からの依頼でここのエルフを捕らえにきているんだよ」
その二人は飄々とした態度で、俺の問いに答えていく。
勇者。
それは元の世界では異世界転生もののライトノベルやRPGにおいて定番ともいえる役職だ。
それは大抵何らかの正義に基づいて行動する、特殊な存在だ。魔王を倒したり、はたまた困っている人を助けたり、それはもう善行の鑑のような立ち位置の人間だ。
それが、罪もないエルフを依頼されたから捕獲するような人間が勇者だと?
笑わせる。
なにが勇者だ。
ルルンを痛めつけておいて何一つ表情を変えない奴が勇者を語るなど言語道断だ。
俺はさらに言葉を強めながら問いかける。
「どこの世界から召喚されたか知らないが、この世界をなにかのゲームと勘違いしてるんじゃないか?命の重さはどの世界でも一緒だ!それを軽々踏み砕くようなお前らが勇者なんて語るんじゃねえ!」
するとその言葉を聞いていた、女がクスクスと笑いながら隣にいる男に話しかけた。
「クスクス、あの人物凄く熱くなってるわよ。どうする拓馬?」
「はあ………。こういうのはあまり好きじゃないけど、今回は仕方ない。少し反省してもらおう。僕達勇者に歯向かったことを」
その瞬間、拓馬と呼ばれた男の姿が消えた。
それはいつの間にか抜いていた青と黄色の装飾がされている片手剣を抜き俺の首筋を目掛けて振り下ろされる。
俺の後ろでは、シラとシルに治療してもらっているエルフたちが全員目を背けていた。
だが、ある種それは正解だったかもしれない。
なにせ無残にも吹き飛ぶ勇者を見なくて済むのだが羅。
バキ!という破砕音と共に一人の人間が吹きとぶ。それは数十メートル先まで吹き飛びようやく止まる。
「ガ、ガハッ!?」
「え?う、嘘………!?た、拓馬!?」
俺はその光景を睨みつけながら、首をコキコキと鳴らしはっきりと大きな声でその自称勇者たちに言葉を放った。
「いいか。俺は今かなり怒っている。本気で来ないとその命、簡単に散るぞ?」
その言葉は一瞬で空気を凍らせ、威圧を放つ。
しかしそれはエルフたちにすれば、救済の声と同じものに聞こえた。
同時刻。
とある冒険者ギルドの一室にて。
そこには重厚な鎧を纏っている強靭な肉体をぶら下げている冒険者が三十人ほど集まっていた。その中には意外にも女性の存在が多く目立ち、強者のオーラを滲ませていた。
それはそれだけで王国の近衛騎士団に匹敵する強さを保有するパーティー。
そのパーティーは現存するなかでは最強と言われており、冒険者の目指す終着点としても有名な大人数冒険者集団である。
そしてその中で一際光を放つ存在がいた。
それは黄金の鎧を身につけ、圧倒的な覇気を放ちながらその場に佇んでいる。
目を閉じ、何かを待っているその姿はとても戦いに明け暮れる冒険者とは思えないほどの整った容姿をしており、女性らしさを気配のなかに残していた。
するとそこに一人の男が一枚の紙を持ってきて声をかける。
「イロア様、どうやら帝国がエルヴィニア秘境に攻め込んでいる模様です。どうされますか?」
その言葉を最後の最後まで聞き届けると、その女性はゆっくりと瞼を上げ、目の前にいる自分のパーティーメンバーをぐるりと見渡すと、声高らかにこう宣言した。
「目標はエルヴィニア秘境!我ら黄金の閃光は帝国軍を打ち倒すためにエルヴィニアに向かう!よいな!!!」
それはSSSランク冒険者序列二位、金の守護者、イロア=ハールイという一人の女性が雄たけびを上げた瞬間だった。
次回はハクのパーティーメンバーそれぞれの戦闘を描きます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の投稿は今日の午後六時以降です!




