第八十八話 とある夏の始まり
今回から第三章がスタートします!
では第八十八話です!
夏。
猛暑を通り越して酷暑となった今日この頃。
蝉の声がどこに行っても聞こえるこの季節は一種のエモさを心に流すとともに、非常に堕落してしまう季節でもあった。
青い空に白い雲。田舎の村にふと立ち寄ってしまいたくなるそんな気持ちとは裏腹に、実際は灼熱の大地にどうやっても行きたくないという怠惰な感情が体を重くしていく。
まあ、なんだ。
難しい言葉であやふやに言っているが。
つまり、暑くて怠くて家から出たくないのだ。
身も蓋もなく言えば。
………いや、わかるよ?そりゃ世間一般で言うエモい現象が目の前にあればそりゃ誰だってその空間に身を投じたくなるものさ。でも、この世界はそんなエモさはひとかけらもない。
あるのは鉄板のように焼かれたアスファルトの地面と煌々と輝く太陽だけ。三十度を飛び越して四十度に到達しようとしているこの世界の気温は、俺が感傷的になる隙すら与えなかった。
「なあ、妃愛―………」
「な、なにー、お兄ちゃんー………」
「この部屋、暑くないか………?」
「暑いよー………」
「エアコンという文明の利器はないのかー………?」
「あるよー………」
「さっきからスイッチ押してるのに、まったく動かないんだけどー………」
「知らなーい、壊れてるんじゃないー………?」
「………。このやり取り何回めだっけ………?」
「うーん、三十回くらい?」
「………」
「………」
「だああああああああああああしゃらくせええええええええええええええい!!!暑い、暑い、暑いいいいいいい!!!どうしてこんなに暑いんだ!?どうしてエアコンが壊れてるんだ!?どうしてなんだあああああああ!?」
「………う、うるさいよ、お兄ちゃん。余計に暑くなるから大きな声出さないで………」
「おかしい、おかしいと思わないのか、妃愛は!?確かにエアコンは壊れている。でも俺はそのエアコンをずっと直し続けてきた。それこそ三十回全て、新品同様なまでに修理したんだ!なのに、なのにっ!」
壊れてしまう。
そう、壊れてしまうのだ。
いくら直しても、能力を使用して完璧に修理しても、何をしても再び壊れてしまう。
どれだけ調べても不調は見つからない。でも壊れてしまう。
その事実が俺たちから夏を生きる気力を奪い去っていた。
では、魔術やその他の能力でここをエアコンがかかっているくらいの気温に変えたらどうだ、と思うかもしれない。実際にそれは試した。試したのだが………。
「でも、お兄ちゃんがここで力使ったら部屋中が氷だらけになったじゃん………。さすがに、その手はもう使えないよ………」
「ぐぅぅ………。それを言われると返す言葉がない………」
妃愛が言ったようにこの家が極寒の大地と化した。
俺はアリエスのように氷魔術が得意なわけではない。それは俺自身も理解している。ゆえに今回は事象の生成を使ってレイキを少しずつ空間に満たそうとしたのだ。
しかし、どういうわけかその加減がうまくいかなかった。おそらくだが戦闘系の力を極めすぎたせいで、普段使わないような事象を引き起こす際に加減を間違ってしまうらしく、丁度いい気温を作り出すことができなかったらしい。
なんとも不便な能力だと自分でも思ってしまうが、最近はもっぱら自分を鍛えることしかやってこなかったので、ある意味納得してしまう自分がいるのも事実だ。
しかし、それでも。
暑いものは、暑いのである。
一応抵抗はしてみた。エアコンは壊れているが冷蔵庫は生きている。ゆえに氷を大量に作ってそれを水枕にしたり、電気代はかかるが冷蔵庫の冷気で涼んでみたり。
ただどれも失敗に終わったのは言うまでもない。暑さをしのぐ前に色々と問題がありすぎるからだ。電気代はもちろん、冷蔵庫を開ければ霜が発生して冷蔵庫の中が本当に大変なことになる。加えて、その霜さえも外気の熱で溶けてしまい床がびしょびしょになってしまう始末。
というわけで。
俺と妃愛は極力体を動かさないようにソファーに沈みながら、ぼやぼやと夏の一日を過ごしていた。暑すぎると体を動かす元気すらなくなり、適当に飯を食べた後は惰眠を貪るような生活が続いている。
ちなみに。
あの戦い、麗子とその家族を巡った戦いからしばらく時間が空いてしまっているので、その間に何が起きていたか、それを説明していこう。あまりにも暑くて全てにやる気が出ないので、そうでもしないと自分を保ってられないと思ってしまったからだ、というのは内緒である。
あの戦いの後。
妃愛と時雨ちゃんはすぐに学校に復帰し、いつも通りの日常を送ることとなった。時雨ちゃんたち真宮組の連中は、正体不明の暴力集団に襲われたと勘違いしていたらしく、襲撃者の犯人が麗子やその家族だとは気がついていないようだった。
とはいえ、麗子が学校にいないという状況は変わらない。俺はすぐに后咲の下へ出向き、麗子の休学願いを出すように頼み込んだ。こういうての話は俺が能力で無理矢理ごまかすより、その土地の人間ないし関係者に頼み込んだ方がうまく進む。麗子を病院へ入院させた一件で俺もそれを学んでいた。
ということもあり、麗子が今どのような状況に置かれていて、どこにいるのか、それを知るものは俺と妃愛、そして后咲しかいない。時雨ちゃんやその他のクラスメイトには持病が悪化し、学校にこれなくなったと説明しているらしい。
んで、その後妃愛はすぐに修学旅行という中学生活最高のイベントに誘われていった。さすがに妃愛の心情的に麗子が目を覚まさず、後味の悪い終わり方をした戦いの後でそんなイベントに向かってしまうのは気が引けたようだが、そこでしょぼくれることを麗子は望んでいないと思い振り切ったようで、それなりに修学旅行を満喫していた。
というのも、さすがにこの状況で妃愛を一人で遠方に旅立たせるわけにもいかないので俺も実はその旅行に同行している。同行といっても、俺は目立たないように気配を消しながら妃愛を見守っていただけなので、特に問題も起きなかった。
そんなことをしているうちに、六月、七月と月日は流れ待ちに待った夏休みが開幕。
当然ではあるがこの日本列島にも猛暑が到来しており、夏の空気をどんどん盛り上げていっていた。
そんな夏に至るまでにも皇獣を討伐するようなことは少なからずあったものの、それは大した問題にはならず、帝人も五皇柱も俺たちに前に姿を現わすことはなかった。一応后咲に様子を確信したりしたのだが、あまりどちらも活発に動いている様子はないということで、せいぜい注意を張り巡らせる程度のことしかできなかったという背景がある。
そしてその夏休みに突入した今、妃愛は大きな成長を遂げていた。
あの戦いの後、妃愛は俺の指導のもと自分の力をコントロールする技術を磨いていった。案外筋はいいようで、俺の言ったことはすぐに吸収するし、特に反抗することもなく無事にその特訓は進んでいった。
しかし一つ疑問なのは。
やはりどうして妃愛がそんな特殊な力を持っているのか、それに尽きるだろう。
結局、俺にはなぜ妃愛が「神の気配」を持ち、その力を振るうことができるか、それがわからなかった。何かしらの原因があるのは間違いないが、その力が宿った原因がまったくつかめていない。おそらく妃愛の記憶が欠落していることに何か関係がありそうだが、俺が妃愛を鍛えている限りではそれは掴めなかった。
という現状があっての夏休み。
高校入試を控えている妃愛からすれば勝負の夏というやつだが、当の妃愛はお娟を握ることもなければ教科書を開くこともしなかった。理由は簡単、妃愛にはその必要がないからだ。
妃愛は言ってしまえば天才だ。聞けば特に勉強することなく教科書や問題を見ればすぐにその答えが浮かんでしまうらしい。その能力とも言うべき学力は「どこかの姉さん」を彷彿とさせるが、まあ本人が勉強しなくてもいいと言っているのだから俺も特に何か言うことはしなかった。
ってなわけで、今に至る。
冷気を求めてソファーに身を預けている俺たちだったが、その体温は落ちるどころかどんどん上昇していっており、何もしていないのに汗がにじみ出てきてしまっていた。
「………お、お兄ちゃん。麦茶、飲みたい………。確か麦茶冷蔵庫にあったよね………?」
「あ、ああ、そうだな………。少し休憩でもしよう、いや、今も休憩してたか………」
なんてボヤキが出てしまうほど俺たちは暑さにやられている。
この夏にエアコンの一つもない家に閉じ込められているのはもはやただの拷問だ。俺の場合神妃の適応能力で皮膚の感覚も大分変化してきているので、それほど辛いというわけでもないのだが、なまじ元が人間な分この暑さには苦言を呈してしまう。
そんなことを悶々と考えながら俺は冷蔵庫を開けて一応冷えていた麦茶を取り出すと、コップを二つとってその中にゆっくりと注いでいった。麦茶はお茶の中でも体を冷やす作用があるとかないとか、そんな話を聞いたことがあるが、正直言ってこの暑さの前では一時の気休めにしかならない。
と、わかっているものの。
麦茶を見た瞬間、それを呷りたいと思ってしまうのだから仕方がない。
その欲求に逆らっていてはそれこそ精神が崩壊してしまう予感がある。
ゆえに妃愛と一緒にソファーに座った俺はごくごくとその麦茶を喉に流しながら、喉を潤わせていった。
「ごくごくごく………。ぷっはっ!………なんで夏に飲む麦茶ってこんなに美味しいんだろうな。この味なら三ツ星レストランも勝ち目ないぜ………」
「そ、それは私も同感かな………。暑い時に飲む麦茶に敵うものなんてどこにも存在しないよ………。というか、そろそろあのエアコンどうにかしないとね。さすがにこのまま後一ヶ月この家で過ごすのはきついというか………」
そのまま俺と妃愛の視線は部屋の天井付近についているエアコンに向けられた。
思えば不思議な話である。
俺の能力で治ったエアコンが数分と経たずになんども故障する。もはやそれは何かの怪奇現象ではないかと思ってしまうくらいの頻度で壊れているのだ。
一応前にも調べてみたことはあったのだが特に異常はなく、目立った破損も見られなかった。念のためお隣さんや近所の人にもエアコンの調子や電気の様子などを聞いて回ったのだが、やはり以上が起きているのは俺たちの家だけだった。
となると、その原因は何かしら存在しているはずだ。
だが、それがわからない。能力を使って調べて見ても「多少の違和感」はあるものの特におかしな場所は見られなかった。
ゆえに先ほどのやりとりを三十回ほど続けてきたわけだが、さすがにこのままで本当に二人とも干からびてしまう。そんな妃愛の意見には俺も同意だった。
そう判断した俺は仕方なくソファーから立ち上がると、浮遊の力を使って中に浮かびエアコンの調子を直に確かめていく。がちゃがちゃとエアコンの中に手を突っ込みながら中の様子を確認するが、出てくるのは無駄に溜まった誇りとカビだけで目立った異常は見つからない。
「どう?何かおかしなところある?」
「いや、やっぱりどこもおかしくないな………。故障してる箇所も普通に故障してるみたいだし、誰かが何かをやった痕跡は………って、ん?」
その時。
俺は何かを発見した。
エアコンの裏で何かが光っている。それは電気によるものではなく、明らかに魔力の匂いが漂っていた。そしてそれを見た瞬間、俺はそれが何なのか理解してしまった。
「………魔力遮断術式に破損術式。魔術の基礎的な術式だけど、こんなものがエアコンに隠されていたのか………ん?」
「へえー、それが原因なんだ………。道理で調子が悪いわけ………ん?」
そこで俺たちの言葉は止まってしまう。
そしてお互いに目を見合わせた後、二人同時にこう呟いていた。
「「も、もしかしてこの部屋に誰かが入ったの?」か?」
だが次の瞬間。
今度は玄関の方から何かが破壊されたような音が響いてくる。
そしてその直後。
真っ白な髪を携えた女性が部屋の中に侵入してきた。
「だあああああああああああああ!!!ど、どうしてあなたはそんなにねちっこく私を追いかけてくるんですか!?変態なんですか、ストーカーなんですか、人間とは呼べない外道なんですか!?」
その女性を俺たちは知っている。
見間違うことのその容姿。
それはここ数ヶ月まったく姿を見ていなかった「とある魔人」だった。
そう、それは。
純然たる魔人こと、ミスト・シャリエスだったのだ。
次回は、すみません。執筆する時間が取れないのでぷちしんわになりそうです……。
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