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第八十五話 誰かの夢

今回はハクの夢をお送りします!

では第八十五話です!

 夢を見ている自覚はあった。

 夢の中に自分の意識が溶けるような感覚は今回が初めてではない。というかむしろ慣れているくらいだ。最近ではそんな体験も少なくなってしまったが、アリスをめぐる騒動が起きていた時は何度もあったように思える。

 しかし不思議なもので、そんな自覚があったとしても目覚めるとその中で見た記憶はおぼろげになってしまう。やろうと思えばそれを事細かに記憶することもできるのかもしれないが、いかんせん夢の中ということもあって意識がはっきりしない。

 ゆえにその記憶を持ち帰ることは半ば不可能に等しいと言えるだろう。

 しかし、断片的な記憶は残っているものだ。


 例えば。

 夢の中でさえ衝撃を受けるような信じられない光景とか。

 絶対にあり得ないと思えてしまう現実が描かれたのなら、とか。

 そして皮肉というか、なんというか。

 今回俺が見た夢はまさに「それ」に該当するものだった。


「………」


 辺りを見渡す。

 そこは今俺がやってきている妃愛の世界に近い景色を残していた。

 しかし、周囲の状況は変わり果てている。

 大量の皇獣。血を流して倒れている人間。悲鳴すら聞こえなくなった虚無の空間。明かり一つないその場所は言ってみればとてつもなく荒んだ廃墟のような街だった。

 そこに俺は立っている。

 そしてどういうわけか声を出すことも体を動かすことも可能だった。


「………今までの夢は体はもちろん声なんて出せなかったはずだけど」


 と、当然の疑問を口にした俺だったがそれよりも気になることがあって反射的に目を奪われてしまう。

 俺が立っている道の先。

 そこからとてつもない気配が流れ出していた。そしてそこに向かおうとしている一つの影がある。その人物は妃愛のような金色の髪を持ち、これまた妃愛と同じような身長を持った少女だった。

 顔はわからない。見えているのは背中だけ。気配を探ろうと思ったが、この世界では気配の大小は判別できるもののその種類までは捉えられないらしい。

 ゆえにとりあえず追いかけてみることにする。

 ここまで意識が夢の中に引っ張られているということはこの世界から自力で脱出するのは困難だろう。であれば、この世界が導くように行動するのも一つの手なはずだ。

 俺はそう考えるとできるだけ駆け足でその少女の後をつけた。だが不思議なことにこの街にはその少女以外の気配をまったく感じられなかった。その理由はわからないが、倒れている人はいれど、生きている人は誰もいないようだ。

 と、思っていた矢先。


「ッ!?」


 進行方向から体を突き刺すような気配が流れてきた。

 その気配はとても重く、それでいて神聖なものに感じられた。しかし仮にも神妃の名を冠する俺がこの程度の気配で踏みとどまるわけがない。この世界でうまく能力が発動できるかはわからないが、それでも俺の精神状態はいたって普通だ、今更大きな気配ごときで怖気付くはずがない。

 なのだが。

 ふと視線を隣に移すと、そこには先ほどまで追いかけていた少女の姿があった。驚いて周囲を確認すると、そこはすでに荒んだ街ではなく何もない荒野のような場所に変化していた。


「な、なにがおきて………」


 と、反射的に声を上げてしまったが、そこで俺は目を見開いて口を噤む。

 その理由はいたって簡単だ。

 俺が追いかけていたその少女の正体が妃愛に似た少女ではなく「妃愛本人」だったからだ。金色の髪に漆黒の瞳。アリスの容姿を写し取ったようなその美貌は夢の中でも健在らしい。

 しかし、妃愛は俺に気づいていない。

 それどころか目すら合わない。向こうが合わせないわけでも俺が外しているわけでもない。

 根本的に。


 妃愛には俺の姿が見えていないようだった。


 ………やはり、ここは夢の中ってことか。実体を持つ俺の意識は夢の中の住人に触れることはできない。なんとなく察していたことだったが、いざそれを前にすると少し寂しいものだな………。

 と、俺はそんな悠長な思考を浮かべていたのだが、そんな俺を驚愕させる事態が起きていった。


『どう、して………。どうして、私を、一人にしたの、お兄ちゃん………。帰ってきてよ、帰ってきてよぉ!!!』


「え?」


 言っている意味がわからなかった。

 妃愛の言う「お兄ちゃん」が俺であるとすれば、俺がまず間違いなく「ここ」にいる。であれば彼女の言葉は色々と間違っていることになるのだが、しかしそれも違う気がした。

 そもそも今の妃愛に俺の姿は認識できていない。ということは、妃愛が「お兄ちゃん」と呼んでいる人物はまた別にいるはずだ。

 とするとこの世界には俺とは別の「お兄ちゃん」が存在することになる。

 そ、それは一体誰なのだろうか………?

 そんな興味が湧いた。

 この世界が何を意味しているのか、それはわからない。というか夢なのだから俺の変な妄想が具現化したり、そもそもが空想の世界である可能性が高いはずだ。

 そう考えるのが当たり前。

 そのはずなのだが。


 俺にはどうしてもこの世界が「ただの夢」だとは思えなかった。


 根拠なんてない。

 だけどなんとなくわかる。

 これはアリスが俺に見せて来た夢にとても似ている、と。


 そう認識した瞬間。

 また景色が変わった。

 隣にいたはずの妃愛が消えてしまう。その代わりに同じ金色の髪を持つ別人が姿を表した。その人物は金色の髪に赤い瞳、そして白いローブを羽織って「何か」と戦っている。両手には二本の剣が握られており、体のいたるとこに切り傷のようなものがついていた。


「あ、あれは………!」


 ここまで言えばわかるだろう。

 そう、そこに立っていたのは。




 俺の知らない「俺」だった。




『はあ、はあ、はあ………』


 息が荒い。

 気配の大きさも考えてこの俺の限界が近いことは明白だった。

 だがもしこれが本当に俺なら「ここまで追い詰められてまだ剣を使っている」という事実がおかしい。加えてこの俺が使っているのはせいぜい中途半端な神妃化レベルの力だ。

 つまり、その程度の力しか使っていないのに瀕死状態になっているこの光景がおかしかったのだ。

 そしてそんな俺の先に。

 「それ」はいた。


「な、なんだ、あれ………。く、黒い、何かが蠢いて………」


 「それ」が何かは見えない。見えないしわからない。

 気配もほとんど感じない上に、こいつが強いのか弱いのかさえまったく予測できなかった。

 ただ一つわかることは。




 この何かが「俺」を追い詰めている、ということ。




 そう思った瞬間、背筋が凍るような悪寒が身体中に駆け巡った。珍しく額から汗が吹き出し、呼吸が不安定になる。死の恐怖、というものだろうか。とっくに克服したであろうその感覚が体の動きを鈍くしてくる。

 だがここで俺は我に返った。

 その「何か」にもここにいる「俺」にも俺は見えていない。だがそれでも声をかけずにはいられなかった。


「お、おいっ!なんでこんなに追い詰められてるんだよ!完全神妃化でも人神化でも、なんでもあるだろう!お前を最強にしている力を早く使えよ!!!」


『………』


 返事はない。

 当然だ。

 この「俺」に俺の声は届かない。

 だから返事もない。

 しかし。

 そんな俺に言葉を返してくる「何か」がいた。


「それは無理な話だ。こいつは『お前』であってお前じゃない。今のお前にできることができる『お前』じゃないんだ」


「ッ!?」


 その声につられるように俺は振り返った。しかし誰もいない。なら前か、横か、上か、下か。順番に目を動かしていくが、誰も視界には入ってこなかった。

 しかしその声は続く。


「無駄だ。お前に『俺』を捉えることはできない。能力的に無理なわけではなく、そもそもお前が俺を捉えられるようにこの世界は設計されていない、ただそれだけだ。まあ、仮にお前が俺を捉えられたところで事態はまったく進展しない。気にするな」


「お、お前、何者だ………?どうして夢の中で俺に話しかけてきている?」


「夢とは、脳が休息を必要としているときに記憶を整理することでその断片を垣間見る現象だ。その過程で色々な本来あるべき記憶とは別の記憶同士が間違って繋がることで、現実には起こり得ない現象を脳に書き込んでしまう。ただ言い換えればそれは、その夢という空間こそ『意識の隙』と言うことができるんだ」


「………つ、つまり、俺が夢を見ているからお前は俺に話しかけられているとでもいいたいのか?」


「その通りだ。お前が夢を見なければここまで深くお前に迫ることはできなかっただろう。覚醒時にできることがあるとすれば、一言二言幻聴のようなものを聞かせうことぐらいだな」


「幻聴………」


 それには心当たりがあった。

 前に月見里家を偵察に行った帰りにそのようなことがあったはずだ。確かに思い返せばその時に聞こえた声とこの場で聞こえている声が似ている気がする。

 だがそれは無理な話だ。

 俺は腐っても神妃だ。精神異常にはめっぽう強い性質を持っている。いくら夢の中とはいえ、半ば意識を掌握するような芸当ができるはずがない。

 と、思っていたのだが、それは声の主本人に否定されてしまった。


「可能か不可能か、その二択で答えれば、可能だ。無論、どこにでもいる一般人ができることじゃない。それなりに『お前と波長が合うやつ』じゃなければ現実にはできないだろう」


「………何が言いたいんだ?」


「さあな。そこまで語れるほど俺は暇じゃない。そもそもそんなに時間があるわけでもないしな。今の俺にできることといえば『今、ここで戦っているお前が死ぬ』という事実を伝えることだけだ」


「な、なにっ!?」


 そう言われて改めて周囲の状況を確認した。

 そこにはいつの間にか体を真っ黒な剣で串刺しにされている「俺」と、苦しそうにうごめく黒い「何か」がいる光景だった。そしてしばらくするとその「俺」はその場で倒れ血を流しながら動かなくなってしまう。

 その際に何か呟いていた気がするが、それは聞き取ることができなかった。


「お、俺が、負けた………?ど、どうして………」


「どんな戦いにだって勝者と敗者がいる。その敗者が今回は『こいつ』だっただけだ。だから言っておく。油断はするな。どんなに強大な力を持っていても負けるときは負ける。確かにお前はここにいた『お前』よりは強いんだろう。だが、それでも、だ。負けは常に考えておけ。そして負けるな。絶対に負けるな。『お前というお前は』絶対に負けちゃいけない。それだけは忘れないでくれ」


「ど、どういうこと………なっ!?」


「………そろそろ時間のようだな」


 その言葉が聞こえた瞬間、夢の世界が途端に崩れ始めた。バラバラと白と黒のガラスが世界に飛び散り、俺の意識を無理矢理夢の外へ追い出そうとしてくる。その力には流石の俺も抗えなかったらしく、引きずられるように体が夢の外へ動かされていった。


「ま、待てっ!」


 必死に叫ぶがそんな声を聞いてくれるはずもなく、世界は終わりへと走り始める。だがそんな感覚とともにどこからともなくこんな声が響いてきた。


「お前は強い。それは誰だってわかっている。だから救え。この世界を、妃愛を。身近にいる全ての人間を救うんだ。それが俺たちがお前に託せる最後の願い。『幾重にも繰り返されてきた回帰』を生き抜く最後の方法だ」


 その言葉は聞こえただけで返事を返すことはできなかった。まばゆい光が辺りを包み、完全に夢の世界が閉じてしまう。

 だがその最中俺は「色々」なものを見た。

 泣き崩れる妃愛の姿。

 死んでしまった俺の亡骸。

 そして。

 そして。

 そして。




 そんな俺たちを見ながら嘲笑うような表情を浮かべている「何か」。




 それを見た瞬間。

 俺はどういうわけか激しい怒りに襲われた。

 だがそれは俺の怒りじゃない。俺が知っている怒りじゃない。

 その怒りは。

 この夢の。


 この夢の「主役」だったものの怒りだ。


 ゆえに怒りに襲われても俺が怒ることはなかった。

 残ったのは大きな疑問。

 その怒りの主がどうして怒っていたのか。

 ただそれだけ。


 これから探るべきことは山ほどある。

 だけど、この夢がきっかけで俺はまた新たな問題へ向かうことになる。

 その先に何が待ち受けているのか、それはわからない。


 しかし。

 わかっていることがあるとすれば………。

 それはこの夢に出てきた「何か」が。




 「神妃」となった俺でも負けるかもしれない力を持っているかもしれない、ということだった。


次回はハクと妃愛の会話になります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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