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二周年記念 変わった日常、六

今回でこの幕間は完結します!

ではどうぞ!

「す、すごい人だな………」


「う、うん………」


 ライブ会場となっている体育館に移動した俺たちを待っていたのはあり得ないほど大量に集まった観客たちだった。その数ざっと数えて二千人。というか体育館からはみ出している人もいるくらい集まっているようで、もはやお祭りなんて雰囲気はどこにもなくただのツアーライブのような空気が出来上がっていた。

 かくいう俺とアリエスはその人混みのど真ん中に立っており、アリエスの気配と姿を消した状態で待機していた。気配と姿を消したと言っても存在が消えているわけではなく、アリエスだと認識できなくしてあるだけで本当に消えているわけではない。誰かがそこに立っているが、誰かはわからない、というような認識阻害術式をアリエスにかけているのだ。

 そのかいあってか、これだけの人が集まっているというのにアリエスによって周囲がざわつくということはまったくない。この場にいる全員の意識はまだ誰もいないステージに向けられている。あともう少しで開演となるため観客のボルテージは限界ギリギリまで上がっているのだろう。

 ちなみにアリエスも異世界では感じられない独特な雰囲気の飲まれているようで、先ほどから口数が少ない。ステージに視線を合わせたまま固まっており、目を輝かせながら顔を固めてしまっている。

 では俺はどうなのかというと。

 ………まあ、これは後にしよう。

 今説明してもこの雰囲気を台無しにするだけだ。幸いなことにこの歩くこともままならない人混みが役に立っている。ゆえに今は大丈夫だと判断した。

 ってわけで俺も人並みには楽しむモードに入っていく。アリエスと同じように視線を上げ、まだ誰もいないステージの光を瞳に反射させていった。

 と、そのとき。

 停電のように体育館の照明が一気に落ちた。窓にはカーテンをかけてあるので完全な暗闇が空間を支配する。そして次に視線を上げたときにはこの空間中に爆音が鳴り響き、内臓を直接洗い流すような澄み渡った歌声が聞こえてくる。

 と同時に、ステージには茶色がかった髪をサイドポニーのように頭の右側に束ね、水色に輝くストラトタイプのギターを持った少女が現れた。その少女の容姿は聞いていた通りかなり整っており、もしアリエスと出会っていなければ俺も心を奪われていたかもしれないと思ってしまうほどだった。

 そして次の瞬間。

 会場に大歓声が鳴り響く。

 黄色い声とはまさにこのことだと言わんばかりの歓声は男女関係なく万人の喉から発せられたもので、一気に空間の空気に温度を落としていった。

 一応、俺もこの手の歓声はこの身に浴びたことがある。一年前、魔武道祭に出場した際に俺を取り囲む空気は人々の大歓声に溢れていた。ゆえに音、という媒体には慣れているつもりだった。

 だが。

 違う。全然違う。

 音圧というのか、なんといていいのかわからないがとにかく剣と魔法と血が混ざった魔武道祭とはまったく違う熱がこの会場を支配していた。

 それは俺やアリエスを震わせ、魂を抜いてしまうかのように体を硬直させていった。こんなにも本物のライブというのはすごいものなのかという驚きと、どう反応していいのかわからない困惑が入り混じった感情が頭を支配していく。

 耳の奥に鳴り響くそのサウンドはいつの間にか俺たちの時間感覚すら狂わせて、音の海に投げ込んでいく。その感覚が気持ちいいと思った直後にはまた新たな音が鳴り響き、意識を遠く、遠く、本当に遠い場所へ誘っていった。

 そして。

 そんな音の中心に立っている彼女、螺旋奏音が汗をかきながらギターを下ろした瞬間、何かが切れたようにおれったいの時間が動き出した。はっ!と顔を上げてあたりを見渡すと、すでにそこは拍手の嵐が吹き荒れており、螺旋奏音は手を振りながらステージを後から去っていく。

 そしてそれを見送った観客たちはすぐにどたどたと彼女の楽屋がわりになっている会議室まで移動していった。そこで何が行われるのかは知らないが、最初から最後まで螺旋奏音という少女のペースが貫かれていたことはなんとなく理解できた。

 で、その波に乗ることができなかった俺たちは二人でその場にぼーっと立ち尽くし放心してしまう。


「………」


「………す、すごかったね、ライブ」


「あ、ああ………」


「こ、これがハクにぃの世界の音楽なの………?」


「そ、そうなのかな………。お、俺はあんまり詳しくないからわからないけど、とにかく今の演奏が色々と常識から外れてたことは確かだと思う………」


 そう呟いて俺たちはお互いの顔を見つめる。そして次に口を開いたとき、まったく同じ言葉を口にしていたのだった。


「「もう一回聴きたいっ!!!」」


 そして再び訪れる静寂。

 だがその静寂は俺たちの笑い声によって破られた。


「ぷっ、あはははははっ!もう、ハクにぃったら。さっきと全然言ってること違うよ?手のひら返しにもほどがあるよ」


「そういうアリエスだってライブ中はずっと固まってたじゃないか。まあでも、そうなるのもわからなくはないけどな。あの子の歌、すごく良かったし」


 そしてまた笑い合う。

 なんだか、螺旋奏音という少女の歌が俺たちに素敵な思い出を送ってくれた気がした。

 が。

 そんな余韻に浸っていた次の瞬間。

 俺にとある人物の気配が伝わってくる。しかもその気配は俺たちの方をじっと見つめており、明らかに挙動がおかしかった。

 先ほども言ったがすでにアリエスの姿と気配は隠すことに成功している。ゆえに今向けられているその気配はアリエスではなく俺が対象だ。しかしそれでもどこにでもいる一般人と化している俺をターゲットにする理由がわからない。

 そう考えた俺は一気に目を見開いてアリエスの腕を引きながらその気配の下へ走っていった。


「は、ハクにぃ!?い、いきなりどうしたの!?」


「昨日のやつだ………。悪いアリエス、少し走るぞ」


「へ、は、はあ………!?」


 いつもの俺なら転移や常識を超えたスピードで動くことによって距離を詰めてしまうのだが、いかんせんここは学校だ。そんな場所で忽然と姿を消すなんて行為はできるわけがない。加えてその気配は俺を見つめている状態だ。誰かの視線がある状態で能力を使うのはあまりにも危険すぎる。

 俺を標的にしているということは能力者か、はたまたそれに準ずる存在か。この時の俺はそう考え、あえて力を発動せずに地面を走ることによってその気配に接近していった。

 しかしそんな俺たちの動きに気がついたのか、その気配の持ち主である「昨日の男」は慌ててその場から立ち去ってしまった。

 俺たちもそれに続いて体育館を抜け、農家を駆け抜けながらどんどん距離を詰めていく。見たところその男は四十代から五十代ぐらいの中年男性で、それほど早く走れないようだった。

 というかそもそもこの高校の土地勘というか地理情報は生徒が一番知っている。ゆえにどんな場所に逃げようが結局は追い詰めることができるのだ。

 俺はアリエスの手を引きながら男が駆け下りた階段を一気に下ると、そのまま人混みをかき分けてどんどん目的の場所まで誘導していく。やつからすれば誘導なんてされていないつもりだろうが、俺は気配探知を使って人の流れを読んでいたので、それくらいはたやすい。

 んで結局。

 俺たちとその男はグラウンド手前のボイラー室裏に到着した。そこは日当たりも悪く、そもそも人目につきにくい場所なので面倒ごとを処理するにはもってこいと言える空間だった。

 そこに到着して自分が誘導されていたと知ったその男は俺たちの方に振り返ると、ぷるぷると震えながら膝を地面についていった。


「あ、ああ、あの、そ、その………」


「俺がどうしてお前を追い詰めたか、わかるか?」


「え、えっと、その………」


「聞きたいことが山ほどあるからだ。どうせお前も薄々気がついてるだろう?早いうちに喋ったほうが身のためだぞ?ここは生徒が守られる学校という場だ。暴力なんて振るわなくても、お前くらい簡単に潰せる環境なんだよ」


「ひ、ひぃっ!」


「ちょ、ちょっとハクにぃ!?ど、どうしてこの人に威圧なんか………」


 アリエスが俺にそう訴えかけてくるが、それを聞いている暇はなかった。今の俺にあるのは相手を萎縮させるための殺気と、盗撮魔に対する冷たい感情だけだったのだ。

 とはいえ、俺も馬鹿ではない。こんな場所でこの男を血祭りにあげることなんてできないし、そもそもこの世界で手をあげることはご法度だ。

 だから俺はこの男、つまり昨日アリエスを盗撮していた男に対してどうしてアリエスを盗撮したのか、どうして今日この場で俺たちを見ていたのか、それを聞き出そうとしていたのだ。

 だがそのほかに。

 よくわからない怒りが渦巻いていたのも事実だ。アリエスが誰かに盗撮されていると知ったその瞬間から、俺の心は穏やかとは言えない状態にあった。別にアリエスと付き合ってるわけでもないし、彼女というわけでもない。

 だというのに。

 ………お、落ち着かない。ど、どうしてこんな怒りが………。

 と、思っていたその時。


「はいはい、そこまでそこまで。一般人に殺気だか威圧だか向けないの。そんなことしたら本当に死んじゃうでしょ?」


「ね、姉さん!?」


「クロ姉!?ど、どうしてここに………」


「私は天才。だからこうなることぐらいなんとなく予想できてたわ。それにさっきのライブでなんとなくこの男の素性はわかったし」


「ど、どういうことだ?」


「ま、それは本人に直接聞くのが一番早いわね。………ほらあなたも、そんなところガタガタ震えてないで名刺ぐらい出しなさいよ」


 そう言いながら颯爽と登場した姉さんは俺の横をスタスタと通り過ぎながら、尻もちをついている男の腕を持ち上げて無理矢理立たせていく。そして俺と面と向かうように移動させて、名刺を出すように仕向けていった。

 するとその男はおずおずと自分の名刺を俺に差し出しながらこう呟いてくる。


「あ、あの、私、『烏丸芸能プロダクション』の採用担当をしております、鈴木と言いまして………」


「か、烏丸芸能プロダクション!?」


「そ、その、昨日仕事でこちらの高校にお邪魔させていただいたときに、たまたま白髪の綺麗な少女を見かけてしまったので、言いにくいのですがスカウトしようとしまして………。ただ流石に自分の独断でスカウトするわけにもいきませんし、一度写真を撮らせていただいて社長に確認をとっていたんです………。そ、そのあとすぐに写真は消去しましたし、自分がどんなひどいことをしてしまったのかもわかっているつもりなんですが、それでもやはりあの少女がどうもおしくて近くにいたあなたに近づこうと………」


 その瞬間。

 全てが繋がった。

 烏丸芸能プロダクションというのは何人もの芸能人やアーティスト所属している大手芸能事務所だ。そんな人間がどうしてこの学校に来ているのか、その理由は一つしかない。

 螺旋奏音だ。

 守が言うには今回のライブには何やスカウトなるものがくるらしいとか聞いていたし、そもそもあの演奏を聴いてしまった俺には、スカウトだとか芸能界入りだとか、そんなものはさも当然だと思えてしまう。

 ゆえに、だ。

 この鈴木という男は螺旋奏音の件で学校に来ていたのだが、そのときたまたま姉さんと学校に来ていたアリエスを目撃してしまったということなのだろう。そしてそのあり得ないほどの美貌に酔いしれて、スカウトがてら写真を撮ってしまったということらしい。

 まあ、だからといって盗撮は犯罪なので到底許されることじゃないのだが………。

 その瞬間、俺の体から何かの糸が切れたかのように全ての力が抜けていった。そして同時にため息を吐き出すと、やる気なくてをひらひらさせながら鈴木という男を追い払っていく。


「はあ………。わかった、わかったよ。今、その説明で全て繋がった。お前にストーカーの意思はないし、それは俺の勘違いだった。ただそれだけなんだろ。はあ………。まあ、今回は多めに見て見逃してやる。だからさっさとここから消えてくれ。螺旋奏音ならどうせ会議室にいると思うぞ………」


「は、はい!すみませんでした!で、では失礼して………」


「一応言っておくが、二度とあの子に近づくなよ。もし今度同じことがあったら、今回の件も含めて訴えるからな」


「はい!申し訳ありませんでした!」


 その言葉がトドメになったのか、鈴木はそのままオレッ隊に背中を向けてこの場から立ち去っていってしまった。それを見送った俺は後者の壁に体重を預けている姉さんに向かってボソリと愚痴のように言葉を漏らしていく。


「………全部知ってたのか?」


「まあ、ね。ただ、昨日も言ったみたいにあの男がどうして学校にやってきたのか、それだけはわからなかったわ。でもそれも今日この場に来てあの螺旋奏音っていう子が原因だったってわかったし、まあ、大方は予測できてたわね」


「だったら、言ってくれればいいのに。とんだ勘違いだったぜ………」


「それも含めて成長なのだよ、我が弟よ。んじゃ、私は責任も果たしたし、そろそろ帰るわね。あんまり私はこの文化祭っていう空気が好きじゃないから」


 そう言って姉さんは俺に手を振りながらこの場を離れていった。となると当然ここには俺とアリエスが残されるわけで………。


「………ごめん」


「え?」


「………せっかくアリエスにこっちの世界で楽しんでもらおうと思ってたのに、いろいろ迷惑かけちまった。挙げ句の果てに盗撮なんて………。本当、あやまることしかできないけど、ごめん」


「………」


 そう口にするしかできなかった。

 結局、今回の出来事で何が問題かといえば、客人であるアリエスに迷惑をかけてしまったことに尽きるだろう。

 ゆえに俺は謝った。謝ることしかできないから頭を下げた。

 だがアリエスはそんな俺に対してこんなことを呟いてきた。


「………私、その、少し安心したかな」


「あ、安心………?」


「うん。ずっと不安だったの。ハクにぃが住んでる世界が私たちがいた世界よりもずっとずっと素敵なところだったら、もうハクにぃが戻ってこないんじゃないかって思ってた」


「そ、そんなこと………」


「でもそれは私の勘違い、っていうか思い違いだった。どの世界でも人は一生懸命生きていて、文化は違ってもいろんな営みがあって。それに何より………」


 アリエスはそこで一度言葉を切った。

 そして俺に接近してくると、満面の笑みでこう返してくる。




「私、すっごい楽しかったよ!ハクにぃが謝る必要なんてどこにもないんだから!」




 その瞬間。

 思わず胸の奥がドキリとした。顔に熱が集まるのがわかる。思わず視線をそらして、アリエスから距離を取ると、乱れてしまった呼吸を整えていく。

 そんな俺を不思議に思ったのかアリエスが首を傾げながら。


「どうしたの、ハクにぃ?」

 なんて呟いてくるが、生憎と今の俺に返事を返す余裕はなかった。

 だが代わりに。


「………まったく敵わないな」


「え?」


「いいや、なんでもない。さ、まだ文化祭は続いてるし色々回ってみよう。アリエスにはまだまだ教えてないことがたくさんあるんだぜ?」


「えっ、本当!もう、ハクにいったら。そういうことはもっと早く言ってよ!………うん、それじゃあ、早くいこ、ハクにぃ!」


「ああ」


 このとき。

 不覚にも。

 俺は初めてアリエスを恋愛対象として見てしまったのである。















 というのがアリエスが初めて現実世界にやってきたときのお話だ。

 なんの変哲のないどこにでもあるようなちょっと変わったお話だが、俺にとってはそこそこ大きな起点だったと思う。

 まあ、今思い出すと少し恥ずかしいけどな。

 

 そしてまたここから俺とアリエスの物語は始まっていく。

 もしまた機会があれば、俺たちの過去話でも開陳することにしよう。

 それじゃあ今日は一旦これで。


 次に話すのは一体いつになるか。

 

 それは俺にもわからないのだった(笑)


次回からはお待たせしている本編に戻ります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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