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第八十四話 無力との決別

今回は妃愛の視点でお送りします!

では第八十四話です!

 本当に無力だ。

 何も、何もできない。

 そんな自分に嫌気がさす。

 それなのに私はお兄ちゃんに当たってしまった。お兄ちゃんは必死戦って、それでもどうやっても救えないと判断したから、それが救いとなると思ったからあの人たちを殺した。

 でも、私はそれが納得できなかった。しようとさえもしなかった。

 一人で蹲って、自分がやってしまったことを棚に上げて、無言を決め込んだ。

 なんて、なんて情けないんだろう。

 掌返しにもほどがある。自分と時雨ちゃんをいじめていた月見里さんには色々な秘密があって、それが結果的に私たちに向けられていただけだと知った瞬間、私は月見里さんたちを「守りたい」と思ってしまった。

 皇獣とは五皇柱とか、そんな存在から守りたいと思ったわけではない。

 ただ。


 月見里さんたちが歩く運命から守ってあげたい。


 そう思ってしまったのだ。

 だから私は私のために戦ってくれていたお兄ちゃんを少しだけ恨んでしまった。本当はそんな権利も立場もないのに、心の底から嫌悪してしまった。

 なのに。

 お兄ちゃんのそばにいたいと思ってしまう自分がいる。

 馬鹿だ、本当に馬鹿だ。

 自分から突っぱねておいて、近くにいたいなんて。傲慢にもほどがある。

 その自覚があった。

 それなのに、まだ私は迷っている。

 後悔もある、罪悪感もある。

 でも、これから私はどうすべきなのか。それがまったくわからなかった。いや、わからないというよりは決められないと言ったほうが正しいかもしれない。こんなどうしようもない私が、これから先何かを選んでもいいのだろうか、そんな疑問が頭と心に滞留している。その感情は私という存在をどこまでも闇へ引きずり込んでいった。

 そして気がつけば、リビングには私だけが取り残されていた。部屋は暗く、灯りはついていない。月明かりだけが窓から差し込み、白い光が私の体を照らしてくる。だがその光も徐々に消え始めており、朝の到来を肌に伝え始めていた。

 朝焼けが世界を包む直前、そんな時間。

 空が大量の光を反射して様々な色を映し出す奇妙な空間。

 その中で私は一人世界から取り残されていた。


「………ぁ」


 しかし、その世界が私に「とある」ことを思い出させてくれる。

 月見里さんは言っていた。


『この戦いが終わってあなたが生き残ったら私の部屋に行きなさい』


 そこに全てが書かれた日記があるから、と。

 その言葉を不意に思い出した私は、疲労が溜まった体を動かし家の玄関まで歩いていく。その行動は半ば強制すら感じる動きで、見えない糸に引っ張られているような奇妙な感覚を私に走らせてきた。

 しかし止まれない。止まろうとすら思わない。

 だって、そこに行かないといけないから、そう心が訴えてきているから。

 だから進む。

 こんな遅い時間に外に出たことはないけれど、今日は不思議とどこまでも行ける気がしていた。幸いと言っていいのかわからないが今ここにお兄ちゃんの姿はない。おそらく自分の部屋で寝ているのだろう。先ほど月見里さんを病院へ連れていったと私に伝えてきてから、気配が動いていないところをみるとまず間違いない。

 そう思った私はそのまますぐに家を飛び出していった。玄関の扉を開け、門をくぐり、アスファルトに覆われた道を蹴りつけて前に進んでいく。

 そしてその足は自然と走り出していた。あれだけの戦いがあった後にまだ体が動くこと自体、私には驚きだったのだが、不思議とこの瞬間だけは体の疲れを感じなかった。それはまるで月見里さんが私という存在を誘っているかのようだった。

 そして目まぐるしく変わる景色を一瞥しながら走り続けた先に、それは現れた。

 いつ見ても豪華な造りのお屋敷。西洋の文化を日本にそのまま取り入れたような造りのその建物は、小さな私のそのまま飲み込んでしまいそうなほど大きく、立派に立ちそびえていた。

 だが不思議なことに、そのお屋敷を取り囲んでいる門がどういうわけか開いている。警備の人間もおらず、このお屋敷の中に人間という存在がすっぽり抜け落ちているような雰囲気が流れていた。

 実際。

 その感覚通り、お屋敷の中には誰もいなかった。

 メイドさんや執事の方も、庭師や料理人も。本来いなければいけない人全てがここに存在していなかった。

 理由はわからない。でも、もしかしたらこの展開すらも月見里さんは読んでいたのかもしれないと思うと自然と納得できた。あの月見里さんならそれくらいできて当然と思っている部分があるのかもしれない。

 そう思った私はお屋敷の中に足を踏み入れ、そのまましらみつぶしに全ての部屋を覗いていった。というのも私は月見里さんのお家の場所は知っているものの、どこに月見里さんの部屋があるのか、それは聞いていない。

 つまりそれらしい部屋が見つかるまでトライアンドエラーを繰り返さないといないというわけである。

 だがその最中。

 私は見つけてしまった。

 血に濡れたこの世に存在してはいけない空間を。


「ひぃっ!?」


 思わず声が漏れてしまう。

 地下に作られていたその空間は誰かの血でべっとりと赤く染まっており、とてもではないが人間が生活できるような場所ではないと断言できる空間だった。

 しかしそこには間違いなく誰かがいた形跡がある。自然と流れた血のあともあれば、誰かの指によって文字が書かれた痕跡が残されていた。その文字にはここにいたであろう人の叫びや願い、苦しみが際限なく刻まれている。

 それを見た瞬間、私は悟ってしまった。

 ああ、これが月見里さんが耐え続けていた苦痛なのか、と。

 この場所で一体どんな苦行に耐えてきたのか、それはわからない。でもそれは人間が、ましてや十四歳の少女が受けていい苦しみではない。おそらく私であれば一時間も経たないうちに精神が崩壊してしまうだろう。

 それなのに月見里さんは………。

 そう考えると胃の中から急に吐き気がこみ上げてきた。しかしそれは無理矢理押さえ込んで体の中に戻していく。それはある意味月見里さんへの贖罪だったのかもしれない。こんな程度で吐くなんて、この場所では絶対にできない。そんな決意が私を動かしているような気がする。

 そしてその部屋を出た直後。

 私は直感的にずっと避け続けていた部屋の扉を開いていった。避けていた理由はわからない。わからないというよりはわかろうとしていなかったのかもしれない。

 この場所こそが月見里さんの部屋だと一目見た時から気づいていたから。

 体が。

 避けていた。

 そんな気がした。

 しかしこのまま何もしなければここにきた意味がない。ゆえに開く、足を踏み出す。そこにあるいたって普通な女の子の部屋に私は入っていった。

 お屋敷がかなり豪華なため、一般的な女の子の部屋かと言われると少々疑問が残るが、物騒な武器が転がっていたり血のあとが残されているわけでもない。いい匂いの漂う女子中学生の部屋がそこにはあった。

 そして。

 その中にある一つの机。

 その天板の上に。




 それはあった。




 綺麗な部屋とは打って変わってその日記はかなり汚れている。水か涙か汗か、何か得体のしれない液体で濡らされたのか紙がシワクチャで、表紙などはもはや何が書いてあるかわからないほど痛んでいた。

 だけど、だからこそわかることがある。

 この日記に月見里さんの全てが詰まっていると。

 私はその日記を手にとって机の近くにあった椅子に腰掛けるとゆっくりとその中に視線を落としていった。震える手を動かして一ページ、一ページ丁寧に開いていく。

 そこに抱えていたのはいうまでもなく、月見里さんがこれまでどんな人生を送り、どんな境遇で生きてきたのか、その全てだった。

 生まれた時から魔人になることを強要され、自分のお母さんが皇獣の力によって狂わされていることに気付きながら、それでも家族と関係のない一般人のことを考えて必死に運命を戦い続けた彼女の一生がそこにはあった。

 でも、その合間から。

 少し、また少しと、月見里さんの本音が漏れ出している。


『どうして、私たち家族がこんな目に合わないといけないの?』


『どうして私はこんなに辛いのに、報われないの?』


『辛い、苦しい、誰か、誰か、助けて………』


『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』


『………』


 読めない。

 もう読めない。

 辛い、辛すぎる………。

 こんなことがあっていいのだろうか。こんなことが許されていいのだろうか。

 白包という財を求めて戦いに参加しただけで、こんなにも酷い結末を、人生を歩かされて、本当にそれは正しい事なのだろうか。

 否。

 そんなはずない。

 それは間違っている。でも、月見里さんは逃げ出せなかった。自分だけが助かる道なんていくらでも見いだせただろう。しかしそれをしてしまえば月見里さんの家族が関係のない私たちが苦しむことになる。

 そう月見里さんは考えていたのだ。

 そして月見里さんは知っていた。私が月見里さんをかばった時に発動した力について。


『鏡妃愛、あの子には私たちに似た力がある。だから真宮さんよりも、彼女を最優先に守らないといけない………。私は嫌われてもいい、でも、それと引き換えに関係のない人だけは守らないと………』


『でも、あの子には助けてくれる「仲間」がいる。私には望んでも手に入れられなかった存在が近くにいる。………妬み、なのかしらね、これは。本当、どこまでも腐った女ね、私は』


『真宮さんに手を出した以上、もう引くに引けないわね………。謝っても、どれだけ謝っても許してもらえないだろうけど、これで彼女たちがこの戦いから逃れられるなら私は悪者でいい………。もう私にはそれくらいしかできないから』


 どうして、どうしてなのだろう。

 どうして月見里さんはここまで自分を犠牲にすることができたのだろう。

 自己犠牲によって守られた側の人間がどう思っているか、どうしてそれを考えなかったのだろう。

 いや、それはあまりにも自己中心的すぎる。

 彼女の考え、思考、その全ては彼女のものだ。それに私がとやかく言う権利はない。そしてそうせざるを得なかった環境に彼女がいたことも認める。それを口にできなかった事実も現実も、理解できた。

 サードシンボルを体の中に入れられていた彼女には時間がなく、私たちを救うことだけが生きがいになっていたことも、それも知ってしまった。

 でも、だったら、どうして………。


「ど、どう、して、こんな、こと、書いたの………」


 私の視線の先。

 そこには自分の人生を語った言葉以外に、小さな文字でこんなことが書かれていた。




『今日はお友達と一緒にご飯を食べたわ!私はいじめっこの立場だからあんまり感情を表に出せないけど、すごく楽しかった。もしかしたら鏡さんや真宮さんとも、こんな時間を過ごせたのかと思うと、すごく残念………』


『ああ、またやってしまった………。こんなに強く当たる気は無かったのに………。本当はいじめたくなんてないのに、でもそんなことしたら二人が………。本当はお友達になりたかったのに………なんて言っちゃダメよね』


『この戦いが終わったら、みんなと仲良くできるといいな………なんてね』




「言ってくれれば、よかったのに………。もっと歩み寄れたかもしれないのに………。そしたこんな結末………。う、うう、うわあああああああああああああああああああ!!!」


 そこに書かれていたのはどこにでもいる女の子の純粋な気持ちだった。この日記だけに呟かれた普通の感情。

 月見里さんという女の子が残酷な運命にあがいながら紡ぎあげた暖かい言葉。

 それを見た瞬間、私は涙を抑えられなくなった。

 もし私が月見里さんの気持ちに気づいてもっと近づいていれば、もっと話をしていれば、月見里さんの心の氷を溶かしてあげられたのかもしれない。

 仮に彼女が拒んでも、こんな結果にだけはならなかったのかもしれない。

 でも、そう思った瞬間。

 その考えが間違っていることに気がついた。

 それを望まなかったから月見里さんは自分の命を犠牲にしてでも私や他のみんなを守ったのだ。そして消えていった月見里さんのお母さんやお父さんも同じ。

 あの三人は、魔人になっても皇獣になっても帝人になっても、「人間」だった。

 だから強かった。

 とても人間らしかった。


 そして。

 その気持ちを受け取った今。

 私ができることは………。




 そう考えた私はまた動き出す。

 残された私にできることだけを考えて、ゆっくりと歩いていくのだった。


次回はハクの夢にせまっていきます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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