第七十七話 覚醒と暴走
今回はハクの視点でお送りします!
では第七十七話です!
あれは一体なんだ?
そんな言葉が俺の心の中で鳴り響く。
実際俺は目の前で起きているその光景が理解できなかった。
迸る大きな気配。その気配の主である金色の髪をなびかせた少女は、空に浮かびながら麗奈の首を握りしめている。その腕にかかっている力は人間の常識を大きく超えており、皇獣になってしまった麗奈の首から血のような液体が垂れだしていた。
加えて。
その少女は麗奈の首を握りしめたまま、その体を地面へ投げ飛ばしていく。麗奈は勢いよく地面に激突し、大きな穴を作り出しながら地面に埋れていった。
俺はその景色に言葉を失ってしまう。空いた口が塞がらず、思考能力を全て奪われたような状態になってしまった。だがそれは必然だ。仮にここにアリエスがいても、リアがいても、アリスがいても、その他誰がいても同じような表情を浮かべていたはずだ。
それほどまでにその少女、妃愛の状態は奇怪だった。
金色の髪がゆらゆらと揺れ動き、普段は黒く染まっている瞳も今はどういうわけか赤く輝いている。その瞳は言うならば俺とそっくりだ。俺が神妃化を使っている時の輝き方によく似ている。
さらに。
今、妃愛から立ち上がっているあり得ないほど大きな気配は「俺のよく知る」気配だった。気配自体は妃愛自身のものであることに変わりはない。
だがその質が変化した。
より具体的に言うならば。
「か、神の気配………。い、今、妃愛から出ている気配は間違いなく神のものだ………」
人間のものでも皇獣のものでも魔人のものでもない。
その気配は俺やガイアが身にまとっていた神の気配だ。しかもその気配はガイアやその他の神の気配とはまた違う。神々の頂点に立つものだけが持つことを許される唯一無二の気配。
それはつまり………。
と、次の瞬間。
妃愛が投げ飛ばした麗奈が地面を蹴って空中に飛び上がってきた。その体には砂埃はついていたものの傷はついていない。気配もたいして減っていないし、そもそもダメージをまったく受けていないようだった。
しかしそんな体に対してその精神は大きく揺れているようで………。
「お、お前、その力………!い、一体何者だっ!」
「………」
返事は返ってこない。赤い瞳には光が宿っておらず、その心は妃愛の中にはまったく感じられなかった。だがその代わりに、妃愛の気配がさらに上昇していく。空間に走っていた亀裂がさらに大きくなり、世界自体を揺らしていく。
「ど、どこまで上がるんだ、この気配………」
あの小さな体のどこにこんな気配を隠し持っていたのか、そう聞きたくなってしまうがおそらく今の妃愛は正気ではない。心ここにあらず、といった感じだ。
だからだろうか。
逆に今の妃愛は完成された力を振るっているように感じてしまった。余計な感情は切り落とし、相手を倒すことだけを考える。そしてその最後にはきっと………。
そんな俺の思考を中断するように妃愛はゆっくりと右腕を麗奈に向けると、その指を少しだけ弾いて何かを打ち出していく。その何かは麗奈の顎に直撃し、その体を大きのけぞらせた。
「ぐ、がああっ!?く、空気を圧縮して打ち出しただけでこの威力だとっ!?ば、馬鹿な………!あ、あり得ない!」
「………」
「………反応がないのも気に入らねえ。こうなったらお前から滅多刺しにしてやるっ!」
「ま、まずいっ!」
そう思った時にはもう遅かった。麗奈の体に宿っているカラバリビアは俺にやった時と同じように右腕を空に掲げて力を集中していく。それは攻撃動作も予兆も、その全てを排斥した回避不能の攻撃。無数の斬撃がただ降り注いでくるという無慈悲な能力だった。
この俺ですら一度見ただけでは攻撃の原理がわからなかった力だ。それが妃愛に降り注ぐとなれば、危機的状況と言わざるを得ない。力は凄まじいが俺とは違って半ば暴走中の妃愛にあの攻撃が避けられるとは思えなかったのだ。
そう考えた俺は勢いよく空気を蹴って麗奈と妃愛の間に割り込んでいく。しかしこの攻撃に関しては割り込んだところでどうすることもできない。俺がその場に到達した時にはすでに、妃愛の周りに無数の斬撃が出現し始めていた。
ま、間に合わない………っ!ど、どうすればいい!?気配殺しか………?そ、それともリアスリオンを出せばいいのか?………躊躇ってる暇はない。今はエルテナを………。
俺は心の言葉にした具用に地面に突き刺さっていたエイシェントを必死に呼び戻そうと指示を出したのだが、その隙に麗奈の攻撃は妃愛に襲いかかってしまう。
その瞬間。
終わったと思った。
俺の場合、それなりに体も鍛えてるし、神妃としての力が傷を受けても瞬時に癒してしまうのでそれほどのダメージは入らない。
だが妃愛の場合は別だ。妃愛の気配は確かに神に寄ったもののそれでも完璧な神とは言えない領域にいる。加えて、妃愛は攻撃を受けられていない。その激しい痛みによって正気を取り戻してしまえば、それこそ一巻の終わりだ。身を守る力すらも失ってただ残酷に殺されるだけ。今の妃愛がどうのような状態にわからない今、麗奈が放った攻撃は最悪と言わざるを得ないものだったのだ。
しかし。
俺はその直後に起こった現象に目を奪われてしまう。
無数の斬撃が空間を飛び越えるように出現し、その全てが妃愛に襲いかかろうとした瞬間。妃愛の両手がゆっくりと開かれ、リンゴやトマトを握り潰すようにその指を勢いよく閉じていった。
すると。
何かが潰れるような音が響き、その斬撃が消滅する。
「そ、そんな、馬鹿なっ!?」
「妃愛………」
「………」
「くそがっ!今の攻撃を防げるはずがねえ!この攻撃の正体に気がつけるやつなんてそうそういるはずが………」
と、麗奈の中にいるカラバリビアの言葉が漏れた次の瞬間。
妃愛の体が空気に溶けるように消え、風を切る轟音が響き渡った。そして気がついた時には妃愛の拳が麗奈の鳩尾に突き刺さっており、息ができなくなった麗奈の目が見開かれる。
「がっ!?はあ、っ、ぁ………!?」
「………」
そしてそのまま妃愛は麗奈の首を持ちながらその背後に回り込み、背骨に向かって拳を何発も繰り出していく。皇獣となった麗奈に人間の身体構造が当てはまるのかは知らないが、骨のような何かが折れる音が何度も響き渡った。
「つ、強い………。あ、あれが妃愛の本当の力なのか………?」
対する俺はその光景に衝撃を受け続けていた。
俺の予想では妃愛にはなんらかの力があり、その力が暴走して今のような状態になっていると考えていた。しかし今の妃愛は暴走していながらも冷静だ。俺ですら見破れなかった攻撃の仕掛けを見破り、相手の隙を突き続けるような攻撃を繰り出している。
その様はまるで何年も戦場に身を置いた戦士のようだった。
ちなみに。
今しがた妃愛が打ち破ったカラバリビアの攻撃の仕組み。
その仕組みは妃愛がその攻撃を自分尾対処したことによって俺も理解できた。おそらくあの攻撃は空間に無限に放たれる斬撃を設置するというものだ。だがそれが半ばプログラミングのように、一定条件下でしか発動しないようになっていたため、なかなか見破れなかったように思える。
俺という存在が立っている空間に、誰かが入り込んだらその力が発動する。俺がいる場所に発動させるのではなく、俺がいる場所に誰もいないと仮定して力を設置するのだ。これによって俺の感覚が狂い、攻撃の仕組みを理解できなくなってしまったらしい。
つまりあの攻撃は一度空間に設置してしまえばカラバリビアの鍵とは接続が切れてしまう。俺はてっきりあの鍵から力の供給を受けているものだとばかり考えていたが、そうではなかったようだ。ということは、鍵をどうにかしようとしてもこの攻撃は消えない。先ほど妃愛が実行したようにその空間に仕掛けられている力自体を破壊しなければこの攻撃は破れないのだ。
しかしその仕組みを妃愛は一度も見ていないはずなのに見破った。その洞察力は暴走した精神状態では絶対に行使できないものだろう。だというのに、それを実現した妃愛がいる。
そのあり得ない状況に俺は驚きを隠せなかった。
加えて、妃愛の力はいまだに上がり続けており俺と同じ、もしくはそれ以上の気配があの小さな体からほとばしっていく。
そんな妃愛の攻撃を受け続けていた麗奈およびカラバリビアの鍵はさすがにまずいと思ったのか、妃愛の手を無理やり振り払って拘束から外れると右手に握っていた鍵を振るって金と銀が混ざったような巨大な鎖を出現させていく。
そしてその鎖を妃愛に叩きつけていった。
「調子に乗るんじゃねえぞっ!お前ごときに手こずる俺じゃねえっ!」
「………」
だが、それでも妃愛は無反応だ。
ただ無言で空に浮かんでいるだけ。
落ちてくる鎖にゆっくりと手を伸ばし、瞳の輝きをより一層強くしていく。そして次の瞬間。妃愛の手から何かが放たれたかと思うと、カラバリビアが用意した鎖が一瞬で消滅していった。
その消滅はただの消滅ではない。魔力も気配も、その全てが消え去る消滅だった。
い、今のはなんだ………?い、いや、違う。知ってる、知ってるんだ!あの力の正体を俺は知ってる、知らないはずがない………。だがどうして?どうして妃愛にその力が宿っている?
どうして、俺と同じ「気配殺し」が使えるんだ?
神の気配。
気配殺し。
その二つが導き出す妃愛の正体。それは一つしかない。だが心がそれは絶対にあり得ないと訴えかけてきている。何の因果でこんな状況が作り出されるのか、まったく理解できなかった。
しかし現実は。
それが起きてしまっている。妃愛は気配殺しを使って麗奈の攻撃を粉砕し、今もなお余裕を携えながら空に浮かび続けていた。
だが逆に、その瞳の輝きを元に戻し麗奈本人の人格が出てきても麗奈の心境は変わっていなかった。
「ど、どういうことなのっ!?どうしてあんな小娘に私が押されてるのっ!?………私は皇獣で、あのサードシンボルすら喰らったのよっ!?それなのにどうして………」
「………」
当然、その言葉に返事は返ってこない。
だがその返事と言わんばかりに猛スピードで麗奈に接近した妃愛がその顔に向かって強烈な蹴りを叩き込んでいった。首元に直撃したその攻撃は麗奈の体を地面に向かって吹き飛ばし、背中から激突させる。
その圧倒的な破壊力を持った攻撃は、たった一発の蹴りで麗奈の体力をごっそり奪っていった。その証拠に麗奈の気配が急激に下がっていく。皇獣となった麗奈であってもダメージの蓄積には勝てなかったようだ。
これが俺のように傷も癒して体力や魔力も元に戻すタイプの治癒能力だったら厄介なのだが、麗奈をはじめ皇獣や魔人が持っている治癒能力は、あくまで傷を回復することだけに止まるらしい。ゆえに傷は治ってもたまっていくダメージまではどうすることもできなかったようだ。
俺はその光景を見ながら少しだけホッとしていた。このままいけばまず間違いなく妃愛の勝利は確定する。まあ、そのあとどうやって妃愛を正気に戻すかという問題が発生するわけだが、それはどうにでもなると持っていた。麗奈に攻撃を仕掛けて俺に攻撃しないということは少なくとも俺は味方認定されているということになる。ということは俺の言葉ぐらいは聞いてくれるはずだと思っていた。
ゆえに妃愛が麗奈を追い詰めたことに安堵した俺は、妃愛に近づきながら声をかけていった。
「もういい、もう十分だ。あとは俺が引き受ける。今の妃愛に俺の声は届かないのかもしれないけど、これ以上は必要ないんだ。妃愛の手を血で汚したくない」
そう呟いた俺は妃愛の前に立ち、麗奈にとどめの一撃を放とうとする。麗奈がまだ人間だったら殺さないという選択肢もあったはずだが、皇獣となってしまっていてはもうどうしようもできない。
事象の生成で皇獣から人間に戻すこともできなくはないんだろうが、おそらく皇獣となってから日がたちすぎているため、戻すのはほぼ不可能に等しいはずだ。世界の歴史に根をはる時間が経てば経つほど、その事象は塗り替えにくくなる。
それにこの麗奈という存在は心が壊れすぎている。第二の麗子や貴教を生み出さないためにも、ここで引導を渡しておくのが正解だ。
そう思った俺は妃愛の前にでながらゆっくりと麗奈に近づき力が集まっている右手をその体に向けていく。
だが。
この時。
俺が最も恐れていた事態が起きた。
俺の横を猛スピードで駆け抜けた妃愛はその目に憎悪の感情をむき出しにして麗奈の体を殴り始めた。
そしてこれが俺の頭に記録されていたある記憶を呼び出してしまう。
そう、それは俺が桐中白駒に精神を乗っ取られていた、あの瞬間だった。
次回は妃愛の視点でお送りします!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




