第八十三話 課題と進展
今回はハクの視点でお送りします!
では第八十三話です!
帰宅した俺はその足で麗子を近くの病院まで連れていった。さすがに寝たきりの彼女を妃愛の家においておくわけにもいかなかったし、一応健康状態など気を遣わなければいけない場面も出てくると判断して病院へ連れていったのだ。
もしかすると対戦の管理をしている后咲の元へ連れていくほうが色々と安全なのかもしれないが、いきなり押しかけるのも悪い上に、俺はまで彼女を完全に信用しているわけじゃない。
それにカラバリビアの鍵という神器を失った彼女は言ってしまえばただの一般人だ。魔人という力を有してはいるものの、皇獣や帝人たちに狙われる恐れはない。ゆえに、ある意味これ以上麗子をこの戦いに近づけさせない目的も、この入院には込められていた。
とはいえ、いきなり意識のない人間を連れていけばそれなりに騒動となるので、そこは色々と能力を使いながら誤魔化すことにした。というか彼女の状態を説明するには少なからず対戦のことを話さなければ行けない上に、話してしまえばそれこそ病院自体が安全ではなくなってしまう。
それだけは絶対に避けなければいけなかったので、俺は麗子という少女に隠された真実をうやむやにした。
ちなみに、もう一度俺の方で麗子の容態を調べて見たがやはり今の俺ではどうすることもできなかった。俺が管理している蔵の中には当然、意識のない人間を一瞬にして回復させる薬や神宝も入っている。かつて神々の頂点に君臨していたリアが所持していた蔵だ、その中に不可能という文字はない。
仮にそれがなくとも俺には事象の生成や空想の箱庭という能力がある、それらを着けば最悪どうにでもなることもは周知の事実だった。
しかし。
それができない。
空想の箱庭だけは少々別だが、そもそも麗子自身に生きたいという意思がない以上、こちらからどのようなアプローチをかけても目を開くはずがないのだ。その証拠に今の麗子の体はいたって健康だ。魔人ということもあって驚異的な再生能力が、体を二つに裂かれた彼女の体を完璧に修復していた。
だというのに目を覚まさないというのは、もはや彼女がこの世界に未練を感じておらず、生きたまま死んでいるような状態だからとしか言いようがない。こちらがどれだけ力を注いでも、それを全て跳ね返されれば無に帰してしまうのは道理。どれだけ美味しい料理が並ぼうと、それを拒まれてしまっては体の中入らないのと同じだ。
事象を上から塗りつぶす事象の生成であっても、塗り替えるという力が能力な以上、それを弾かれれば元も子もない。空想の箱庭だけは事象を塗り替えるのではなく、俺のルールに書き換える力なので麗子の目を開かせることはできるかもしれないが、あれは膨大な力を消費する上に永遠に発動させることはできない。
ゆえに。
今の俺には彼女を救うことができない、というのが俺の結論だった。
なんでもできる神妃が諦めを見せるなんて拍子抜けだと思われるかもしれないが、そもそもこの世界は俺が知っている世界とは違うのだ。色々と調べてみたがリアが作り出した世界の中に、皇獣なんて存在が生息した世界は発見できなかった。
ということはこの世界はリアという存在が作り出した物理法則の外に位置する世界ということだ。アリエスが住んでいたい世界もリアが知らない世界だったが、この世界は比較的俺たちが住んでいた世界と近い世界線を辿りながら、リアの世界網から完全に独立した世界という位置付けらしい。
であれば、俺にわからない、できないことが出てくるのはある意味当然と言える。記憶庫も抑止力もいないこの世界で俺の思い通りに回る方がレアケースなのだ。
と俺は考えたため、麗子を一旦病院へ入院させたのだが、まあ異世界人の俺がこの世界の地理情報に詳しいわけもなく、駆け込んだ病院は案の定あの時雨ちゃんたちが入院している病院になってしまった。
んで、その時雨ちゃんに関してだが、幸い彼女にかけられていた呪いのような傷は麗子が死に限りなく近づいたことによって全て癒えており、明日にでもなればすぐに退院できるくらいに回復していた。その他の真宮組に関係する患者も俺の力で回復させておいたので問題はないだろう。
せめてもの尻拭いのつもりなのか、ただのお節介なのか、それは俺にもわからない。でも、俺と妃愛が麗子たちと争ったことで時雨ちゃんに関係する人たちは傷ついた。であればその責任は取らなければいけない。
この時の俺は少なくともそう考えていたのだろう。
時雨ちゃん関係の人間はこれで問題ないだろうが、麗子のことはまだ保留中というのが正しい。俺の考えは先にも述べたようだが、それはあくまでも俺の個人的な考えだ。この世界で魔人はどのように振る舞うべきなのか、どのような生活を送ればいいのか、それを俺は知らない。もしかしたら魔人であるミストや対戦の管理者である后咲に意見をうかがったほうよさそうな気もする。
ゆえに俺は一度麗子を病院のベッドに寝かせた後、今度の方針や「塞ぎ込んでいる」妃愛のことを考えながらこの場を後にした。
どうせミストたちは俺たちが今日、激闘を繰り広げたことを知っているに違いない。神妃化も使用した上にセカンドシンボルとサードシンボルが登場した前代未聞の戦いなのだ。知らない方がおかしいだろう。
そんなことを考えながら俺は帰路につく。
帰路と言っても転移を使用するだけなので一瞬で済んでしまうのだが、妃愛の家に戻るなりとてつもなく思い空気が俺に突きつけられてきた。
部屋の明かりはついていない。
その中で毛布にくるまりながら小刻みに震えている物体がソファーの上に乗っている。そしてその毛布の隙間からは金色の光がちらほら漏れていたのだった。
「………」
俺はそんな物体の近くにゆっくりと近づくと、その隣に腰掛けて様子をうかがっていく。どうやらその物体は俺が帰ってきたことに気がついたようで、びくっ!と体を震わしながらもぞもぞと動いて俺との距離を限界まで離していった。
だが、俺はこの状況に口は挟めなかった。
もし仮に俺がその物体、「塞ぎ込んでいる妃愛」の立場なら同じく俺を拒絶しただろう。つまりそれだけのことを俺はやってしまったのだ。
妃愛は言った。
麗奈と貴教を殺さないでほしいと、そう言った。
しかし俺はその言葉を無視して二人を殺してしまった。
であれば、妃愛の瞳に映っている俺はただの人殺しでしかないのだろう。あの二人を殺すというのは皇獣や五皇柱を殺すのとはわけが違う。経緯はどうあれ人間であった生き物に俺は手をかけたのだ。その罪はどんな言い訳をしても消えることはない。
だから俺はそれを否定しなかった。だが伝えなければいけないことがあったので無理矢理口を開いていく。それによって妃愛が心を開いてくれるとは思わないが、それでもそうしなければいけないと俺の全身が俺に訴えかけてきていた。
「………麗子は、月見里麗子は病院に入院させたよ。傷は完全に言えてるし、健康状態はいたって普通。でも、眠ったままだ。………これから先、どんなことが起きるかわからない。だから一時的に彼女を避難させた。………これ以上彼女を危険な目に巻き込まないために」
「………」
当然、返事は返ってこない。
だがそれでよかった。
もしかしたら俺は妃愛という存在に関わりすぎたのかもしれない。アリエスや他のパーティーメンバーのように、俺が関わってその人生が好転するほうが珍しいのかもしれない。
仮に俺がどこにでもいる普通の人間ならそれは考えすぎなのかもしれないが、俺はどこまでいっても神妃なのだ。力を持つものはその代償に大きな影響力を得てしまう。意図していなくても誰かの人生を壊してしまう可能性は十分にあるのだ。
だから今回、俺が妃愛に関わったことでこのような自体が起きてしまった、そう考えることもできなくはない。そう思うと、ある意味俺と妃愛は距離をおいたほうがいいのかもしれないと、そう思ってしまった。
俺の中で妃愛は守ってあげなければいけない存在として確立している。しかし今回、妃愛は俺よりも強大な力を身につけて麗奈を攻撃していた。だがあの力は俺と関わらなければ発現しなかったものかもしれない。
そう考えると、やはりどう転がっても俺という存在はこの世界には容認されていないのだろう。俺とアリエスの関係とは何かが根本的に違っている。世界を跨いでいることの意味をしっかりと考えなければいけないのかもしれない。
俺は黙ったままの妃愛をもう一度見ると、少しだけ息を履いてリビングを去っていく。そして割り当てられた俺の部屋にまで戻っていった。ベッドに体を倒し、今日起きた出来事をもう一度思い出していく。
神妃となった俺に眠気も精神的なストレスも本来なら感じないもののはずだ。しかし今は、どういうわけか闇に自ら落ちたくなるほどの睡魔が襲いかかってきた。
加えて心が痛い。
神妃としての精神的耐性が採用しているにも関わらず、俺の手で誰かを殺してしまったという罪悪感と嫌悪感が心を押しつぶそうとしている。
こんな感覚は初めてだった。
今まで俺の能力が通用する世界で、俺の理屈で、俺の意見で、俺の力で人生を歩いてきた。救える人間はできるだけ救って、悪人にまで恩をかけたこともある。つまりそれだけ俺は人を殺すことに躊躇いを覚えているのだ。
それは至って普通の感情だと理解している。どれだけ力を持っていても、命の価値が低い世界でも、人殺しという行為は絶対に破ってはならない禁忌だ。
だがそれを破ってしまった。
理由はある。だが事実はそんな理由を受け付けない。
麗子と貴教が死んだという事実だけが突き刺さり、俺をどんどん苦しめていった。
「………結局、俺の選択は正しかったんだろうか、間違っていたんだろうか。………わからない。どれだけ考えても答えなんて出てこない」
そしてぽつりと声をあげてしまう。
赤く染まった俺の瞳にとある女性が浮かび、その女性に問いかけるような言葉で。
「………ここにいたのがアリエスなら、どうしていたんだろう?」
今は決して届かないアリエスに向かってそう呟いた俺は枕に顔を埋め、そのまま瞼を閉じていった。あのアリエスなら、もしかしたらもっといい方法でこの戦いを解決できたのかもしれない。アリエスのような前向きな性格なら妃愛を悲しませるようなこともなかったのかもしれない。そう思ってしまった。
自分の半身を預けた彼女なら違う未来を描けたのではないかという思いばかりが心の中に浮かんでいく。それはただの傲慢な希望にすぎないことは俺もわかっている。せもそう考えないと今は自分を自分として維持できないような気がしていた。
とはいえこれから考えないといけないことはたくさんある。妃愛とどう向き合っていくのか、これも重要な問題だ。
でも、今は。
少し眠りたかった。
全て忘れて眠ってしまいたかった。
人間なら誰にでもあるようなそんな欲望に身を委ねたかったのだ。
そう思った瞬間、俺の意識は闇に沈んでいく。まるで何かに引っ張られるかのように強引に、そして優しく、夢の世界へと誘っていった。
だが。
その間に、妃愛がこの家から抜け出し「とあるところ」に行っていたことに俺は気付けなかった。そこで彼女が何を見て、何を感じたのか、それはわからない。
でも。
俺が次に目を覚ました時。
妃愛は変わっていた。
俺の部屋に入り、俺の目覚めをひたすら待っていた彼女の目は明らかに先ほどまでとは違っていた。その理由がわからず困惑していた俺だったが、すっかり朝を迎えた世界の光によって、俺の意識も徐々に回復していく。
そして。
そんな俺に向かって妃愛は口を開いていった。
その夜に決断した、今後の未来について。
しかしその前に。
夢の話をしよう。
珍しく倒れるように寝てしまった俺が見た夢。
こういう時、俺は大抵おかしな夢を見る。記憶の中を掘られるような奇妙な夢を。
過去にも似たようなことがあったため今更驚きはしないが、今回の夢は少し違った。以前であればアリスが俺とアリエスの過去を再現するような夢を見せてきていた。
しかし今日の夢は「俺のもの」ではなかった。
俺が見た記憶ではなく、まったうく誰かもわからない記憶の断片。
それが俺の夢に流れ込んできた。
そしてそれを語らないことにはここから先に進めないのもまた事実。
だからまずはそれを説明しよう。
かつて「この世界に生きていた誰か」の話を。
次回は妃愛の視点でお送りします!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




