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第八十一話 変えられない現実

今回はこの物語全体を見ても色々と考えさせられる回だと思います!

では第八十一話です!

「早くするんだっ!麗奈を抑えられなくなるっ!」


 その言葉が耳に響いた瞬間、俺の意識は一気に覚醒した。困惑と疑問が意識を混濁させていたのだが、現実が体に突きつけられた瞬間、その意識が瞬時に回復する。

 しかしだからと言ってすぐに行動できるわけではなかった。

 目の前にいるのは麗奈を背後から押さえつけている貴教。本来の力があれば今すぐにでも麗奈は貴教を振りほどけるだろう。しかし麗奈はそんな貴教を振り払うことができず、汗をかきながら身悶えている。

 その原因は定かではない。

 だがなんとなく理解はできる。

 貴教が先ほど口走っていた台詞を考えると、その理論はなんとなく繋がった。

 俺が完全な化け物に成り下がったと思っていた麗奈は、まだ人間の心を少しだけ残していたらしい。貴教が言うには麗子が眠りについたことによって、麗奈の心に残っていた人間としての情が少しだけ復活したそうだ。

 ゆえに貴教を攻撃できない。

 かつて自分が愛し、家庭を築いた分身である夫の貴教を傷つけることができないのだ。

 これはあくまで推測に過ぎないがもしそうだった場合、今の俺が立たされている立場は表情に責任が重いポジションだと言える。

 確かに俺はこのまま何も知らずに麗奈と戦っていればそれこそ力を徐々に開放しながら最終的に殺していただろう。それは麗奈がすでに人間をやめており、どう頑張っても救うことができないと判断したからだ。

 だが今はその前提条件が覆ろうとしている。

 麗奈の中にも娘と夫を思う気持ちは存在した。しかしその心を皇獣の力が塗りつぶし、人としの存在すら変えてしまった。

 となれば、もしかすると麗奈も被害者なのかもしれない。そう思えてしまっていたのだ。

 確かに麗奈のやったことは決して許されることではない。娘を武器として苦しめ、挙げ句の果てのその命を永遠へ葬り去った。加えて、自分の目的のためなら誰彼厭わず攻撃し、その命を奪って来ただろう。

 しかし、その裏にまだ誰かを思う気持ちがあったとすれば?

 もし仮にそうなら俺は貴教まで巻き添えにして、その償いのチャンスすら奪ってしまって本当にいいのか?

 そんな考えが俺の頭の中で高速に動き回る。

 動いて、動いて、脳細胞を焼き尽くす勢いで思考が駆け巡った。

 もし、俺が自分のことしか考えない自己中心的な考えの持ち主で、己の目的のためなら誰彼構わず殺してしまうような極悪人だったら迷うことなはないだろう。

 だが俺は今になっても人を殺すことのできない神だ。人間の価値観を持ち、何があってもその倫理観、道徳観に反するべからず、と己を律してきたのだ。

 そんな俺がこの状況を前にして二人の首を落とせるか、と言われたらおそらく首を横に振るだろう。

 でも。

 でも、でも、でも。

 答えなんて最初から決まっていた。

 いつもの俺なら何がなんでも被害者でもあり加害者でもあるこの二人を助けていたかもしれない。

 でもダメなんだ。

 俺はこの二人を背負えない。貴教が命を捨てて麗奈を殺そうとしているのは、目覚めることを忘れてしまった麗子への贖罪をこめている。それを知ってしまっている以上、貴教の意思を汲み取ることこそが麗子への救いなのだと俺も思い始めてしまっているのだ。

 ゆえに。

 俺は体から全ての力が抜ける感覚に襲われた。

 神妃化すら解除され、神々しい気配はどこにもなくなってしまう。からもだらりと下りのその腕には何一つ握られてはいなかった。近くにエルテナとリーザグラムが転がっているがそれすら取る気にはなれない。

 目の前に敵がいるのに、まだ戦いは終わっていないのに、俺はこの戦いへの戦意を全て失っていたのだ。

 と、そんな俺を見ていた貴教がさらに声を上げてくる。その声は悲痛な叫びといった感じで、瞳には大粒の涙さえ浮かべていた。


「何をしている!早く、早く俺たちを殺すんだ!………俺には、俺たちにはもうこれしか残ってない。娘の麗子に返すことのできる償いはこれぐらいしかないんだ!麗奈をこの呪縛から解き放つことだけが、麗子にしてやれる精一杯の贖罪なんだ!!!」


「そ、それは………」


「ば、馬鹿なこというんじゃないわよ!私は嫌よ、こんなところで死ぬのなんて!だ、だからいい加減離しなさい!次こそ絶対に殺すわよ!」


 そんな会話が鳴り響く。

 側から見ればただの暴力喧嘩だが、そこには様々な感情が木霊していた。そしてその感情が俺を強く揺さぶってくる。殺しちゃいけないけど殺さないといけない。今までとはまたく違う選択を取らないといけない。

 考えたくても考えないといけない状況が俺をさらに焦らせていった。

 だが次の瞬間。

 俺の背中に何かが飛びついてくる感覚が走った。

 見るとそこにはボロボロになりながらも懸命に立ち上がり、涙を流している妃愛の姿があった。その金色の髪が揺れ、漆黒の瞳が俺を覗き込んだ瞬間、消えそうな声で妃愛はこう呟いてくる。


「だ、だめだよ、お兄ちゃん………。あ、あの二人を殺すなんて、絶対に、だめ………。だ、だって今度月見里さんが目を覚ました時に、か、家族がいなくなっちゃう………」


「妃愛………」


 それは絶対にあり得ない。

 そうわかっていても、それを口にすることはできなかった。

 月見里麗子の目はもう二度と開かないだろう。生きる価値を失った彼女はいくら体が回復しても、彼女自身がその目覚めを拒んでしまう。だから妃愛の言っていることは現実に起きることはない。

 でも、言っていることはわかる。

 何がどう転がっても麗子という少女はあの二人の間に生まれた。

 その出生がどうであれ、どんな環境で育ってしまったであれ、この三人が家族だったという事実は変わらない。

 そしてそれが消えてしまうことの辛さを妃愛は誰よりもわかっている。気がついたときから一人ぼっちだった妃愛が、家族を失う痛みを知らないはずがない。だからこそ殺すな、と言ってきている。月見里麗子という少女から家族を奪うなと訴えてきているのだ。

 本音を言えば。

 俺だって二人を殺したくはない。

 誰かを殺して生まれるものなんてどうしようもない虚しさととてつもない罪悪感だけだ。どんな極悪人であっても、その人間の人生には一定の価値があり、その中で何かが育まれてきた。

 それを破壊してしまうというのは、こちらがどんなに潔白であっても言葉にできない感情が湧いてきてしまう。

 だから俺は異世界にいるときも、現実世界にいるときも、他の世界にいるときも、人だけは殺さないようにしてきた。

 でも、今は………。


「お、お兄ちゃん………?」


「………くっ」


 血の味がする。

 多分知らないうちに自分の唇を自分で噛みきったのだろう。反射的に口元を拭った腕には赤い血がべっとりとついていた。その姿を不思議に思ったのか妃愛が不安そうな表情を浮かべてくるが、今の俺にはその頭を撫でる資格も、声をかける資格も持っていない。

 なぜなら。


 俺は今から。


 何がどうなっても。


 貴教と麗奈を殺すからだ。


「………妃愛。ごめんな、それのお願いはきけない。今麗奈を殺せなかったら多分もっとたくさんの人が苦しむことになる。だから、俺は止まれない」


「な、なんで………。だ、だってお兄ちゃんはなんでもできるんでしょ!?わ、私を助けてくれたときみたいにあの二人も………」


「………」


 言葉を返せなかった。

 確かに俺はなんでもできる。

 できないことの方が少ない。事象の生成や空想の箱庭。その他様々な能力を使えば麗奈を人間に戻すことができるのかもしれない。理論的には不可能ではないのだろう。

 でも、神々のレイキしにない皇獣という生物の力と遺伝子を全て排斥するとなると、それはおそらく死者蘇生すら超える力を必要としてしまうことになる。リアが想定していなかった生物というのはそれだけ世界に負担をかけてしまうのだ。

 だから物理的にも麗奈という女性を救うことは難しい。というか仮に白包を手にしても、自身の過去を払拭し人間に戻るという望みは叶えられなかっただろう。所詮神妃の力を真似ている白包ではそれを叶えることは不可能だ。

 であれば。

 彼女を本当の意味で救えるのは「死」以外にないのかもしれない。

 都合のいいように思考を整理しているだけかもしれないが、そう考えなければ俺は自分を自分として認識できなくなっていた。

 ゆえに俺は妃愛を置き去りにするように背中から離し、ゆっくりと麗奈と貴教に近づいていく。それと同時に俺の体の周りには水色の煙が漏れ出し、抜けていた力が少しずつ戻ってきた。

 しかしその力はどこまでも虚しいものだ。

 こんなにも力を振るうことに抵抗を覚えたのは初めてかもしれない。

 星神を消滅させるときも、青口を殺したときもここまでの虚しさと罪悪感を感じたことはなかった。

 なぜ今回に限ってこんな感情になるのかわからない。

 ………いや、わからないことはない。

 それを考えないようにしていただけだ。

 貴教と麗奈は根っからの悪人ではない。この真話対戦という戦いに巻き込まれ人生を歪められてしまった人間だ。そして彼らは懸命にも抗った。抗って抗って、それでもまだ戦い続けた。

 おそらく今も彼らの心はこの戦いに抗い続けているのだろう。

 それを見せられているから俺は踏ん切れないのだ。

 俺はどこまでいっても甘い。そして弱い。肝心なところですくんでしまう。キラのように気高く凛々しいわけでも、サシリのように寡黙で淡々と物事をこなせるわけでもない。非情になろうと口走ってもそれは結局能力に甘えているだけに過ぎないのだ。

 だから俺は恐怖した。

 今から俺がやろうとしているその行為に。

 全身から血の気が引き、唇がどんどん乾いていく。

 でも、やらなくてはいけない。

 暴走した妃愛にやらせるのでもなく、貴教と麗奈に自殺させるのでもなく、ある意味全ての元凶である俺が終わらせなければいけない。

 ゆえに。

 俺は二人の目の前に立つと、最後にこう呟いていった。


「………俺は多分、お前たちのことを一生許さないだろう。妃愛を傷つけ自らの娘にすら手を出したお前たちを。………でも最後に言わせてくれ。お前たちは最後まであの子の親だった。それだけは認める。どんな形であれ、お前たちが胸に秘めていた気持ちは理解したつもりだ」


「………。すまないな、こんな役目を押し付けてしまって。だがこれで、俺も麗奈もこの戦いから解放される。どこまでも不甲斐ない親がようやく消えることができるんだ。やっと、終われるんだ………」


「い、いやあああああ!!!お願い、お願いだから、離して!離してよおお!!!死にたくない死にたくない死にたくない!どうして体が動いてくれないの、どうして運命は最後まで私の邪魔をするの!?どうして、どうしてええええええええ!!!」


「………どうして、か。それは俺にもわからない。でも、ただ一つ言えることは………」


 そこで俺は言葉を切った。

 その背後で妃愛が泣きながら俺を止めるべく走ってくる。

 だがそれよりも先に、俺は最後のトリガーを引いた。この二人がこれから報われるように、精一杯気持ちを伝えていった。


「運命は決して決められてるものじゃない。自分が、誰かが敷いていくものだ。でもお前の場合、その運命全てを他の誰かが敷いてしまったんだろう。だから最後くらい自分でそのレールを敷いてみてもいいんじゃないか?」


「え?」


 その瞬間。

 麗奈の体が固まった。

 そこにいるのはまるで皇獣ではなく、帝人ではなく、ただただどこにでもいる一人の母親のような姿だった。

 その一瞬に全ての記憶が入り混じったような感覚が俺にまで流れてくる。

 

 だがそれと同時に。


 貴教と麗奈の二人を水色の煙が包み込んだ。

 そしてその煙が晴れた時にはもう、二人の姿は消えていた。

 気配も魔力も、その他ありとあらゆるものが空間から消失していた。


 しかし。

 俺と妃愛は。

 その直後、確かに聞いていた。

 どこからともなく聞こえてくる子守唄のような優しい声を。




『ありがとう、そしてごめんなさい。麗子のこと、頼みます』




 たったそれだけ。

 たったそれだけだったがそれは麗奈の秘めた感情が世界に羽ばたいた瞬間だった。

 それを聞いた俺はそのまま膝を落とし顔を下に下げてしまう。この選択が正しかったとは到底思えない。でも、どうしようもできなかったことも事実だ。

 俺に力があっても、俺がどうにかできても。

 それでも塗り替えることのできない現実は存在する。


 それを身をもって教えられた気がした。




 こうして初めての帝人戦は幕を閉じた。

 しかし俺と妃愛の心には大きな傷ができてしまったのだった。


次回はこの後日談を描きます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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